「これからの研究公正についてのあり方について考える」シンポジウムのお知らせ
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「これからの研究公正についてのあり方について考える」シンポジウムのお知らせ

2015年9月24日
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理事の西川が10月24日、下記のシンポジウムに参加予定です。公開ですので、奮ってご参加ください。


10月24日(土)に下記の要領で研究倫理に関するシンポジウム「これからの研究公正のあり方について考える」を開催いたします。
主催:京都大学大学院文学研究科 応用哲学・倫理学教育研究センター(CAPE)
協力:京都大学本部 研究推進部研究推進課
日時: 2015年10月24日(土) 13時から16時30分
会場: 京都大学国際科学イノベーション棟 シンポジウムホール(西館5 階)
(構内地図 http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/downlodemap/documents/2015/main_j.pdf 69番の建物)
プログラム 13:00-13:15 開会の挨拶 水谷雅彦(京都大学)
13:15-14:00 西川伸一(NPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン(AASJ)代表理事)「研究不正の構造分析」
14:00-14:45 加藤尚武(京都大学名誉教授)「研究不正の予防法」
14:45-15:00 休憩
15:00-16:25 パネルディスカッション
西川伸一(AASJ)、加藤尚武(京都大学)、伊勢田哲治(京都大学) (司会:水谷雅彦)
16:25-16:30 閉会の挨拶  水谷雅彦(京都大学)
連絡先:京都大学大学院文学研究科応用哲学・倫理学センター CAPE[at]bun.kyoto-u.ac.jp
本シンポジウムの参加に際して事前登録は不要、参加費無料です。
カテゴリ:セミナー情報

9月24日:米国医学部での男女差別(9月15日号アメリカ医師会雑誌掲載論文)

2015年9月24日
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安倍内閣の一つの柱は「女性の輝く社会」だが、男性中心にすでに出来上がった組織を変えるためには綿密な戦略が必要だ。ただ、役所や産業界に女性登用を呼びかけるだけでなく、例えば「女性の活躍を妨げるあらゆる要因を、罰則を持って取り締まる」といった罰則を伴う対策が必要になる。女性の活躍を妨げる要因の一つは、組織の構成が男性をトップに階層化されていることなので、もしペナルティーが明確なら、あらゆる組織で一度は女性をトップに据えて見ることが可能か問われるだろう。ただ、女性なら誰でもいいという訳にはいかないだろうから、すでに女性が育っている組織、これから養成が必要な組織など詳細な分析が必要になる。あまり問題にならないが、我が国で男性優位が際立っている組織の一つは大学の医学部だろう。私が京大医学部教授会に属していた時、教授会に女性はいなかった。その後富樫さんや柳田さんが教授になったが、それでも際立って男性優位だ。一方講義をすると分かるが、京大医学部は女性入学者が2割程度で、他の大学と比べるとかなり低いように感じる。こんな現状を見ると、国立大学医学部は男性優位組織を変革する政策立案のモデルとしては格好の材料になる気がする。今日紹介するハーバード大学からの論文は米国医学部での女性の占める割合についての詳細な調査で9月15日号アメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Sex differentces in academic rank in US medical schools in 2014 (2014年時点でアメリカ医学部での地位に関する男女差別)」だ。アメリカの医学部も1970年までは男性優位組織だったが、その後女性教授の比率も増え、現在ではフルプロフェッサーの数が男性17000人に対し、3600人にまで上がってきている。しかし40年たっても20%を切るということで、完全平等を目指して調査を続けているようだ。これまでの調査と違って、例えば大学のランクと女性比率、あるいは各分野の女性比率、教授になるまで、またなってからのNIH研究助成採択率など、詳細な調査が行われ、資料として手元に置いておく価値はある。裏返すと、いちいち紹介するにはあまりに詳細で、まとまりがつかない。したがって、面白いところだけつまみ食いして紹介するにとどめる。まず年齢で見ると、まだ教授にはなっていないがファカルティーの女性メンバーが若い世代ほど多い。したがって、これまでの取り組みが一応功を奏して、徐々にではあっても今後女性の数がさらに増えると予想できる。ただ内科・小児科の比率が多く、他の分野でもいい指導教官につけるようにするなど、今後改善する部分は多い。面白いのは、ファカルティーで比べた時グラントの採択率、論文数では男性が倍以上多い点だ。一方、治験への登録率ではそれほどの差がない。他に、内科でいうと血液学、腫瘍学、放射線学では男女の比率がほとんど同じになっている点だ。なぜこれが可能になっているのか、今後詳しく調べる価値はあるだろう。一方、トップランクの大学ほど女性が教授になれる比率が少ない。この点もそのメカニズムを明らかにする必要がある。最後に、この研究では1980,1990、2000年にレジデントになった医師のコホート研究を続けており、平等を目指して取り組みが始まってから30年たっても、まだ男性がファカルティーになりやすいという状況が見られることも指摘している。いずれにせよ、男女共同社会実現には、計画の進展とともに当然阻害要因も変化することを理解し、不断に阻害要因を洗い出す長期的視野の調査が必要だ。我が国でもこのレベルの調査を医学部でも進めるべき時がきたのではないだろうか。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月23日:母性の脳回路(9月16日号Nature掲載論文)

