1月23日:脳各部の大きさを決める遺伝背景(Natureオンライン版掲載論文)
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1月23日:脳各部の大きさを決める遺伝背景(Natureオンライン版掲載論文)

2015年1月23日
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遺伝は、背の高さも含めて、私たちの体の様々なサイズを決める重要な要因になっている。背の高さと遺伝的多形についての研究はこれまでも数多くあり、例えば2010年にはNature Geneticsに、4000人、30万近いSNPから身長の多様性を説明する論文まででている。同じように、脳各部のサイズの決定にも遺伝的要因が関わる可能性を想像することはできるが、身長や体重と違って測定が大変で、ほとんど研究はない。今日紹介する200近い施設が参加するコンソーシアムからの論文は、まさにこの大変な脳の測定を13000人というスケールで行った研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Common genetic variants influence human subcortical brain structures(ヒトの脳構造に影響を及ぼコモン遺伝的変異)」だ。繰り返すがこの研究では13000人というヨーロッパ人の全ゲノムレベルの遺伝子多型検査と、MRIを用いた脳各部の計測を行い、脳各部のサイズと相関する一塩基多形を探索している。大変な力仕事で、200近い機関の協力が欠かせないのも理解できる。このプロジェクトの名前はENIGMA(enhancing neuro imaging gentics through meta analysis)で、多施設が独立で集めた脳イメージや脳機能検査結果を統合するコンソーシアムだ。エニグマというと、アラン・チューリングにより解読された第2次大戦中解けないとされたドイツの暗号機を思い出すが、おそらくこのプロジェクトもこのエピソードをかけて名前をつけているのだろう。結果だが、脳各部の大きさと相関する10近くのコモンSNPが特定されている。この結果はすべて、他の17000人近いデータで調べ直して、確認している。研究自体はこれで終わりだが、一応見つかったSNPの意義について考察しているので、簡単に紹介しておこう。まず、これまで知られている脳疾患と相関するSNPとの関わりはほとんどなく、脳形態に関わる多形はそのまま病気に関わるものではないことが明らかになった。もっとも強い相関が見られたのがKTN1という遺伝子の近くに見つかった多形と脳幹部被殻のサイズだった。この遺伝子は小胞体輸送に係わる分子だ。他にも、軸索伸長に係わるDCC遺伝子座、神経細胞死を防ぐBCL2L1、シナプスのチャンネルの密度を決めるDLG2などの遺伝子座のSNPが、被殻のサイズと相関している。他にも海馬や脳幹尾部のサイズと相関するSNPも発見されている。これらの分子が脳各部のサイズ決定にどう関わるかは今後の課題だが、見つかった多形のほとんどは脳発生に関わる遺伝子で、発生過程での多様性を説明するための第一歩になるだろう。最後に、KTN1下流で見つかったSNPについて少し詳しく調べ、SNPがKTN1遺伝子の発現に関わっていること、この遺伝子の量が細胞自体の大きさを決めていること、これにより特定の被殻の構造変化が起こることを示している。まだまだはっきりしたシナリオが書けるというところまで行っているわけではないが、大変な量の仕事で、このようなコンソーシアムが進むヨーロッパは羨ましいと思う。どの本で読んだのかもう忘れたが、有名な脳科学者Brocaはフランス人の脳の容積が、ドイツ人の脳容積より大きいことを示すために、脳容積の正確な測り方の開発に執心したようだ。科学が大衆に迎合することの危険を教えてくれるエピソードだが、このコンソーシアムを見るとヨーロッパはこのようなナショナリズムを科学で乗り越えていることがよく理解できる。

