2月9日:胎児発生での神経回路形成(Natureオンライン版掲載論文)
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2月9日:胎児発生での神経回路形成(Natureオンライン版掲載論文)

2018年2月9日
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脳の個性形成を、生まれが決めるのか、あるいは育ちが決めるのかは、人類が長く議論してきたテーマだが、実際には両方が統合されていると言えるだろう。

日々大量の情報の中から、すでに形成された「自己」を基準に情報を選択し、その入力により「自己」の脳回路を書きえられるが、この経験の一回性が個性形成に大きく寄与することは間違いがない。しかし、生まれた瞬間からこのプロセスを走らせるのは、発生過程で形成される複雑な脳回路だ。脳各領域での細胞の分化については少しづつ分かっているが、肝心の回路形成についてはほとんど分かっていないようだ。

神戸CDB設立に一緒に苦労した竹市先生は、当時回路形成の特異性にカドヘリンが寄与していると考え研究していたのを覚えているが、この可能性が現在どうなっているのかはフォローできていない。

今日紹介するスタンフォード大学からの研究はTeneurin-3が回路形成の特異性を決める分子であることを示す研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Teneurin-3 controls topographic circuit assembly in the hippocampus(Teneurin-3は海馬での領域間の回路形成をコントロールする)」だ。

Tenurin-3(Ten3)はEGFリピートやYDリピートが数多く集まった、複雑細胞表面分子で、ショウジョウバエでは確かに神経回路形成に関わることが証明されており、またゼブラフィッシュでノックダウン実験から網膜の神経結合に必要とされてきた。

この研究はこの分子のマウス海馬での機能をノックアウトなどで調べた、言って見ればかなり古典的な研究だが、竹市先生がカドヘリンに期待していた神経回路特異性を担うことをはっきりと示したことで、Natureに掲載されたのだろう。

海馬には2本の大きな回路があるが、研究ではこの分子が海馬の近位CA1領域、遠位鉤状回、そして内側内嗅皮質をつなぐ神経回路に発現していることをまず確認し、Ten3がホモトロピックな細胞接着因子として働いている可能性を追求している。

まずTen3遺伝子にノックインして可視化できるようにし、Ten3を欠損させたマウスの海馬を調べると、通常なら鉤状回への特異的回路形成が阻害され、神経が広い領域に投射するのが観察される。 次に、CA1と鉤状回で別々にTen3をノックアウトして、どちらの細胞でノックアウトしても神経がより広い範囲に投射することを明らかにする。

最後に試験管内で神経以外の株化細胞にTen3を導入する実験を行い、カドヘリンと同じようにホモティピックな細胞接着にも関わっていることを明らかにしている。

実際にはもう少し複雑な実験を行って、接着に必要な分子領域を調べたりしているが、要するにホモティピックな細胞接着分子が、確かに神経細胞の回路形成に関わることが示された。ただ、データを見ると、これはほんの入り口で、CA1が鉤状回へ軸索を投射する全分子過程を明らかにするにはまだまだ時間がかかるだろうし、他の領域間の回路形成にはどの分子が関わるのか、発生学の役割は大きいと思う。

間違いなく発生過程で最初の脳回路の「自己」が決まる。光遺伝学の開発で脳科学は今生理学に強くシフトしているが、発生学の重要性はずっと変わらないだろう。
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2月8日 ハダカデバネズミの長寿の秘密(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2018年2月8日
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普通のげっ歯類の10倍に当たる30年近くの長寿を誇るハダカデバネズミは、動物の寿命に興味を持つ多くの研究者を惹きつけている。一度北大で講義したときにお会いしたが、我が国の三浦恭子さんもこのネズミに惹かれた一人で、暗い湿度の高い部屋で苦労して飼育をしながら研究を続けているのを見せてもらった。さらにこのネズミはガンにもなりにくい。当然、年寄りの私もファンの一人で、いつも外野から、どんな話が出てくるのか楽しみに待っている。

