9月22日:え!こんな実験は許されるの?LPS投与により活性化されたヒト脳内のミクログリアをPETで可視化する。(米国アカデミー紀要掲載論文)
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9月22日:え!こんな実験は許されるの?LPS投与により活性化されたヒト脳内のミクログリアをPETで可視化する。(米国アカデミー紀要掲載論文)

2015年9月24日
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動物実験でうまくいっていても、人間ではうまくいかないことは多い。逆に動物実験で何も起こらなくとも、人間になると大きな問題になることもある。従って、人体実験に進んでいいかどうかは、インフォームドコンセントをとればいいというものではなく、まず人体にほとんど害がないという状況で進める必要がある。私は倫理的な手続きが整っており、また研究者自身がその問題を十分認識している場合は、人体実験も可能だと思う方だが、今日紹介するエール大学からの論文を読んで、ここまでやっていいのか深く考えてしまった。タイトルは「Imaging robust microglial activation after lipopolysaccharide administration in human with PET (リポポリサッカライド注入にによるミクログリアの強い活性化をイメージングする)」だ。ミクログリアは脳内のマクロファージとも言える細胞で、脳内の炎症や変性細胞の処理に重要な役割を演じている。裏返せば、ミクログリアが活性化していることは、脳内に炎症や変性が起こっていることを示唆することから、脳内のミクログリアの活性化状態をモニターすることは、多発性硬化症やアルツハイマー病の病態診断にとって価値は大きい。ただ、脳内の細胞なので簡単に血液検査で調べるというわけにはいかない。これを克服するために、ミクログリアの状態をアイソトープでラベルしたプローブでモニターする方法の開発が行われてきた。この中で生まれたが炭素11でラベルしたリポPBR28を使う方法で、このプローブはミクログリアが活性化された時ミトコンドリア膜上に誘導される様々な機能を持つトランスポーターTSPOに結合する。すなわち、放射性プローブのミクログリアへの蓄積を指標に活性化状態を定量化できる。これらのことから、PBR28を用いたPET検査への期待は高く、これまでサルを使った実験も含む前臨床研究段階は終了している。臨床研究としては、初期段階のアルツハイマー病でも上昇が見られることも示されていた。私なら炎症再生を繰り返す多発性硬化症や、脳炎などを用いた臨床研究へとすすむと思うが、このグループはなんと、正常ボランティアを募り、大腸菌のLPSを静脈投与して急性のミクログリア活性化を誘導し、炎症誘導前後のPET検査を行っているのだ。結果は予想通りで、LPS投与すると自覚的にも多角的にも炎症症状が誘導され、血中の炎症性サイトカインも上昇する。それと同時に、脳内でのPBR28の取り込みが30−50%上昇するのが観察される。LPSで脳内ミクログリアが活性化されることは知られているので、この方法はミクログリア活性化を知る感度の高い方法になるという結論だ。いくら経過を注意深く観察していると言え、LPS投与が強い炎症を引き起こす、いわば毒であることはわかっている。いくら将来重要な検査へと発展して多くの疾患の早期診断に役立つかもしれないとはいえ、正常人にわざわざ炎症を誘導する処置をしていいのか疑問だ。もちろんインフォームドコンセントをとり、倫理委員会で審議したと書かれているが、臨床例を積み重ねて適用を決めることは間違いなくできたはずだ。アメリカの自由といえばそれでおしまいだが、いくら考えてもどこかで一線を越しているような気がするのは、現役を退いたからだろうか。
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9月21日:ピロトーシスのメカニズム(9月16日号Nature掲載論文)

2015年9月24日
