7月5日 神経細胞内の異常Tauを標的にする抗体治療(7月3日 Science Translational Medicine 掲載論文)
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7月5日 神経細胞内の異常Tauを標的にする抗体治療(7月3日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2024年7月5日
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アルツハイマー病治療はようやく βアミロイドに対する抗体薬により現実のものになりつつあるが、さらに進行した患者さんの治療には、神経細胞死を直接誘導する Tauタンパク質の沈殿を抑える治療が必要になる。この目的にも Tauに対する抗体が使えるのではないかと、前臨床、そして臨床実験が行われているが、今のところポジティブな結果は報告されていない。

実際多くの研究者は、細胞内では多楽異常Tau を標的にする場合、細胞内へ移行できない抗体が効果を持つとすると、異常Tau が神経外へ吐き出され、他の神経へと伝搬する過程が唯一のタッチポイントで、それもシナプス間隙で伝搬が起こるとすると効果はあまり期待できないのではと考えている。

そんな時、昨年3月、ケンブリッジ大学から抗体と Tau が結合した複合体が神経に取り込まれ、そこで TRIM21 と細胞内 Fc 受容体によって分解されることを示した論文が発表された。すなわち、Tau に対する抗体は細胞内に取り込まれた場合のみ働くことが示された。

今日紹介するテキサス大学からの論文は、同じメカニズムを利用した Tau に対する抗体治療法の開発だが、抗体をミセルで包んで鼻から投与することで、直接神経細胞内に抗体を到達させようとする研究で、7月3日号の Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Nasal tau immunotherapy clears intracellular tau pathology and improves cognitive functions in aged tauopathy mice(経鼻的 Tau 免疫治療は細胞内の Tau異常症を解消して老化した Tau異常症マウスの認知機能を改善する)」だ。

この研究では Tauタンパク質でも、重合化した毒性の強い形にだけ反応するモノクローナル抗体を作成している。試験管内の実験で、この抗体が異常Tau を細胞に取り込ませる試験で、その毒性を強く抑制することを確認した後、ヒト異常Tau を発現するマウスを用いて投与実験を行なっている。

この時、脳へ効率よく抗体を供給するルートとして、鼻に抗体と投与するルートを選び、脳血管関門を気にせず、嗅球を経由して海馬や視床へと抗体が到達できる。

さらにこの研究では、抗体そのままではなく、ポリエチレン、ポリプロピレンなどを原料とするミセルを作成し、細胞内に取り込まれるようにしている。実際、試験管内で細胞内に取り込まれ異常Tau と結合することを確認したあと、これを経鼻的に Tau異常症マウスに投与し、効果を調べている。

ミセルに詰めた抗体が細胞質内に取り込まれ、異常Tau と結合することを確認し、経過を追いかけると、期待通り TRIM21依存的に異常Tau を細胞内、及びシナプスから除去することを確認している。そして、異常Tau が減少することで、組織学的なシナプス機能も正常化し、最後に認知機能も改善することを示している。

以上が結果で、最初から細胞内の Tau を狙った面白い研究だと思う。人でも同じ方法が可能なら、是非臨床研究へと突き進んでほしい。

この論文を含めて、最近アルツハイマー病の新しい治療法の論文が発表されているので、7月17日夜7時半からアルツハイマー病の新しい治療可能性についてのジャーナルクラブを開催することにする。

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7月4日 気になる疫学調査3題:中絶禁止法と新生児死亡率他(6月24日 JAMA Pediatrics オンライン掲載論文他)

2024年7月4日
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最近気になった疫学調査論文を感想とともに3編短く紹介する。

現在米国は大統領選挙戦まっただ中だが、中絶や胚の利用に関する法律では、米国は確実に保守化して来ている。当然今回も妊娠中絶は大事な争点になっており、JAMA Pediatricsでも2024年大統領選挙に関連する論文セクションをもうけて、ジョンズホプキンス大学から発表された論文を紹介している。タイトルは「Infant Deaths After Texas’ 2021 Ban on Abortion in Early Pregnancy(テキサスで初期妊娠中絶が禁止されて以降の新生児死)」だ。

中絶禁止により医療へのアクセスが限られている国では、妊婦さんの死亡率、新生児死亡率とも上昇することが知られており、この状況を見るに見かねたイランの最高指導者ホメイニが中絶を認めるイスラム教のファトアをだし、イランで中絶が可能になったことはよく知られた事実だ。ただ、先進国でも、新生児の死亡率が上昇することが指摘されていた。

