7月28日:地衣類についての新説(7月21日Scienceオンライン版掲載論文)
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7月28日:地衣類についての新説(7月21日Scienceオンライン版掲載論文)

2016年7月28日
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   異なる種の見事な共生として常に例に挙げられるのが地衣類だろう。通常、カビやキノコの仲間。子嚢菌と光合成をするパートナーになる藻類からできていると考えられてきた。
   今日紹介するグラスゴー大学からの論文は、地衣類では子嚢菌一種類だけが菌類の主体となっているとするこれまでの通説を覆し、実際には2種類の菌類が光合成を行う藻類と共生していることを示した論文でScienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Basidiomycete yeasts in the cortex of ascomycete macrolichen (Basidiomycete(担子菌)はascomycete(c)からなる大型地衣類の皮質に存在している)」だ。
  地衣類を見たことがないという子供達も今は多いかもしれない。木の幹に張り付いている葉やヒゲの形をした生物で、上に述べたように菌類と藻類が一つの個体を形成する共生生物だが、例えばハリガネキノリ属というように地衣類としての名前も持っている。
   私も知らなかったが、地衣類の研究を阻む大きな難関は実験室で地衣類を培養することができなかったことで、この原因として実際にはこれまで知られていない生物が共生のために必要ではないかと考える人が多かった。
   この研究では色の違う2種類の全く色の異なるBryoria(ハリガネキノリ属)の遺伝子発現を調べ、色の違いは子嚢菌とパートナーを組む藻類の種類の違いとして説明がつかないことに気づき、色の違いが決まる原因を探索していた。その結果、地衣類は子嚢菌だけでなくもう一つの菌類basidiomyceteから構成されており、色の違いはこのbasidiomyceteの種類の違いによることを明らかにした。すなわち、これまで2種類の生物の共生と考えられてきた地衣類には2種類の菌類と藻類からなるより複雑な種類が存在することがわかった。
   次にこのような構成が一般的なものか、あるいは最初調べた2種類の地衣類だけに適用されるのか、モンタナ州に生息する様々な地衣類の遺伝子を調べ、調べた全ての地衣類で同じように3種類以上の共生が認められることが明らかになった。
   なぜ今までこんなことが発見されなかったかについては、PCRに用いられる鋳型のバイアスのせいではないかと想像している。
  次の問題は2種類の菌類が地衣類の体のどこに存在するかだが、in situ hybridizationを用いて、basidiomyceteが最も外側の皮質を形成し、色の違いになっていることを明らかにしている。
   話はこれだけで、最初読み始めた時、ついに実験室で地衣類の培養が可能になったかと期待したが、ここまで研究は進んでいないようだ。しかし、構成成分が明らかにならないと培養は不可能で、その意味では大きな一歩と言えるだろう。キノコのような複雑な形態が単純な菌類からどのようにできるのかは面白い問題だ。
   また、面白いだけでなく、「私たちを魅了する松茸の培養にもつながるだろう」などと、すぐ商売に結びつけるのは品のない考えかもしれない。
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7月27日:アレクサンドル・リトビネンコ暗殺事件の医学(7月22日号The Lancet掲載論文)

2016年7月27日
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   アレキサンドル・リトビネンコ暗殺事件を覚えているだろうか。   リトビネンコはロシアKGBのエージェントで、命じられた実業家ベルゾフスキー暗殺を拒否したため、弾圧を受け2001年に英国に亡命した。英国では自らが関わったロシアの様々な陰謀を暴露し、プーチン政権批判の先頭に立っていた。ところが、2006年、ポロニウム210と思われる放射毒により暗殺され、当時大きく報道された。
   なんとリトビネンコが運び込まれた病院で治療や検査に関わった医師によるリトビネンコの症例報告が7月22日号のThe Lancetに掲載された。タイトルは「Polonium-210 poisoning: a first-hand account(ポロニウム210中毒:現場からの報告)」だ。
