2月25日:酒は百薬の長(International Journal of Cardiology 203, 553 2016掲載論文)
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2月25日:酒は百薬の長(International Journal of Cardiology 203, 553 2016掲載論文)

2016年2月25日
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   スウェーデンやノルウェーのような寒い北欧の国に住むバイキングの子孫と想像してしまうと、酒に強い大男をイメージする。実際ずいぶん昔、スウェーデンのマルメからコペンハーゲンまでフェリーに乗った時、船が公海を走る短い間に、多くの客が強い酒を飲み始めるのをみると、まんざら間違ったイメージでもなさそうだと納得していた。
  今日紹介するスウェーデン・カロリンスカ研究所からの疫学論文は、ノルウェーの成人を対象としてアルコールと心不全の関係を調べた研究だが、これを読んで私のイメージは少なくともノルウェーの人たちには当たらないことがよくわかった。タイトルは「Light to moderate drinking and incident heart failure – the Norwegian HUNT study (軽くから中程度のアルコール摂取と心不全の発症頻度—ノルウェーのHUNT研究)」で、International Journal of Cardiologyの最新号に掲載された。
  ノルウェー中部のトロエンデラーグ地方の住民は移動が少なく、同じ土地に長く住み続けることから、重要なコホート研究の対象になっており、この研究では1995−1997年の3年間に20歳以上の成人に参加を呼びかけた約6万人の集団が対象になっている。研究の目的は、飲酒の習慣と心不全の関係を明らかにすることで、コホート参加者が地域の病院で心不全と診断される率と、聞き取り調査で調べた飲酒量の相関を調べている。結果だが、まず驚くのは、この地方の住人のほぼ半分がほとんどアルコールを飲まないことだ。飲んでも2週間に1回という人が41%、週0.5−3回という人が36%で、私が持っていた北欧=アルコール好きというイメージとはかけ離れており、まず晩酌はしないというのが当たり前のようだ。私のようにほぼ毎日晩酌をするのはこの地方では3.1%に過ぎない。次に驚くのは、予想に反し1日のアルコールの消費量が20g(日本酒1合)ぐらいまでは、全く飲んでいない人と比べると心不全になる確率が低いことだ。実際、5gぐらいまで急速に心不全になる率が低下し、そのまま20グラムまで同じレベルを保つ。検査結果では、LDLコレステロールの値が飲酒で下がるようだ。ワインか、ビールかといったアルコールの種類は全く相関がなく、結論としてはアルコールを少しは嗜んだ方が心臓にはいいという結果だ。おそらく飲まない人の多いこの地方の人には耳の痛い結果だろう。     もちろん同じ結果をそのまま我が国に当てはめられるのかはわからない。遺伝的体質もあることから、独自の調査が必要だ。とはいえ、「ノルウェー人も日本人も同じ人類だと思うと、結果が全く逆転することはあるまい」、などとほぼ毎日晩酌を欠かさない私はほくそ笑んでいる。
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2月24日:ネアンデルタール人との古い関係(Natureオンライン版掲載論文)

2016年2月24日
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  先日、ネアンデルタール人と我々の先祖の性的交流を通して現代人に流入し維持されている遺伝子についての論文を紹介したところだが(http://aasj.jp/news/watch/4855)、古代人の全ゲノム解析の威力は絶大で、一回でも起こったゲノム上の交流の跡は、それが何万年前の出来事であろうと消すことはできないことを教えてくれる。しかし、これまで示されてきた交流は、ネアンデルタール人から現代人へと流入した遺伝子についての話で、その逆、すなわち現代人からネアンデルタール人へ遺伝子が流入した跡の存在についてはこれまで明らかにされていなかった。
  今日紹介するドイツライプチッヒ・マックスプランク人類進化研究所からの論文は、私たち現代人の先祖からネアンデルタール人に流入した遺伝子の痕跡もあるはずだと求め続けた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Ancient gene flow from early modern humans into eastern Neanderthals (初期現代人から東部ネアンデルタール人への遺伝子流入の痕跡)」だ。