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1月22日:加齢黄斑変性症発症についての新説(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2015年1月22日
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あらゆる分野の論文を乱読していると、「ここまでわかっていたのか」と感心する一方、「こんなこともわかっていなかったのか」と驚くこともしばしばだ。今日紹介するメリーランド大学からの論文は、加齢黄斑変性症の発症過程についての新説で、アメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Identification of hydroxyapatite sperules provides new insight into subretinal pigment epithelial deposit formation in the aging eye(ハイドロオキシアパタイトの特定から生まれる、加齢に伴う目の色素上皮でおこる沈着物の形成に新しい考え)」だ。もともと加齢黄斑変性症は網膜色素上皮下に老廃物が沈着して起こると考えられてきたが、発症初期過程の解析はあまり行われず、加齢という言葉でおしまいにしていた。「どうしてこんなこともわかっていなかったのか?」と感じたと言ったが、この研究自体はかなり古典的で、特に変わった方法も使わずこの初期過程に焦点を当て解析している。このグループは色素上皮下に蓄積される沈着物の成因に興味を持っていたようだ。屍体から眼球を集め沈着物共通の物質がないかX線回折を用いて分析を進めるうち、不溶性のリン酸カルシウムであるハイドロオキシアパタイトを特定した。この発見が研究の全てで、あとはこれが黄斑変性症などにすすむ可能性を追求しているだけだ。まずこのハイドロオキシアパタイトは網膜色素上皮と脈絡膜の間に形成される。おそらくなんらかの原因で微小ではあってもリン酸カルシウムの結晶がまず形成される。次にこれが核となって、コレステロール、アミロイド、ヴィトロネクチン、補体因子などの分子が集まり沈着物を作る。もちろん同じ沈着物は黄斑部にも存在するため、おそらく変性症のトリガーになるだろうと推察している。残念ながら、実際の黄斑変性症でこのような構造がどのように存在しているのか、浸出型や萎縮型といった病系との関わりなどは全く示されていない。今後、実際の病眼を用いた研究が必要だろう。しかしこんな結晶が本当に存在するなら、早期診断も可能なはずだ。単純な発想と、古典的な方法で明らかになってきた現象は、臨床応用も簡単だと思う。ぜひ加齢黄斑変性症を防ぐという方向に研究が進んでくれることを期待する。

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1月21日:結核菌の歴史(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2015年1月21日
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私が医者になった40年前は外来で結核患者さんを見るのは当たり前だった。すでに抗生物質が存在したおかげで、必ずしも入院をさせなくても良いという考えが徐々に普及しており、多くの患者さんを外来で治療したのを覚えている。しかし私の結核についての記憶は決して医学だけではない。結核は私たちの文化、特に19世紀後半からの文化と深く結びついている。多くの芸術家が結核を扱い、また結核のために亡くなったことは文学や音楽史からも理解できる。作曲家で言えばショパン、作品で言えば椿姫やボエームなど、19—20世紀の庶民の脅威として心を支配していたようだ。今日紹介するヨーロッパを中心とした国際コンソーシアムからの論文は世界99カ国から5000近い結核菌を集め、ゲノムを調べた研究で、Nature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Evolutionary history and global spread of the mycobacterium tuberculosis Beijing lineage(結核菌北京株の伝搬と進化の歴史)」だ。結果自体は地道な細菌ゲノム研究で、結核の歴史を知ることで耐性菌への対応を目指すものだ。結核がもはや私たちに重くのしかかる問題で亡くなった現代の人には面白くないかもしれない。しかし、結核菌の歴史に私たちの歴史を重ねて考えると、結核と私たちの交流がいかに深かったか理解できる。まず、私自身患者さんを診ていた時、世界に広がっている結核菌がこれほど大きな多様性を持っているとは考えなかった。完全にゲノムが調べられた110菌株には6000のSNPが見つかる。また菌の進化についても全く知らなかった。この研究から世界に感染を拡大させた結核菌がなんと北京から日本までの東アジアに由来する菌で、6000年前に独立した菌として生まれたようだ。その後、人類の交流史とともに西へ西へと広がり、欧州に達する。これもそれぞれの歴史イベントと重なるはずだ。面白いことに、広がった先で独自の進化を遂げる。その結果、現在のアジアに広がる菌と欧州に広がる菌には大きな差がある。また、結核は欧州からアメリカへ持ち込まれて抵抗のなかったアメリカ原住民の人口減少をもたらしたことが知られているが、旧植民地の結核も独自の進化を遂げている。予想通り地球上の結核菌の総数が急増したのが19世紀で、産業革命による都市化の始まった時期と重なる。そして次の波が、第一次大戦時だ。この原因も追及の価値がある。そして、私が医者になった時から急速に結核菌の総数は減少するが、AIDSが流行りだすと少し増加して、今に至っている。また、抗生物質の使用により生まれた耐性菌が現在の結核菌総数の増加にも関わっているという結果だ。もちろんこの研究は純粋医学的に、耐性菌の発生を予測し、結核自体を撲滅するために行われている。事実、耐性をもたらすメカニズムも明確にしている。しかし、空気感染する慢性感染症という結核が持つ稀な特徴を考えると、我々自身の歴史と結核菌ゲノムをさらに詳細に重ね合わせた研究は間違いなく面白い分野になる。幸い19世紀は組織の保存などが行われ始めた時期だ。当時の結核菌を調べることも可能だろう。ゲノム研究が歴史研究を変えていることを実感する研究だった。