   高濃度のポロニウム210中毒など、世界中探しても経験できる症例ではない。「1度起これば必ずまた起こる」と考えるのが医学の世界で、貴重な経験を論文にまとめるのは何の不思議もない。しかし、2006年の事件が10年経ってようやく症例報告として現れたのは、やはり重大な政治問題が背景にあることを実感する。
   論文の内容は、診察に訪れてから23日目に亡くなるまでの臨床データと、その時医師達が何を考えたかの記録、そして死亡後調べられたボロニウム210の体内分布のデータだ。
  後の方から紹介すると、なんと44億ベクレルのポロニウム210を摂取し、死亡までの累積被曝は、腎臓で140Gy、肝臓で92Gy,骨髄で17Gyに達している。直接被曝で4Gy照射を受けると、骨髄死に至ることを考えると、この数字の恐ろしさがわかる。
   一般の方なら、なぜそんな大量の放射能を運んだり、飲み物に混ぜたりできたのかと訝しがられると思うが、ポロニウム210から出る放射線はα線のみで、紙一枚あれば遮ることができる。従って、暗殺者側が被爆する危険はない。しかし、いったん体内、そして細胞内に取り込まれると、DNAを切断し、生体高分子にも直接影響する。
   ではリトビネンコの治療に当たった医師はどう考えたのかだが、正直ポロニウムとは想像もできなかったというのが結論だ。
   最初和食のレストランで食事の後、胃腸の異常を訴え、強い下痢で病院に入院する。その時、中毒と感染が疑われるが、まず感染として治療が始まる。しか難治性のクロストリジウムが便から発見されたため、抗生物質の治療が続けられる。
   ところが入院1週間でレトビネンコが自分の経歴を明かし、自ら暗殺の対象になった可能性があることを医師に告げ、タリウム中毒なども疑われるが、尿中にも検出できず、原因の決め手は得られないまま、急速に貧血、脱毛、など放射線障害によるとみられる症状が進行する。2週間目以降は白血球数は0。ただ、ガイガーカウンターで調べても何も検出されず、死ぬ前の日に、血液をスライドグラスに塗布してレントゲンフィルムで露光させることで初めて、α線を照射している放射性物質が大量に体内に存在することがわかったという経過報告だ。
   この高い放射能のため、未だ組織の顕微鏡検査は行われていない。
  結論としては、最初の下痢症状はタリウムと同じで、ポロニウム自体の毒性の反映で、その後は放射線障害と考えられる。従って、教科書的には下痢を伴う胃腸症状を訴え、1週間以降急速に放射線障害を発症する患者で、ガイガーカウンターで放射線が検出できない場合はポロニウム中毒を疑えということになるのだろう。
   国家が行う犯罪が私たちの想像を超えることがこの論文からわかる。どの民主国家でも、権力を持つということは、市民に隠された力とアクセスできるようになることだ。これを乱用するかどうかは、決して政治家の良心の問題ではない。基本法や憲法で、権力を制限できる契約を交わすことでしか防げないことが、この論文を読んだ私の印象だ。10年という月日を経た後でも、この事件が一般医学雑誌に掲載されたことは正しい選択だと思う。
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7月26日 脳内の機能的シナプス量を測るPET検査(7月20日号Science Translational Medicine掲載論文)

2016年7月26日
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    最近、水分子の拡散速度の違いを検出して脳内の神経結合をfMRIを用いて可視化する方法が可能になり、自閉症などの様々な病気の神経結合異常の特定に応用されている。とは言っても、神経間の結合は全てシナプスにより媒介されており、様々な病気での神経結合の変化を定量化するためには、シナプス接合の密度を測りたい。このため、シナプス接合で神経伝達因子の保持、遊離に関わるシナプス小胞をPETを用いて可視化するためのリガンド開発が進められてきた。
   今日紹介するエール大学PETセンターからの論文は炭素11でラベルしたシナプス小胞のタンパク質(SV2A)に結合するUCB-Jを用いると、人間の脳内で機能しているシナプスの量を測定できることを示す研究で、7月20日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Imaging synaptic density in the living human brain(生きている人間で機能するシナプス濃度を画像化する)」だ。
   この分野の専門誌を見ることはほとんどないので、脳内シナプスをが増加するためこれまでどの様な研究が行われてきたのかほとんどフォローできていない。しかし、この論文の著者らは、この論文がシナプス濃度の画像化についての最初の報告だと主張している。