以前紹介したが(http://aasj.jp/news/watch/4819)、正常のマウスも老化した細胞を除去し続ければ寿命が伸びることが知られている。このことから、このネズミの長寿の秘訣は、細胞が老化しにくいか、あるいは老化した細胞が除去し続けられているのではと考えることができる。今日紹介する米国ロチェスター大学からの論文は、まさにこの問題を調べた研究で米国アカデミー紀要にオンライン出版された。タイトルは「Naked mole rats can undergo developmental, oncogene induced and DNA damaged cellular senescence(ハダカデバネズミは発生時、発ガン遺伝子発現時、DNA損傷時に細胞老化を示す)」だ。

細胞老化で誘導されるβ-gal染色を指標に、ハダカデバネズミと正常マウスの老化細胞を様々な条件で調べ、発生途上で起こる細胞老化、発ガン遺伝子rasを導入した時の細胞老化を調べ、ほとんど差がないことを確認している。すなわち、このネズミの長寿が一般的なストレスによる細胞老化が起こりにくいからではない。

しかし明確な差が見られたのがγ線照射によるストレスを与える実験で、20Gyのような大量照射では同じ程度に細胞老化が誘導されるが、10Gyでは老化の程度が有意に低く、細胞周期の停止も起こりにくいことを示している。

結局明確な差が見られた放射線感受性ということで、γ線照射で誘導される遺伝子を比べている。残念ながら多くの遺伝子が動きすぎ、また差がありすぎて、どの細胞活性に関わる遺伝子が増えているのかといった分類以外に、長寿や癌になりにくい鍵となる分子を特定するには至っていない。その意味では、面白いのではと読み始めて、少しがっかりだ。

この論文の結論も、γ線照射に対する反応が、ハダカデバネズミでランダムではなく、正常マウスよりシステミックで組織化されているという表現を用いている。それでも、活性酸素への反応に関わる遺伝子や、細胞外マトリックス分子がハダカデバネズミだけで強く誘導されるのは面白い。

以上の結果は、ハダカデバネズミの長寿は単純に細胞老化の違いで説明はできないが、放射線に対して組織化された特定の遺伝子発現を示し、この点をより詳細に調べれば秘密の一端が明らかにできるかもしれないことを意味している。

著者らは、放射線抵抗性とともに、ハダカデバネズミがヒアルロン酸を含むマトリックスの分泌能力が高いこと、放射線をあててもp53の誘導がほとんど見られないこと、リソゾーム遺伝子が誘導されること(例えばオートファジーが速やかに起こる?)、老化は起こっても細胞死まで発展しないことなどに注目しているようだが、やはりしり切れとんぼの印象は否めない。

いずれにせよ長寿の秘密はかなり複雑で、一筋縄でいくとは思えない。解明にはまだまだ時間がかかる印象を持った。
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2月7日:臨床に依拠したガンの間質の研究(2月8日号Cell掲載論文)

2018年2月7日
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ガンの間質によりガンの幹細胞のニッチが形成され、抗がん剤の抵抗性が生じてガンを根絶できないというシナリオが提唱されて久しいが、現象論的にこれを支持する研究は数多く出されても、このシナリオから治療可能性を引き出せた研究にはほとんどお目にかかっていない。

今日紹介する中国・広州の中山大学からの論文は乳ガンで手術前に行われるアジュバント治療をうまく利用してガンの幹細胞を支える間質細胞を特定し、ガンの治療抵抗性に関わるメカニズムを特定し、治療可能性まで明らかにした力作で2月8日号のCellに掲載された。タイトルは「CD10+GPR77+ cancer associated fibroblasts promote cancer formation and chemoresistance by sustaining cancer stemness(CD10+GPCR77+ガンの間質はガンの幹細胞性を維持してガン形成と化学療法抵抗性を促進する)」だ。

すでに述べたように、この研究では乳ガン患者さんのアジュバント治療の前にバイオプシーで間質を採取、その後常法通り手術で摘出した乳ガン組織でガンが完全に消失していた群と、ガンが残存していた群の間質を比較している。アジュバント治療前のバイオプシーでは間質に特に違いは見られなかったが、治療後ガンが残存していた間質はCD10とGPR77が強く発現していることを発見する。

さらに、手術後の経過を調べるとCD10+GPR77+間質の比率が多い患者さんでは、予後が悪いことを明らかにし、このマーカーがガンを悪性化させる間質マーカーとして利用できることを示している。