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1月20日:本当の発想の転換(Scienceオンライン掲載論文)

2015年1月20日
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昨年のノーベル化学賞は、回折限界を超える解像度を持つ光学顕微鏡開発に与えられた。私自身はこの超解像度顕微鏡を使ったことはないが、授賞理由を見ると柔軟な発想で観察の光学的限界が超えられたのが理解できる。即ち、顕微鏡で観察される側の光そのものを操作するという発想の転換だ。しかし今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、その上をいく発想の転換のように思える。Science誌オンライン版(Science Express)に掲載された論文で、タイトルはズバリ2語、「Expansion microscopy (拡大顕微鏡だ)」。この研究では、顕微観察の解像度をあげるために、対象になる組織そのものを拡大するという180度の発想の転換が行われ、それが可能であることが示されている。いかにして組織を拡大するか?私たちの周りには、水を溜め込んで膨張する多くの高分子凝集剤が使われた製品があるが、同じ原理が使われている。この研究では、組織を固定した後、この高分子凝集剤のひとつsodium acrylateを組織内に浸潤させ、架橋材で格子状の高分子化構造を形成させ、最後にポリマーが組織に均一に分布するよう酵素処理を行っている。その後、水で透析するとポリマーが水を吸収し最大4.5倍まで拡大する。これにより見たい組織が、存在する分子数はそのまま、縦横高さが平均して4.5倍になる。体積でいうと、約90倍になる。この研究では神経に焦点を絞り、細胞骨格、小さなオルガネラ、また脳の海馬全体を蛍光抗体法で染めてその効果を示している。5倍ぐらいならレンズの倍率をあげれば同じと思われるかもしれないが、この方法が可能にしているのは分子間の距離を5倍広げることで、回折限界そのものが200nmから40nmになるのと同じ効果が得られる。このおかげで、倍率が上がるというより、回折限界を超える解像度が得られるというわけだ。論文に示された写真をお見せできないのが残念だが、得られる解像度には驚嘆する。おそらく、今後様々な方法と組み合わせて普及すると思う。事実、今回ノーベル賞に輝いた超解像度顕微鏡との相性も示しており、それはそれは美しい海馬の蛍光写真が得られている。大学を卒業して40年、基礎研究に移って33年だが、組織を拡大して観察するなどついぞ思いつかなかった。結局凡人で終わったことを思い知った。

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1月19日:宇宙では頭に血がのぼる(Journal of Physiologyオンライン版掲載論文)

2015年1月19日
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昨日に続いて地上の世界を離れた話題だ。昨日紹介した深海とは打って変わり、今度は宇宙飛行士の循環状態の話だ。日本人も含め、今や長期間宇宙に滞在するのは当たり前になってきた。スペースシャトルが引退し、アメリカでさえ宇宙飛行士の運搬はロシアのソユーズに頼らざるを得ない。おのずと滞在期間が伸びるはずだ。今日紹介するNASAとなぜかコペンハーゲン大学という不思議な組み合わせのグループから発表された論文は、長期滞在中の宇宙飛行士の血液循環状態について調べた研究でJournal of Physiologyオンライン版に掲載された。タイトルは「Fluid shifts, vasodilatation and ambulatory blood pressure reduction during long duration spaceflight(長期宇宙滞在による体液変化及び血管拡張と活動中の血圧低下)」だ。研究では、24時間血圧測定、デンマーク製の(この機械が重要でおそらくデンマークとNASAという不思議な取り合わせの理由だろう)宇宙用に開発された呼吸ガスを使って心拍出量を計測する装置、尿の量や電解質測定、血液検査によるカテコラミン測定による交感神経、副交感神経刺激状態の測定を行い、地上なら下半身に溜まっている体液の上半身への移行を含む様々な循環状態を測定している。今回研究に参加したのは8人の宇宙飛行士で、宇宙滞在85日目、192日目で測定し、地上で測ったデータと比べている。面白いことに、今回参加した8人のうち2人が高血圧治療を受けており、2人は高脂血症に対するスタチンを服用している。宇宙飛行士といっても生活習慣病を持つ普通の人のようだ。もちろん同じような研究はこれまでも何回も行われている。ただ、新しいデンマーク製の機器を用いてより詳しい検査をしている点と、長期フライト中2回に分けてデータを取っている点だ。結果だが、ちいさな違いは別にして、おおむねこれまでの結果と変わらないようだ。まず、収縮期、拡張期血圧がともに10mmg以上低下する。一方、心拍数は変わらない。そして今回の研究の目玉は拍出量がなんと30−40%も上昇することだ。そして、この状態が飛行中特に調整されることなく続いている。これらの変化の程度が、従来の研究から予想される以上に大きいことも強調されている。これらの結果から、末梢の血管抵抗が30%以上低下、すなわち血管が拡張していることが想定される。しかし、心拍数や血中のカテコラミンからは自律神経系は状態を調整しようと働いていないようだ。結局、なぜこの現象が続くかは本当のところよくわからないというのが結論だ。私たちは地球の重力を前提として進化してきたため、重力に対する調節は当たり前のことだ。とすると、今後宇宙飛行士の研究から、私たちの知らなかった全く新しい生理メカニズムが明らかにされるかもしれない。いずれにしても、宇宙滞在中のすべての人間は間違いなく頭に血が上っていることは確かだ。