  この研究が行われたマックスプランク人類進化研究所は、言うまでもなく、クロアチアで発見されたネアンデルタール人のゲノム解析を成し遂げ、ネアンデルタール人の遺伝子が私たち現代人に流入していることを突き止めた研究所だ。もちろん逆の可能性についても同じデータを使って調べていたはずで、ヨーロッパでの現代人とネアンデルタール人との交流は一方向に限られていたようだ。今回の研究ではこれまで現代人との交流があまりないとされてきたアルタイ地方で発見されたネアンデルタール人のゲノムに注目し、ネアンデルタール人の遺伝子の流入がないアフリカ人のゲノムと比較することで、私たちの先祖からネアンデルタール人への遺伝子流入の痕跡がないのか探索している。
  基本的に研究はゲノム情報を比べる数理的な研究で、アルタイ地方のネアンデルタール人に現代人から流入したと想定できるアフリカ人特有のゲノム断片をリストし、この分布を他の古代人ゲノムや現代人ゲノムと比較することで、遺伝子流入の時期を数理的に研究している。   数理的な詳細を全て省いて(数理的手法の妥当性には私自身も完全に理解できているわけではない)結論だけをまとめると、次のようになる。 1) まず、東部ネアンデルタール人には確かに、現代人の先祖から遺伝子が流入している。この流入は、西部ネアンデルタール人やデニソーワ人には認められない。 2) 西部のネアンデルタール人から現代人にゲノムが流入したのは、5万年前の話だが、東部ネアンデルタール人への現代人ゲノムの流入は10万年から20万年前の間に起こっている。 3) この交流はおそらくネアンデルタール人と現代人が分離した後、アフリカを離れる前、あるいは離れようとする時期に今の北アフリカや、イスラエルで起こったと考えられる。 4) 流入した遺伝子には言語に関係するFoxP2遺伝子も含まれる、 5) アルタイのネアンデルタール人は小さな集団で、他の古代人から孤立して維持されてきたことで、流入の痕跡がより鮮明に研究できる。  遺伝子流入と表現すると生々しくはないが、今流入の痕跡として見えているのは、ネアンデルタール人男性が現代人の女性を犯し、また私たち祖先の男性がネアンデルタール人女性を犯した結果と言っていいのではないだろうか。もちろん、ネアンデルタール人女性を現代人の集団が受け入れていないという証拠はないが、女性が囲われた考えるより、暴力的な交流から生まれた子供がそれぞれの集団で維持され、遺伝子が流入した可能性が最も高いだろう。とすると、10万年以上前には存在した現代人からネアンデルタール人への遺伝子流入が、5万年前のヨーロッパでは存在せず、ネアンデルタールから現代人への方向性だけになっていることは面白い。どのような生活の変化がこの差を生み出したのか、ロマンに満ちた研究分野が開いて行く気がする。
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2月23日:腸内細菌に働きかける母乳のシアル化オリゴ糖(2月25日号Cell掲載論文)

2016年2月23日
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   時に思い込みが強すぎて危なっかしいとはいえ、よくこんな実験思いつくと思えるようなアイデア豊富な研究を続けているグループがどの分野にもいる。腸内細菌叢と栄養の分野ではワシントン大学のJeffrey Gordonさんではないだろうか。体重差の大きく違う一卵性双生児ペアを全国から見つけ出してきて、その腸内細菌叢をマウスに移植して、腸内細菌叢が肥満につながる重要な要因であることを示した研究(http://aasj.jp/news/watch/2407)を読んだ時には、その着想の斬新さに思わず唸ってしまった。今日紹介するのも同じグループからの論文で母親の母乳成分が子供の腸内細菌叢を刺激して低栄養になるのを防いでいるという研究で2月25日号のCell に掲載された。タイトルは「Sialylated milk oligosaccharides promote microbiota-dependent growth in models of infant undernutrition (シアル化オリゴ糖は低成長児の成長を腸内細菌叢依存的に促進する)」だ。