この研究では2021年に中絶を完全禁止したテキサスを対象として、中絶禁止が幼児死亡率、新生児死亡率上昇につながるかを、他の地域と比べている。もちろん統計学的な様々な検討を加えた上で、結論は明確で、テキサスだけで、法律制定後幼児期死亡率がなんと12.9%、新生児死亡率で10%上昇し、他の地域では全く上昇は見られていない。また、テキサスでも、法律制定前は新生児死亡率は低下の傾向を示していた。

以上が結果で、妊娠への介入を完全に禁止することで、発達障害児の出生率が高まった結果と考えられるが、この善し悪しは別として、社会構成への医療の介入が極めて大きくなっていることに驚いた。

次は、新生児から高齢者に話を移し、スタチンを高齢者に処方することの影響を調べた香港大学の論文を紹介する。タイトルは「Benefits and Risks Associated With Statin Therapy for Primary Prevention in Old and Very Old Adults(高齢者、超高齢者に対するスタチン治療のリスクとベネフィット)」で、Annals of Internal Medicine 6月号に掲載された。

動脈硬化などの診断を受けて、スタチンを処方したグループと、処方しなかったグループを、50-74歳、75-84歳、そして85歳以上に分けて、トータル死亡率、心血管障害による死亡率、などに分けて比べ、高齢者でもスタチン投与のベネフィットがあるか調べている。

結果はなんと85歳以上からスタチンを始めても死亡率低下に寄与するという結果で、これまで蓄積されてきた夢の薬スタチンを改めて示した結果だと思う。例えば血圧で言うと、高齢者では必ずしも収縮期圧120前後といった高い目標を掲げない方がいいという研究結果が増えてきている。その意味で、このスタチンに関する研究は貴重だと思う。

最後が米国ガン研究所からの論文で、米国では広く普及しているマルチビタミン服用のベネフィットについての研究で、6月26日 JAMA Network Open に掲載された。タイトルは「Multivitamin Use and Mortality Risk in 3 Prospective US Cohorts(3種類の前向きコホート研究からわかるマルチビタミン服用の死亡率へのリスク)」だ。

サプリ大国米国でもマルチビタミンの効果を疑う論文が数多く発表され、服用率は落ちてきているらしいが、それでも1/3の人が何らかのマルチビタミンを服用している。この研究では、3種類の独立した前向きコホート研究での調査からマルチビタミン服用者を割り出し、追跡期間での死亡率を割り出している。

例えばビタミンを服用する人は健康を気にする人で、喫煙率が低いといった条件を補正する必要があるので、統計学的には難しい研究だが、ほぼ40万人近い参加者のデータから、マルチビタミン服用は全くベネフィットはなく、心臓や脳血管障害による死亡率では、有意差ではないがオッズ比が高いという結果が出ている。

我が国も、特定保険食品として、医学的に見てもかなりずさんな基準で効果を標榜させることで、医療以外の食品へ消費者の目を向け、税金の必要な医療費を抑えようとしているが、効果についてはかなり厳しい基準を導入した方が良いと思う。

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7月3日 ナノ粒子化したチロシンを用いたメラノーマの治療(6月11日 Nature Nanotechnology オンライン掲載論文)

2024年7月3日
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栄養状態を変化させてガンを治療する可能性が追求されている。例えば糖新生はグリコリシスの低下を意味し、肝臓ガンの増殖にとって抑制的に働く。そのほかにも、ガン細胞は特殊な代謝システムを開発していることがあるので、栄養経路を変化させる様々な治療可能性が研究されている。

今日紹介する中国・復旦大学からの論文はそんな中でもユニークな研究で、チロシンを使ってメラノーマのメラニン合成を高めることで増殖を抑制できることを示した研究で、6月11日 Nature Nanotechnology に掲載された。タイトルは「Nutrient-delivery and metabolism reactivation therapy for melanoma(メラノーマの栄養分供給による代謝の再活性化による治療)」だ。

この研究ではまずメラノーマの患者さんで転移を起こした悪性度の高いケースでは、メラニン合成代謝経路が低下していることを確認し、メラニン合成システムを復活させることで腫瘍増殖を抑えられるのではと着想する。

メラニン合成の原料は L-チロシンで、L-DOPA からインドールキノンへの代謝をチロシナーゼが担っている。そこでまず細胞質に取り込むことができるチロシンをそのままメラノーマ培養に加えているが、何も起こらなかった。そこで、マンノース、4個のチロシン、そしてオレイン酸アミドの順で結合させ、それが集まって60nmのミセルを形成させ、これを加えると見事にメラニン合成が始まった。なぜミセルだけがメラニン合成を誘導したかについてのメカニズムは解析されていないが、細胞質ではなく小胞に取り込まれることで、ゴルジに存在するチロシナーゼをメラニン合成の小胞へ誘導することが可能になったのだと思う。