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1月18日:アザラシやイルカの不整脈(Nature Communicationsオンライン版掲載)

2015年1月18日
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何度も書いたと思うが、論文を読んでいると本当にいろんな研究が行われていると感心する。今日紹介するカリフォルニア大学サンタクルス校からの論文は、イルカやアザラシに装着できる心電計を開発して、潜水行動中の心機能を調べている。タイトルは「Exercise at depth alters bradycardia and incidence of cardiac anomalyes in deep diving marine mammans(深海に潜水できる哺乳類が深海で運動をすると、徐脈状態が乱れ、不整脈に陥る)」だ。このような論文を読むと少し物知りになる。例えば、ラッコはたかだか数メーターしか潜れず、息をせずに潜れる時間も数分しかないのに対して、もぐりのチャンピオンはアカボウクジラで、最高3000メーター、2時間の潜水が可能だという。こんな生態も含めて哺乳動物の潜水行動を調べるべく、このグループは心電図、ヒレの運動、潜水深度を同時に測定する機器を開発し、これをイルカやウェッデルアザラシに装着し、連続記録を行っている。結果は物知りと褒められるネタが多い。まず、深く潜るほど徐脈になる。自分の潜水経験とはずいぶん違うが、熟練した人はそうらしい。これは水圧で副交感神経が刺激されるためで、私たちが普通に海で潜る深度の話ではない。もちろん、ここで手足をバタバタさせると心拍数は上昇する。このため、潜る時はほとんどヒレを動かさずスライドするように潜るようだ。ただ、深く潜るのは餌をとるためでもある。当然ヒレを動かす必要にかられる。この結果、心拍数は上がったり下がったりを一定の範囲で繰り返す。この運動は交感神経を刺激し、心拍数をあげている結果だ。とすると、時によって水圧などによる副交感神経が高まった条件で、拮抗する交感神経も刺激するという危険な状況が生じる。実際、深く潜ったイルカやアザラシが急にヒレを動かしたりすると、なんと8割近くの確率で期外収縮が出てくる。話はこれだけだ。結論としては、海に生活するようになった哺乳動物は、確かに嗅覚受容体を全て捨てるなどの進化を遂げているが、この問題は未だ解決できておらず、危険と隣り合わせで餌を深海で漁っているようだ。とすると、深海で彼らを驚かすようなことをすると、死に至ることもあると注意すべきだろう。トライアスロン競技中の死亡事故の90%は低水温の水泳で起こるようだ。人間の事故を防ぐ意味でも、彼らの研究は重要なようだ(と理由を書いている)。私が一番気になるのはこの研究を支援する助成金がどこから出ているかだ。調べると案の定アメリカ海軍だった。あとはノーコメント。

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1月17日:免疫力は鍛えるもの、当たり前の話を証明することの大変さ(1月15日号Cell誌掲載論文)

