5月18日:メトフォルミンによる脆弱X症候群治療(Nature Medicineオンライン版掲載論文)
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5月18日:メトフォルミンによる脆弱X症候群治療(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2017年5月18日
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自閉症は遺伝性の強い疾患だが、多くの遺伝子が組み合わさって病気が起こるケースがほとんどだ。しかし、まれに単一の責任遺伝子が明らかになっている場合があり、従って自閉症の場合エクソーム検査などの遺伝子検査は必須の条件だ。
   これに対し、治療法がなければ遺伝子検査も意味がないと批判が出るが、やはり病気の原因を確定することからしか病気と向き合うことは難しい。
   今日紹介するカナダモントリオール大学からの論文は遺伝子診断により治療可能性が生まれることを教えてくれる研究でNature Mediineオンライン版に掲載された。タイトルは「Metformin ameliorates core deficits in a mouse model of fragile X syndrome(メトフォルミンは脆弱X症候群のマウスモデルの主要な症状を改善する)」だ。
   タイトルにある脆弱X症候群 (FXS)は、RNAに結合してその輸送に関わる分子FMR1をコードする遺伝子内のCGG配列の数が増加することで起こる典型的なリピート病で、注意欠陥と多動性などの自閉症症状とともに、様々な発生異常が起こる。自閉症様症状を伴う単一遺伝子疾患としては最も頻度の高い病気で、遺伝子診断の普及とともに患者数も多いことがわかってきた。
   これまでのマウスモデル及び患者さんの細胞を用いた研究から、FMR1遺伝子の異常が、mTOR1とERKの過剰活性を引き起こし、翻訳活性が上昇する結果、細胞外のマトリックスを分解する酵素MMP9が過剰に分泌される結果、神経結合の異常が生じるというシナリオが提案されている。事実、FXSモデルマウスをMMP9ノックアウトマウスと掛け合わせると症状が抑えられることから、全てを説明できたわけではないが、この経路が病気発症のメカニズムの核になっていることが示唆される。
   この研究では、このシナリオに基づいてmTOR1,ERKからMMP9までの経路に介入できる薬剤を検討し、諸外国では2型糖尿病治療の最初に用いられるメトフォルミンがmTOR1及びERKの活性を抑えることに着目し、メトフォルミン投与でFXSの症状が改善されるのではと着想した。
この研究はこの着想がすべてで、結果は予想通り、
1) マウスモデルにメトフォルミンを投与すると、自閉症様の症状がほとんど消失する(かなり正常に近いところまで改善している)
2) 症状改善に一致して、神経細胞のシナプス結合を反映するスパインの異常(FXSではスパインの数が増えるが一つ一つのスパインは成長していない)がほとんど元に戻る、
3) 神経生理学的に異常な長期神経抑制が正常化する、
4) FXSの特徴である睾丸肥大が改善する、
5) 症状の改善に一致して、生化学的にもERK、翻訳活性、及びMMP9の産生が正常化する、
ことが示された。
メトフォルミンがこれまで10歳以上の糖尿病の患者さんであれば、長期投与されており、また一錠30円程度ときわめて安価なため、がんの予防として飲んでいる人がいることを考えると、この結果はFXSの患者さんにとってきわめて重要な貢献だと思う。もちろんなぜ効果があったのかを、このシナリオですべて説明できるのかはさらに研究が必要だが、安い、比較的安全な薬が、疾患モデルで効果があったことは間違いなさそうだ。そして何よりも、こどもの遺伝子診断の重要性がこれではっきりと認識され、新生児のエクソーム検査などに助成が行われることを期待する。
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5月17日 パーキンソン病運動障害理解に大きな一歩(Nature Neuroscience掲載論文)

2017年5月17日
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    大脳皮質と視床を含む脳幹部を連結している大脳基底核は、人間の行動を支配する重要な領域で、この領域の中にパーキンソン病で細胞死が起こるドーパミンを作る細胞が存在する黒質やドーパミンに反応する線条体が含まれている。