細胞レベルで調べると、チロシナーゼやメラニン合成をチロシンでも少しは誘導できるのだが、新しいミセルの効果は強い。すなわち、チロシナーゼやその他のメラニン合成システムは、原料がゴルジに入ってくることで、強く誘導される。その結果、メラニン合成が起こるだけでなく、細胞増殖の抑制がおこる。この原因を調べていくと、ピルビン酸キナーゼ阻害により、グリコリシスが阻害されることがわかる。そして、この原因はメラニン合成経路で発生するインドールキノンがピルビン酸キナーゼに直接結合して抑制するのに起因することを発見する。

そこで、マウスにヒトメラノーマを移植して、ミセルを静脈投与し、治療効果があるか調べている。結果は期待通りで、強いメラニン合成が誘導されるとともに、メラノーマの増殖を一定程度抑制することができる。

この効果をさらに高めるため、メラニンに吸収されることで発熱する遠赤外線の照射を加えると、期待通り完全に腫瘍が除去されたマウスもでてきた。実際局所温度を測ってみると、メラノーマ部位では44度にも達している。

以上が結果で、全てのメラノーマに使えるとは思えないが、症例を選べばおそらくほとんど副作用なくメラノーマの増殖を抑制できることから、重要なオプションになる可能性がある。いずれにしても、チロシンをミセル化したことがこの研究のハイライトになる。

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7月2日 テロメラーゼ転写を活性化する抗老化薬の開発(6月21日 Cell オンライン掲載論文)

2024年7月2日
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テロメアが分裂の度に短くなり、細胞分裂が停止するという話は、細胞の寿命を説明するのに使われる。ただ、ロウソクが燃えるように寿命が尽きるイメージを単純にテロメアにかぶせるのは、一般人向けにはわかりやすくても、このブログの読者にはちょっと単純すぎる。そもそもテロメアは、染色体の端にできてしまう DNA 断片を隠すための機構で、これが維持できないと細胞は DNA 損傷が発生したと考え、p53 を介する経路で細胞増殖を止める。また、Yap を介してインフラマゾームや IL-18 の転写を高め、自然炎症を誘導する。これらの結果は、まさに老化が進むということで、テロメアを修復するテロメラーゼ欠損マウスで老化が急速に進むことが示された。従って、テロメア修復酵素を活性化することで、老化を抑制できるのではないかと研究が進んでいる。

今日紹介する MDアンダーソンガンセンターのテロメア研究の第一人者 DePinho 研究室からの論文は、テロメラーゼの中核分子TERT を誘導する小分子化合物を開発し、これを投与することで様々な老化現象を抑えることができることを示した研究で、6月21日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「TERT activation targets DNA methylation and multiple aging hallmarks( TERT 活性化は DNA メチル化を標的とし様々な老化指標を改善する)」だ。

幹細胞では TERT の発現が維持されるが、多くの細胞で TERT はエピジェネティックに抑制されている。この研究ではヒト TERT トランスジェニックマウス由来線維芽細胞を用いて TERT遺伝子発現を高める化合物をスクリーニングし、一つだけ高い活性を示す化合物を突き止め TAC と名付けている。

TAC による TERT 誘導のメカニズムはほとんど解析できていない。TERT 遺伝子プロモーターのヒストンコードを見ると、活性化型にシフトしている。すなわち、抑制型クロマチンを活性型に変化させることがわかる。

この変化の上流をたどっていくと、MEK/ERK/AP-1 というシグナル経路が中程度高まっており、この活性を薬剤で止めると TERT 誘導が起こらないことから、この経路が使われることを明らかにしている。ただ、FOS/AP-1 活性化が、ほとんど他の転写に影響せず、TERT だけのエピジェネティック抑制を外すのかは全く解析できていない。

とりあえずメカニズムは後回しにして、TAC の効果検定へと突き進んでいる。もちろん細胞レベルでテロメアの長さは長くなる。また、TAC を投与すると、血液細胞の TERT が上昇、細胞周期を抑えるような分子の発現が低下、さらに自然炎症に関わるサイトカイン発現が低下する。そして、これらは TERT が DNA メチル化を変化させることに起因しており、特に老化で起こる例えば p16 遺伝子のメチル化がTERT により強く高まることで、遺伝子発現が抑制されることを示している。

さらに、TAC はマウスに6ヶ月連続投与することが可能で、この結果老化した脳の再生活性を高めるとともに、老化に伴う神経炎症を、特にミクログリアの活性化を抑えることで抑制し、これらの結果として老化による海馬機能の低下をかなりの程度改善することを明らかにしている。