2015年1月17日
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今日は阪神・淡路大震災20周年で、何かふさわしい論文がないか調べてみたが、残念ながら見つからなかった。当時私は京大医学部分子遺伝に在籍しており、私の研究室の大学院生の中には家族が被災して大変な思いをしているのを身近に見ていた。当時は京大を離れてこの神戸に来ることは全く想像してもいなかった。しかし、この20年で医学はどれほど進んだのだろう。私自身はゲノムも含め、人間を対象とする研究が20年で大きく変化した分野の一つだと思う。これは新しいテクノロジーの開発によることも大きいが、やはり人間を調べるという強い意志と、柔軟な思考でこれに迫る様々な個性の研究者がいるおかげだろう。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、一卵性と、二卵性双生児を集めて免疫系の遺伝性要因を探った研究で1月15日号のCell誌に掲載されている。タイトルは「Variation in the human immune system is largely driven by non-heritable influencees(人の免疫システムの多様性は非遺伝的要因により決まっている)」だ。この研究の責任著者Mark DavisはT細胞受容体遺伝子クローニングを初めて行った一人で、熾烈な競争を遺伝子サブトラクションという当時免疫学ではまだ馴染みのなかった技術を駆使して遺伝子クローニングを行った、柔軟な思考のできる研究者だ。風の便りに、彼が現在ヒトの免疫系を理解しようと研究していることを聞いたが、その一環がこの論文だと納得した。研究では、8歳から82歳までの双生児を集め200項目を越す免疫系の指標を測定し、遺伝的に同じ一卵性双生児間、遺伝的違いがある二卵性双生児間での値を比べることで、計算により遺伝性の程度をはじき出している。結果もタイトルにある通り、また予想通り、健康時の免疫状態にあまり遺伝性はないという結論だ。しかし集められたデータはなかなか興味がある。例えば免疫に関わる細胞の数やサイトカインレベルにはほとんど遺伝的性はないが、例えばCD27陽性細胞やCD4T細胞の数、あるいはIL2やIL7のレベルも遺伝性がある。このようなデータを手始めに、ヒト免疫システムの恒常性を実験動物と比べることは重要だろう。他にも、免疫系全体をネットワークとして捉える試みも行い、このネットワークに及ぼす遺伝要因について調べるアルゴリズムも提案している。このネットワーク解析を、遺伝要因のはっきりした免疫疾患の解析に当てはめて解析することで、新しいことが明らかになるかもしれないと期待する。研究結果で一番面白かったのは、サイトメガロウィルス抗体値が大きく異なる16人の一卵性双生児の免疫状態を調べると、多くの免疫指標に大きな変化が起こっており、遷延する感染が私たちの体に大きな影響を及ぼすことがわかったことだ。免疫抑制治療でいつも問題になるこのウィルスに一旦感染すると、それを抑えるために常に大きな努力を私たちは払っているようだ。私たちはこんな病原体を勝手に弱毒と名付けているが、免疫システムにとっては大変な相手のようだ。この免疫ネットワーク状態を調べて、日和見感染の可能性が予測できるなら、臨床にも重要だと思う。話としてはこれだけだが、ヒト免疫システムを理解したいという強い意志と、デザイン自体柔軟な思考を伺わせ、さすがMark Davisと思った。我が国でシステムバイオロジーというと、生物現象を予想可能な力学に落とし込もうという方向性が強いが、部分が全体を作る仕方を歴史として分析するというのも伝統的システムバイオロジーだと思う。

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1月16日:パピローマウィルスと子宮頸癌(オンライン版Nature Genetics掲載論文)