これだけでも重要な発見だと思うが、次にCD10+GPR77+間質細胞上でガンを培養する実験、あるいは、CD10+GPR77+間質細胞とガンをマウスに注射する実験を行い、CD10+GPR77+間質が乳ガンだけでなく肺がんでもガンの化学療法抵抗性の元凶であることを突き止めている。また、この間質とともにマウスにガンを移植することで株化できることも示している。

そして、この治療抵抗性の原因を探り、ADH+のガンの幹細胞がCD10+GPR77+間質細胞があると守られ増殖をすることを突き止め、ガンの間質がガン幹細胞のニッチを提供するというシナリオが、乳ガンで成立することを示している。

最後は、CD10+GPR77+がガン幹細胞を維持する分子メカニズムの解明で、ガンの幹細胞の維持にNFkBにより誘導されたIL-6,IL-8が関わり、これらの中和抗体でガン幹細胞の増殖を抑えることができること、さらにGPR77はリガンドであるC5の刺激によりNFkBシグナルに関わるp65をアセチル化することで、持続的なNFkBシグナルを誘導し、IL-6,IL-8の転写及び、GPR77自身の転写も促進することで、ガンを支持し続けることを示している。もちろん、マウスに患者さんのCD10+GPR77+間質細胞とガンを移植する実験で、GPR77抑制によりガン幹細胞の増殖維持を阻害することができることを示し、新しい治療可能性を示唆している。

全て実際の患者さんの間質やがん細胞を用いた、臨床的視点に基づく研究で、

1) 予後を予測する間質マーカーを明らかにした。
2) CD10+GPR77+間質を用いると、患者さんのがん細胞を株化できる。
3) ガンの幹細胞と間質の相互作用の分子基盤を明らかにした。
4) それに基づき、様々な治療可能性を示した。
と、前臨床研究としては完璧なレベルに達している。やる気であれば、すぐに治験へと進むことができる、臨床的視点に依拠したいい研究だと思う。
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2月6日:オランダの飢餓コホート研究から明らかになるエピジェネティック変化(1月31日号Science Advance掲載論文)

2018年2月6日
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これまで様々な長期間人間を追跡したコホート研究を紹介してきたが、これまで読んだ中で、最も長期間人間を追跡し続けた論文は1936年にスタートした、エジンバラ大学の研究で、80年近く一定の集団を追いかけていた(http://aasj.jp/news/watch/1660)。テーマは二ヶ国語を話すと認知症になりにくいという、まさに80歳まで追跡が必要な研究だった。これに次ぐのが、今日紹介するオランダの飢餓コホートで、1944年ナチスに封鎖されたアムステルダム周辺で飢餓にさらされた妊婦さんから生まれた子供たちを追跡した研究だ。戦後からずっと追跡が行われていることから、すでに74年に達している(http://aasj.jp/news/watch/2028)。

ライデン大学からの論文で母親の飢餓状態により引き起こされるエピジェネティックな変化を追いかけた研究で1月31日号のScience Advanceに掲載されている。タイトルは「DNA methylation as a mediator of association between prenatall adversity and risk factors for metabolic disease in adulthood(出産前の災難と大人になってからの代謝疾患のリスクの関連はDNAメチル化により媒介されている)」だ。

この長期間コホート研究から、これまで妊娠時の飢餓により自閉症の発症率が上昇すること、及び年齢が高まるにつれインシュリン分泌が低下する糖尿病、そして脂肪代謝の異常によるメタボリックシンドロームが多発することが報告されてきた。自閉症の方は、妊娠時の神経発生に飢餓が直接作用したと考えられるが、成人後に起こってくるこのような変化は全て飢餓により誘導されるエピジェネティック変化によると推定され、これを示すデータが示されてきた。

今日紹介する研究もこの延長線上にあり、メタボリックシンドロームや2型糖尿病にかかった対象者の血液の全ゲノムレベルのメチル化を調べ、まずエネルギー代謝に関わるPIM3遺伝子の調節領域のCpGアイランドが、飢餓にさらされた後メタボになった個体で特異的にメチル化されていることを明らかにするのに成功する。

