10月27日:サルコイドーシス(Bloodオンライン版掲載論文)
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10月27日:サルコイドーシス(Bloodオンライン版掲載論文)

2015年10月27日
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今日紹介するミュンヘン・ヘルムホルツセンターからの論文は、完全に現象論で終わってしまっている点から考えると、普通このホームページで取り上げない、はっきり言ってよくBloodが採択したと思える。ただ、研修医時代の思い出があるサルコイドーシスについての研究がしかもBloodに掲載されているというのを見て思わず取り上げた。あえて言えば個人的思い出を書き留める意味で取り上げることにした。タイトルは「Characterization of subsets of the CD16-positive monocytes: impact of granulomatous inflammation and M-CSF-receptor mutation (CD16陽性単核球:肉芽種性炎症とM-CSFの影響)」で、10月13日オンライン版としてBloodに掲載された。この研究の結果をまとめると、 1) CD16(FcγIII受容体)陰性の単核球から分化してくるCD16陽性の単核球をSlanと呼ぶ糖鎖抗原で明確な2種類のポピュレーションニ分けることができる。 2) Slan陰性ポピュレーションは抗原提示に必要な組織適合性抗原誘導に必要な遺伝子群を発現している。一方、陽性群は自然免疫刺激による活性化を受けたポピュレーションの特徴を持つ。 3) 肉芽種性慢性炎症の代表と言えるサルコイドーシスでSlan陰性ポピュレーションが上昇している。特に男性の患者で多い。 4) M-CSFの受容体を欠損したhereditary diffuse leukodystrophyの患者さんではSlan陽性ポピュレーションが欠損している。 になる。
ディスカッションから推察すると、活性化されたCD16陽性単球をさらにSlan陽性と陰性群に分けることができ、陽性群にはM-CSFのシグナルが必要である。一方、おそらく慢性肉芽腫性炎症に関わる刺激によりサルコイドーシスで上昇しているという結論だ。もともと女性に多いサルコイドーシスのうち男性患者でなぜこの細胞が増えているのかなど説明できていない点は多い。また、結核などの他の肉芽腫性疾患についても調べるべきだと思う。   ただこの論文を読んで私の研究生活の原点を思い出した。研修医の頃私の指導医だった泉先生のサルコイドーシス外来を手伝った。そのとき、肉芽腫性炎症は面白い研究対象になると思った。おそらく、京都時代に始めたリンパ節やパイエル板発生の研究はこの延長線上にあると思う。サルコイドーシスではリンパ球の中のT細胞が低下しているということで、すべての患者さんのリンパ球を分離してT細胞数を測定した。と言っても今のように抗体を使った検査ではなく、若い人には信じれないだろうが、羊の赤血球と結合するリンパ球をT細胞として算定した。その後蛍光抗体で細胞を分ける時代が来たが、病気の理解のために実に何でもやっていたのだと感慨が深い。この意味で、この病気は、細胞をともかく分画したがる私自身の原点にあるのだと今でも感じる。もう一つの原点がM-CSFだ。熊本大学で独立した研究室を持ったとき、当時助手の林さんたちの頑張りで、分子遺伝学ではど素人の集団がマウス大理石病がM-CSFの突然変異であることを示せた。このおかげで、研究費や認知度が高まった。そのとき、人でも同じ病気がないのか調べたが、人の大理石病にM-CSFシグナル異常で起こるケースはなさそうに思えた。その後林さんたちはこのシグナルの研究を続けたが、私自身は抗体を作る程度であまり深入りをせず、そのまま忘れていた。この論文を読んで、M-CSF受容体のシグナルが欠損すると、大人になって脱髄性の脳変性が進行することを知っておどろいた。おそらく、ミクログリアの機能異常だと思うが、大人になって発症するなど大変興味深い病態だ。もう一度勉強し直す気になった。個人的思い出だけでごめんなさい。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月26日:5000年前のペスト(10月22日Cell掲載論文)