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今日は24日でこの間、案の定ネットは繋がらなかった。書きためた論文ウォッチを順々に、書いた日付に合わせて掲載する。 細胞の死に方をネクローシスと、アポトーシスに分けて理解できていた頃は楽だった。私自身この分野をほとんどフォローしていなかったが、両者とは違う新しい死に方が定義され、ピロトーシスと呼ばれるようになっていたようだ。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はピロトーシスが誘導されるシグナル経路を特定した研究で9月16日号のNatureに掲載された。タイトルは「Caspase-11 cleaves gasdermin D for non-canonical inflammatosome signaling (インフラマソームの非主流シグナルをカスパーゼ11により切断されたgasderminDが担っている)」だ。一般の人でなくとも、このタイトルは分野がことなう研究者にとってもチンプンカンプンだろう。まずピロトーシスから説明すると、細胞内に取り込まれた細菌細胞壁に発現する内毒素により誘導される細胞死で、細胞が溶解する点ではネクローシスト同じだが、DNAの断片化が見られる点ではアポトーシスと同じであり、独立のシグナル経路が関わることがわかっていた。これまでの研究からカスパーゼ1が活性化されるとピロトーシスが起こることはわかっていたが、細胞内に取り込んだ細菌の内毒素によるピロトーシスの詳細はほとんどわかっていなかったようだ。タイトルにあるインフラトソームはこのシグナル誘導に関わる様々な分子の複合体で、この中に存在するカスパーゼ11が内毒素によるピロトーシスに関わることは知られていた。この研究の目的は細胞内内毒素の刺激からピロトーシスまでの経路の解明で、Pam3CSK4と共培養することで誘導されるIL-1βを指標に突然変異マウスを探索し、gasderminDとカスパーゼ11遺伝子突然変異マウスがこの経路に異常があることを発見する。このスクリーニングで使われた突然変異体は共著者のオーストラリアのGoodnowがずいぶん前に、マウスを使ってショウジョウバエと同じように全遺伝子について突然変異体の分離を行おうと始めたプロジェクトで、現在も粘り強くプロジェクトが進んでいるのを知ると感心する。はっきり言ってこの二つの分子を特定できたことでこの研究の大枠は完成している。インフラソゾーム構成分子のカスパーゼ11は予想していたかもしれないが、gasderminDが引っかかってきたのは驚きだったろう。というのも、この分子は哺乳動物にしかなく、またカスパーゼ1活性化によるピロトーシスにはgasderminDが必要ないことがわかっていたからだ。様々な遺伝子欠損マウスを使ったシグナル解析から、1)細胞内内毒素によるピロトーシスには、カスパーゼ11活性化と、それによるgasderminD分子の活性化が必要なこと、またこの経路が致死的敗血症の原因であることを明らかにしている。詳細は省くが、内毒素による活性化されたカスパーゼ11/gasderminDはカスパーゼ1の上流で働いているため、カスパーゼ1を直接活性化するとgasderminD非依存的にピロトーシスが起こるというシナリオを提案している。したがって、脊椎動物で一般的に見られるピロトーシスを細胞内内毒素の刺激とリンクさせたのがgasderminDの進化の結果ではないかと結論している。ますます細胞の死に方が複雑になっているという印象だが、細胞の死に方の調節がいかに重要かを実感する論文だった。
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論文ウォッチについてのお知らせ

2015年9月20日
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今Quito空港でガラパゴス行きの飛行機を待っています。ガラパゴス島ではネットにアクセスできない可能性があります。その場合は4日ほど論文ウォッチはお休みをいただきます。アクセスができればもちろん続けるつもりです。
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9月20日:高次機能解明のための市民参加型研究(9月16日号PlosOne掲載論文)

2015年9月20日
