昨日は私が会った中でも強い印象を持った免疫学者の一人、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の Jason Cyster 研の研究を紹介した。リンパ球、特にBリンパ球のリンパ節へのホーミングを調節している中心分子が CCL21 だという常識を疑うところから始めたベテランの目を感じさせる論文だ。
今日は同じ西海岸の免疫学者の一人で、やはり強い印象を受けたスタンフォード大学の Mark Davis 研から発表された新しいインフルエンザワクチンについての研究を紹介する。タイトルは「Coupling antigens from multiple subtypes of influenza can broaden antibody and T cell responses(複数のインフルエンザサブタイプの抗原を合体させると抗体反応とT細胞反応を拡大できる)」だ。
Mark Davis は1980年代、T細胞抗原受容体のクローニング競争で勝利するのは利根川さんか本庶さんかという世間の下馬評を覆して、遺伝子サブトラクションを用いて遺伝子クローニングに成功した一人で、少なくともこの10年以上は人間の免疫反応を丹念かつ網羅的に調べる研究を行っており、このブログでもすでに4回紹介している。
この研究では我々のインフルエンザワクチンに対する反応の多様性について広く信じられている original antigenic sin と呼ばれる最初の感染ウイルスによる免疫系のバイアス説を疑い、まず多様性の原因を実際にワクチンを受けた人で HA1、HA3、 HAB それぞれの抗原に対する反応を調べ、反応がいずれかの HA 抗原にバイアスがかかっていること、また双生児を利用した研究で、反応のタイプの遺伝性が大きく、逆に過去のワクチンや感染の影響が大きくないことを確認し、最初の感染やワクチンがそれ以降の反応を決めるという考えは間違っていると結論する。
そして多様性の原因について、T細胞へ抗原を提示する MHC のゲノム型が大きな役割を占めていることを発見する。そして、結局反応にバイアスがかかるのは、一つのタイプの HA に高い親和性を持つB細胞が抗原を取り込んで、特定のペプチドをT細胞に提示する過程でバイアスが起こると着想する。すなわち、インフルエンザに対する抗体を発現するB細胞がT細胞を刺激するという閉じた回路が、一定のHAへのバイアスを促進すると考えた。
それなら、同じB細胞が親和性の高い HA だけでなく他のHAも取り込めるように3種類の HA を一つの分子にまとめてしまえば、同じB細胞は結合するHAのみならず他の HA もT細胞に提示することが可能になる。
このアイデアをマウスで確かめると、よく使われる3種類をただ混合したワクチンと異なり、全てのタイプの HA に対する強いT細胞反応とともに、抗体を誘導することができる。
最後に人間でも同じことが見られるか調べるため、切除した扁桃腺のオルガノイド培養に従来型の HA 混合あるいは一つの分子にまとめた新しい抗原で免役し、B細胞が全ての HA を同時に取り込める複数の HA が結合型したワクチンで強い反応が起こることを示している。さらに、これだけでなく、鳥インフルエンザ H5 に対処にも反応できることを示し、多くの CD4 T細胞を動員することがワクチンの効果を決めることを明らかにしている。
今日紹介するイリノイ州 North Western 大学からの論文は、微小電気刺激でセンサーを動かすことで結合するタンパク質の解離を促進するという難しい問題を解決した研究で、12月9日号 Science に掲載された。タイトルは「Active-reset protein sensors enable continuous in vivo monitoring of inflammation(能動的にリセットするタンパクセンサーは体内で持続的に炎症のモニターを可能にする)」だ。
センサーのアイデアだが、電極から DNA ストランドを伸ばし、もう片方に特異的にタンパク質に結合するセンサー(ここでは RNA で形成させたアプタマーと呼ばれる分子を使っているが抗体でも良いらしい)と電極と反応するフェロセンを結合させ、500mV の電流で DNA を電極に近づけて電極でフェロセンの電子を感知させるとき、センサーにタンパク質が結合すると、この反応が遅れることを利用して、タンパク質の結合を検出している。
今日紹介するイエール大学からの論文は、客観的な検査が難しい精神疾患の診断にウェアラブルデバイスが役に立つかを、診断名とともに遺伝子多型検査も加えてウェアラブルデバイスデータとの相関を調べて研究で、12月19日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Digital phenotyping from wearables using AI characterizes psychiatric disorders and identifies genetic associations( AI を用いたウェアラブルデータによるデジタル形質は精神異常を特徴付け、さらに遺伝的相関も特定する)」だ。