2015年9月24日
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マウスの脳に光ファイバーを留置して、光照射で特定の神経細胞を興奮させ、高次脳機能への影響を見る光遺伝学の開発は、これまで推定することしかできなかった、特定の神経と行動との相関を特定することを可能にした。この技術は記憶などの高次機能の研究に使われているが、素人が読んでわかりやすく面白いのはやはり行動の研究だろう。今日紹介するイスラエル ワイズマン研究所からの論文は子供を育てる母性特異的行動についての研究で、9月16日号Natureに掲載された。タイトルは「A sexually dimorphic hypothalamic circuit controls maternal care and oxytocin secretion(性に左右される下垂体神経回路が母親の子育てとオキシトシン分泌を調節している)」だ。もともと下垂体の神経細胞の構成はオスとメスで異なることが知られていた。このグループは中でも下垂体脳室周囲の腹側前方部にドーパミンを作るときに必要とするTHを発現した細胞がメスで多いことに注目した。さらにこのTH陽性細胞はメスの中でも出産の経験後に大きく増加することがわかった。そこで、細胞毒をこの部位に注射して行動を調べると、生理や性行動には影響がない一方、メスが子供の世話する母性に影響があることが分かった。逆にこの神経を光遺伝学テクノロジーを用いて刺激すると、普通なら子供のケアをしない出産経験のない若いマウスも、すぐに子供のケアを始めることを発見した。一方、神経細胞除去をオスで行うと、子供に対する攻撃性が上昇し、逆にTH神経細胞が興奮するとこの攻撃性が減少することが分かった。最後に、この行動の差を決めるメディエーターを探索し、最終的にこの神経が傍室核のオキシトシン分泌細胞を直接刺激して母性を誘導することを明らかにしている。この経路の最終結果は、オス、メスともに子供を守る行動に収束するが、オキシトシン分泌後の行動については今後の研究が必要だという結論で終わっている。オキシトシンが社会性を促進する効果の中に、母性や父性の獲得も加わったようだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月22日:え!こんな実験は許されるの?LPS投与により活性化されたヒト脳内のミクログリアをPETで可視化する。(米国アカデミー紀要掲載論文)