   この技術のコアは、SV2Aに特異的に結合するUCB-Jの合成と炭素11同位元素での標識で、様々な全臨床研究を経て、実際の人間の脳での測定に利用できることを示したのが今回の研究だ。
   研究ではまずサルを用いてUCB-Jで画像化されているのがシナプス小胞のSV2Aであることを確認した後、まず正常人を用いてシナプス接合の多い灰白質にシグナルが集中していることを確認、またUCB-Jの結合動態を詳しく検討して、シナプス濃度を定量できることを確認している。
   次にUCB-Jの結合がSV2A特異的であることを示すために、同じタンパクに結合し抗てんかん薬として用いられているレベチラセタムと競合させ、レベチラセタム投与でUCB-JによるPET画像の強度が低下することを示している。
   最後に内側側頭葉の梗塞の結果てんかんを発症した三人の患者さんに適用して、梗塞部特異的のシナプス量を、例えば反対側の52%程度と正確に定量化でき、てんかん症状と相関させられることを示している。
   結論として、画像の広がりや定量性を比べると、これまで用いられてきたグルコースの取り込みや、MRIとは質的に異なる画像がUCB-Jを用いたPETで得られ、今後様々な病気に利用できるといえるだろう。
   素人ながら今後を考えると、tauタンパクの蓄積画像を定量できる様になってきたアルツハイマー病のシナプス機能測定にまず用いられるだろう。しかし本当にこの技術が役に立つのは、小児の脳発達とその異常の把握だと思う。そのためには、さらなる安全性とともに、シナプスの絶対量についての定量性の確認など調べるべきことは多い。しかし、期待は大きい。
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7月25日:類い稀なる知能に恵まれた子供の輝ける未来(Psychological Science7月号掲載論文)

2016年7月25日
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   生まれつき背が高く運動能力が優れている人たちがいるのと同じで、小さい時から図抜けて知能が優れている人がいることは、モーツアルトを始め神童と呼ばれた人の存在を見ればわかる。この様な人がどのぐらいの規模で世の中に存在し、頭がいいことでどう運命が変わるのか、誰もが興味を持っている。しかし、その様な人たちを早期に見つけて、その行く末を長期に追跡する大規模研究を行うことは簡単ではない。
   今日紹介するデューク大学からの論文は、まさにこんな調査を三十年以上にわたって成し遂げ、知能に恵まれた子供には一般より素晴らしい未来が待っていることを明らかにした研究でPsychological Science7月号(Vol27, p1004)に掲載された。タイトルは「When lightning strikes twice: profoundly gifted, profoundly accomplished(雷が2回も落ちたら:顕著に能力が高いと、顕著な成果をあげる)」だ。
    残念ながら、著者がWhen lightning strikes twiceとタイトルに使った比喩を完全に理解しているわけではないが、稀なことが2回も起こることを指しているのだろう。研究はわかりやすく、米国で大学資格試験に使われるSAT-VerbalとSAT-mathematicsを13歳児に行って、高い成績をあげた1万人に一人の能力を持った人たちを259人特定し、40歳時点でその人たちがどうなったか調べている。このコホート研究はDuke University Talent Identification Program(TIP:デューク大学優れた人材発掘プログラム)という枠組みで行われ、おそらく今後も長期にわたって追跡が行われ、今後はゲノム研究も行われるのだろう。
   実は同じ様な試みが米国で、Study of Mathematically Precocious Youth(SMPY:早熟な数学能力を持つ若者についての研究)がすでに行われ、トップ0.01%の能力を持つ子供達は、その能力に見合った職業についているという結果が報告されている。ただ、一回きりの調査をそのまま鵜呑みにするのは問題だと、同じ調査を行い、結果を確認したのが今回の論文だ。普通30年以上追跡が必要なコホート調査の追試が行われることは稀だが、それが行われたということは、この問題の重要性が強く認識されているからだろう。論文では、両方の調査結果が比べられている。
   まず選ばれた人たちの大学資格試験の結果からみてみよう。このコホートが行われた時点の大学資格試験は、読解力についてのSAT-verbalと数学能力についてのSAT-mathで、この研究ではどちらかのテストで高い点数をとった児童が選ばれている。