    ドーパミンは人や動物が何かをしようとする動機付けに必須の刺激因子で、その作用は多岐にわたり、大脳基底核内の神経ネットワークにしっかりと組み込まれている。パーキンソン病ではドーパミン分泌が上がると様々な障害が一過性に改善されることから、これに目が奪われ理解した気になるが、実際は大脳基底核内の神経ネットワーク解析が完全でないため、ドーパミン分泌が低下に起因する運動障害のメカニズムを完全に理解するには至っていない。
   今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は大脳基底核内でドーパミンに反応する線条体のD2(ドーパミン受容体の一つ)細胞の支配を受け、ドーパミンを作る黒質神経細胞の活動を抑制する淡蒼球の活動を短期的に変化させることで、長期に運動障害を取り除くことができることを示した重要な研究でNature Neuroscience オンライン版に掲載された。タイトルは「Cell specific pallidal intervention induces long-lasting motor recovery in dopamine depleted mice (細胞特異的淡蒼球への介入はドーパミンを除去したマウスの運動機能を長期に改善させる)」だ。
   これまで淡蒼球は複数の異なる機能を持つ神経細胞からできていることがわかっていた。この研究の目的は、ドーパミンを急に除去することで生じる運動障害を、ドーパミンではなく、淡蒼球神経の活動を制御することで改善できないかを調べることだ。
   この研究を理解するために一つ頭に入れておく必要があるのは、線条体にはD1,D2と2種類のドーパミン反応性神経があり、D1は直接黒質細胞と結合、D2は淡蒼球を介して黒質と間接的に結合するネットワークができていることだ。
   この研究では光遺伝学を用いて黒質を抑制している淡蒼球神経を全て活性化する実験を行い、淡蒼球全体が刺激されてもドーパミンの運動障害は改善しないことを示している。淡蒼球の神経細胞はparvalbumin(PV)発現細胞とLhx6発現細胞に分かれるので、次にPV細胞だけを刺激する実験を行うと、刺激を繰りかえすうちに、最初は刺激時のみに見られた運動障害改善が、刺激をやめても続くことがわかった。
   PV神経を刺激すると、Lhx6神経細胞の活動が低下することに注目し、今度はLhx6神経細胞を抑制すると、同じように長期間持続する運動障害改善が見られる。
   すなわち、淡蒼球全体が刺激されると何も変わらないが、PV神経とLhx6神経の活動バランスが変化すると、ドーパミンがなくとも運動機能の調節機構が正常化することがわかった。
   解析は完全ではないが、おそらく淡蒼球での神経バランスの変化が、黒質神経細胞の異常興奮を抑制することで、運動機能が改善するのだろうと結論している。すなわち、ちょっと刺激を変化させると、黒質の異常興奮が収まり、あとはそのバランスが自発的に維持されることになる。少なくとも短期の刺激で、長期の効果が得られることを示したこの研究は、深部刺激の新しいあり方を示す重要な貢献だと言える
    このモデルが、慢性的な人間のパーキンソン病での神経変化をどこまで反映しているのかはわからない。ただ、パーキンソン病をドーパミンだけで話を終わらすことが間違っていること、さらに今後光遺伝学で示されたような細胞特異的な神経刺激を用いることで、全く新しい治療法の開発が行える可能性のあることはよくわかった。
   これと並行して、今回明らかになったサーキットで働く分子を明らかにすることで、パーキンソン病の新しい治療法の開発につなげて欲しいと期待する。
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5月16日:マクロファージによる抗PD1抗体への耐性獲得メカニズム(5月10日号Science Translational Medicine掲載論文)

2017年5月16日
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    抗PD-1抗体によるチェックポイント阻害治療は、がんの根治を可能にすると大きな期待を集めているが、効果が一部の人に限られ、根治に至るまでに再発するケースが多いことなど、治療費の高いことを考えると、まだまだ改善への努力が必要になる。もちろんそのためには、抗体が効かない個体では何が起こっているのかなど、抗体に耐性を持つメカニズムを解明する必要がある。