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このホームページでも紹介してきたが、市民参加型の研究が21世紀の科学の一つのトレンドになるのではないかと思っている。ハッブル望遠鏡が撮影したギャラクシーズーのように、実際市民の参加があって初めて成功した研究も続々報告されつつある。しかし、グーグル検索のようなPCへのアクセス、あるいは監視カメラ映像を通していやおうなしに研究に参加させられる事もあり、市民参加型の研究に対する懸念も持たれるようになっているのが現状だ。しかし私自身は、解析に主観的要素が入る認知科学はこういった懸念はあるものの今後市民参加型研究をますます組み入れるようになるのではと予想している。この方向性の一つの目標は、それぞれの心的自己、あるいは主観についての科学の始まりではないかと考えているが、今日紹介するデューク大学からの論文は、この方向性の入り口の研究と言えるのではないかと思った。9月16日付のPlosOneに掲載され、タイトルは「Citizen science as a new tool in dog cognition research(市民参加科学は犬の認知研究の新しい道具になる。)」だ。私は犬も飼っていないし、これまで犬の認知についての研究について全く知らなかった。類人猿と他の動物の間をつなぐ意味で、犬の心理実験の重要性が認識され、最近盛んに行われてるようだ。ただ、これまでの研究では、犬を研究室という特殊な設定に置いて調べていたため、実験的設定自体が実験結果にどの程度影響を持つのか検証が必要だった。この研究は、Dognitionというインターネットサイトを立ち上げ、そこに集まってくれる一般の犬の飼い主に実験を任せることで、犬の日常の中に無理なく実験を組み込む可能性が検討された。驚くのは、メンバーになるためにお金を払った上で、この実験を承諾し、参加する人が集まることだ。自分の飼い犬の認知能力を知りたいと思うのは愛犬家なら当たり前のことなのかもしれない。その上で、これまで研究室で行われてきた犬の認知機能や記憶を調べる課題を選び、飼い主が個人的愛情などの影響を受けることなく成し遂げられるか調べている。個人的バイアスを避けるため、実験プロトコルを犬の訓練士の犬を使って何度も検討し、ビデオも使ったインターネット上で飼い主の教育を行った上で、飼い主に実験を行ってもらい、結果課題を完遂できた約500頭の結果を、これまでの実験室で得られてきた研究結果比べることで、市民に実験者になってもらっても客観的実験が可能か検討している。どんな課題が与えられたかや結果の詳細はすべて省略するが、市民研究者に実験を任せることは可能かという問題については、十分可能だと結論している。例えば、これまでの実験室での研究結果と比べてもほとんど同じ結果が得られており、再現性は高い。逆に、例えば待てと命令したまま実験者が背中を向けて実験を中断するセッティングでは、飼い主が実験する方が長い時間食べ物に飛びつかずに我慢していることなど、飼い主との社会的関係が実験に影響することも明らかになっている。この実験の目的はあくまでも市民参加型研究が可能かの検証で、結果としては特に目新しいものはなかった。しかし課題次第で、出来上がった市民参加型ネットワークから、新しい発見が生まれる予感がする。オオカミの群れの行動から考えると、犬には社会を作りそれぞれの持ち場を決めて共同作業を行うための認知条件が整っている。この社会性を飼い主との関係に利用することで、犬を訓練して多くの仕事を任せることが可能になっている。今後おそらく、他の個体と情報を共有するためのコミュニケーション能力とは何かなど、面白い課題の研究が進む予感がする。是非次の論文を読んでみたい。
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9月19日:心筋細胞の再生の切り札?(9月16日号Nature版掲載論文)

2015年9月19日
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心筋梗塞は発作直後の死亡率が高い恐ろしい病気だが、命を取り留めることができても、一度死んでしまった心筋細胞は再生できず、機能の一部を失った心臓で残りの人生を送らなければならない。このため心筋の再生は、再生医学の最重要課題の一つになっている。魚類や両生類に見られる再生が哺乳動物ではなぜ起こらないのか、心臓にも骨格筋と同じような自己再生する幹細胞は存在するのか、再生がおこるならその増殖シグナルは何か、などの課題に対する挑戦が続けられている。今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は基礎的にも臨床的にも全く新しい可能性を開くのではと期待が持てる研究で9月16日号のNatureに掲載された。タイトルは「Epicardial FSTL1 reconstitution regenerates the adult mammalian heart(心外膜のFSTL1を回復させると大人の心筋を再生させる)」だ。