2015年9月24日
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動物実験でうまくいっていても、人間ではうまくいかないことは多い。逆に動物実験で何も起こらなくとも、人間になると大きな問題になることもある。従って、人体実験に進んでいいかどうかは、インフォームドコンセントをとればいいというものではなく、まず人体にほとんど害がないという状況で進める必要がある。私は倫理的な手続きが整っており、また研究者自身がその問題を十分認識している場合は、人体実験も可能だと思う方だが、今日紹介するエール大学からの論文を読んで、ここまでやっていいのか深く考えてしまった。タイトルは「Imaging robust microglial activation after lipopolysaccharide administration in human with PET (リポポリサッカライド注入にによるミクログリアの強い活性化をイメージングする)」だ。ミクログリアは脳内のマクロファージとも言える細胞で、脳内の炎症や変性細胞の処理に重要な役割を演じている。裏返せば、ミクログリアが活性化していることは、脳内に炎症や変性が起こっていることを示唆することから、脳内のミクログリアの活性化状態をモニターすることは、多発性硬化症やアルツハイマー病の病態診断にとって価値は大きい。ただ、脳内の細胞なので簡単に血液検査で調べるというわけにはいかない。これを克服するために、ミクログリアの状態をアイソトープでラベルしたプローブでモニターする方法の開発が行われてきた。この中で生まれたが炭素11でラベルしたリポPBR28を使う方法で、このプローブはミクログリアが活性化された時ミトコンドリア膜上に誘導される様々な機能を持つトランスポーターTSPOに結合する。すなわち、放射性プローブのミクログリアへの蓄積を指標に活性化状態を定量化できる。これらのことから、PBR28を用いたPET検査への期待は高く、これまでサルを使った実験も含む前臨床研究段階は終了している。臨床研究としては、初期段階のアルツハイマー病でも上昇が見られることも示されていた。私なら炎症再生を繰り返す多発性硬化症や、脳炎などを用いた臨床研究へとすすむと思うが、このグループはなんと、正常ボランティアを募り、大腸菌のLPSを静脈投与して急性のミクログリア活性化を誘導し、炎症誘導前後のPET検査を行っているのだ。結果は予想通りで、LPS投与すると自覚的にも多角的にも炎症症状が誘導され、血中の炎症性サイトカインも上昇する。それと同時に、脳内でのPBR28の取り込みが30−50%上昇するのが観察される。LPSで脳内ミクログリアが活性化されることは知られているので、この方法はミクログリア活性化を知る感度の高い方法になるという結論だ。いくら経過を注意深く観察していると言え、LPS投与が強い炎症を引き起こす、いわば毒であることはわかっている。いくら将来重要な検査へと発展して多くの疾患の早期診断に役立つかもしれないとはいえ、正常人にわざわざ炎症を誘導する処置をしていいのか疑問だ。もちろんインフォームドコンセントをとり、倫理委員会で審議したと書かれているが、臨床例を積み重ねて適用を決めることは間違いなくできたはずだ。アメリカの自由といえばそれでおしまいだが、いくら考えてもどこかで一線を越しているような気がするのは、現役を退いたからだろうか。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月21日:ピロトーシスのメカニズム(9月16日号Nature掲載論文)