次に飢餓にさらされた後、高脂血症をきたした症例を集め、6種類の遺伝子の主に上流のCpGアイランドがメチル化されていることを発見する。このうち5種類はメチル化により遺伝子発現が低下していることも確認でき、個別に、あるいは共同して高脂血症に関わると考えられる

更に、妊娠初期に飢餓にさらされた子供が高齢になって高脂肪血症を示すケースを調べ、PFKFB3(回答系に関わる)及びMERRL8遺伝子(脂肪細胞生成に関わる)遺伝子上流のメチル化が妊娠初期の飢餓による高脂血症を説明できることを示している。

同様の結果はこれまでも発表されているが、今回のハイライトは死亡後の解剖により集めた様々な組織のメチル化と、通常便宜的に使われる血液のメチル化とを比べ、血液のメチル化パターンが、脂肪組織や大網細胞のメチル化パターンと相関していることを示しており、飢餓によって誘導されるメチル化が細胞特異的ではなく、多くの細胞で起こることを示している。このような結果は、対象者が高齢になって、死亡例が出るまで待たないと集めることができないが、まさにそのような長期の追跡が行われていることを実感した。

最後に、このようなコホート解析から何か新しい介入ポイントがわかるか考えてみたが、残念ながら妊娠中にダイエットをして胎児を飢餓に晒そうとするのはもってのほかだという以外に、介入の余地は無さそうだ。
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2月5日:クリスパーとは異なる細菌のゲノム防御システム(Scienceオンライン版掲載論文)

2018年2月5日
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クリスパー/CasはゲノムやRNAの遺伝子編集を容易にする技術として現在最も注目されているシステムだが、もともとは細菌が自分のゲノムを、外来DNAから守る一種の免疫システムだ。このために、入ってきた外来ゲノムを自分のゲノム内に組み込んで記憶しておいて、その配列に一致する新しいゲノムを分解している。

今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、クリスパ−/Casとは異なる細菌の免疫システムを探索した論文でScienceにオンライン発表された。タイトルは「Systematic discovery of antiphage defense systems in the microbial pangenome(微生物全ゲノムに存在する抗ファージ防御システムの包括的探索)」だ。

これまで遺伝子探索というと、特定の遺伝子に関連する遺伝子を探すことだが、この研究の探索方法は面白い。クリスパ−/Casの例から細菌の防御システムは特定セットの遺伝子が組み合わさってできていることが多いことから、これまで知られていない防御システムに関わる分子も、既知の防御分子を利用する可能性が高く、したがって既知の防御分子の近くに存在している可能性があるはずだと考え、既知の防御分子の近くにあるファミリー分子を探索するソフトを開発、このソフトを用いて。これまで知られている細菌防御システムに関わる遺伝子の近くにコードされている遺伝子4500種類の細菌の1億近いタンパク質を探索している。

この探索から全部で335種類の分子がリストされるが、129種類はトランスポゾン、102種類は既知の防御システムで、最終的に新しい防御分子候補として28種類の分子がリストされた。

次にこれらが防御遺伝子としての性質を持っているか調べるため、今回リストした防御システムを全く持たない枯草菌や大腸菌に防御分子クラスターを一個づつ導入し、調べたい防御システムを導入した細菌を様々なウイルスやプラスミドに感染させ、防御システムが感染防御に本当に役立っているか、一個一個調べ、最終的に9種類の新しい防御分子クラスターを特定している。

予想通り、これらのクラスターにはクリスパーやRNAiに関わる既知の分子が、新しい分子ファミリーと一緒に集合しており、この方法の妥当性が証明された。あとは、このうち3種類の防御クラスターについて解析している。

Zoryaと名付けた最初のクラスターは4種類の分子からできており、そのうちの2つは鞭毛のプロトンチャンネルに関わる分子ファミリーに属している。この構造から、おそらくファージが感染した時、膜電位を脱分極させることで、防御に関わるのではと想像している。このクラスターは1829種類の細菌に広く分布しているが、古細菌には存在しない。

次がThoerisと名付けたクラスターで、哺乳動物が自然免疫に用いるTIRドメインを持った分子が存在しており、4%のバクテリアに広く分布している。このクラスターのもう一つの中核分子thsAはNAD結合部位を持ち、分解に関わると考えられ、NADレベルを減らすことでファージに対する防御が行われていると想像している。