以上が結果で、見た目には TERT 機能に極めて特異的な化合物が開発され、少なくともマウスへの投与実験から、老化を改善する夢の薬に見える。しかし、メカニズムが最終的にはっきりしないのと、静止細胞での TERT 活性化自体が本当に問題にならないのかなど、解決すべき問題がある。おそらく著者も効果に驚いて、急いで発表した感があるが、慎重に研究を重ねてほしいと思う。

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7月1日 経口投与で効果を示すサイトカイン阻害タンパク質を設計する(6月26日 Cell オンライン掲載論文)

2024年7月1日
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今日紹介する、ミュンヘン Ludwig-Maximilian大学とワシントン大学からの論文は、腸炎で主要な役割をしているサイトカイン、IL-23 や IL-17A の機能を抑制するタンパク質をデザインし、実際に臨床利用可能なことを前臨床試験で示した研究で、ペプチド創薬をさらに高度化した新しい創薬方法が生まれていることを実感した。タイトルは「Preclinical proof of principle for orally delivered Th17 antagonist miniproteins(経口投与可能な Th17阻害ミニタンパク質が原理的に可能であることを示す前臨床研究)」だ。ちなみにラストオーサーは、5月に紹介した RoseTTAFold All-Atom論文と同じで、一貫して構造予測の可能性を追求していることがわかる論文だ。

炎症性腸疾患ではナイーブ T 細胞から IL-23 を含む様々なサイトカインにより誘導された Th17細胞が、IL-17 や IL-22 を分泌して炎症を起こしていることが知られており、すでにそれぞれのサイトカインに対する抗体治療が一定の成果を収めている。

この研究では抗体の代わりに、経口で直接投与できるミニタンパク質をデザインして、サイトカインの作用を抑えられないかチャレンジしている。クライオ電顕によるサイトカインと受容体の構造から、IL-23ではリガンド、IL-17A では受容体について、結合の強さを決める部位(hot spot)を特定し、さらにコンピュータ予測を用いて予測される hot spot をあわせ、Rosetta により予測した何千もの構造を受容体あるいはリガンドの結合をシュミレーションして、サイトカインの反応を抑制できるミニプロテインを作成している。

ただ、コンピュータデザインだけではまだ満足せず、次にそれぞれのタンパク質をコードする遺伝子に突然変異を導入し、その変異体を酵母に発現させ、IL-23受容体、あるいは IL-17A と結合の高いミニタンパク質を最終的に選んでいる。

この過程を見ていると、大規模言語モデルでまず文章を作らせ、それを実際の例でファインチューニングするのと同じような過程を用いられているのがよくわかる。

こうしてできたミニタンパク質は、標的にナノモルレベルの親和性で結合できる。さらに、ジスルフィド基などを導入することで、胃酸やタンパク分解酵素に抵抗性のミニタンパクにたどり着き、そこから構造を手がかりに、さらに分子量を縮小して 3−4kDa の大きさのミニタンパク質をそれぞれ構築している。これにより、一定の効率で腸管上皮から組織、そして血中にまで到達できる、タンパク質とは思えない性質のミニタンパク質が完成した。しかも、理論的検討から、MHCとの結合が弱く、免疫原性も低いという。

最後に、このミニタンパク質を、炎症性腸炎を誘導したヒト化マウスに経口投与する実験を行い、症状、解剖所見、病理所見とも改善が見られることを示している。

以上が結果で、リガンドを模したミニタンパク質、あるいは受容体を模したミニタンパク質を設計し、そこから変異と選択というファインチューニングを繰り返すことで、到底経口投与に向かないタンパク質製剤を開発する可能性を示したことは大きい。

このようにペプチド薬に加えて、新しいミニタンパク質設計がアミノ酸ワールドに加わることで、これまでの小分子化合物とは全くことなる新しい分子メカニズムの薬剤が生まれるように思う。

Google の αフォールドグループと比べると、ワシントン大学の Rosettaグループは劣勢にあるように見えるが、創薬という分野では地道に点を稼いでいるように思える。

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6月30日 新しい遺伝子組み換えツールの開発(6月26日 Nature オンライン掲載論文)

2024年6月30日
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昨日に続き、ゲノム編集の新しいテクノロジーについて紹介する。