   点数の分布を見ると、読解力の高い子供の数学力は広くばらつき、同じ様に数学能力が高い子供は読解力で広くばらつく。すなわち明確に異なる能力がテストできているのがわかる。
   次に、この子供達の30年後だが、37%が博士号を取得、7.5%が大学で終身保障されたポジションについており、9%は特許を取得している。
   面白いのは、読解力試験と、数学能力試験の点数を職業を相関させた図で、読解力が優れた子供たちは、芸術家、小説家、編集者、会社経営者などの文系の職業におついていることが多く、一方数学能力に高い子供は数学、医学を含む理科系の職業についている。両方平均的に点数をとった子供たちには、なんと法律家が多い。
   この結果は両方のコホートで一致しており、ほとんどの人が「そうなんだ」と納得する結果と言えるが、一方でドラマを期待する気持ちから見ると少しがっかりだ。
   要するに類い稀なる能力があると、それが制約となって、自然に能力を生かす様に生きていくという結果だ。ただ、これは類い稀なる能力の場合で、トップ1%について調べた研究では、ばらつきは大きい様だ。やはり凡人は努力するしかないことも申し添えておく。
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7月24日:リンパ球からのインターフェロンが社会性を決める?(7月21日発行Nature掲載論文)

2016年7月24日
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    脳には、感覚器のみならず、体の活動状態が常にインプットされている。ただ、このためにはインプットするための結合が必要で、神経自体や内分泌系が主要なインプット経路と考えられている。加えて、免疫システムも脳に直接作用を及ぼし、行動に影響する可能性についての研究も根強く存在しているが、大きな分野に発展するには至っていない。
   今日紹介するバージニア大学からの論文はリンパ球が分泌するインターフェロンが様々な動物の脳に直接働きかけ社会性を抑制するという研究で7月21日号のNatureに掲載された。タイトルは「Unexpected role of interferon-γ in regulating neuronal connectivity and social behaviour(神経の連結や社会行動の調節に関わるインターフェロンγの思いがけない役割)」だ。
   もともとこのグループの所属は「脳免疫学とグリア部門」で、免疫系と脳機能の関わりが研究対象で、特に免疫異常で自閉症様症状の社会行動の異常が起こるという報告に興味を持っていたらしい。
   この研究ではthree chamber testと呼ばれる、他のマウスへの関心の程度を調べる方法を用いて、リンパ球の存在しないscidマウスと正常マウスを比較し、リンパ球が欠損すると他のマウスへの関心が薄れることを発見している。この様な話はよく聞くし、またscidマウスはDNA切断修復異常マウスなので、興奮でDNA切断が起こる神経の異常が起こっても何の不思議はないが、この異常を正常のリンパ球を移入することで治すことができるとなると話は俄然面白くなる。
   次に、リンパ球が社会行動に影響するメカニズムを調べ、先ずこの効果がインターフェロンγに媒介されていることを発見する。実際、インターフェロンが欠損したマウスにインターフェロンを注射すると、急に社会性が戻る実験を示している。そして、このインターフェロンがグリアなどの炎症に関わる細胞ではなく、直接前頭前皮質のGABA作動性神経に働きかけ、抑制性ニューロンを活性化させることで社会行動をサポートしていることを示している。
   最後に、この様な連結が確立した理由を、感染などで炎症を起こした個体が、インターフェロンγにより社会性を高めることで、集団の中で守られることが種の保存に役に立ったからではないかと仮説を立て、ラット、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエの社会行動と脳の遺伝子発現を調べた文献のデータを、今回の結論を下に再検討し、すべての種で社会性の欠如する状況に置かれた個体はインターフェロンが低下していることを示している。
   この論文の結論は、「脳内でのリンパ球の活性化と、インターフェロンγの分泌が社会性の維持に重要」になるが、実際には正常マウスが対照になっていることを考えると、正常状態でリンパ球の活性化が起こり、社会性を維持していることになる。だとすると、病的状態で実際にこのレベル以上のインターフェロンが何をしているのかについてははっきりしない。