2015年1月16日
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子宮頸癌がパピローマウィルスの感染によって引き起こされることを突き止め、ウイルスによる発ガンが人でも起こることを明らかにしたのはドイツのツア・ハウゼンだ。もちろん我が国でも高月、日沼らによってHTLV1によりATLが引き起こされることが明らかにされていたが、ノーベル賞に輝いたのはツア・ハウゼンだけだった。それはともかく、この発見が2006年のパピローマワクチンにつながっている。これまでの研究で、もちろんパピローマウィウルスが飛び込みやすいホットスポットがあり、近くの発ガン遺伝子を活性化したり、あるいはガン抑制遺伝子を不活化するため子宮頸癌の発症を助けることは明らかになっていたが、驚いたことにウィルスの挿入箇所についてまだ大規模ゲノム研究は行われていなかったようだ。当然と考えてしまうと、研究する気にならないのかもしれない。これにチャレンジしたのが、今日紹介する中国華中科技大学や北京ゲノム研究所を中心に多くの国が参加した論文で、Nature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは、「Genome wide profiling of HPV integration in cervical cancer identifies clustered genomic hot spots and a potential microhomology-mediated integration mechanism(子宮頸がんでのパピローマ挿入部位の全ゲノムに渡る解析により、挿入しやすいホットスポットと、遺伝子の微小相同性を使った挿入メカニズムを特定した)」だ。研究では、子宮頸癌及び前癌状態と考えられている子宮頸部異形症をそれぞれ104人、26人集め、全ゲノム配列を決定した上で、詳しくパピローマウィルス(HPV)の挿入部位を調べている。地道な仕事だが、読んでいくと確かに面白い。まず、子宮頸癌の81%に、異形症の53%のゲノムにHPVが組み込まれているが、組み込まれているHPVの数は圧倒的に子宮頸癌の方が多い。これまで疫学で子宮ガンの危険因子として知られたいた妊娠回数や、中絶経験の数などと、組み込まれたHPVの数などが相関している。さらに、これまでホットスポットとして知られていたように、発ガンに関わる遺伝子の近く、あるいは遺伝子内に組み込まれている。近くに飛び込んだ場合、ウィルスのプロモーターが働いて、遺伝子の発現が上がることが多く、一方内部に組み込まれたケースは遺伝子発現抑制に関わっていることが多い。これらの結果から、HPVは感染時にランダムにゲノムに飛び込むが、発ガンの過程で徐々に多くの遺伝子がHPVにより影響を受けた細胞がガンとして現れてくることがわかる。すなわち、HPVは原因になるが、エピジェネティックスも含め他の要因の関与も大きい。飛び込んだ方のHPVも、プロモーターなどの活性が保存されている細胞が選択されている。最後にHPVの組み込まれた部位の配列の解析から、HPV感染自体がゲノムの安定性を壊し、遺伝子の切れ目を作った上で、短い相同配列をうまく使ってゲノムに組み込まれている事も示している。この選択プロセスで何が起こっているのかを明らかにすることが今後の課題だろう。この点から言うと、このデータから異形症からガンに発展するという安易な結論を出しているが、いただけない気がする。実際異形症ではHPVの数はたかだか2個だが、ガンになると8−9個になっている。異形症が前癌状態だとすると、異形症で見られる2個はガンでの頻度は高いのではと思う。詳しく見ればもっと面白い結果が潜んでそうだ。最後に読み終わって、日本のATL患者さんのゲノム解析はどこまで進んでいるのか気になった。

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1月15日:ガン血管を増強する:結果よければすべて良し(1月12日号Cancer Cell誌掲載論文)

2015年1月15日
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薬剤の臨床効果を確かめる治験は第1相から3相まで、安全性、用量、効果、そして目標とする効果の達成について、対象になる患者さんを増加させながら進む。私自身には経験がないが、開発者にとって一番ハラハラするのが最終段階の第3相ではないだろうか。そこにまで至るすべての努力がこの段階にかかっており、またこの段階に必要なコストは半端でない。その結果が撤退と決まった場合、諦めるのは簡単でないはずだ。特にその薬剤にかけてきた研究者にとってはなんとか復活の道を探りたいと思うはずだ。もちろん多くの企業の場合、上からの命令でこれは叶わないことが多いだろう。しかし大学となると、研究者の独立性が強く、復活の道を探ることは稀ではない。今日紹介するミュンヘン工科大学からの論文はそんな例で、Cancer Cell誌1月号に掲載された。タイトルは「Dual-action combination therapy enhances angiogenesis while reducing tumor growth and spread(血管新生を促進しながらもガンの増殖や進展を押される2種類の薬剤作用を利用する治療法)」だ。このグループは、メルク社とともに血管新生に関わるインテグリンを阻害する化合物シレンギチドと呼ばれる分子の臨床応用を目指していたようだ。しかしグリオーマの血管新生抑制を目指した治験の最後の第3相段階で目標が達成できず撤退が決定される。断腸の思いだっただろう。だだ開発の中心は大学だったようで、簡単に諦めず復活の道を探していたようだ。そして、シレンギチドの量を10分の1に減らして血管新生への効果を見ると、なんと血管新生を増強することを発見した。そこで、間質反応が強いために抗がん剤が到達しにくい膵臓癌の化学療法を助ける薬としてシレンギチドを使えないかという問題に方向転換してこの論文に至ったようだ。研究ではシレンギチドにベラパミルという血管拡張剤を併用し、化学療法としては膵臓癌に最も使われているジェムシタビンを使って効果を見ている。詳細を全て省いて結果をまとめると次のようになる。1)まず低用量のシレンギチドはガンの血管新生を増強するが、血管自体は成熟しておらず漏出性が高い(薬剤も到達しやすい?)、2)シレンギチド自体でガンの薬剤取り込みを増強する効果がある、3)担ガンマウスにシレンギチドを投与するとガン血管が増強してガンの増殖が増える、4)しかしこれにジェムシタビンを組み合わせると今度はガンの増殖がジェムシタビン投与だけよりはるかに抑制できる、5)抑制効果はべラパミルを合わせることで増強する、6)3剤併用の場合、もちろんガンの増殖や進展は抑制され、ガンをより悪性化する低酸素状態が改善され、ジェムシタビンの取り込みが担ガン部位のみで上昇し、間質反応が低下し、転移も少ないという良いことずくめの結果で終わっている。マウスモデルとはいえ大きな期待を持てる結果だ。この結果でメルクが次の治験に乗るかどうかはわからないが、第3相まで進んだ薬剤を10分の1用量で使えばよく、ベラパミルもすでに臨床で使われている。ハードルは低いだろう。大学の研究室が創薬に関わることの利点の一つは、そう簡単に諦めないことだと思った。しかしこのグループにとってはまたハラハラする何年かが待っているのだろう。おそらくこれを知れば、患者さんはもっと大きな期待を持って見ていると思う。うまくいってほしい。