2015年9月24日
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今日は24日でこの間、案の定ネットは繋がらなかった。書きためた論文ウォッチを順々に、書いた日付に合わせて掲載する。 細胞の死に方をネクローシスと、アポトーシスに分けて理解できていた頃は楽だった。私自身この分野をほとんどフォローしていなかったが、両者とは違う新しい死に方が定義され、ピロトーシスと呼ばれるようになっていたようだ。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はピロトーシスが誘導されるシグナル経路を特定した研究で9月16日号のNatureに掲載された。タイトルは「Caspase-11 cleaves gasdermin D for non-canonical inflammatosome signaling (インフラマソームの非主流シグナルをカスパーゼ11により切断されたgasderminDが担っている)」だ。一般の人でなくとも、このタイトルは分野がことなう研究者にとってもチンプンカンプンだろう。まずピロトーシスから説明すると、細胞内に取り込まれた細菌細胞壁に発現する内毒素により誘導される細胞死で、細胞が溶解する点ではネクローシスト同じだが、DNAの断片化が見られる点ではアポトーシスと同じであり、独立のシグナル経路が関わることがわかっていた。これまでの研究からカスパーゼ1が活性化されるとピロトーシスが起こることはわかっていたが、細胞内に取り込んだ細菌の内毒素によるピロトーシスの詳細はほとんどわかっていなかったようだ。タイトルにあるインフラトソームはこのシグナル誘導に関わる様々な分子の複合体で、この中に存在するカスパーゼ11が内毒素によるピロトーシスに関わることは知られていた。この研究の目的は細胞内内毒素の刺激からピロトーシスまでの経路の解明で、Pam3CSK4と共培養することで誘導されるIL-1βを指標に突然変異マウスを探索し、gasderminDとカスパーゼ11遺伝子突然変異マウスがこの経路に異常があることを発見する。このスクリーニングで使われた突然変異体は共著者のオーストラリアのGoodnowがずいぶん前に、マウスを使ってショウジョウバエと同じように全遺伝子について突然変異体の分離を行おうと始めたプロジェクトで、現在も粘り強くプロジェクトが進んでいるのを知ると感心する。はっきり言ってこの二つの分子を特定できたことでこの研究の大枠は完成している。インフラソゾーム構成分子のカスパーゼ11は予想していたかもしれないが、gasderminDが引っかかってきたのは驚きだったろう。というのも、この分子は哺乳動物にしかなく、またカスパーゼ1活性化によるピロトーシスにはgasderminDが必要ないことがわかっていたからだ。様々な遺伝子欠損マウスを使ったシグナル解析から、1)細胞内内毒素によるピロトーシスには、カスパーゼ11活性化と、それによるgasderminD分子の活性化が必要なこと、またこの経路が致死的敗血症の原因であることを明らかにしている。詳細は省くが、内毒素による活性化されたカスパーゼ11/gasderminDはカスパーゼ1の上流で働いているため、カスパーゼ1を直接活性化するとgasderminD非依存的にピロトーシスが起こるというシナリオを提案している。したがって、脊椎動物で一般的に見られるピロトーシスを細胞内内毒素の刺激とリンクさせたのがgasderminDの進化の結果ではないかと結論している。ますます細胞の死に方が複雑になっているという印象だが、細胞の死に方の調節がいかに重要かを実感する論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

論文ウォッチについてのお知らせ

2015年9月20日
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今Quito空港でガラパゴス行きの飛行機を待っています。ガラパゴス島ではネットにアクセスできない可能性があります。その場合は4日ほど論文ウォッチはお休みをいただきます。アクセスができればもちろん続けるつもりです。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月20日:高次機能解明のための市民参加型研究(9月16日号PlosOne掲載論文)