   また私の様なあまのじゃくから見れば、感染時あまり社会性が上がると他の個体に病原菌が拡がらないかも心配だ。
   現象は面白いが、この仮説をそのまま受け入れるにはまだまだデータが欲しいと思う。
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7月23日:専用の終始コドンの存在しない生物(7月28日号Cell掲載予定論文)

2016年7月23日
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    昨日はカメのこうらの論文を紹介したが、我が道を行くかのような進化を遂げている生物にはいつも驚かされる。特に、ほぼ全ての生物とは異なる道を歩んだ生物の存在は、生物に常識はないことを教えてくれる。例えば、乾燥した後水で生き返るだけでなく、性生殖を全くやめたワムシもそうだし、ゲノムサイズの違う大核と小核を使い分け、ゲノム同士の引き算や足し算を繰り返すゾウリムシなどは、私には特に印象深い。
   今日紹介するスイス・ベルン大学からの論文もゾウリムシと同じ繊毛虫の仲間、CondylostomとParduczia の話で、繊毛虫では特異的な終始コドンが存在しないことを示す研究が7月28日号発行予定のCellに掲載されている。タイトルは「Genetic codes with no dedicated stop codon: context-dependent translation termination (専用の終始コドンが存在しない遺伝子コード:コンテクストに依存した翻訳停止)」だ。
   私たちはコドン表(すなわち遺伝子コードとアミノ酸を対応させた表)に記載されたコドンはほぼ全ての生物共通に使われると習う。このため、大腸菌で人間のタンパク質を作ることができる。ただ、幾つかの種でこのコドン表に合致しない例が見つかっている。特に、通常3種類存在する、releasing factorと呼ばれる分子に認識される翻訳の停止を決める終始コドンが、アミノ酸に対応するコードとして使われる例があることが繊毛虫やカビの仲間で知られていた。
   この研究は、CondylostomとParducziaのゲノム解析から、これらの繊毛虫では全ての終始コドンに対応して、tRNAが存在し、アミノ酸に翻訳されることをまず明らかにしている。
  では終始コドンは全くないのかと、releasing factorの性質を調べると、他の生物と同じように全ての終始コドンを認識できることが分かった。すなわち、繊毛虫では終始コドンが、ある時はアミノ酸に、ある時は翻訳停止に使われるいい加減さを持っていることが明らかになった。
  最後に、専用の終始コドンなしに翻訳停止がどのように行われているかを調べ、mRNAの3’端に近い終始コドンが翻訳停止のために使われるが、離れた終始コドンは全てアミノ酸へ翻訳されることを見出している。
   データを示しているわけではないが、これらの結果から、CondylostomとParducziaではmRNAの3’端に存在するpolyAに結合するPABPタンパク質が、releasing factorと相互作用するときだけ終始コドンが翻訳停止に使われるという仮説を提案している。
   すなわち、繊毛虫たちは、同じ終始コドンやreleasing factorを使いながらも、異なる翻訳停止機構を開発したため、コドンルールにしばられない生物となった。一方、他の動物では翻訳停止機構がコドンルールを完全に制約したおかげで、私たちの習ったコドン表が成立していることを示している。
   これから何が出てくるのか、繊毛虫はこれからもますます目が離せない、楽しみな生物だ。
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7月22日:亀の甲羅の起源(7月25日号Current Biology掲載論文)

2016年7月22日
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   キリンの首や亀の甲羅のように、飛び抜けて特異な形態には、生物学者と言わずとも多くの人が魅せられる。ダーウィンとラマルクの進化論の比較には「キリンの首はなぜ長い」という問いが使われ、個体の多様性と選択により首が長くなるというダーウィンの考え(すなわち結果が最初から多様性としてあるという画期的な考え)が教えられる。ただこの時、キリンの首は高い木の葉っぱや実を食べるということが選択圧になったことを疑う人は多くない。
  同じように亀の甲羅は体を隠すためにあるという話も、今の亀を見れば納得するし、私も疑ったことはなかった。