2015年10月26日
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古代の生物の遺物からDNAを取り出し塩基配列を決定する研究が加速している。これはゲノムが記録として様々な歴史を伝えてくれるからで、文字による「史」が存在しない過去の様子がゲノム解読の進展により明らかにされ始めている。このトレンドはドイツ・ライプツィッヒにあるマックスプランク研究所のペーボさんたちの努力に負うところが多いが、最近の論文を見ているとこの分野の研究が特に盛んなのがデンマークだ。70万年前の馬の全ゲノム解読を報告した論文や(http://aasj.jp/news/watch/103)、インドヨーロッパ語の伝搬をゲノムから研究した論文(http://aasj.jp/news/watch/3584)などこのホームページでもかなり紹介した気がする。そのデンマークからまた新しい古代のゲノムについての論文が10月22日号のCellに発表された。タイトルは「Early divergent strains of Yersinia pestis in Eurasia 5000 years ago (5000年前のユーラシアに広がるペスト菌の多様化)」だ。
  石器時代から青銅時代の遺物のゲノム解析が現在急速に進んでいる。もちろん当時の人間のゲノムを調べ、有史以前の人間の行動を明らかにすることが主目的だが、採取されたDNAに含まれるDNAのほんの一部だけがヒト由来で、実際には分類ができていないDNAが大半を占める。この研究ではこれまで解読された101にのぼる2600-5000年前の人骨由来DNA配列890億塩基対のうち、これまで人間以外のDNAとして排除した配列の中にペスト菌のDNAが含まれているのではないかと着想した。ペスト菌は約2600年〜3万年前のいつか、Y.pseudotuberculosisから分離したと推定され、歴史で習うようにその流行は、500ACにユスチニアス1世時代ビザンチン帝国、14世紀から続いたヨーロッパの黒死病大流行など、歴史に大きな影響を与えてきた。ただ、有史以前となると流行の実態はわからない。調べてみると、全ゲノムが解読できた2体を含む7体の人間の歯にペスト菌DNAが存在することを発見した。あとは解読された配列が本当にその当時の人間が感染していたペスト菌由来かどうか、様々な基準を用いて確認したうえで、現在のペスト菌と毒性を比べている。詳細を省いて結論をまとめると次のようになる。
1) 地理的広がりをみると、少なくともバルカンからロシアに広がる地域でペスト感染者が3000BC-1000BCには存在していた。
2) ペスト菌のY.pseudotuberculosisからの分離はこれまで考えられていたよりずっと昔、約50000年前。
3) ペストの大流行に関わるネズミ毒素(ノミの腸内で生存するために必須)は青銅時代のペスト菌には存在せず、1600BCから951BCの間のいつかに獲得されている。この獲得にはトランスポゾンを利用する水平遺伝子伝搬が重要な働きを演じている。
4) 組織深く浸透するためのプラスミノーゲン活性化因子はペスト菌が分離した最初から存在している。
5) ヨーロッパ大流行の後、ペスト菌からDFR4と呼ばれる遺伝子が欠損し、毒性が弱まるが、この遺伝子は最初から存在している。
6) ペスト菌は免疫反応を逃れるために鞭毛を失っているが、2000BC以前の菌には鞭毛が存在しており、免疫反応が十分対処していた可能性が高い。鞭毛は1000BCぐらいから失われ始めたと考えられる。
このように、青銅時代までのペスト菌は感染性はあっても、免疫反応を誘導し、ノミを媒体に使えないため、大流行はなかったようだ。とはいえ、ユーラシアの広い範囲に広がっていた。このように、論文では主にペスト菌の由来と歴史が調べられているが、今後記録に残るペスト菌の流行と対応させた歴史学的検討へと進むだろう。文字とDNAはともに書かれた記録で、歴史の解読に重要な双輪になっていることを実感する論文だった。しかし、この分野の我が国のプレゼンスはあまりに低いのが心配だ。歴史問題議論が盛んな我が国だからこそ、決して変更されていない「史」としてのDNAは重要なはずだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月25日:脳環境が乳ガンを成長させる仕組み(10月19日号Nature掲載論文)