このグループは大人の心筋内にも自己再生可能な幹細胞が存在し、その増殖に心外膜が関わっているという可能性について研究を行っていたようだ。この論文ではまず、心外膜細胞が心筋細胞の増殖を促進すること、この効果が心外膜から分泌される分子によることを、ES細胞から誘導した心筋細胞で明らかにした上で、この分子をマトリックスに混ぜて心臓に貼ることで心筋梗塞後の心筋再生治療に使えることを示している。次に心外膜細胞上清に分泌される活性分子の探索を行い、Folistatin-like(FSTL1)と呼ばれていた分子こそが心外膜細胞が分泌する心筋再生を誘導する分子であることを突き止める。このリコンビナント分子を大腸菌に作らせ、これをマトリックスに加えて心臓に貼ると、心筋再生を促すことができる。また試験管内の実験系でもリコンビナントFSTL1は心筋の増殖を誘導する。最後に、ヒトの心臓に近いブタ心筋梗塞モデルでも心筋再生を誘導することができる。これらの全臨床実験の結果を見ると、FSTL1が今後心筋梗塞の急性期を狙った細胞治療に有望な分子であることが結論できる。一方基礎医学的にも面白い分子だ。まず、胎児心臓発生時は心臓全体で発現しているが、大人になると発現が心外膜に限局される。ところが心筋梗塞を起こしてやると、また発現が心筋に移行する。一見理にかなっているように見えるが、大腸菌に作らせて外から加えると強い心筋再生作用が観察できるFSTL1が心筋で発現しているなら、がなぜ心筋は再生できないのかという疑問だ。この研究では、心筋細胞ではFSTL1の糖鎖修飾が行われることで、再生誘導シグナルが失われ、代わりに心筋保護作用が現れるためではないかと結論している。これについてはまだまだ研究が必要だろう。特にこの分子について、心筋再生の起こる動物と、起こらない哺乳動物を比べることは面白いと思う。もし哺乳動物だけで心臓再生作用を抑えるFSTL1分子の糖鎖修飾が起こったなら面白いシナリオがかけるのではないだろうか。期待したい。
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9月18日:ズブの素人にも良さそうな感触がある創薬法(Angewandte Chemie9月号掲載論文)

2015年9月18日
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今書いている本のペースがこの一ヶ月なかなか進まない。というのも、内容が38億年前の地球での生命誕生に差し掛かったため、有機化学といやでも格闘しなければならない。毎日関係の論文を読みながら、苦手意識を募らせている。そんなとき思い出すのが、理研創薬プロジェクトのメディシナルケミストたちだ。ケクレが夢の中でベンゼン環が踊っているのを見たというが、頭の中に亀の甲をイメージできる人達だ。今格闘しているのが、生命の有機化合物がL-型に統一されるホモキラリティーの現象だが、キラリティーと関係するサンディエゴ州立大学からの論文を見つけたので紹介する気になった。タイトルは「Exploiting atropisomerism to increasee the target selectiveity of kinase inhibitors (キナーゼ阻害剤の標的選択制を高める目的でアトロプ異性体を利用する)」だ。私に取ってもアトロプ異性体という言葉は初めてだったが、論文を読むと化合物の回転性が亀の甲に結合させた分子によって阻害されるような異性体で、創薬として合成される化合物はアトロプ異性体ができやすいらしい。最近になてこのアトロプ異性体が時に標的分子と高い親和性を持って結合できることが示されてきたらしく、著者達は同じ戦略をガンの分子標的治療の中心になっているキナーゼ阻害剤に使えないか調べようと着想している。実を言うとここからはチンプンカンプンになるが、一昨日、昨日ここで取り上げたイマチニブやクリゾチニブもアトロプ異性体が生成され共存していることを確認した上で、ベンゼン環に結合しているクロライドをブロムに変換するなどして(なぜこんなことを思いつくのかは専門家に聞いて欲しい)、安定性のある右向き、左向きのアトロプ異性体を合成し、このキナーゼ阻害活性の特異性が、元の化合物と比べて変化するかを調べている。結果は期待通りで、これまでsrcを始め多くのキナーゼを阻害していた化合物が、右向きだけになるとRETなどのキナーゼに特異性を示すようになることを見出している。