   この研究ではマラウィ共和国で行われた児童成長コホート研究から母乳栄養で育てているにもかかわらず低栄養により成長が止まった子供の母親のミルクを分析し、低栄養の子供の母親はミルク中のフコシル化やシアル化されたオリゴ糖が低いことに注目して、オリゴ糖が細菌叢に働いて子供の成長を助けているのではと仮説を立て研究を進めている。この実験ではミルク成分による腸内細菌叢の変化を調べることが重要になる。少し強引かとは思うが、今回の研究では低栄養の子供の細菌叢を代表させた25種類の細菌をマウスに移植し、このマウスに牛乳中のシアル化オリゴ糖を投与してその効果を調べている。期待通り、細菌叢を移植するとマウスの成長が止まるが、シアル化オリゴ糖を投与すると成長が戻る。次に細菌叢の何が変化するのか調べると、細菌の種類が変化するのではなく、オリゴ糖が細菌により分解され、それにより細菌叢の代謝が変化、さらにこの変化が子供の代謝全般を活性化して子供の成長が助けられることを突き止めている。同じ現象が無菌ブタでも観察できることも示して論文は終わっている。
   すなわちこの研究では細菌叢を活性化する食事、すなわちプレバイオの可能性を追求している。テレビでは効果が宣伝されていても、小児にビフィズス菌や乳酸菌を投与するプロバイオの大規模治験では、思った効果は得られないようだ。したがって、乳幼児については、腸内細菌叢を育てる方法の開発が重要になるが、いち早くこれに注目して新しい実験系を提案するなど、なかなか面白いグループだと再認識した。
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2月22日:抑制性回路を強めて自己免疫疾患を治療する(Natureオンライン版掲載論文)

2016年2月22日
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    現大阪大学の坂口さんによって抑制性T細胞(Treg)が発見されて以来、自己抗原に対する自己免疫反応はTregがうまく働かないために起こることが一つの原因であることが明らかになった。このことから、自己免疫病の治療の切り札として、自己抗原に対するTregを強めればいいことはわかっていたが、Treg優勢の免疫系が回復する方法の開発はうまくいっていない。
  今日紹介するカナダカルガリー大学からの論文は、酸化鉄をデキストランでコートしたナノ粒子にMHC抗原と自己免疫原性のペプチドをコートして注射するとTreg優位の免疫系が回復され病気が抑えられるという研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Expanding antigen-specific regulatory networks to treat autoimmunity (自己免疫の治療に抗原特異的抑制性ネットワークを増強する)」だ。
  調べてみるとこのグループは10年近く、ナノ粒子に、組織適合性抗原と自己免疫反応に関わる様々な抗原ペプチドの複合体をコートして投与すると、自己免疫性1型糖尿病を治すことができることを報告している。この研究は、彼らが発表し続けているこれまでの研究とあまり変わることがないが、糖尿病だけでなく自己免疫性脳炎モデルや、コラーゲン関節炎モデルでも同じ方法で自己免疫が抑制できることを示した点が評価されたのだろう。結局この研究の売りは、ナノ粒子による自己免疫制御可能性の発見が全てで、ヒト化マウスを用いた1型糖尿病モデルでも、この方法を利用できることが示唆されているので、症例を選んでぜひ臨床治験へと進めてほしい。酸化鉄のナノパーティクルが強い毒性を持つことはないように私には思える。
  もちろんメカニズムがはっきりしない場合、臨床応用へのハードルは高い。この研究でも、実際にどの分子が関わり、どの細胞が関わるかを詳細に調べている。まとめてしまうと、IL-10,インターフェロンなどが関与して、CD4TメモリーT細胞がTreg優勢に引っ張られ、B細胞や抗原提示細胞も免疫抑制の方向に傾くというシナリオだが、この研究についてはゴチャゴチャとわかりにくい。また、なぜナノ粒子がこの活性を持つのかについては全く答えがない。
  とはいえ、多発性硬化症やSLEなど、現在でも治療が難航している病気に関わるペプチドが一つでもわかれば免疫バランスを免疫抑制へと傾けられるなら、それで十分だ。論文のための論文で終わらないことを祈る。
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2月21日:新しいmRNAのメチル化様式(2月10日号Nature掲載論文)

2016年2月21日