2015年10月25日
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様々な薬剤が利用できることから、転移乳ガンをある程度コントロールすることが可能になっているが、脳に転移すると薬剤が到達しないなど対応が一段と難しくなる。このため、乳がんの増殖を助ける力が何か脳という環境に存在するのではないかという可能性について研究が行われてきた。今日紹介するテキサス大学からの論文は脳のグリア細胞が乳がんの発現するガン抑制遺伝子の発現を抑えるメカニズムを解明した研究で10月19日号のNatureに掲載された。タイトルは「Microenvironment-induced PTEN loss by exosomal microRNA primes brain metasis outgrouth (微小環境由来ミクロゾーム中のマイクロRNA によるPTENにより脳転移巣の増殖が促進される)だ。この研究では乳がん患者さんの原発巣と脳転移巣の遺伝子発現を比較して、脳転移巣の7割に様々な増殖因子シグナルを抑制するPTEN分子の発現が低下していることを発見する。次にPTENが低いから脳転移するのか、脳転移したからPTEN発現が低くなるのかを調べ、脳環境、特にグリア細胞が乳がん細胞の増殖を促進することを見出す。著者らはこのPTEN低下がグリア細胞からPTENを抑制するマイクロ RNAがマイクロゾームを介して注入されることによるという仮説を立てる。突拍子もないように思えるが、この考えはガンと環境の相互作用の様式として今流行りの考えなので、特に驚くほどのことはない。まず、アストロサイトからPTENを標的にするmi17〜92をノックアウトしたマウスに腫瘍を移植すると、ガン増殖促進が見られなくなる。さらに、実際miRNA19aがエクソゾームに濃縮されており、がん細胞に入ってPTENを抑制することを確認している。PTENが低下すると増殖因子シグナルが亢進しガンが増殖しやすくなることは当然だが、他にもPTENにより都合のいい変化がガン細胞に誘導されないか調べ、CCL2と呼ばれる白血球遊走を誘導するケモカインの発現が上昇することを発見する。この結果ガンの周りに炎症が起こり、この炎症がさらにガンの増殖を亢進させること、そしてこの炎症を抑制するとガンの増殖を抑えることができることを示している。実際の患者さんで脳内炎症を抑制したり、エクソゾームの分泌を抑えて乳がんの脳転移を抑えられるかどうかは今後の研究が必要だ。ただ、もし脳自体が乳ガンの増殖を促進しているなら、特異的な治療法の開発ができるはずだ。その意味で期待につながる研究だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

「これからの研究公正を考える」シンポジウム (平成27年10月24日)

2015年10月24日
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京都大学本部国際科学イノベーション棟シンポジウムホールで、同大学院文学研究科 応用哲学・倫理学教育研究センター(CAPE)の主催で研究倫理に関するシンポジウム「これからの研究公正を考える」 が開かれました。

加藤尚武先生(京大名誉教授、鳥取環境大学初代学長)と当NPO法人西川伸一代表との講演に続き、伊勢田哲治先生(文学研究科准教授)が加わり、水谷雅彦先生(文学研究科教授)の司会で題記をテーマとするパネルディスカッションが行われました。

京大関係者と一般の聴講者に、近隣・遠方の大学関係者も加わり、新聞社などマスコミからも参加がありました。

Hisilicon K3

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カテゴリ:新着情報活動記録

10月24日:生命の誕生時期(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2015年10月24日
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これまで一般の人に生命誕生時期について問われたら、「地球上の生命は37−38億年前に誕生した」と答えてきた。しかし当時の生物はもちろん単細胞で、化石と言っても発見するのは大変だ。昨年生命誌研究館のホームページ(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2014/post_000005.html)に書いたように、それでも35億年前の最古の生物化石が西オーストラリアのストロマトライトの中に発見されている。最古の化石が35億年なのにどうして生命誕生は37−38億年前なのか?適当に2−3億年足して37−38億年としているのだろうか?もちろんそんないい加減な決め方ではなく、一応科学的根拠を元に算定されている。すなわち生命由来の有機化合物には炭素同位元素13Cの含量が低いという性質を利用して、38億年前の岩石に残る炭素から生命の存在を推定している。具体的には、グリーンランドのイスア地域の37億年前にできたとされる堆積層で発見されたグラファイト中の13Cの測定を元に、37億年前には生命が存在したと推定している。ではそれ以前に生命は存在しなかったのかとなると難しい。なぜなら、その時代にできたことが証明できる地層を発見すること自体が難しい。従って、研究はまず40億年以前に形成されたことがはっきりした鉱物を探すことから始まる。今日紹介するUCLAからの論文は西オーストラリアJack Hillで発見された40億年以前に形成されたジリコニウムの中に存在するグラファイトが生物由来であるという研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Potentially biogenic carbon preserved in a 4.1 billion-year-old zircon(41億年前のジリコニウムの中に保存されていた生物由来と考えられる炭素)」だ。この研究は38億年より以前に形成されたジリコニウムの結晶に多くのグラファイトが含まれているという発見から始まっている。グラファイトは言うまでもなく炭素の結晶で、細菌の質量分析技術の進歩で小さな結晶の13C含量を測ることができる。研究では採取したジリコニウム結晶にグラファイトが含まれるか丹念に調べ、グラファイトと思われる結晶の成分分析をまずラマン分光により確認、最後に我が国のSpring8に相当する放射光による質量分析を行い、13C/12C比を測定している。結果は生命由来と考えていい数値にこの比が収まったため、生命は41億年前には存在していたという結論だ。あとは、このグラファイトがジリコニウム結晶の形成時に封入されたのかどうかだが、信じない人も出てくるだろう。いずれにせよ、これから一般の人の質問には、この研究についても言及する必要があるだろう。法則性がない領域では、過去に起こったことの証明が一番難しいのは、100年も経っていない歴史問題がこれほど議論になることからもわかる。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月23日:医療の南北格差調査(10月21日号The Lancet掲載論文)