最後のDruantiaと名付けたシステムは、DNAヘリカーゼを含んでいるが、他の分子の機能は現在のところ想像がつかず、どのように防御に関わるかは明確ではない。ただ、大腸菌のDNA防御に直接関わるのではと想像しているようだ。

他にもプラスミドに対する抵抗性を付与するWadjetと呼ぶ防御システムも特定している。これはコンデンシンファミリー分子を含むことから、直接DNAに働きかける防御システムではと推論している。

このように、新しい防御システム候補のリストはできたが、メカニズムは今後の研究に残された。それぞれのメカニズムを詳しく解明することで、まったく新しい遺伝子改変システムが生まれるか面白いチャレンジだと思う。
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2月4日:プラナリアのゲノム(2月1日号Nature掲載論文)

2018年2月4日
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これまで多くの種のゲノムが解読されてきた。これはすべて次世代シークエンサーが開発されたおかげだが、何万種類ものDNAを同時に読むことができる反面、一個のDNAについて読める配列の長さが短いという問題があった。すなわち、一個一個の解読された配列が短すぎて、読まれた配列をつなげて一本の染色体を完全にカバーすることが難しい。お手本になる配列があるとそれを参考にすることでなんとかなるのだが、まったく新しい生物で、同じ配列が繰り返す場合はより長い配列を読む技術が求められていた。

幸い様々な原理に基づく一分子シークエンサーが開発され、何万もの長さの塩基配列を読むことが可能になって、この限界が破られ、モデル動物以外のゲノム解読が進んでいる。

これを裏付けるかのように、2月1日号のNatureには再生生物学にとって重要な動物アフロートルとプラナリアのゲノム解読が報告されている。ともにドレスデン・マックスプランク研究所からの論文だが、今日はプラナリアのゲノム解析論文の方を紹介しよう。タイトルは「The genome of Schmidtea mediterranea and the evolution of core cellular mechanisms(Schmidtea mediterranea(地中海プラナリア)のゲノムと細胞の基本機能の進化)」だ。

PacBioと呼ばれる機械を持ちて、一回の解読の平均の長さが2万近くに達しており、この結果を用いて99%の遺伝子をカバーできるゲノム解読に成功している。

とはいえ、完全に穴のない解読かというと、そうではなくプラナリア特有の難しさのため、ゲノムの構造の大枠はほぼ明らかになったものの、各部に多くのギャップが残っている。この理由はプラナリアゲノムのなんと62%が様々な長さの繰り返し配列で、中には30kbを越すものが存在する。このため、同じ方法で解読した例えばショウジョウバエのゲノムと比べると、数多くのギャップが残ってしまう結果になっている。

このような問題はあるものの、このレベルでプラナリアゲノムが解読されたことで、この種を用いた再生生物学の研究は進むと期待できる。我が国で使われているjaponica種や寄生虫の住血吸虫などとの関係も調べているが、それぞれかなり多様化が進んでいることが明らかになった。残念ながら、Japonicaとのもう少し詳しい比較が欲しいところだ。結果は公表されているのだから、ぜひ我が国でも詳しい比較をして欲しいと思った。

というのも、地中海プラナリアのゲノム解析から、この生物が極めて独特の細胞基本機能を発達させていることが明らかになり、その一つは多くの種で保存されているDNA切断に対する修復機構に関わる遺伝子が欠損している点だ。このおかげで、外来遺伝子がゲノムに飛び込みやすくなっていると言えるが、もっと面白いのが、プラナリアの放射線抵抗性で、私たちが全く知らない新しいメカニズムのおかげでこの放射線抵抗性が生まれているとしたら、再生生物学どころか、放射線生物学のモデル動物になる可能性がある。

プラナリア独特のシステムを示唆するもう一つの例が、細胞分裂時、分裂糸の集合のチェックポイントに関わる分子群が、ほぼ全ての動物で保存されているMad1,Mad2遺伝子が欠損している点だ。RNAiを用いた分裂阻害実験から、プラナリアでは微小管とキネトコアの結合に関わる仕組みがユニークであることがわかった。