特定の遺伝子をノックアウトしたり、エピジェネティックに抑制したり、あるいは塩基を編集したりする技術の進歩は、プリオン病すら治療可能になることを示した昨日紹介した論文からもわかってもらえると思う(https://aasj.jp/news/watch/24723)。しかし、今も困難なのは、遺伝子の特定の場所に新しい遺伝子を組み換える技術だ。例えば広く使われている Cre組み替え酵素は、前もって LoxP配列を組み替える場所に挿入しておく必要があり、また新しい遺伝子に効率に置き換えるのは難しい。現在行われるのは、CRISPR-Casでゲノムの特定部分を切断し、あとは細胞の修復メカニズムを用いて遺伝子を組み換えることが行われるが、Cre組み替え酵素のような一つの酵素で反応を起こすことは難しかった。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校からの論文は、細菌に存在する可動遺伝因子の一つのタイプの研究から、ゲノム標的部位と、組み替えたい遺伝子をノンコーディングRNA でつないで組み替えを起こす IS110 の研究から、標的サイトをプログラムでき、IS110 がコードしている一つの酵素で組み替えが可能なシステムの開発研究で、6月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Bridge RNAs direct programmable recombination of target and donor DNA(ブリッジRNA による標的とドナーDNA のプログラム可能な組み替え)」だ。(なおこれから説明するプロセスをクライオ電顕で解析した論文が同じ号に東大の西増さんの研究室から発表されている)。

IS110 はトランスポゾンの一つで、ゲノムから離れて新しいサイトに挿入する能力がある。ただ、これまで知られているトランスポゾンと異なり、トランスポゾン両端から転写されたノンコーディングRNA を標的とのブリッジに使っていることを発見し、ノンコーディングRNA が形成する2つのヘアピンループの5‘側が標的と結合する配列を持っており、3’側がトランスポゾン自身と結合することを明らかにする。

元々トランスポゾンとしてはホストに入りやすい配列をノンコーディングRNA に組み込んでいるが、この研究ではこの配列を自由に書き換えられるか調べている。このために、ノンコーディングRNA をコードする部位(以後ブリッジRNA)と、トランスポゼース酵素を切り離し、ガイドRNA を標的に会わせてリプログラム可能か調べ、期待通り特定の標的に特異的に遺伝子を組み換えることができることを示している。その上で、プログラム可能なブリッジRNA とトランスポゼースがセットになったプラスミドと、組み替えたい遺伝子と、ブリッジRNA と結合できるドナー配列を組み込んだプラスミドを同時に導入することで、大腸菌の特定の部位に遺伝子を高い効率で挿入できることを示している。

このシステムをさらにリファインする目的で、遺伝子ドナーと結合するブリッジRNA の配列をさらに至適化して、効率の高い組み替えシステムを作成している。

以上が結果で、遺伝子組み換えに必要なシグナル配列を、組み替えるホストとドナーの配列から完全に独立したブリッジRNA が指示できる、これまでなかった新しい組み替えツールが完成した。この研究では、全て細菌やプラスミドを用いた実験による効率測定なので、そのまま我々の細胞にも結果が適用できるかわからないが、CRISPR や Creリコンビナーゼの歴史を見ると、可能性は高いと思う。

しかも、IS110ファミリーは原核生物に広く分布しており、IS110 のサブファミリーだけでもブリッジRNA の構造は多様であるため、遺伝子編集に最適のブリッジを今後探す可能性も高い、というかすでに競争も始まっていることだろう。

このように、例えば培養細胞での遺伝子組み換え技術が格段に高効率化されることは間違いなさそうで、まだまだ細菌から学ぶことが多いことを示した素晴らしい研究だと思う。

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6月29日 プリオン病を治療できるようにする(6月28日号 Science 掲載論文)

2024年6月29日
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3次元構造が変化したプリオンタンパク質が正常タンパク質の形を変化させて伝搬するプリオン病は、現在のところ全く治療手段がない。ただ、ノックアウトマウスを用いた研究から、プリオンタンパク質を欠損させると、当然のことながらプリオンの感染、伝搬は起こらないことが確認されている。従って、現在考えられる唯一の治療法は、脳細胞でのプリオンタンパク質の発現を止めてしまって、神経細胞死を防ぐ方法で、アンチセンスRNA を用いる方法が開発されている。

ただ、アンチセンス法は効率が高くなく、また繰り返し投与が必要なため、ゲノム遺伝子を標的にする方法の開発が進められていた。今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、プリオン遺伝子のプロモーター部分にメチル基を導入し、長期的遺伝子抑制を行うための開発研究で、困難な目標を掲げて徹底して技術を研ぎ澄ませ、将来広い分野での応用を目指しており、感心した。タイトルは「Brainwide silencing of prion protein by AAV-mediated delivery of an engineered compact epigenetic editor(遺伝子操作したコンパクトなエピジェネティック編集装置をアデノ随伴ウイルスベクターで脳全体に感染させプリオンタンパク質の遺伝子発現を抑制する)」だ。