2015年10月23日
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高血圧、動脈硬化に起因する心臓発作の再発を防ぐためにWHOはアスピリン、スタチン、βブロッカー、そしてアンジオテンシン変換酵素阻害剤の予防的服用を勧めている。これらの種類の薬剤の中には既に特許切れにより安価なジェネリック薬が利用できるものが存在し、WHOは2025年までには世界の50%の人たちがこれらの薬剤を実際に服用し心臓発作の再発が防げるようにしたいと目標を定めている。この目標を実現するために何が必要かを調査したのが今日紹介する国際チームからの論文で10月21日号のThe Lancetに掲載された。タイトルは「Availability and affordability of cardiovascular disease medicines and their effect on use in high-income, middle-income, and low-income countries:an analysis of the PURE study data. (高所得、中所得、低所得国での心血管疾患薬の使用に及ぼす入手可能性と購入可能性の影響)」だ。この研究では、WHOの目標を実現するためには、まず薬が手に入ること、そしてその薬を服用するお金があること、そして飲む意志があることが重要だと考え、この点について調査している。しかし論文を読むと、表面的に統計を集めるのではなく、実際大変な努力を払って調査を行っていることがわかる。例えば薬が手に入るかについては、それぞれの地域の決まった地点から徒歩で実際に歩いて薬局を探し、その薬局で目的の薬を買うことができるか、また値段はいくらかを調べている。次にその地域の所得を調べて、薬の服用によって家計の何パーセントが圧迫されるかを調べ、最後に一度心臓発作のエピソードを持つ人にインタビューして、どれだけこれらの薬を服用しているか調べている。詳細は省くが、所得が低い国ほど薬自体の入手が難しい(ジェネリック薬生産が盛んなインドは例外で、先進国並みに入手が可能なのは面白い)。さらに、低所得国では現在の価格で4種類の薬を服用しようとすると、インドですら家計の50%が必要になる。一方先進国では1%以下で済む。したがって、WHOの目標を実現するためには、薬剤の価格をさらに低下させ、薬局の数を増やす必要がある。これは簡単ではないだろう。そして最も難しいのが、わかっていても薬を飲む人が少ないことだ。薬が自由に手に入り、経済的負担も大きくない高所得国で調べると、4種類すべての薬を飲んでいる人は20%に満たない。すなわち、3−4種類の薬を飲むこと自体に抵抗がある。したがって、科学的データを示して理解を深め、安心できる合剤などを提供できる体制が必要だろう。先進国ですらWHOの目標実現には様々な壁が存在することがわかる。次は、これをどう解決するのか、WHOからの答えが待たれる。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月22日:白血病同士の殺し合いを誘導する治療法(米国アカデミー紀要掲載論文)