次に構造解析やモデリングを使って、実際の反応を構造モデリングで裏付けることもできること、そしてそれを使ってアトロプ異性体のキナーゼ特異性を予想することも可能なことを示している。これらの結果から、アトロプ異性体を安定化させることで現在使われているキナーゼの特異性を変化させるという方法は、もっと創薬で利用できるのではと示唆している。理研創薬プロジェクトの人たちと話していると、標的分子の構造さえわかれば分子をどう変えていけばいいか次々と頭に浮かんでくるようだ。その意味で、異性体を安定的にするだけでこんな効果があるなら、もっと試みられるべき方法だろう。少し気になったのは、化合物特許がある場合、異性体の特許も含まれてしまうのか、それとも別なのかだ。誰か是非教えて欲しい。
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9月17日:非小細胞性肺がんの治療に標的薬を組み合わせる(9月号Nature Medicine掲載論文)

2015年9月17日
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ガンのゲノムを調べて異常増殖に関わる遺伝子を見つけ、それを標的として薬剤で叩くことで高い治療効果を得ようとするのがガンの分子標的治療だ。その最も成功した例が慢性骨髄性白血病に対するイマチニブ治療で、薬剤を服用し続ければほとんどの例で白血病をコントロールすることができるようになっている。ただガン遺伝子が続々明らかになり、それに対する分子標的薬が開発されてわかってきたことは、分子標的薬は最初著しい効果を示すものの、多くの場合時間が経つとガンが耐性を獲得して再発することだ。したがって、間違いなく寿命を伸ばすことができるが、現在の標的薬だけでは完全に治すのが難しいことだ。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は非小細胞性肺腺ガンの治療耐性獲得機構を明らかにして根治治療法の開発を目指した研究でNature Medicine9月号に掲載された。タイトルは「Ras-MAPK dependence underlies a rational polytherapy strategy in EML4-ALK-positive ling cancer(EML4-ALK陽性の肺がんRas-MAPK依存性から帰結する標的薬併用治療)」だ。タイトルにあるEML4-ALK陽性肺ガンというのは、染色体転座によりできたキメラ遺伝子EML4-ALKが発ガンに関わっていることが、当時自治医大(現東大)の真野さんたちによって明らかにされた非小細胞性肺腺ガンだ。ファイザーにより開発されていたALKのリン酸化機能を抑制するクリゾチニブという分子標的薬が身体全体に転移していたガンをあっという間に縮小させるほどの効果を見て全員が分子標的薬の将来を確信した。しかし、治療を続けてわかったことは、ほとんどの例が薬剤耐性になること、また同じガン遺伝子を持っていても4割の患者さんには効果がほとんどないことがわかってきた。この研究ではまずクリゾチニブが抑制するEML4-ALKの下流でガンの増殖を駆動している3つのシグナル経路の内、どの経路がクリゾチニブ耐性になると再活性化されてくるかを調べ、多くのガンで活性化されるRas-MAPK経路の活性が上がっていることを発見する。次に、Ras-MAPKがEML4-ALKにより活性化されるメカニズムを調べ、1)ALKではなくEML領域でRas-MAPKが活性化されること、2)クリゾチニブ耐性ガンではRas遺伝子の増幅、あるいはこの経路のシグナルを抑制しているDUSP6脱リン酸化酵素の発現低下が見られることを明らかにした。すなわち、他のシグナル経路と比べた時、クリゾチニブではRas-MAPKが完全に抑制できないため、時間が経つとRas遺伝子が増幅や、DUSP6遺伝子の発現を低下させた耐性ガンが生まれてしまうというシナリオだ。もしそうなら、最初から先手を打って、クリゾチニブとともに、Ras-MAPK経路を抑制するMEK阻害剤を投与することで、全てのガンを殺すことができるのではないかと着想した。この仮説に基づき、マウスに肺ガンを移植して単独投与、2剤併用投与を比べると、クリゾチニブでは2ヶ月程度で耐性ガンが現れる一方、2剤併用では100日目でも全く再発がなかったという結果だ。MEK阻害剤はすでに臨床で使われており、この治療のヒトでの可能性の検証はすでに始まっていることだろう。期待が持てる。私にはこの研究はガン分子標的治療の新しい方法を示す画期的な研究に思える。これまで薬剤耐性ガンに対しては、耐性が出てから対応していた。しかしこの研究は、薬剤の標的分子の生化学を理解することで、耐性出現前に先回りして、耐性が起こりやすい経路を抑制することができることを示した。他の分子標的薬についても、同じ観点から再検討することで、分子標的薬を用いた根治が可能になると期待したい。