2015年9月20日
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このホームページでも紹介してきたが、市民参加型の研究が21世紀の科学の一つのトレンドになるのではないかと思っている。ハッブル望遠鏡が撮影したギャラクシーズーのように、実際市民の参加があって初めて成功した研究も続々報告されつつある。しかし、グーグル検索のようなPCへのアクセス、あるいは監視カメラ映像を通していやおうなしに研究に参加させられる事もあり、市民参加型の研究に対する懸念も持たれるようになっているのが現状だ。しかし私自身は、解析に主観的要素が入る認知科学はこういった懸念はあるものの今後市民参加型研究をますます組み入れるようになるのではと予想している。この方向性の一つの目標は、それぞれの心的自己、あるいは主観についての科学の始まりではないかと考えているが、今日紹介するデューク大学からの論文は、この方向性の入り口の研究と言えるのではないかと思った。9月16日付のPlosOneに掲載され、タイトルは「Citizen science as a new tool in dog cognition research(市民参加科学は犬の認知研究の新しい道具になる。)」だ。私は犬も飼っていないし、これまで犬の認知についての研究について全く知らなかった。類人猿と他の動物の間をつなぐ意味で、犬の心理実験の重要性が認識され、最近盛んに行われてるようだ。ただ、これまでの研究では、犬を研究室という特殊な設定に置いて調べていたため、実験的設定自体が実験結果にどの程度影響を持つのか検証が必要だった。この研究は、Dognitionというインターネットサイトを立ち上げ、そこに集まってくれる一般の犬の飼い主に実験を任せることで、犬の日常の中に無理なく実験を組み込む可能性が検討された。驚くのは、メンバーになるためにお金を払った上で、この実験を承諾し、参加する人が集まることだ。自分の飼い犬の認知能力を知りたいと思うのは愛犬家なら当たり前のことなのかもしれない。その上で、これまで研究室で行われてきた犬の認知機能や記憶を調べる課題を選び、飼い主が個人的愛情などの影響を受けることなく成し遂げられるか調べている。個人的バイアスを避けるため、実験プロトコルを犬の訓練士の犬を使って何度も検討し、ビデオも使ったインターネット上で飼い主の教育を行った上で、飼い主に実験を行ってもらい、結果課題を完遂できた約500頭の結果を、これまでの実験室で得られてきた研究結果比べることで、市民に実験者になってもらっても客観的実験が可能か検討している。どんな課題が与えられたかや結果の詳細はすべて省略するが、市民研究者に実験を任せることは可能かという問題については、十分可能だと結論している。例えば、これまでの実験室での研究結果と比べてもほとんど同じ結果が得られており、再現性は高い。逆に、例えば待てと命令したまま実験者が背中を向けて実験を中断するセッティングでは、飼い主が実験する方が長い時間食べ物に飛びつかずに我慢していることなど、飼い主との社会的関係が実験に影響することも明らかになっている。この実験の目的はあくまでも市民参加型研究が可能かの検証で、結果としては特に目新しいものはなかった。しかし課題次第で、出来上がった市民参加型ネットワークから、新しい発見が生まれる予感がする。オオカミの群れの行動から考えると、犬には社会を作りそれぞれの持ち場を決めて共同作業を行うための認知条件が整っている。この社会性を飼い主との関係に利用することで、犬を訓練して多くの仕事を任せることが可能になっている。今後おそらく、他の個体と情報を共有するためのコミュニケーション能力とは何かなど、面白い課題の研究が進む予感がする。是非次の論文を読んでみたい。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月19日:心筋細胞の再生の切り札?(9月16日号Nature版掲載論文)

2015年9月19日
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心筋梗塞は発作直後の死亡率が高い恐ろしい病気だが、命を取り留めることができても、一度死んでしまった心筋細胞は再生できず、機能の一部を失った心臓で残りの人生を送らなければならない。このため心筋の再生は、再生医学の最重要課題の一つになっている。魚類や両生類に見られる再生が哺乳動物ではなぜ起こらないのか、心臓にも骨格筋と同じような自己再生する幹細胞は存在するのか、再生がおこるならその増殖シグナルは何か、などの課題に対する挑戦が続けられている。今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は基礎的にも臨床的にも全く新しい可能性を開くのではと期待が持てる研究で9月16日号のNatureに掲載された。タイトルは「Epicardial FSTL1 reconstitution regenerates the adult mammalian heart(心外膜のFSTL1を回復させると大人の心筋を再生させる)」だ。このグループは大人の心筋内にも自己再生可能な幹細胞が存在し、その増殖に心外膜が関わっているという可能性について研究を行っていたようだ。この論文ではまず、心外膜細胞が心筋細胞の増殖を促進すること、この効果が心外膜から分泌される分子によることを、ES細胞から誘導した心筋細胞で明らかにした上で、この分子をマトリックスに混ぜて心臓に貼ることで心筋梗塞後の心筋再生治療に使えることを示している。次に心外膜細胞上清に分泌される活性分子の探索を行い、Folistatin-like(FSTL1)と呼ばれていた分子こそが心外膜細胞が分泌する心筋再生を誘導する分子であることを突き止める。このリコンビナント分子を大腸菌に作らせ、これをマトリックスに加えて心臓に貼ると、心筋再生を促すことができる。また試験管内の実験系でもリコンビナントFSTL1は心筋の増殖を誘導する。最後に、ヒトの心臓に近いブタ心筋梗塞モデルでも心筋再生を誘導することができる。これらの全臨床実験の結果を見ると、FSTL1が今後心筋梗塞の急性期を狙った細胞治療に有望な分子であることが結論できる。一方基礎医学的にも面白い分子だ。まず、胎児心臓発生時は心臓全体で発現しているが、大人になると発現が心外膜に限局される。ところが心筋梗塞を起こしてやると、また発現が心筋に移行する。一見理にかなっているように見えるが、大腸菌に作らせて外から加えると強い心筋再生作用が観察できるFSTL1が心筋で発現しているなら、がなぜ心筋は再生できないのかという疑問だ。この研究では、心筋細胞ではFSTL1の糖鎖修飾が行われることで、再生誘導シグナルが失われ、代わりに心筋保護作用が現れるためではないかと結論している。これについてはまだまだ研究が必要だろう。特にこの分子について、心筋再生の起こる動物と、起こらない哺乳動物を比べることは面白いと思う。もし哺乳動物だけで心臓再生作用を抑えるFSTL1分子の糖鎖修飾が起こったなら面白いシナリオがかけるのではないだろうか。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月18日:ズブの素人にも良さそうな感触がある創薬法(Angewandte Chemie9月号掲載論文)