   今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文は、キラーT細胞に結合した抗PD-1抗体をマクロファージがT細胞からひきはがすことが耐性のメカニズムの一つであることを示した研究で5月10日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「In vivo imaging reveals a tumor associated macrophage mediated resistance pathway in anti-PD-1 therapy(体内イメージング法によりガン組織中のマクロファージが抗PD-1抗体に対する耐性獲得に関わることが明らかになった)」だ。
   体内に注射した抗体の寿命は1ヶ月近くあるため、PD-1抗体治療耐性のメカニズムが、抗体の効果が消失する可能性を疑う人はなかった。しかし、この研究グループは、抗体の効果が何らかのメカニズムで消失するかもしれないと疑って、体内でT細胞上の抗PD-1抗体の運命を調べることから始めている。この目的で抗PD-1抗体に明るい蛍光色素を結合させるとともに、腫瘍細胞、そこに集まるT細胞、マクロファージの全てが蛍光で区別できるようにして、腫瘍局所で起こっている抗体と細胞の相互作用をモニターした。結果は予想通りで、最初腫瘍局所のT細胞に結合した抗体が、24時間後にマクロファージの方に移行するのを発見する。すなわち、マクロファージが抗体をT細胞から除去することで、チェックポイント機能が再活性化する結果、治療抵抗性が生まれる可能性が示唆された。
   マクロファージがT細胞に結合した抗PD-1抗体を選択的に除去するメカニズムを調べ、抗PD-1抗体がPD-1と結合するとFc部分がマクロファージのFc受容体に認識されるようになり、これを通してマクロファージに抗体が取り込まれること、またこの取り込みでもPD1はT細胞表面上に残ることを示している。予想通り、マクロファージによってチェックポイント抑制が外されていることが明らかになった。
   最後にこの可能性を確かめるため、Fc受容体を抑制する抗体と抗PD−1抗体を組み合わせて担ガンマウスに投与すると、PD−1抗体投与だけでは完全に抑制できなかったガンの増殖を完全に抑制、根治に至ることを明らかにしている。また、抗体の糖鎖を変化させることで、Fc受容体との結合を低下させることで、マクロファージによる抗体の引き剝がしを防げることも示している。
   抗体が十分体内に存在しても、抗体自体の効果を無効化するメカニズムがあるかもしれないと疑ったのがこの研究の最も重要な点だろう。この結果、根治に向けた新しい治療可能性を示す重要な貢献になるのではと期待される。現在治験も行われているようで、更に期待が高まる。
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5月15日:ミトコンドリア病の低酸素治療続報(米国科学アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2017年5月15日
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    ミトコンドリア病の原因となる遺伝子変異は150種類以上存在し、遺伝子変異に応じて症状も発症時期も多様な病気だが、病気の基本はミトコンドリアの好気呼吸機能の低下が病気の背景になる。
  一昨年培養細胞のミトコンドリア機能抑制をバイパスできる遺伝子変異をCRISPR/Cas9で大規模スクリーニングしてVHLと呼ばれる低酸素反応を抑える分子が欠損すると、ミトコンドリア機能異常をある程度回復できることを示した論文を紹介した。この論文の最後で、このグループはこの結果に基づき、ミトコンドリア病の中では最も重篤なリー症候群モデルマウスをなんと低酸素で治療できる可能性を示している。
   今日紹介する論文はその続報で、同じリー症候群モデルマウスをより臨床に近い状況で治療する実験を行なった人間への応用のための前臨床実験だ。タイトルは「Hypoxia treatment reverses neurodegenerative disease in a mouse model of Leigh syndrome(リー症候群のマウスモデルで見られる神経変性は低酸素治療で正常化できる)」だ。