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   転写されたmRNAがメチル化され、タンパク質への翻訳を調節して細胞の生理機能に影響していることは、2013年京大薬学部の岡村さんたちの細胞時計の制御にN6アデノシンメチル化が関わっている論文を読み、このホームページで紹介するまで(http://aasj.jp/news/watch/700 )全く知らなかった。その後、昨年3月にもRNAのメチル化によりマイクロRNAを合成する機構の作用を受けやすくなることが報告されるなど(http://aasj.jp/news/watch/3111)着実に研究が進んでいるが、外野から見ると細胞内でのタンパク質合成の調節がますます複雑になる印象がある。
   このますます進む細胞システムの複雑化を見ながら「進化はすごい」などと考えていると、mRNAには他のN1アデノシンメチル化が存在して、実際に翻訳の制御に関わっているという論文がシカゴ大学から2月10日号のNatureに報告され、タンパク質への翻訳制御はさらに複雑化の道をたどっていることがわかった。タイトルは「The dynamic N1-methyladenosine methylome in eukaryotic messenger RNA(真核生物のN1メチルアデニンmRNA修飾の動的な変化)」だ。
  私は知らなかったのだがN1メチルアデニンがmRNAの中に存在することは以前から知られていたようだが、アルカリ処理でN6へと変化するため正確に測定することが困難で、この研究はまずN1メチルアデニンがどの程度細胞株の中に発現しているかを正確に測定するところから始めている。この存在を確かめた後、N1メチルアデニンに特異的な抗体を作成し、この抗体で生成されるRNA部分の配列を調べ、mRNAのどの場所がN1アデニンにメチル化されるのか、その機能は何かを研究している。
   詳細を全て省いて結論だけ箇条書きにすると、
1) スプライシングが始まるより上流に存在する翻訳開始点にN1メチルアデニンが集中しており、一つのmRNAに一箇所だけメチル化が見られる、
2) 開始コドンの存在するmRNAが構造化された部分がメチル化を受ける、
3) 翻訳される蛋白レベルと相関する、
4) 動物間でメチル化されるmRNAの種類やメチル化部位はよく似ている、
5) グルコース飢餓など栄養などの変化で、メチル化の度合いが変化する、
などを明らかにしている。
  おそらくメチル化されることで、対応する塩基がペアリングすることを防いで、タンパク質の翻訳に関わる分子との反応を強めていると考えられるが、これは今後の研究になる。  環境に対応する必要性が生物の複雑化を牽引していることがよくわかる論文だった。
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2月20日:染色体の端(2月11日号Cell掲載論文)

2016年2月20日
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   染色体は長い一本のDNA鎖で、当然2個の端が存在する。この端にはテロメアと呼ばれるTTAGGGの繰り返し配列が続くが、最後は2重螺旋が途切れて短い一本鎖DNAが繋がっている。要するに、DNAがそこでちぎれた構造をとってしまっており、そのままならこの断端を繋ごうとする修復メカニズムが働く。この特殊な断端構造を守るため働いているのがシェルタリンと総称される6種類の蛋白で、一本鎖にはPOT1、2本鎖にはTRF1,TRF2が結合し、他の蛋白がこれらを一つの複合体を形成し、これにガイドされたヘテロクロマチン型ヒストンとともにテロメア特有の凝集された不活性は染色体を形成していることが知られている。
   今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校からの論文は、ヒト培養細胞を用いてシェルタリンのダイナミズムを詳しく調べた研究で、少しマニア向きすぎるかもしれない。タイトルはズバリ「Shelterin protects chromosome ends by compacting telomeric chromatin (シェルタリンはテロメア型クロマチンを凝集させて染色体の端を守る)」だ。
  この研究では蛍光標識したTRF2を発現させテロメア全体の大きさを測れるようにした細胞を用いて、テロメアのクロマチン構造の凝集程度を調べている。強く凝集しているときは、テロメア全体はコンパクトなクロマチンにしまわれていることになり、小さい塊にまとまる。例えば細胞周期でテロメアの大きさを追いかけると、S期で最も大きく、分裂中期で最も凝集する。これまで、DNAのメチル化や、ヒストンのアセチル化がテロメア特有の染色体凝集に関わるとされてきたが、この過程を阻害しても凝集が起こることから、テロメアの染色体構造はシェルタリンが直接調節していることがわかる。次に、シェルタリンの構成分子一つ一つの機能を阻害してテロメアの大きさを調べると、TRF2,TRF2,TIN2の3種類の分子の機能阻害で凝集が緩むことがわかる。すなわち、染色体凝集には2本鎖に結合するTRF1,TRF2がTIN2で架橋されていることが重要であることがわかる。次に、これら3種類の分子の突然変異体を作成し、凝集にはTRF1,TRF2それぞれがダイマーを形成することも必要であることを示している。