2015年10月22日
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アイデア倒れになる心配はあっても、着想自体に感心するという研究がある。今日紹介する米国スクリップス研究所からの論文はその典型で、白血病に同士討ちさせガンを治療できるか模索した研究だ。この研究の責任著者Richard Lernerはスクリップス研究所の元所長で、抗体を酵素反応に利用する研究で有名だが、様々な分野に研究を広げる豊富なアイデアの持つ研究者の典型と言っていいだろう。論文のタイトルは「Agonist antibody that induces human malignant cells to kill one another (ヒトの悪性腫瘍細胞同士の殺し合いを誘導するアゴニスト抗体)」で、米国アカデミー紀要に掲載された。論文の内容から考えると、悪性腫瘍一般にも使えるよなタイトルをつけるのは言い過ぎではないかと思うが、Lernerなら許されるのだろう。この研究では、急性骨髄性白血病(AML)細胞を、互いに殺し合うナチュラルキラー (NK)細胞へと分化させ、白血病を治療できるのではというアイデアを調べている。「何をバカな?」と思われるかもしれないが、血液分化を研究してきた経験からいうと、血液幹細胞に近い白血病細胞をNK細胞へと誘導できる可能性は荒唐無稽ではない。ただ正常の幹細胞がすべてキラー細胞になってしまうと大変だ。本当にAML細胞だけを分化させるシグナルはあるのか?このグループはなんと、血小板を作るのに必須のトロンボポイエチン受容体(TPOR)に対する抗体の一部がなぜかAML細胞だけをNK細胞へと分化させる能力があることを発見する。NK細胞は、正常細胞は殺さないが、ガン化した細胞の多くを殺すことができるため、この抗体を使うと、彼らが「兄弟殺し」と呼ぶ状態を誘導して、ガンを撲滅できるというシナリオだ。この論文では、試験管内で患者さんの骨髄から採取してきたAMLをTPOR抗体で刺激すると、トロンボポイエチンで刺激した時と概ね同じシグナル経路が活性化され、キラー活性に必要な様々な分子の発現が誘導され、形態的にも機能的にもNK細胞へと分化すること。分化したAML由来NK細胞は期待通りAML細胞を殺すことが示されている。残念ながら、モデル実験系で本当に体の中で「兄弟殺し合い」が誘導できるのかは確認できていない。この実験なしに論文が掲載されるのは、Lernerがアカデミー会員だからだが、モデル治療実験ではいいデータが出ていないのではと勘ぐりたくなる。特に問題になるのは、同じ抗体が血小板増加を誘導することだ。トロンボポイエチンがその効果にもかかわらず臨床に使われていないのは、血小板増加を完全にコントロールできないからで、原理から考えてもこれが起こらない抗体を探すのは難しいだろう。結局アイデア倒れに終わる可能性が高いように思えるが、強い薬による治療が難しい高齢者の骨髄異形成症候群には期待できるかもしれない。いずれにせよ、抗体をもっと違った文脈で利用するというアイデアは他のガンにも使えるかもしれない。分化を誘導したり、静止幹細胞の増殖を誘導したり、いろんな可能性が考えられる。私より10歳は年上のはずだが、Lernerの頭はやわらかそうだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月21日:CRISPR遺伝子編集論文に見る科学者の未熟(Nature Biotechnologyオンライン版掲載論文)