今年の11月、染色体外に飛びだして環状 DNA として存在するようになったガン遺伝子が多くのガンで認められ、増殖を促進するだけでなくガン免疫の成立を抑制するなど様々な機能を発揮して、ガンの治療を難しくしていることを紹介した。(https://aasj.jp/news/watch/25571)。ただ、これまでの染色体外 DNA の研究は、すでにガンになった細胞について研究されてきたため、染色体外 DNA の形成自体が、発ガンを促進しているという明確な証拠はなかった。
今日紹介するスローンケッタリングガン研究所からの論文は、正常細胞に人為的にガン遺伝子を含む大きな染色体外 DNA 形成を誘導し、これが実際に発ガンに関わることを証明した研究で、12月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Engineered extrachromosomal oncogene amplifications promote tumorigenesis(遺伝子操作で染色体外発ガン遺伝子を増幅させると腫瘍形成が促進される)」だ。
この研究のハイライトは、皆が当たり前と思っていた発ガンと染色体外 DNA の関係を、ガン遺伝子を含む大きなゲノム領域を遺伝子操作でゲノム外に切り出して環状化することで、検討し直したことにつきる。論文を読むと、これまでどうしてこのような研究が行われなかったのか不思議な気がするぐらいだ。
研究では、p53 機能を抑制することが知られている MDM2 遺伝子領域を遺伝子操作して、Cre 組み替え酵素が働くと、MDM2 を含む 1Mb の大きな染色体外 DNA が形成され、さらにこの操作でできた染色体外 DNA を蛍光マーカーで追跡できるようにする方法を確立している。
この遺伝子操作法の有効性と、その結果生まれた染色体外 DNA が勝手に増幅する傾向にあることを、まずガン細胞株で確かめた後、MDM2 や Myc など、これまで染色体外 DNA として遺伝子増幅が起こっていることがよく知られた遺伝子が、正常細胞で染色体外 DNA として切り出されたらどうなるかを調べている。
まず、Cre 組み替え酵素を導入することで、Myc を含む 1.7Mb の染色体外DNAを誘導できるマウスを作成し、正常神経幹細胞を誘導する過程で染色体外 DNA を誘導し経過を追跡すると、時間経過とともに染色体外 DNA が増幅を繰り返すこと、しかも遺伝子増幅だけでなく複数の染色体外 Myc-DNA が染色体外でエンハンサー複合体を形成し、転写が高まることを示している。おそらく、正常細胞で染色体外DNA を誘導し、これにより遺伝子増幅が起こることを示した最初の例と言える。
次に、染色体外 MDM2−DNA を誘導できるマウスから線維芽細胞を培養し、Cre 組み替え酵素で染色体外 DNA を誘導すると、やはり MDM2 の遺伝子増幅が起こり、その結果線維芽細胞が不死化すること、さらに変異 HRAS 遺伝子と組み合わせると脂肪肉腫が形成されることを示し、正常細胞で MDM2 が染色体外 DNA として切り出されるだけで、増幅が始まり、細胞の増殖を促進し、最後にガン化を促すことを明らかにしている。
最後に、Myc 遺伝子を強発現したトランスジェニックマウスで MDM2 を染色体外 DNA に切り出すことで、Myc 強発現だけでは発生しなかった肝臓ガンが多発することを確かめている。
おそらく今年ノーベル化学賞を受賞した David Baker さんも、ノーベル賞で研究が加速したと言われる一人になると思う。今日紹介する Bakerさんの研究室からの論文は、10年以上にわたる蓄積の上に自然にはないタンパク質を設計し、それを組み合わせて5角形の面の周りに6角形の面が集まって形成された多面体がデザインでき、それをウイルスのように細胞内へ届けることができることを示した研究で、12月18日 Nature オンラインに掲載された。タイトルは「Four-component protein nanocages designed by programmed symmetry breaking(4コンポーネントからなるタンパク質ナノケージは対称性の破壊をプログラムすることでデザインできる)」だ。
様々な歴史的疑問を古代 DNA 解析を通して明らかにする研究について何度も紹介してきたが、今日紹介するこの分野をリードするドイツ・ライプチヒのマックスプランク進化人類学研究所からの論文は、梅毒に罹患していた古代人から原因菌であるトレポネーマの DNA を分離し、梅毒がコロンブス時代にアメリカからヨーロッパに持ち込まれたという通説が正しいことを明らかにした研究で、11月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Ancient genomes reveal a deep history of treponemal disease in the Americas(古代ゲノムによってトレポネーマによる病気のアメリカ大陸での歴史が明らかにされた)」だ。