  このように基本的な役者が明らかになると、あとはこの現象とテロメアの状態を相関させればよい。実際にこの凝集によりDNA障害が防がれていることを示し、シェルタリンがメチル化ヒストンを組織化してクロマチンを凝集させることでテロメアを守っていると結論している。    ある意味では地道な研究のうちに入るだろう。普通あまり気にならないプロセスだが、研究がしっかり行われていることを実感した。
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2月19日:最適なガン免疫治療の模索(2月16日Immunity掲載論文)

2016年2月19日
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   一昨年遺伝子改変Tリンパ球を用いて、それまで治療に抵抗していたB細胞性白血病がほぼ根治できることを示す論文(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2309)が発表され驚いた。ただ、この治療法もガンだけに発現する抗原を見つけることが難しいという問題があった。詳しくは紹介しないが、2種類のシグナルを組み合わせて、2つの抗原を発現しているガンだけを殺す方法が2月11日号のCellにカリフォルニア大学サンフランシスコ校から報告されていた(http://dx.doi.org/10.1016/j.cell.2016.01.011)。
ちょっと凝りすぎかなという気もするが、2種類、3種類の抗原の組み合わせを使う治療法はぜひ開発してほしい。   同じように、今注目を集めている免疫チェックポイント治療も、まずガンに対する免疫を成立させてから、この治療を使おうとする地道な努力が進んでいる。今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文はその代表例で、単純な癌細胞移植モデルではなく、実際のガンにできるだけ近いモデルを用いてチェックポイント治療を有効にするための条件を探っている。
   論文のタイトルは「Immunogenic chemotherapy sensitized tumors to checkpoint blockade therapy (ガンの免疫原性を高める化学療法はチェックポイント阻害治療の効きをよくする)」だ。この研究ではガン遺伝子を発現させて発生する自己肺がんをモデルにしている。ただ、普通の肺がんと違い遺伝子導入で発生させたガンのゲノムには変異が少なく、ガン特異的抗原が存在しない。そこで、ガン特異的抗原として卵白アルブミンを発現させたガンを用いて研究を行っている。
  こうしてできた肺腺ガンは通常用いられる化学療法には抵抗性で、またガンは卵白アルブミンを発現しているのに免疫チェックポイントを阻害する抗PD-1や抗CTLA4抗体は全く効かない。そこでこのグループは、ガンの細胞死を少しでも誘導できる抗がん剤を探索し、肺癌の場合オキザリプラチンとマフォスファミドを組み合わせたとき、ガンの細胞死が認められることを突き止めた。次にガン細胞障害がガン抗原を吐き出させて免疫を誘導しているかを調べると、細胞障害を受けたときだけガン抗原に対するキラー細胞が浸潤し、またTLR4依存性の自然免疫も成立する。ただ、これだけではガン自体の増殖を止めることができないが、これにチェックポイント阻害として、抗PD-1, CTLA4の両抗体を加えるとガンの進行を長期にわたって抑制できるという結果だ。最後に同じスキームが他のガンにも適用できるか調べると、線維肉腫の場合、オキザリプラチンと抗CTLA4を組み合わせると40%でガンが消失している。以上の結果から、化学療法自体が限定的な効果しかなくとも、ガンを障害することがはっきりしている場合、まず薬剤で細胞を障害しガン抗原を免疫システムに提示させてから、免疫チェックポイント治療を組み合わせることが重要だという結論だ。地道な研究で好感が持てる。