CRISPR が開発された初期から、これを用いてメチル化酵素を標的遺伝子のプロモーターに結合させ、メチル化による遺伝子発現抑制を行う方法が着想されていた。ただ、これまであまり生体内で用いられた論文がないので不思議に思っていたが、活性型の DNMT3A が細胞毒性が強く、この問題が解決できなかったのと、Cas9 に結合させた DNMT3A遺伝子が効率の良いアデノ随伴ウイルスを使って運ばせるには大きすぎるという問題があったようだ。

そこでこの研究では、神経細胞が発現している DNMT3A を標的遺伝子部位で活性化させるという方法を採用し、そのための徹底的な解析を行っている。実際には標的遺伝子へ結合するタンパク質に DNMT3A活性化に必要な DNMT3L とヒストンリンカーを結合させたコンストラクトを導入して、内因性のDNMT3A を活性化させる基本コンストラクトをまず決定して、それぞれの部分の至適化を徹底的に行っている。詳細は述べないが、リンカーの長さが40アミノ酸の長さが必要とか、DNMT3L はヨーロッパモリアカネズミのものがいいとか、どれだけの可能性をテストしたのかと思わせる、徹底ぶりだ。

こうしてプロモーターをメチル化して抑制できるコンストラクトをいくつか決め、次にアデノ随伴ウイルス (AAV) に収まるサイズにするため、最近開発された分子量の小さな Cas9 や、Zinc Finger分子、TALE分子などの、Cas9 以外のコンストラクトを開発し、これを導入することでプロモーターをメチル化し、遺伝子発現を長期間抑制できることを培養細胞で確認している。

次に、ZincFinger分子を用いたコンストラクトを2種類作成し、マウス静脈から1Kgあたり10兆個ウイルスを投与すると、脳細胞のほとんどでプリオンの合成が長期間抑制されることを確認している。

これだけでも十分なのだが、さらに AAV が細胞質内で増殖して、免疫を誘発したりするのを避けるため、AAV の発現調節部位に、プリオン遺伝子抑制に使う標的を組み込んで、まずプリオン遺伝子を抑制した後、AAV の発現が自己調節できるコンストラクトまで作って、この方法もプリオン抑制に働くことを示している。

以上が結果で、実際にプリオン感染実験を防げるかどうかは次の課題になっており、近いうちに報告されるだろう。

私が驚くのは、この方法がプリオン病で使えるということは、他の病気にも使えるということで、アルツハイマー病、パーキンソン病、さらにはハンチントン病など、多くの変性疾患で利用できる可能性がある。もちろん、コンパクトなサイレンサーなので、例えば MECP2重複症など遺伝病の治療にも使える大きな可能性を持っている。最初に大きな目標を掲げ、細部にわたる徹底的な開発が行われたプロの技術で、期待する。

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6月28日 ピロトーシスにより遊離される生理活性物質を探る(6月26日 Nature オンライン掲載論文)

2024年6月28日
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細胞の死に方の多様性にはいつも驚かされる。回りに影響がないようひっそりと細胞死が進行し、マクロファージにより処理されるアポトーシスから、元々炎症と深く関わり、細胞膜に大きな穴を開けて、細胞内の様々なメディエーターを放出して周囲組織を組織化するピロトーシスまで存在しており、そのメカニズムの精緻さに驚かされる。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、炎症により誘発されるピロトーシス進行中の細胞から分泌されるこれまで記載されなかったメディエーターを探索する研究で、6月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Oxylipins and metabolites from pyroptotic cells act as promoters of tissue repair(ピロトーシス細胞から分泌されるオキシリピンと代謝物が組織修復を誘導する)」だ。

ここでピロトーシスのおさらいをしておこう。ピロトーシスは3段階から構成されている。まず、細菌など炎症誘導物質により TLR をはじめ様々な経路を介して、細胞内にインフラマゾームを形成する過程と、インフラマゾームによるカスパーゼの活性化、そしてカスパーゼによるガスデルミン切断を介する細胞膜上の大きな穴の形成と、カスパーゼによる IL-1β など炎症メディエーターの活性化と分泌だ。要するに、細胞を殺すとともに、炎症シグナルをさらに増幅する用設計されている。

ただ、IL-1β 以外にもピロトーシスから分泌されるメディエーターが存在するのではないかと、探索が続けられていた。この研究ではガスデルミン(GSD)活性化による細胞膜の孔は形成されても、IL-1β の活性化が起こらないマクロファージを刺激してピロトーシスを誘導したときに、培養上清に分泌されるメディエーターをクラシカルな方法で探索している。