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9月16日:PD-1はガン自身にも発現してガン増殖を促進している(9月10日号Cell掲載論文)

2015年9月16日
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免疫反応を弱めるチェックポイントを標的にしてガン免疫を高め、ガンを治療する抗体薬が注目を集めている。リンパ球に発現して免疫反応を抑制する分子CTLA4やPD-1、あるいはそのリガンドに対する抗体を用いて、この抑制をブロックする治療法だ。従来の治療が全く効かなくなった末期のガンに効果を示し、人によってはガンが完治したことが示され、大きな期待が集まっている。先日ラスカー賞がAllison博士に与えられたのも、この治療法開発への貢献が認められてのことだ。また抗PD-1抗体は我が国の小野薬品独自の開発品であることから、久々にヒットが生まれたとメディアでも大きく取り上げている。ただ、私を含めてほとんどの人は、この治療はガンを直接標的にするのではなく、あくまでもガンに対するキラー細胞を標的にして、免疫反応を高めると思ってきた。今日紹介するハーバード大学からの論文はこの通説を覆し、少なくとも悪性黒色腫ではPD-1はガン細胞にも発現してガンの増殖を助けており、抗PD-1抗体はガンに直接効いて増殖を抑えることもあることを示した研究で9月10日号のCellに掲載された。タイトルはズバリ「Melanoma cell-intrinsic PD-1 receptor functions promote tumor growth (メラノーマ細胞自身が発現するPD-1機能は腫瘍の増殖を促進する)」だ。チェックポイント治療が始まってから、抗CTLA4抗体と抗PD-1抗体が同じ細胞を標的にしているはずなのに、効果に違いがあり、特にPD-1抗体の方がよく効くことが知られていた。あまり深く考えない研究者が多い中で、このグループは抗PD-1抗体が免疫チェックポイント以外に作用しているのではと考え、この抗体の効果が最もはっきりしているメラノーマでこの可能性を追求している。結果、メラノーマの多くはその集団の中にPD-1を発現する細胞を抱えていることに気がついた。次にメラノーマが発現するPD-1が腫瘍増殖に関わるか調べた結果、mTORというシグナル分子を介して細胞の増殖を促進していること、またPD-1を発現しているメラノーマほど腫瘍増殖性が高いことを明らかにした。そこで抗PD-1抗体がガンに直接効くかどうか、免疫反応が起こらないマウスにガンを移植して調べると、明確な効果が認められ、抗PD−1抗体が免疫反応を介さずにガン増殖を抑制できることを初めて示した。他にもいろいろ実験は行っているが、ガン自体がPD-1を発現し、同じガンが発現するPD-L1に刺激され、直接ガン増殖に関わる可能性があり、抗体治療の一部はこの経路も標的にしているというのが結論だ。今後、他のガンでもPD-1が発現していないか違う観点から調べることが重要だろう。特に、現在多くの治験が進んでおり、効いたケース、効かなかったケースが分類されているはずで、これらの症例についても新しい観点から見直すことが重要だろう。いずれにせよ、この治療にたいしてますます期待が高まる結果だ。しかし論文は面白いのだが、大きいはずのわが国の貢献について全く引用していない事に驚く。この分野は多くの会議が持たれているはずで、わが国の免疫や臨床の人たちはもっとプレゼンスを高める努力が必要だと思う。おそらく独自開発のヒット作の治験を外国に丸投げして、わが国臨床研究者が初期段階で外されてしまった結果ではないかと想像する。もしそうだとすると、私が現役の頃進められていた国際共同治験をリードできる機関の育成は全て失敗に終わったのだろうか。今新しい医学部を作る一方で、定員を削減するという方針が出されている。まさにこれは愚策の典型で、国際的に比較すると日本の医学部の規模は小さすぎる。ソウル大学病院は2500床を越し、北京大学に至っては9000床を越すのに、東大でようやく1300床のありさまだ。治験を始め臨床研究の事を考えると、大学は半分以下に減らして一つの規模を拡大するしか国際的に医学部の残る道はない。皆が小粒へ落ちていく道を用意する政策の罪は重い。