  今日紹介するデンバーの自然科学博物館からの論文はこの定説に対して、亀の甲羅は穴を掘るための適応から始まったという新たな説を提案する研究で7月25日号のCurrent Biologyに掲載された。タイトルはズバリ「Fossorial origin of the turtle shell(亀の甲羅は穴掘りから生まれた)」だ。
   亀の甲羅ができるためには、肋骨が前後に太くなり融合する必要がある。このように甲羅が完成した亀(プロガノケリス)と、まだ完全完成していない亀(オドントケリス、パッポケリス)の化石から、2億5千年前から約2億年ぐらいにかけて身体を守るために肋骨の前後への肥大、融合が起こったと考えられてきた。
   一方、著者らは、もし、身を守るために肋骨が肥大したとすると、この結果肺機能と運動機能が極端に損なわれたのではないかと疑問を呈している。確かにトカゲの運動を見ると身体を左右に曲げながら移動する。もし肋骨が肥大すると、この動きは抑えられる。さらに、私たち人間にとっても肋骨は呼吸に重要な働きをしていることから、肋骨の動きが阻害されると肺機能が落ちる。これは充分納得の議論だ。
  この疑問を解くのが南アフリカで新たに発見された2億6千万年前のユーノトザウルスの化石だ。ユーノトザウルスの肋骨はオドントケリスと比べても強く肥大している。しかし、頭や手足は完全に露出しており、頭を隠すためにこの構造が発達したとは思えない。一方、目の構造、頭の構造、手の力強い構造、強い指に長い爪、などから考えると、穴を掘る強い手足を支える構造として肋骨が肥大した可能性は充分ある。
   オドントケリスなど他の亀も、肘が張った強い尺骨を持っており、同じように穴掘りが得意だったと考えられる。
   ユーノトザウルスの化石は氾濫原の地層から発見されるが、パッポケリスやプロガノケリスも湖の近くの陸上に住んでいたと考えられている。したがって、みな本来穴掘り亀だろう
  これらを総合して、著者らは乾期にはほとんど水がない氾濫原で、水を待ってた穴掘りの上手なトカゲが、進化を生き延びたと提案している。
  ここからは個人的感想だが、運動や呼吸を犠牲にして得た形態が次に穴の代わりになったとすると、進化を「環境の自己への同化」という視点から見ている私の考えには完全に合致する。
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7月21日:ハーモニーを快く感じられるのは生まれつき?(7月17日号Nature掲載論文)

2016年7月21日
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   友人の影響もあり、中学校に入った時からクラッシック音楽を聴き始め、ずっと今まで魅入られたままだ。臨床を辞めると決めてドイツに留学したのも、半分は音楽が聴きたかったからで、この選択は間違っていなかった。とはいえ、クラッシックに限らず、ロックから歌謡曲まで、街中で聞こえるメロディーや和音が不快だと思ったことはあまりない。これは協和音を快く感じる感覚が人類共通にあるからかと思ってきた。
   ところが今日紹介するMITからの論文はこの考えが完全に間違っていることを示す面白い研究で7月17日号のNatureに掲載された。タイトルは「Indifference to dissonance in native Amazonians reveals cultural variation in music perception(アマゾン原住民の不協和音への無関心は、音楽の認知上の文化的違いを明らかにする)」だ。
   この研究の目的は、ハーモニーを心地よく感じる感覚が「生まれつきか、育ちか」を明らかにすることだ。この目的のため、著者らは、ボリビアの都会(La Paz)、小さな町(San Borja)、そしてアマゾンの村(Santa Maria)の土着民Tsimaneに、協和音、不協和音、他様々に細工した音を聞かせ、それぞれの音を心地よく感じるかどうかを調査し、アメリカ人と比べている。
  このTsimane人が対象として選ばれた最大の理由は、この部族が集団で音楽を奏でることがなく、またその音楽にハーモニーや、多声が見当たらないことによる。すなわちこの部族では協和音か不協和音かを育ちの中で習う機会はほぼない。
   結論から先に述べると、「ハーモニーを心地よく感じるのは生まれつきではなく、育ちだ」になる。
   音楽、特に音に関する専門用語が多いので100%理解できているか少しおぼつかないが、実験自体はわかりやすい。まず合成音や人間の声として協和音、不協和音、あるいは調和音、不調和音を聞かせる。都会で育ったボリビア人にはこれらの音を聞いた時の快、不快はアメリカ人と同じだ。すなわち、協和音や調和を快く感じる。ところが、小さな町、そしてアマゾンの村の住人と、ハーモニーのある音楽から無縁になればなるほど、協和/不協和、調和/不調和に対する快/不快の区別ができなくなっている。