ピロトーシスを誘導したマクロファージの上清を活性化前のマクロファージに添加すると、期待通り多くの遺伝子発現の変化が起こる。特に、細胞の増殖、移動、そして組織修復に関わる遺伝子の発現が高まる。すなわち、IL-1β 以外のメディエーターが存在する。一方、メディエーター分泌悦が活性化されたマクロファージでは脂質代謝、特にプロスタグランジンなどのオキシリピン合成経路が高まっていることも確認している。

熱を加える試験などから、このメディエーターはタンパク質ではないと確認してから、網羅的脂質検索を行い、期待通りプロスタグランディンE2 (PGE2) を含むオキシリピンが分泌されていることを発見する。また、PGE2 合成経路に焦点を当てた阻害実験から、PGE2 などのオキシリピンは、炎症刺激により新たに合成されることを明らかにし、IL-1β 以外にも、まさに炎症のメディエータの本流ともいえる PGE2 などがピロトーシスに関わっていることを明らかにする。

次に、皮膚損傷治癒過程にピロトーシス上清を添加する実験を行い、修復速度が促進すること、この過程に上清で刺激された白血球から分泌される IL-27 が関与することを明らかにしている。しかし、PGE2 は損傷治癒促進効果の 50% を説明できるだけで、おそらく細胞内から分泌される他の代謝物も関わっていると考えられる。事実、残りの効果は、ただ細胞が死んでしまうネクローシス細胞からでる上清でも検出できることから、様々な代謝物が合わさって、PGE2 と協力すると結論している。

最終的に PGE2 以外のメディエーターについては特定できずに終わっているが、凝った実験系を用いてオキシリピンがピロトーシスのメディエーターの一つであることを明らかにしたことは重要だと思う。

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6月27日 原始内胚葉の全能性(6月24日 Cellオンライン掲載論文)

2024年6月27日
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初期胚では、内部細胞塊が多能性を有しており、それを取り巻く原始内胚葉は卵黄嚢へと分化するとされてきた。しかし、例えばカンガルーでは内部細胞塊が存在せず、栄養膜に連結して上皮が存在するだけという話が聞いたことがある。このように、初期胚ではどこまでが不可逆的分化が進んでおり、どこまでが可塑性があるのかなかなか線を引きにくい。

今日紹介するコペンハーゲン大学からの論文は、試験管内で誘導した胚盤胞の原始内胚葉が、栄養膜外胚葉、エピブラスト、そして原始内胚葉の全ての胚成分を供給できることを示し、特定の条件で培養した nEnd と名付けた原始内胚葉細胞を新しい多能性肝細胞として利用できることを示した研究で、6月21日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「The primitive endoderm supports lineage plasticity to enable regulative development(原始内胚葉は分化の可塑性を維持し調節的発生が可能)」だ。

この研究では、試験管内での胚発生時に、原始内胚葉を強く誘導する FGF4 シグナルで刺激し、発生してきた内部細胞塊に期待通り多くの原始内胚葉が存在し、しかも栄養膜外胚葉を除去して培養を続けると、また新たな栄養膜外胚葉を備えた胚盤胞を形成し、マウスに戻すと正常に発生することを発見する。ところが、エピブラスト優位の胚盤胞を誘導した場合、栄養膜外胚葉を外すと、新たに胚盤胞は形成されない。

この事実は、原始内胚葉は全ての胚成分へと新たに分化できるが、エピブラストでは分化が制限されているという結果を示している。この発見が研究のハイライトで、あとはこの全能性の原始内胚葉が成立する条件、そしてその性質について、分子マーカーで標識できる原始内胚葉培養 (nEnd) を用いて調べている。

面白いのは原始内胚葉を平面的に培養していると、Sox2 や Oct4 を発現する塊が発生し、これを V ボトムシャーレで培養すると、胚盤胞ができる点で、培養した細胞は標識から原始内胚葉であることは確認できるので、原始内胚葉が多能性へと変化する可塑性を維持していることがわかる。

あとは、この多能性を新たに獲得した原始内胚葉が、Oct4 主導で多能性プログラムを新たに誘導する転写メカニズムを解析し、初期胚段階では Oct4 が多能性のプログラムを開く一種のパイオニア因子のような働きをしていること、そして PDGFRα陽性の原始内胚葉が Oct4 を発現してダブルポジティブになったあと、Oct4単独陽性のエピブラストへと分化する経路を明らかにして、この可塑性が、エンハンサーの利用可能性の可塑性と相関していることを示している。すなわち、原始内胚葉は一見分化が進んだように見えても、クロマチンレベルでは過疎的な構造をしており、Oct4 のようなパイオニア因子の働きで、自然に iPS細胞のようなリプログラムが起こっていることを示している。