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9月15日:飛行中の急病に対する医師の心得(9月3日号The New England Journal of Medicine掲載総説論文)

2015年9月15日
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The New England Journal of MedicineはThe Lancetと並ぶ医師向けのトップジャーナルで、医学生から臨床医、さらには医学研究者まで多くの読者を持っている。したがって、研究論文だけでなく、医師に必要な様々な知識が得られるよう編集が行われている。今日紹介するのは自分が搭乗している飛行機内で急病人が出たとき医師としてどうするのかについての心得をジョージタウン大学救急医学の先生に依頼した総説で、知っているようで知らない様々なことを学べるいい総説だ。タイトルは「In-flight medical emergencies during comm.ercial travel (商用旅行中の機内での急病)」だ。まだ医師として働いていた頃、一度呼びかけに応えて処置をしたことがある。そのときは私自身も倒れたくなるような悪天候で、「私も怖いですよ」と落ち着いてもらって過呼吸は収まり、ヤブ加減がばれずにことなきを得たが、訓練できていないと簡単な救急処置も不安だ。この総説ではまず法的な問題から始めている。アメリカでは医師免許を持っていても呼びかけに応じる法的義務はないが、欧州やオーストラリアは義務になっているようだ。もちろんアメリカでも職業倫理に基づいて呼びかけに応じる医師は多いが、そのときの医師の行為を守る法律があり、1)呼びかけに応じる義務はないこと、2)あくまでパイロットが最高責任者であり、緊急着陸などは医師が決めれないこと、3)適切な機器のない中での医療行為の結果は問われないこと、などが決まっているようだ。また、実際飛行機にはどのような医療器具が整っているかも書かれている。狭心症発作などには対応できるようになっているが、基本的にはバイタルを確保するためだけの機材しかないようだ。その上で、呼びかけに応じたら何をするかが書かれている。1)自己紹介。(今の私なら医師免許はあっても30年以上医師をしておらず何も知らないといったところか)、2)診察していいか聞く、3)医療キットを持ってくるように頼む、特に除細動器が必要な場合はそれが先、4)通訳をお願いする、5)病歴を聞く、6)わかった点だけについて処置する、7)手にあまると思えば緊急着陸をお願いする、8)必要なら地上医療スタッフと話し合う、9)記録を残す。私の場合、どれもできていなかったことに驚く。最後に、機内で出会う病気についての簡単な説明がある。まず心停止だが、出会う確率は0.3%と極めて稀だが、機内での死亡の86%を占めるようだ。この場合は蘇生しても、必ず緊急着陸を要請したほうがいい。同じく急性の冠動脈症状だが、これは多く8%で、多くは病歴がある。ニトログリセリンは常備されているが、心筋梗塞が疑われれば緊急着陸を要請すべき。脳血管発作は2%だが、飛行中は酸素吸入はできるだけ濃度を下げて行う必要があるようだ。一方、低血糖に対しては検査機器はないが、乗客に測定機器を持っている患者さんがいる場合もあるので聞いたほうがいいようだ。精神的なストレスによる様々な症状は多いが(私のd出会ったのもこれだが)精神安定剤などは常備されていない。予想外なのは、低気圧やストレスで失神する率がなんと37%に達することだ。これを知っておけば、まず横になって落ち着かせるところから冷静に始めることもできるだろう。あと多いのは当然外傷で、銃創などはないので対応は難しくないとのことだ。現役の医師の皆さんにとっては必読総説だろう。医療を受ける側も、ある程度この程度のことを知っておくことで、手当てを受けるときに不安は軽減されるのではないだろうか。しかし同じような法律は我が国にもあるのだろうか。今はおそらく呼ばれても出て行かないと思うが、欧州だと行かないことも罪、誤診してしまっても罪(この点は実際には資料がない)なら、厚労省に医師免許返上を申請したほうが良さそうだ。しかしこの返上も可能だろうか?