   重要な結果はこれで全てだが、この差が本当に協和、不協和の感覚によるのか、例えば不協和音を合成した時にできてしまう音の荒さによるのかなどを、様々な合成音を聞かせて区別する実験を繰り返している。さらに念の入ったことに、Tsimane人独自の音楽をレコーディングして、それから調和、不調和の音楽を作り直して聞かせることで、音楽に対する慣れによってこの差が生まれるのかどうかも調べている。
  多くの実験が行われているが、結局結論は変わらず、ハーモニーを経験せずに育ったTsimane人には協和/不協和に対する感覚に差がないという今回の結果は、音の荒さや、音楽の慣れに対する反応を見ているのではなく、純粋に協和/不協和に対する反応が現れたものであることを証明している。
  面白い研究で、音楽好きの人にとっては、今後話のネタになること間違いない。また、東洋人が西洋音楽の演奏家になっても何の不思議もないことが確認される。   私も楽しんで読んだが、読み終わってふとばかな疑問が湧いた。 音楽を聴いた時によく犬が遠吠えするのに出くわす。「これは犬が私達の音楽を聞いて育ったせいなのか、それとも犬の本来の習性なのか?」次はぜひこの部落の犬についても調べて欲しい。
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7月20日:PD1抵抗性とその克服(7月14日号The New England Journal of Medicine 掲載論文他)

2016年7月20日
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   キメラ抗原受容体キラー療法CARTや、抗PD-1、抗CTLA4抗体によるチェックポイント治療が、ガン治療の切り札として期待されており、このホームページでも何回も紹介した。ところが抗PD1治療の肺がんへの適用が認められた頃から、我が国の多くの指導的医師たちから、国民皆保険を危うくする亡国の治療法ではないかと批判が続いている。
   しかし、多くの論文を読んでチェックポイント治療を眺めている立場からみると、亡国の治療法と決めつける前に、この治療法の問題と、その克服法について我が国で真剣な研究が行われているのか疑問に思う。
   我が国発という点だけが強調されるが、この分野で臨床基礎を問わず、トップジャーナルに掲載される我が国からの論文は、京大の小川誠二さんのグループが最近発表したNature論文以外ほとんど見たことがない。
   ここでも紹介したが、様々なガンの免疫療法は、根治療法へ発展することが期待されている。根治を阻む問題点を整理し、問題があるならその克服方法の研究を臨床の側から進めること重要なのに、このような研究を推進する代わりに医療経済の議論だけが行われている我が国を見ると、専門家までがメディアと同じレベルの議論しかできなくなったのかと暗澹たる気持ちになる。
   では世界ではどんな研究が行われているのか、論文を紹介しよう。
   まずガンの抗PD1療法に対する抵抗性についてのUCLAからの論文でThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Mutation associated with acquired resistance to PD-1 blockade in melanoma(メラノーマのPD1阻害治療抵抗性に関わる突然変異)」だ。
   チェックポイント治療はガンに対する免疫が成立していない患者さんには効果がない。このため、この治療が効果を示すのは2−3割にとどまる。この点については、ワクチン開発を含め、まず免疫を成立させる研究が進んでいる。
   一方、効果が見られた患者さんでも20ヶ月以内に25%が再発する。これはガンが根治されていないだけでなく、生き残った細胞の中からがん抵抗性が現れることを示している。もっと長く経過観察すれば、根治できていない患者数はもっと増えるだろう。
  この研究では4例のPD1抵抗性再発メラノーマをバイオプシーし、抵抗性に関わる突然変異の特定を試みている。
   結果だが、4例のうち1例はガン抗原提示に関わるクラス1MHCの発現が抑えられた突然変異、2例はJak1,Jak2とガンのインターフェロン感受性が欠損する突然変異が特定された。残りの1例についてはエクソーム配列からは原因が特定できず、エピジェネティックな変化である可能性を示唆している。いずれにせよ、抵抗性の生まれる原因がわかって初めて対応が可能になる。その意味で重要な情報だ。