このように、遺伝子が存在しないということを断言するには、完全なゲノム解析が必要になる。その意味で、この研究の意義は大きい。そして何よりも我々が知っているメカニズムがないということから、我々の知らない新しい細胞の基本機能の分子メカニズムが存在することがわかったことは、再生生物学にとっても大きなヒントになるかもしれない。ますます魅力ある生物であることが明らかになったと思う。
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2月3日 Notchシグナル伝達様式の解明(2月8日号Cell掲載論文)

2018年2月3日
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シグナル伝達経路の中で最も分かりにくいのがNotchだろう。Notchも、そのリガンドも膜結合分子で、一つのノッチを複数のリガンドが刺激できる。しかも遺伝子操作で一つのリガンドを他のリガンドに置き換えると、正常に発生できなくなる。極め付けは、リガンドと結合した後、γシクレターゼで切断され、核に移行することでシグナルが伝達される。とすると、同じ受容体でリガンドの違いを表象できるのか?こんな重要な疑問をすべて棚上げして、発生学者や血液学者はNotchシグナルの役割を研究してきたが、考えてみると冷や汗が出る。

このNotchシグナルに関わる疑問を見事に解決した論文がカリフォルニア工科大学から2月8日号のCellに発表された。タイトルは「Dynamic ligand discrimination in the Notch signaling pathway(Notchシグナル伝達経路でのダイナミックなリガンドの区別)」だ。

Notchには4種類あるが、研究ではNotch1とそのリガンドDll1とDll4について調べている。入り口と出口をうまく区別して、工夫を凝らした実験系をそれぞれに設定するプロの仕事の印象を受ける。

まずNotchが膜で切断され、核に移行して転写を活性化するプロセスを蛍光でダイレクトに測れるようにしてDll1とDll4のシグナルを比較すると、Dll1ではシグナルが一過性のパルス状である一方、Dll4では持続的であることを発見する。さらに、刺激側の強さを操作する実験で、Dll1の刺激は一過性のパルスの数が増加する一方、Dll4では持続的な刺激のレベルが増加することを発見する。これがこの研究のハイライトで、あとはこの異なる様式の刺激の効果、またこの様式を生み出す分子メカニズムについて研究している。

まずパルス状の刺激と、持続的な刺激が実際の転写にどう反映するかを、下流の分子誘導を指標に調べ、Hes1シグナルはNotchが切断されるとすぐに反応して上昇し、その後低下するのに対して、Hey1, HeyLは2時間以上経ってから上昇し、持続的に維持されることを明らかにする。すなわち、Dll1とDll4による刺激の様式の違いが、Hes1とHey1の発現パターンに置き換わることを発見する。

次にニワトリ胚の体節形成を指標に、Dll1、Dll4の刺激を調べ、Hes1とHey1の発現パターンが予想通りになっていること、その上で筋肉への分化がDll1では促進、Dll4では抑制されることを明らかにしている。
そして最後に同じNotch分子が切断されるだけなのに、なぜこのような刺激様式の差が生まれるのか検討するために、リガンドの細胞質領域を入れ替える実験を行い、Dll1の細胞質領域はNotchと結合したとき重合体を形成してから切れるため、細胞質内領域が塊で放出されることで一過性のパルスを発生しているが、Dll4では単体での結合により切断されるため、Notchの量依存的持続シグナルが発生することを示している。

もちろん、モデル系での話で修正が必要かもしれないが、初めてNotchシグナルについて理解することができたと満足した。この結果を念頭に、発生学者ももう一度それぞれの対象を見直してみることが必要だろう。
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2月2日:ホモサピエンスの出アフリカ時期(1月26日号Science掲載論文)