   今後、それぞれのガンにたいして、確率の高い組み合わせを確かめていく研究が必要になる。ただ、多剤を併用する臨床研究は単剤の治験とは違って患者数も必要で、お金もかかる。また、一つの会社が全ての薬剤を提供できない限り、製薬会社の腰は重い。しかし、ガンの根治を目指す限り避けては通れない課題だ。ぜひ医師主導で複雑な治療の組み合わせが進められる体制を我が国でも実現してほしい。そのためには、患者さんの参加も必須で、これまでとは違った新しい医師、患者、研究者の関係も必要になる。このような課題を整理することも本当は日本医療研究開発機構のミッションだと思う。
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2月18日:道徳と宗教(2月18日号Nature掲載論文)

2016年2月18日
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17世紀、ローマカソリックが支配していた西欧で近代科学が成立する。このときの立役者はデカルトとガリレオだ。特にデカルトの役割は、「自分で考えろ」と主観主義を解放しただけでなく、心身2元論の名の下に「わからないことは追求しないでいい」と、現象を全て説明しようとして陥ってしまう作り話の横行を排除することに成功した。しかし、こうして生まれた近代科学の因果性からは、アリストテレスの4因では考慮されていた、目的、道徳、善悪といった因果性は全て排除される。そのおかげで、私たちは一般相対性理論に基づく時空の歪みを観測するという、直感とはかけ離れた世界を真実と認める物理学を打ち立てた。しかし、一種の自然目的が生物に存在し、善悪や道徳が人間の行動に因果性を持つことは間違いないなら、その解明は21世紀の科学の課題になる。
   最近ボノボの研究で有名なde Waalさんの「Bonobo and atheist(ボノボと無神論)」を読んだが、道徳の起源を人間以外の動物に探す研究の思想をよく理解することができた。de Waalさんの本は初めて読んだが、新旧の哲学、科学が身となり肉となっているのがよくわかる。
   今日紹介する2月18日号Natureに掲載されたカナダ・ブリティッシュコロンビア大学からの論文は、これとは違って文化人類学的アプローチの研究だが、Natureもこの分野の論文を採択するのかと感慨深く読んだ。タイトルは「Moralistic gods, supernatural punishment and the expansion of human sociality(道徳的神・超自然的罰と人間の社会性の拡大)」だ。
  この研究では、自分が会ったこともない人との信頼や共感が、裁きを行う普遍的な神について持っている概念と相関しているかどうかを調べている。De Waalさんの本でも同じような文化人類学的研究が紹介されていたが、これまでの研究は例えばキリスト教信者とそれ以外と言った一つの宗教への信仰について行われてきた。一方この研究では、キリスト教、仏教、ヒンドゥー教といった外来の普遍的宗教と、アニミズムや先祖崇拝などの土着宗教が並存する社会を対象にしている。実に591人の宗教的心情について民俗学的な詳しいインタビューを行い、普遍的神の概念、神による裁きの可能性、土着神との関係などを数値化している。その上で、自分が得た利益を、見たこともないが同じ神を共有している集団と、自分自身、あるいは自分の地域の人に分配するゲームをさせて、会ったこともない他人への共感度を測定している。このゲーム自体は、この目的で最もよく使われる方法だ。
  さて結果だが、例えば神の裁きを信じていない人は、見たこともない人へお金を配る思いやりを持っていない。あるいは、普遍的神やその裁きの存在を認識していると、見知らぬ人と利益を共有しようとするおもいやりが働くが、土着の神はこの思いやりに影響を持たないという結果だ。他にも、社会全体の道徳性や、財産などとも相関を調べているが、関係はないという結果だ。結論としては、従来の研究と同じで普遍的宗教が、より広い社会への思いやりの源だという結果だが、土着の神との綿密な比較を行った点が新しいのだろう。今後、普遍的神の退行が続くヨーロッパ社会や、例えば我が国のような独特の宗教観が存在する社会での結果との比較、そしてゲーム自体ももっと複雑な状況を用いて行われるよう深化するのだろう。他にも考えればキリがないほど、多くの要素を調べてみたくなる。
  最後に、今日紹介した研究は、de Waalさんたちのボノボを用いた研究の対極にあるように思えるが、それぞれの対象についての現象論を、脳やその病理と関連付けたときおそらく同じ問題として捉えられるようになるのだろう。まだまだヨチヨチ歩きに見えるが、新しい因果性に関する科学として期待したい。