   素人なりに考えると、重要なのはやはり初期の免疫を高めて、最初にがんを全て叩くことだろう。それが可能であることはキメラ抗原受容体を用いたCART療法で示されている。
   もちろんワクチンを併用することが一つの解決で、最近だと例えばUCLAのグループはJournal of clinical investingationに、樹状細胞ワクチンとPD1を組み合わせると、極めて悪性のグリオーマでも延命期間を伸ばせることを示す論文を発表しているが、このような論文は数多い。
   少し古くなるが、3月18日号のCancer Cellにテキサスサウスウェスタン大学のグループがPD-1と共に、がんに発現しているEGFRに対する抗体と、ガンの間質に作用してリンパ球の浸潤を促すリンフォトキシン受容体を刺激するLIGHTを結合させたキメラ分子を使うと、がん局所に多くのリンパ球が浸潤し、マウスモデルではあってもガンが根治することを示した論文を発表している。実際の臨床を考慮した、面白いアイデアだと思う。
   真面目に論文を読んでおれば、同じような研究が世界中で行われているのがわかる。国内にしか目が向かない我が国の盲目のメディアがこれらの論文を紹介することは、その能力から考えると全く期待できないが、今日紹介したような論文はトップジャーナルに溢れかえっている。
  問題はそこに我が国のプレゼンスがほとんどないことだ。例えば今日紹介した3編の論文では全く我が国からの研究が一編も引用されていない。
   「引用が政治的」という声が聞こえそうだが、我が国のプレゼンスがないのは論文ウォッチャーとしての私の印象も同じで、我が国ではこの分野の研究が極端に遅れているように思う。
   研究をおろそかにして経済論議にうつつを抜かす国に未来はない。
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7月19日:インシュリン抵抗性を誘導する腸内細菌(Natureオンライン版掲載論文)

2016年7月19日
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    腸内細菌叢が私たちの代謝に大きな影響を及ぼすことがわかってきて、この分野が加速している。しかし3年ぐらい前は、細菌叢の変化により分泌される短鎖脂肪酸など細菌由来分子の分泌量の変化が起こり、様々な経路を介して代謝に影響するといった現象論的研究が中心だった。しかし、細菌叢の全ゲノムを解読し、細菌叢自体の代謝を推察することが可能になり、研究が現象論からより因果論的研究へ深化してきた。
   今日紹介するデンマークからの論文は代謝物を網羅的に検出するメタボロームと、細菌叢の解析を組み合わせて、インシュリン抵抗性を示す277人のメタボ患者を分析して、インシュリン抵抗性の原因になる細菌を特定した論文でNature オンライン版に掲載されている。タイトルは「Human gut microbes impact host serum metabolome and insulin sensitivity (人間の腸内細菌叢は結成のメタボロームを変化させ、インシュリン抵抗性に影響する)」だ。
   この研究では最初からインシュリン抵抗性の一つの原因が腸内細菌叢由来の分子によると決めて研究を進めている。
   これまでの研究でインシュリン抵抗性の患者の血清中のメタボロームの変化で目立つのが脂肪族の側鎖を持つアミノ酸(BCAA)の上昇であることが分かっている。この研究ではこの点に注目し、腸内細菌叢の変化と比較することでBCAAの上昇に関わる菌の特定をまず試みている。おそらく簡単ではなかったと思うが、厖大なデータの比較から、これまでリュウマチとの関連が指摘されていたPrevotella copriとBacteroides vulgatusが、メタボ患者で変化するBCAA生産に関わる酵素システムを持っている細菌種であることを特定している。特にP copriの変化が明らかなので、この後はこの菌に絞って、血中BCAAを上昇させインシュリン抵抗性を誘導することをマウスを用いて確認している。
   著者らも強調するように、P copriから分泌されるBCAAがインシュリン抵抗性が獲得されるメカニズムは明確でない。また、BCAAを腸内で代謝してしまう細菌の変化も、BCAA産生菌とともに重要だ。しかし、P copriとBCAAがこれらの回路の中心にあることを発見したのは、腸内細菌への介入を通してメタボを治すための重要な貢献だと思う。
  これを実現するのはprebioかprobioか、産業界での競争はこれからだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ
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