2018年2月2日
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昨年暮れ、Scienceに掲載されたアジア人の起原についてまとめた総説を紹介した(http://aasj.jp/date/2017/12/28)。この総説では、昨年の科学10大ニュースとして取り上げられた北アフリカで発掘された我々の先祖(現生人類)ホモ・サピエンスを起点として、現生人類がアフリカからユーラシアへ移動する道筋について、移動ルートで発掘された骨や石器の年代から納得のできるシナリオが示されていた。読んだ印象では、このシナリオはそう簡単に崩れないなと感じられる。とはいえこのシナリオでわかりにくいのは、イスラエルQafzeh/Skhulで発見された9−12万年前の最も古いホモサピエンスがなぜイスラエルから北に向かわず、アラビア半島からアジアへのルートだけが使われたのかだ。この総説では、既に分布を終えていたネアンデルタール人が進路を阻んだと考えているようだが、だとするとこの拮抗が破れて現生人類が5万年ぐらいから北へ移動するまで、イスラエルでの現生人類とネアンデルタールの交流がどんな様子だったのか、いつから始まったのかなど、面白い問題が多い。

新しい年を迎えて、早速ホモサピエンスのシナイ半島への進出がこれまで考えられてきたよりもっと昔から始まっていたことを示す論文がテルアビブ大学を中心にした国際チームから発表された。イスラエルハイファのすぐ南、カメル山麓のMisliya洞窟から発掘された上顎が17−19万年前のホモ・サピエンス由来であることを示す研究で1月26日号のScienceに掲載された。タイトルは「The earliest modern humans outside Africa(アフリカを出た最も古い現生人類)」だ。

この研究では発掘された上顎の年代測定をいくつかの方法を組み合わせて17−19万年前と特定している。その上で、Misliyaで今回発掘した上顎骨、および歯の計測を行い、ネアンデルタール人、現生人類と比較して、骨の持ち主がネアンデルタール人か現生人類かを調べ、現生人類に属すると結論している。

一番大きな決め手は、上顎の形態で、すべてのネアンデルタール人の骨はMisliya人の骨とは大きく異なっていることを示している。また、一本一本の歯の形態を調べると、北アフリカで発見される更に古いホモサピエンスと比べて、ネアンデルタール人の形態より違いが大きいことも示している。以上のことから、この上顎はまさしくホモサピエンス由来だと結論している。

これが結果のすべてで、ホモサピエンスの出アフリカ(出エジプトとも言える)は20万年前にまでさかのぼれることになる。しかしこの研究で利用された主成分解析の条件では、確かにMisilyaの骨はネアンデルタール人からは大きく分離しているが、近くから発見されているQafzeh出土の骨とも違いが大きそうで、かなり独特の位置を占めているようにも見える。まだまだ、議論が続くように思える。

折しも昨日発表されたNatureの論文では、インドで38万年前にすでにイスラエルで見られる中石器時代の石器への転換が起こっていたことを示す研究が発表され、ホモサピエンス、ネアンデルタール、そして当時アジアに住んでいた人類との交流が早くから進んでいたことが示唆された。時期や、ルートをめぐっては今後も議論が続くと思うが、ホモサピエンスの出アフリカ研究から目が離せない。
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2月1日:インフルエンザに潜む心筋梗塞の危険性(1月29日The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年2月1日
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今年は、A型とB型のインフルエンザが同時に流行しているようだ。確認したわけではないが、2週間前インフルエンザ(おそらくB型だと思うが)にかかり、久しぶりに1日寝込んでしまった。熱は大したことはないが、夜咳き込んで卒中になるのではと心配したが、1930年頃から、インフルエンザが心筋梗塞などの心血管障害を誘発して死に至る可能性があると疑われていたようだ。

今日紹介するトロント大学からの論文はこの可能性を疫学的に調べた研究で1月29日発行のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Acute myocardial infarction after laboratory-donfirmed influenza infection(検査で確認されたインフルエンザ感染に続く急性心筋梗塞)」だ。

この研究では、カナダオンタリオ州の疾患レジストレーションを用いて、2009年5月から2014年5月にかけてインフルエンザにかかった患者さん、及び2008年5月から2015年5月にかけて急性心筋梗塞で入院した患者さんを抜き出し、インフルエンザ感染中に起こった心筋梗塞の発生頻度を、それ以外の時期での心筋梗塞発生頻度を比べている。

対象はウイルスの感染をPCRなどで確認できたインフルエンザの患者さんに限っており、19045人に上るが、そのうち急性心筋梗塞を起こして入院した人は487人に上る。もちろんほとんどの患者さんはインフルエンザの感染とは全く無関係の時期に発病しているが、インフルエンザウイルスが検出された後1週間以内に発病した患者さんが20人いることがわかった。