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2月17日:生命科学の再現性問題(2月4日号Nature掲載コメント他)

2016年2月17日
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   生命科学研究者がデータ捏造に惹かれる背景には、生命科学実験に内在する再現の難しさがあることが指摘されている。とはいえ、多くの研究者には他人の結果を再現実験する余裕はなく、同じような研究を行っているほんの一握りの研究者だけが、再現性がないことに気づくことができる。ただ問題に気づいても、それを公表することは実は極めて難しい。この問題を2月4日号のNature、および2月11日号のScienceが取り上げているので紹介したい。
 2月4日号のNatureは「A tragedy of errors Mistakes in peer reviewed paper are easy to find but hard to fix(間違いの悲劇 査読雑誌に掲載された論文の間違いは容易に見つけることができるが、訂正することは難しい)」とタイトルをつけたアラバマ大学Allisonらのコメントを掲載している。
  Allisonたちは代謝や栄養関係の研究に絞って、論文で使われている統計学の間違いを指摘する努力を2014年から続けているようだ。彼らの指摘を受けて、論文の著者も間違いを認め論文が撤回されることもあるが、ほとんどの場合はこうはいかない。実際には、これまで大きな問題があるとして著者や編集者に注意を促した25編の論文で、エディターに送った手紙がたらいまわしにあったり、無視されたり、挙げ句の果てに撤回には1万ドルかかることを理解してほしいと堂々と述べる出版社もいたようだ。要するに、彼らの18ヶ月の努力は全て無に帰し、結局むなしく時間が取られすぎるとしてこの活動をやめたことを報告している。ただ、この貴重な経験を通して明らかになった科学雑誌の抱える6つの問題を指摘している。
問題1)編集者は間違いの指摘に対して適切な処置を講じる権限がないか、あるいは協力したがらない。
  例:論文で公開されている生データの統計をとり直して、論文の結論が明らかに間違っていることを指摘したが、それから論文撤回を決断するまで11ヶ月かかっている。しかも、このコメントを書いていた時点で、まだ撤回はアナウンスされておらず、間違いを指摘した手紙も掲載されていない。
問題2)誰に問題を指摘していいのかはっきりしない。
 雑誌には間違いを見つけた時、誰にまず連絡すべきかがはっきりと書かれていないことが多い。エディターなのか、スタッフなのか?実際、エディターを個人的に知らないと、エディターに直接連絡することは多くの雑誌で簡単ではない。
問題3)雑誌は論文の間違いを認めても、撤回に慎重すぎる。
  論文の結論が間違った統計学的扱いによることが明らかな場合でも、間違いの指摘を並立する意見として処理しようとする
問題4)間違いの指摘を掲載するのに掲載料を要求する雑誌がある。
2回、この要求があったようだ。一つの雑誌は1716ドル、もう一つの雑誌は1470ユーロ要求したようだ。これは本末転倒で、雑誌の使命を全く履き違えている。
問題5)生データにアクセスできない。
多くの論文が間違った統計処理を採用している。それを正すためには生データを正しい方法で解析することが必要だ。従って、論文掲載の条件として、生データを公開することを義務付けるべきだ。
問題6)非公式な問題の指摘は完全に無視される。
   問題を指摘するサイトと雑誌も用意しており、またPubMed Commonsもあるが、満足な答えが著者から帰ってきたことはない。
  以上、経験に基づく問題分析を基に、この状況を続けることは、科学を後退させることに他ならず、一人一人の科学者が人任せにしないで対策を講じなければならないことを強調している。そして、臨床研究で一番重要なのは、やはり生データの公開だと結論している。
     アカデミアの研究者と違い、企業の研究者にとって、興味を引いたデータが再現できるかどうかは薬剤開発の上で死活問題になる。アムジェンやバイエル研究所から、ガン分野の重要な研究の半分で再現性が取れなかったことを報告した論文が出ており、私もYahooニュース個人で紹介した