2015年10月21日
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昨年の今頃は小保方捏造騒動の幕引きが進んでいたが、文科省・学術会議・そして多くの学会が研究倫理教育の徹底を対策の柱に据えていたのを見て思わず皮肉笑いがこみ上げた。倫理教育と聞くと私はいつも鼻で笑いたくなる。なぜなら、倫理教育では特定の価値をマニュアル化して人に押し付けることが多い。戦前の軍国主義教育でも倫理教育はなされていたし、例えば「Hitler’s scientist」を読むと、ナチスには公共場所の喫煙禁止を含む極めて進んだ倫理マニュアルがあったようだ。要するに倫理が教育になるとすぐマニュアル化する。私にとって倫理とは自分とは違う考えを理解することに他ならない。文科省の生命倫理安全部会の座長をしたとき一番科学者に望んだのは、科学者が申請の中で市民の持つ様々な意見を理解していることを表現してもらうことだった。科学や研究倫理がマニュアル化するのを防ぐもう一つの方法が、科学者が科学の出自や歴史を理解することだ。フッサールの「幾何学の誕生」で議論されているが、科学者が研究を進める上で、科学的命題を誰が発見し、どのような状況で生まれたかを知る必要はない。ただ、社会と関わるときこの出自についての知識は必須だ。こう考えると、歴史を知らず、科学研究は自由だと考えている研究者の多い我が国の状況は悲劇的だが、もちろんわが国だけではない。今日紹介する韓国AICTからの論文を読んで、科学者がマニュアル教育から抜け出すことの難しさを実感した。10月19日のNature Biotechnologyにオンライン版に掲載された論文で、タイトルは「DNA-free genome editing in plants with preassembled CRISPR-Cas ribbonucleoproteins(DNAを用いないCRISPR-Cas9 リボ核酸・タンパク複合体による遺伝子編集雨)」だ。例によってCRISPRの倫理問題だが、この論文はEUの組み替え食物規制の条文に違反しない遺伝子編集が、ガイドRNAとCas9を遺伝子ではなく精製タンパクにしてからプロトプラストに導入することで効率よく実現できることを示した論文だ。研究としては様々な植物でDNAを使わず遺伝子編集が可能であることが示されている。もちろんCas9タンパクの導入効率さえあげれば原理的に可能であることはわかっていたので、研究としてはなるほどで終わるのだが、やはり最初から目的をEU規制を回避した組換え植物の作製法にしているように見える点に、このグループの未熟さを感じる。もともとEUの規制は人体への影響だけでなく、組換え技術の生態系への影響も懸念して、科学者の積極参加の上で作られている。それを回避する方法ができたと喜ぶことは、当時の科学の想像力の欠如をあざ笑っているに過ぎず、自分で自分の首を絞めるに等しい。   ここでも紹介したように、CRISPRの倫理問題はヒトゲノム改変だけではない。もう一度組換え技術の出自を問うために、欧米の科学者が第二アシロマ会議(アシロマ会議とは遺伝子組み換え生物の封じ込めや倫理について1975年に行われた会議)から議論を始めたことを理解する必要がある。今議論が必要なのは、これまで効率が悪いからということで議論が止まっていた組み換え生物の封じ込めの問題だ。現存の地球上の全生物はゲノム多様化と自然選択で進んできた。そこに組換え技術からクリスパーまで全く異なる可能性が生まれ、異なる原理で選ばれた生物が生まれ始めた。18世紀の有機体論から、ダーウィン、そしてヒトゲノムまで生物学の出自を知り、マニュアル化した倫理教育を嘲笑い、多くの意見を理解する科学者を育てるためにも、私は今後も小保方問題やCRISPRを若い人たちと議論したいと思っている。その一環として、今週土曜日1時から、京大倫理学教育研究センターのシンポジウムで話をする予定だ(http://aasj.jp/news/seminar/4141)。是非多くの方が議論しに来て欲しいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月20日:幻覚の起源(10月12日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2015年10月20日
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  • 精神症は「現実との接点の喪失」と言われるように、現実と頭の中で考えていることとの区別がつかなくなる病気だ。症状としては、見えないものが見えたり、音がしていないのに聞こえるなど幻覚や妄想が中心になる。なぜ見えてもいないものが見えるのか、幻覚の起源はどこにあるのか?しかし、現実と接点がないことから生じる幻覚や妄想の研究は難しい。極めて主観的な感覚で、観察者と共有することができない。精神症の研究にとって、観察者と共有可能なテストをいかに開発するかは重要な問題だ。これにチャレンジしたのが今日紹介するウエールズ・カーディフ大学からの論文で10月12日号の米国アカデミー紀要に掲載されている。タイトルは「Shift toward prior knowledge confers a perceptual advantage in early psychosis and psychosis-prone healthy individuals (精神症と精神症傾向を持つ正常人の持つ既存の知識へのシフトが感覚的優位性を与える)」だ。タイトルだけ読んでもわかりづらいが、この研究の目的は精神症や精神症エピソードで見られる幻覚の起源を探ることだ。この研究では、幻覚の起源がすでに経験して記憶しているイメージにあるのではないかとあたりをつけ、この仮説の検証を試みている。研究では、既存のイメージとして人物や動物の写真を見せ、頭に入れさせる。もちろんこの写真は精神症、正常を問わず認識は簡単だ。次に、この写真をグラデーションのない白と黒だけのイメージへと加工する。こうなると普通何が写っているかわからない。この加工写真の人物や動物を除いたイメージも作る。実験では、加工前のカラー写真を見せる前と後で、加工した写真を見せ、人物がいるかどうか判断させる。このセッションを繰り返して、実際の写真を頭に入れることで、わかりにくい白黒イメージが再組織化され、中に写っている人物を認識できるようになるか調べている。結果は軽い精神症と診断された患者さんは、頭の中のイメージを使って実際に見ているイメージを再組織化する能力が高い。次に、正常人を集め、精神症の傾向を調べるテストを受けてもらい、点数をつける。その上で同じようなイメージテストを行い、頭の中のイメージをもとに実際の感覚を組織化する能力を調べると、精神症度が高いほど、この能力が高いという結果だ。これらのデータから、精神症の人の幻覚は、根も葉もないものではなく、これまで経験した様々なイメージや音と、現実の感覚が連合しやすいため起こっているという結論だ。幻覚にも起源があるというのはわかりやすい結論だ。今後は連合が行われるときの脳イメージなどの研究がこのテストを使って行われていくことだろう。幻覚という主観的症状を何とか客観的なテストにしたいという著者の工夫がよく理解できる論文だった。もちろん、本当にこのテストと幻覚が対応するのかはまだまだ研究が必要だろう。特に、このテストを診断に取り入れて症例を重ねることは重要に思う。面白いのは、このテストを含む幾つかのテストをすると、正常から精神症まで切れ目なく点数が分布することで、誰もがどこかに精神症の傾向を持っているようだ。おそらくこの夢見る気持ちが私たちの生きる気持ちを支えてくれているのだろう。もちろん度がすぎると、昨年の捏造騒ぎにつながる。ただ、精神症傾向があるかどうかで人を決して分別しないと私は決めている。
    カテゴリ:論文ウォッチ
  • 10月19日:恐竜の体温を測る(10月13日号Nature Communications掲載論文)