エンハンサーを調べると、まさにこのような可塑性の標識として知られていた染色体構造が検出され、面白いのだが専門的なので割愛するが、これまで iPS細胞やES細胞で語られてきた様々なメカニズムが全て表現されている面白い状態が現実に存在していることに驚く。

結果は以上で、エピブラストだけでなく、原始内胚葉からも完全な胚を作れること自体が面白いが、ここまで解析が進むと、新しい多能性細胞として利用できる可能性もある。また、分化決定ではクロマチンの可塑性とそれを調節するパイオニア因子の関係を改めて学ぶことができるし、さらにはカンガルーのような内部細胞塊のない胞胚期も理解できるような気がしてくる、面白い論文だった。

この論文の責任著者は Josh Brichman で、個人的にも親交が深く、カエルの gastrulation を研究していた頃から、マウスやヒトの多能性を研究している現在までずっとフォローしているが、素晴らしい研究を展開していると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月26日 乳ガンの軟髄膜転移のメカニズム(6月21日号 Science 掲載論文)

2024年6月26日
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乳ガンは骨髄や脳に転移しやすいが、一般的に脳転移と呼ばれている中には、血管から脳実質にに移行して増殖する場合と、脳や脊髄の軟髄膜組織で増殖する場合がある。後者は脳脊髄液の流れを阻害するので、強い頭痛や吐き気など、多彩な症状が現れる。

この軟髄膜転移は脈絡叢から起こるとされてきたが、今日紹介するデユーク大学からの論文は、頭蓋骨や脊髄から脳へつながる導出血管の血管外スペースを通って起こる可能性を示した研究で、6月21日 Science に掲載された。タイトルは「Breast cancer exploits neural signaling pathways for bone-to-meninges metastasis(乳ガンは神経系のシグナルを使って骨から髄膜へ転移する)」だ。

この研究では軟髄膜転移は単独で起こることはほとんどなく、脊椎や頭蓋の骨髄転移に続いて起こることから、骨と脳を結合する導出血管を通っているのではと着想し、血中に投与したあと軟髄膜へ転移した乳ガン細胞を、マウスへの投与を繰り返すことで、100%軟髄膜転移する乳ガン細胞株を樹立している。

この細胞株を血中に投与して転移までの過程を調べると、まず血管を通って髄膜転移するルートにはほとんどガン細胞は存在しない。しかし、骨髄転移したあと、血管外へ移動し、導出血管の外膜スペースを通って軟髄膜へ転移することを組織学的に確認している。この結果、マウスは軟髄膜転移症状が強く表れる。

しかし、このような不自然なルートをわざわざたどるためには、特別のメカニズムが存在するはずで、この研究では導出血管壁を通る移動のメカニズム、そして軟髄膜で増殖するメカニズムにつて順番に研究している。

まず移動についてだが、移動ルートにラミニンが存在することを手がかりに、ガン細胞がラミニン受容体の α6インテグリンを強く発現し、これをノックアウトすると軟髄膜転移が強く抑制されること、また軟髄膜転移しない α6インテグリン発現がない乳ガンに α6インテグリンを発現させると軟髄膜転移が起こることを明らかにしている。

次に軟髄膜での増殖だが、軟髄膜転移する細胞が NCAM1 か NCAM2 を強く発現しており、また NCAM をノックアウトすると軟髄膜まで移動しても増殖しないので、NCAM を刺激できる GDNF を髄膜局所で調達して増殖すると着想している。

そして、髄膜で GDNF を発現している細胞を探索すると、M-CSF 受容体を発現するマクロファージが軟髄膜に接して存在し、これがガン細胞と相互作用をすることで GDNF を強く発現することを発見する。組織学的にも、軟髄膜転移した細胞のほとんどはマクロファージに近接して増殖している。

そこで、M-CSF 受容体を発現する細胞で GDNFノックアウトを行い、そのマウスに乳ガン細胞を投与すると、軟髄膜転位症状の発生が抑制できることを示している。

最後に軟髄膜転移した臨床例を調べ、ガンが α6インテグリンと NCAM を発現し、また髄膜のマクロファージにより GDNF が周辺のマトリックスへ分泌、保持されていることを確認し、人間でも同じメカニズムが働いていることを示している。

結果は以上で、症状が強く、予後の悪い軟髄膜転移を防いだり、治療するための大きな手がかりになる研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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