  2月11日発行のScienceは「Biotech giant posts negative results. Amgen papers seed channel for discussing reproducibility (バイオテクの巨人がネガティブな結果を公開した。アムジェンの論文は再現性の問題を議論するチャンネルを準備した)」というタイトルで、Baker記者が、新しい試みを紹介している。アムジェンの研究者の呼びかけで、再現できなかったことを示す自分のデータを公開する新しいチャンネルが、論文を評価するため組織された「Faculty of 1000」ウエッブサイト内に設けられた。その手始めとしてこのPreclinical Reproducibility and Robustness (前臨床研究の再現性と頑強性)というサイトに再現実験の結果が3編公開されていた。そこには、
1)レチノイン酸受容体刺激によりアミロイドの発現レベルに影響があるという結果が再現できないこと、
2)USP-14がアルツハイマーやALSに関わる蛋白の沈殿を分解するという結果は再現できないこと、
3)GPR21をノックアウトするとインシュリン感受性を含む代謝が改善するという結果は再現できない。
ことが示されている。
Bakerも懸念しているように、このようなサイトが特定の学説を攻撃目的で利用される可能性はある。しかし、顔を出し、データを示して行うやり取りは健全なもので、もっと推奨すべきだろう。同じサイトに、反論が出れば、なぜ同じ条件で違う結論になるのかより理解できるだろう。今後多くの研究者がこのサイトを見にくるようになればいいと思う。   捏造事件が起こった時だけ、倫理だ、コンプライアンスだと大騒ぎするのではなく、今日紹介したように、研究者自身が捏造の構造分析に基づき休みなく地道に構造変換を試みている姿を見て、我が国の研究者たちも、我が国で何をすればいいのか、押し付けられるのではなく、自発的に考えてほしいと思う。。
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2月16日アデノ随伴ウイルスの(AAV)の受容体の特定(2月4日号Nature掲載論文)

2016年2月16日
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  遺伝子の数は有限で、人間でも2万種程度しかないと言っても、それぞれの遺伝子の機能が完全に理解できているわけではない。さらに、重要な機能であってもそれに関わる遺伝子が明らかになっていないケースはいくらでもある。そんな遺伝子の一つがアデノ随伴ウイルス(AAV)が細胞に侵入するときに利用する受容体だろう。AAVはほとんどの細胞に高い効率で感染することから、現在実現している遺伝子治療に最も広く使われているウイルスベクターだ。私自身今日紹介するスタンフォード大学からの論文を読むまで、AAVの受容体の本体はとっくの昔にわかっていたのではと思っていた。実際にはこの論文が出るまで、受容体の本命は発見できていなかったようだ。論文のタイトルは「An essential receptor for adeno-associated virus infection (アデノ随伴ウイルス感染に必須の受容体)」だ。
  これまでも多くの分子がAAV受容体候補として名前が挙がり、消えていった。この研究ではヒト1倍体(各染色体が1本づつしかない細胞)細胞株の遺伝子を遺伝子挿入法によりランダムにノックアウトした細胞ライブラリーにAAVを用いて蛍光遺伝子を導入し、感染がうまくいかない細胞を単離することで、AAV感染に必要な遺伝子を探索している。もともとウイルス感染は複雑な過程で、この方法で単一の遺伝子が特定されるのではなく、感染を支える様々な分子がリストされている。この研究ではその中からこれまで識字障害と連関すること以外全く研究がされていない膜タンパク質に注目してその後の実験を行っている。詳細を全て省いて結論だけ紹介すると、免疫グロブリン(Ig)ドメインが5回繰り返した細胞外部分を持つ蛋白質をコードするKIAA0319Lは期待通りAAV受容体分子で、N末の2つのIgドメインを用いてAAVに結合する。この分子は小胞体輸送に関わる様々な分子と結合し、ゴルジ体と細胞表面を行き来するフェリーのような運び屋分子で、受容体に結合したAAVはまず細胞内小胞に取り込まれ、ゴルジ体まで運ばれる。ただ、AAVの感染にゴルジ体までウイルスが運ばれる必要は必ずしもない。最後に、この遺伝子をノックアウトしたマウスを作成して、体の中でもこの分子がAAV受容体として働いていることを証明している。    久しぶりに細胞生物学の伝統的論文を読んだ気がするが、この結果は遺伝子治療の効率や安全性を高めるための重要な情報となると思う。特にこのベクターが実用化され始めている現在、その意義は大きいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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