    2015年10月19日
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    恐竜は爬虫類だから変温動物という考えは20世紀終わりぐらいより徐々に変わってきて、少なくとも一部の恐竜が私たちと同じように温度を維持する機構を有していたことが定説になりつつある。5月16日紹介したように魚ですら筋肉を熱の生成に使っていることを考えると(http://aasj.jp/news/watch/3435)恐竜も筋肉を熱生成に使ったのではないかと思うが、他にも面白い可能性があるだろう。ロンドンの自然史博物館を見てまわっていたとき、子供に人気の恐竜の化石展示室に、大型草食恐竜は消化管の発酵熱を使っているとする説明を見たとき、様々な方法があるのだと感心したことを覚えている。ただ、実際の体温が何度ぐらいだったか測定するわけにはいかない。今日紹介するUCLAからの論文は恐竜の卵の殻に含まれるアイソトープを使って体温を推定した研究で10月13日発行のNature Communicationsに掲載されている。タイトルは「Isotopic ordering in eggshells reflects body temperatures and suggests differing thermophysiology in two cretaceouss dinosaurs(卵の殻のアイソトープの量から推定される体温は白亜紀恐竜の体温の違いを示唆する)」だ。最近アイソトープの測定技術が進み、化石から食事や代謝状態を推定することが可能になっているが、この研究では卵の殻に含まれる炭素と酸素のアイソトープの量から、卵の殻が生成された温度を割りだしている。この方法はmultiply-substituted methodと呼ばれ、熱力学的平衡状態で取り込まれるアイソトープの量から当時の温度を調べる方法だ。都合のいいことに卵の殻は炭酸カルシウムで測定に使える炭素と酸素を固定している。従って、恐竜の体内温度を反映する卵管内で殻が形成されるとき固定されたこれらのアイソトープ量を調べると、殻が形成されたときの温度が推定できるという原理だ。実際、現存の鳥や爬虫類の卵をこの方法で分析すると、体温との直線的相関を取ることができる。これを確かめた上で、モンゴルから出土したオビラプトル(鳥の祖先と考えられている)とアルゼンチンから出土した巨大草食恐竜ティタノザウルスの卵の殻のアイソトープ量から体温を推定している。もちろん、出土した卵の殻に含まれる炭酸カルシウムが当時形成されたものであることを注意深く検討し、測定結果が当時の恐竜の体温を反映している可能性が高いことを詳しく示している。結果だが、オビラプトルの体温は31.9±2.9度、保存のいい化石から計算したティタノザウルスの体温は37.6±1.9度、保存状態がはっきりしない卵から計算したティタノザウルスの体温は39.6±1.4度と推定している。いずれも当時の気温より高いことから、どちらの恐竜も恒温動物だったことがわかる。ただ体温の高い現存の鳥類に近いオビラプトルが31度程度であることから、鳥類と異なる熱生成調節機構を持っている中間段階の生物だと結論している。また大型恐竜の体温が高いのは、表面積が小さいため熱の発散が抑えられていることもその原因だろうとしている。ここでは消化管内発酵については何も述べていないが、草食だからこれもありかなと思う。いつになっても、恐竜への夢は尽きないようだ。
    カテゴリ:論文ウォッチ