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1月14日:進むC型肝炎治療(1月13日号The Lancet掲載論文)

2015年1月14日
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研究でも、医療でも急速に進展するときがある。そんな時は、少し目を離すと実験方法や治療方法は大きく変わって、自分を浦島のように感じる。C型肝炎治療はそんな例のようだ。私が現役の頃は肝炎ウィルスに対して直接働く治療法はなかった。それが、インターフェロンを中心にリバビリンなどのRNA ポリメラーゼ阻害剤を併用することでかなりコントロールすることが可能になっていた。しかしインターフェロンが効きにくいウィルスや患者さんが存在し、また副作用も長期の薬剤服用を困難にしていた。昨年になって、創薬ベンチャーであるギリアド社が開発を進めていたソフォブヴィルと呼ばれる新しいRNAポリメラーゼ阻害剤が認可され、副作用がなく効果が高いことがわかってきた。その後同じ会社はウィルス膜の形成に必要な蛋白形成を阻害するレディパシヴィルを組み合わせて、インターフェロンを使うことなくほとんどの患者さんを治療できること示していた。今日紹介するアメリカNIHからの論文は、この2剤にもう一つ新しいメカニズムの薬剤を加えることで、ウィルスをもっと早く体内から除去できないか調べた第2相研究で、The Lancet1月号に掲載された。タイトルは「Virological response after 6 week triple-drug regimens for hepatictis C: a proof of concept phase 2A cohort study (C型肝炎に対する3剤併用の6週治療プロトコルの効果、可能性を探る第2a相コホート研究)」だ。この研究では60人の患者さんが3群に分けられ、ソフォヴィル、レディパシヴィルの2剤併用に、開発中のGS9669,あるいはGS9451が3剤目として加えられ効果を調べている。GS9669はウィルスゲノムと結合するポリメラーゼ機能を抑制し、GS9451はウィルスが持つプロテアーゼの阻害剤だ。結果は期待通りで、どの薬を用いても2剤併用より早期に効果が現れ、4週ではほぼ100%の患者さんから肝炎ウィルスが消失する。薬をやめて再発があったのは1例だけで、また副作用も許容範囲だったという結果だ。仔細に比べると、全く新しいメカニズムの阻害剤GS9451が優れていると結論している。20人という少人数での結果だが、6週の薬剤服用コースで、1ヶ月でほとんど病気が消失するという結果は、C型肝炎がもう普通の風邪と同じ病気になったのと期待させる。しかしこれほど異なるメカニズムの化合物を並行して開発しているギリアド社の開発ポリシーは徹底している。世界には今も1億8千万のC型肝炎感染者がいるようだ。この人たちを全部自分の会社からの薬で治すという意気込みが伝わる論文だった。

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