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9月14日 アルツハイマーの原因になるアミロイドβは感染する?(9月10日号Nature掲載論文)

2015年9月14日
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クロイツフェルドヤコブ病という名前は聞きなれないかもしれないが、狂牛病と同じ異常プリオン蛋白により脳細胞が変性する恐ろしい病気だ。狂牛病の動物を食べることで感染したことがはっきりしている場合をBSE,それ以外の原因、あるいは遺伝性の場合をクロイツフェルトヤコブ病(CJD)と呼んでいる。もっとも痛ましいのが、医原性のCJDで、中でも死亡した人の脳をプールしてそこから抽出した成長ホルモン投与を受けた小人症の患者さんに発症するCJDだ。この構図はヒト血漿から精製した凝固剤にエイズウイルスが混入して医原性のエイズを発症したのと同じだ。この下垂体抽出成長ホルモン治療は1959年から1985年まで行われ、現在まで世界中で1848人の患者さんが報告されている。ただ、CJDは発症まで20年以上の時間があるため、ピークは過ぎたが現在も発症が続いている。今日紹介する英国国立神経病院からの論文は医原性のCJDで亡くなった患者さんの脳にはβアミロイドタンパクが凝集した老人斑が高率に見られることを報告した重要な研究で9月10日号のNatureに掲載された。タイトルは「Evidence for human transmission of amyloidβ pathology and cerebral amyloid angiopathy(アミロイドβによる病理変化やアミロイド血管症は人から人へうつる)」だ。この論文は研究というより、症例報告だ。この病気で亡くなった患者さん8例のうち4例に強いアミロイドβの蓄積が見られたというのが結果の全てだ。このアミロイドβの蓄積は老人斑と呼ばれアルツハイマー病の一つの病理的特徴だ。なぜこれがCJDで見られるのか追及している。まず、アミロイドβの蓄積は医原性のCJDだけで見られ、他の原因によるCJDでは見られない。また、もう一つのアルツハイマー病の特徴タウ蛋白の重合繊維化病変は見られない。この結果から、このアミロイドβは人間の脳から抽出した成長ホルモンに紛れ込んでおり、そこから感染したことが強く疑われる。成長ホルモンは下垂体を集めて精製する。そこで、アルツハイマー病の解剖例の下垂体を調べると、アミロイドβの蓄積が強く見られる。以上の結果から、アミロイドβは注射により人から人へ伝播し、プリオンのように脳内で正常なアミロイド蛋白の構造を変化させることで増殖し、蓄積し、神経死を誘導すると結論している。病気としてはCJDがより激烈なので、アルツハイマー病は問題にならないのかもしれないが、同じ治療を受けた患者さんの中にはアミロイドβだけに感染した人もいると予想される。今後、範囲をCJDが発症していない患者さんにも広げて研究が行われるだろう。ただ、アルツハイマー病のメカニズムを知る上で、アミロイドβにヒトでも感染性があるが、タウ蛋白は伝播しなかったという発見は重要に思える。動物実験でもアミロイドβは神経から神経へと伝播し増殖することが示唆されていた。この貴重な発見から、医原性のCJDという不幸な歴史が、アルツハイマー病治療法の開発へと進むことを期待したい。
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