この数字からインフルエンザと関連する心筋梗塞を計算すると、ウイルス検出後の1週間はなんと6倍も頻度が上がる。しかし8日以降1ヶ月までを見ると頻度は0.6−0.75と10分の1に低下する。要するに、インフルエンザ感染は間違いなく心筋梗塞の危険性を高めるようだ。

詳しく患者さんを調べると、65歳以上では7.5倍、65歳以下では2.8倍で、高齢で女性に心筋梗塞リスクが高いと結論できる。さらに驚くのは、A型インフルエンザよりB型の方が2倍頻度が高い。総合すると、インフルエンザが心筋梗塞を誘発することは間違いなさそうだ。

ではなぜこのような現象が起こるのか?論文では、心筋梗塞の原因になる動脈硬化も炎症と考えることができ、急性のウイルス感染によりこの炎症が悪化するとともに、血管の収縮や、ストレス反応が合わさって発症するのではないかと推察している。

私も高齢者の仲間なので、来年からはもっと真剣にインフルエンザから身を守ることにする。クワバラクワバラ。
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1月31日:パーキンソン病のL-ドーパ治療により誘発されるディスキネジアの原因究明(1月23日Cell Reports掲載論文)

2018年1月31日
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パーキンソン病の運動障害のメカニズムは複雑で、ドーパミンの分泌異常のみで説明することは難しい。例えば、先日紹介した立ちすくみでは(http://aasj.jp/news/watch/7912)、無意識に調節される運動に視覚や聴覚を介して方向性を与えることで、大きく改善する。病気が進行してドーパミンの補充療法が必要になった段階で問題になるのが、ドーパミンレベルが回復する際に起こる不随意運動で、線条体へ投射するグルタミン酸作動性の神経が興奮しすぎることによるのではないかと考えられているが、はっきりとわかっていたわけではないようだ。

今日紹介する米国エモリー大学からの論文はアカゲザルのパーキンソンモデルで線条体のグルタミン作動性の神経がディスキネジアの主役であることを突き止めた研究で1月23日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「Glutamatergic tuning of hyperactive striatal projection neurons controls the motor response to dopamine replacement in Parkinsonian primate(パーキンソン病のサルでドーパミン保潤療法により誘導される運動反応を線条体への投射神経の過興奮のグルタミン酸刺激をチューニングすることで調節できる)」だ。

実験はサルで行う大変さはあるが、手法は単純で、MPTPという薬剤を全身投与して黒質細胞を変性させたアカゲザルの被蓋に電極と微量注射装置を挿入し、NMDA型グルタミン酸受容体(NMDAR)抑制剤を局所的に投与した時、線条体投射ニューロン(SPN)がどう反応するか調べている。

期待通り、阻害剤投与によりSPNの興奮は低下し、L-ドーパを投与した時も興奮は安定性を保つことから、ディスキネシアを抑えられることがわかる。同様の効果が、AMPA型グルタミン酸受容体の阻害剤でも見られる。

実際SPNの興奮抑制がディスキネシアを抑えるかを次に調べ、 NMDARやAMPARの阻害剤を局所に投与することで、パーキンソン症状に対するL-Dopaの作用を阻害することなく、ディスキネジアを抑えることができることを示すのに成功している。

最後に同じ阻害剤の全身投与を行い、局所投与と同じ効果が見られることを確認して実験を終えている。

これまでディスキネジアにはアマンタディンという薬剤が処方されているが、この薬剤は様々な受容体に対して効果があり、その中にはNMDARも含まれる。したがって、今回の実験でNMDAR,AMPARが特定されたことで、より特異的な阻害剤によりディスキネジアを抑える可能性が生まれた。しかし、両方の受容体とも、脳の機能に極めて重要で、全身投与を続けるのは問題があるだろう。とすると、先日紹介したような、より局所的な持続投与の技術の開発が待たれる。他にも、SPN内でのAMPAR/NMDARにたいする様々な修飾を標的とする治療法開発も可能かもしれない。臨床までにはまだまだ時間がかかるとは思うが、一歩前進したいい研究だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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