2015年9月18日
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今書いている本のペースがこの一ヶ月なかなか進まない。というのも、内容が38億年前の地球での生命誕生に差し掛かったため、有機化学といやでも格闘しなければならない。毎日関係の論文を読みながら、苦手意識を募らせている。そんなとき思い出すのが、理研創薬プロジェクトのメディシナルケミストたちだ。ケクレが夢の中でベンゼン環が踊っているのを見たというが、頭の中に亀の甲をイメージできる人達だ。今格闘しているのが、生命の有機化合物がL-型に統一されるホモキラリティーの現象だが、キラリティーと関係するサンディエゴ州立大学からの論文を見つけたので紹介する気になった。タイトルは「Exploiting atropisomerism to increasee the target selectiveity of kinase inhibitors (キナーゼ阻害剤の標的選択制を高める目的でアトロプ異性体を利用する)」だ。私に取ってもアトロプ異性体という言葉は初めてだったが、論文を読むと化合物の回転性が亀の甲に結合させた分子によって阻害されるような異性体で、創薬として合成される化合物はアトロプ異性体ができやすいらしい。最近になてこのアトロプ異性体が時に標的分子と高い親和性を持って結合できることが示されてきたらしく、著者達は同じ戦略をガンの分子標的治療の中心になっているキナーゼ阻害剤に使えないか調べようと着想している。実を言うとここからはチンプンカンプンになるが、一昨日、昨日ここで取り上げたイマチニブやクリゾチニブもアトロプ異性体が生成され共存していることを確認した上で、ベンゼン環に結合しているクロライドをブロムに変換するなどして(なぜこんなことを思いつくのかは専門家に聞いて欲しい)、安定性のある右向き、左向きのアトロプ異性体を合成し、このキナーゼ阻害活性の特異性が、元の化合物と比べて変化するかを調べている。結果は期待通りで、これまでsrcを始め多くのキナーゼを阻害していた化合物が、右向きだけになるとRETなどのキナーゼに特異性を示すようになることを見出している。次に構造解析やモデリングを使って、実際の反応を構造モデリングで裏付けることもできること、そしてそれを使ってアトロプ異性体のキナーゼ特異性を予想することも可能なことを示している。これらの結果から、アトロプ異性体を安定化させることで現在使われているキナーゼの特異性を変化させるという方法は、もっと創薬で利用できるのではと示唆している。理研創薬プロジェクトの人たちと話していると、標的分子の構造さえわかれば分子をどう変えていけばいいか次々と頭に浮かんでくるようだ。その意味で、異性体を安定的にするだけでこんな効果があるなら、もっと試みられるべき方法だろう。少し気になったのは、化合物特許がある場合、異性体の特許も含まれてしまうのか、それとも別なのかだ。誰か是非教えて欲しい。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月17日:非小細胞性肺がんの治療に標的薬を組み合わせる(9月号Nature Medicine掲載論文)

2015年9月17日
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ガンのゲノムを調べて異常増殖に関わる遺伝子を見つけ、それを標的として薬剤で叩くことで高い治療効果を得ようとするのがガンの分子標的治療だ。その最も成功した例が慢性骨髄性白血病に対するイマチニブ治療で、薬剤を服用し続ければほとんどの例で白血病をコントロールすることができるようになっている。ただガン遺伝子が続々明らかになり、それに対する分子標的薬が開発されてわかってきたことは、分子標的薬は最初著しい効果を示すものの、多くの場合時間が経つとガンが耐性を獲得して再発することだ。したがって、間違いなく寿命を伸ばすことができるが、現在の標的薬だけでは完全に治すのが難しいことだ。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は非小細胞性肺腺ガンの治療耐性獲得機構を明らかにして根治治療法の開発を目指した研究でNature Medicine9月号に掲載された。タイトルは「Ras-MAPK dependence underlies a rational polytherapy strategy in EML4-ALK-positive ling cancer(EML4-ALK陽性の肺がんRas-MAPK依存性から帰結する標的薬併用治療)」だ。タイトルにあるEML4-ALK陽性肺ガンというのは、染色体転座によりできたキメラ遺伝子EML4-ALKが発ガンに関わっていることが、当時自治医大(現東大)の真野さんたちによって明らかにされた非小細胞性肺腺ガンだ。ファイザーにより開発されていたALKのリン酸化機能を抑制するクリゾチニブという分子標的薬が身体全体に転移していたガンをあっという間に縮小させるほどの効果を見て全員が分子標的薬の将来を確信した。しかし、治療を続けてわかったことは、ほとんどの例が薬剤耐性になること、また同じガン遺伝子を持っていても4割の患者さんには効果がほとんどないことがわかってきた。この研究ではまずクリゾチニブが抑制するEML4-ALKの下流でガンの増殖を駆動している3つのシグナル経路の内、どの経路がクリゾチニブ耐性になると再活性化されてくるかを調べ、多くのガンで活性化されるRas-MAPK経路の活性が上がっていることを発見する。次に、Ras-MAPKがEML4-ALKにより活性化されるメカニズムを調べ、1)ALKではなくEML領域でRas-MAPKが活性化されること、2)クリゾチニブ耐性ガンではRas遺伝子の増幅、あるいはこの経路のシグナルを抑制しているDUSP6脱リン酸化酵素の発現低下が見られることを明らかにした。すなわち、他のシグナル経路と比べた時、クリゾチニブではRas-MAPKが完全に抑制できないため、時間が経つとRas遺伝子が増幅や、DUSP6遺伝子の発現を低下させた耐性ガンが生まれてしまうというシナリオだ。もしそうなら、最初から先手を打って、クリゾチニブとともに、Ras-MAPK経路を抑制するMEK阻害剤を投与することで、全てのガンを殺すことができるのではないかと着想した。この仮説に基づき、マウスに肺ガンを移植して単独投与、2剤併用投与を比べると、クリゾチニブでは2ヶ月程度で耐性ガンが現れる一方、2剤併用では100日目でも全く再発がなかったという結果だ。MEK阻害剤はすでに臨床で使われており、この治療のヒトでの可能性の検証はすでに始まっていることだろう。期待が持てる。私にはこの研究はガン分子標的治療の新しい方法を示す画期的な研究に思える。これまで薬剤耐性ガンに対しては、耐性が出てから対応していた。しかしこの研究は、薬剤の標的分子の生化学を理解することで、耐性出現前に先回りして、耐性が起こりやすい経路を抑制することができることを示した。他の分子標的薬についても、同じ観点から再検討することで、分子標的薬を用いた根治が可能になると期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