   リー症候群は脳幹の灰白質が変性し、生後数年以内に呼吸障害で亡くなるミトコンドリア病で、70種類以上の遺伝子変異が特定されているが、このグループではミトコンドリア電子伝達系の主要遺伝子Ndufs4を欠損させたマウスをモデルとして使っている。このモデルでは50日を越す頃からマウスは死亡し始め、75日以上生存できない。このマウス生後30日から11%の酸素濃度で飼うと、平均生存期間が270日と大幅に改善する。重要なのは、脳の病理組織を250日目で調べると、細胞死がほとんど防げ、さらにこれをMRIでも確認できる。ただ、それでも左心室の機能の低下は完全に戻っていないため、20%程度の個体が、心不全に陥る。
   では低酸素治療を常に受けなかければならないのか調べるため、1日10時間だけ低酸素にさらすグループを作ると、まったく効果がなくなることがはっきりした。11%の酸素は4000メートル級の高地に対応するので、次に臨床的にも到達可能な17%の酸素濃度で飼育する実験も行っているが、ほとんど治療効果はなかった。また、11%で飼育したマウスをもう一度正常酸素に戻すと、病気は再発するため、常に低酸素にいることが必要なことも分かった。
   一方、発症前からではなく、脳症状が出る55日目から低酸素治療を行っても生存期間を伸ばすことができ、さらにMRIで見られる灰白質の病変も4週間で跡形もなく消え、病理学的にも死んだ細胞数を劇的に減らすことができることが明らかになった。
    以上の結果から、ミトコンドリア病、少なくともリー症候群は持続的低酸素治療で病気の進行をほとんど留められることが分かった。今後、例えば4000メートルの高地に住む民族の調査、持続的低酸素を日常生活で可能にする技術、人間のリー症候群での至適酸素濃度の検討などが必要だが、臨床のセッテティングを予想して行われたこの研究は、患者さんとその家族にとっては大きな前進といえる。
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5月14日:新薬の最終安全性は実際の使用を通してしか明らかにならない(5月9日号米国医師会雑誌:JAMA掲載論文)

2017年5月14日
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   一つの薬剤が市場に出るためには長期にわたる開発研究が必要だが、最も時間と金のかかるのが実際の患者さんを使った臨床治験と呼ばれる段階だ。この過程で薬剤の効果が確かめられるのと同時に、重篤な副作用がでないか、またそれに対応する方法はあるのかなどが調べられる。これらの結果をもとに我が国では医薬品医療機器総合機構、米国ではFDAが審査し、市場に出してもいいかどうか判断する。従って、新薬の認可には副作用も含めて審査が行われている。しかし1000人以下の患者さんで、期間を限って行われる通常の治験では見落とされる副作用が必ず存在する。そのために、使用が始まってから常に副作用をモニターして、有害事象が発生した場合我が国では「医薬品安全情報」として、米国では「Safety communications」として情報が公開される。
   今日紹介するエール大学内科を中心にしたグループの論文は、2001年から2010年までの10年間にFDAの認可を受けた222種類の新薬が、実際に臨床に使われる中で、当初想定しなかった副作用がどの程度発見されるのかを調べた論文で5月9日号のJAMAに掲載された。タイトルは「Postmarket safety events among novel therapeutics approved by the US Food and Drug Administration between 2001 and 2010(2001年から2010年までにFDA認可を受けた新薬の上市後の安全関連事象)」だ。
   このような研究は地味だが、医師や患者さんが、あらゆる新薬には常に新しい安全問題が付きまとうことをしっかり認識する意味で大変重要だと思う。研究では、222種類の新薬を、対象疾患別、および化学化合物か生物製剤かに分類した後、FDAの記録を丹念に調べ、1)市場撤退、2)boxed warning(パッケージや仕様書に黒枠で特別に有害事象の警告が加えられる)、3)safety communicationとしてウェッブサイトに記載される、の3段階に対応した薬剤をリストしている。ただ調査が完全かというと、そうでない点もある。我が国発の薬剤について少し調べたが、例えば第一三共のオルメサルタンについて2011年に出されたsafety communicationは最近それほど心配がないと訂正されており、safety communicationの訂正までは追跡していないようだ。
   結果だが、222種類の薬のうち、3剤は市場撤退、61剤はboxed warning、59剤がsafety communications掲載と、新しい有害事象に見舞われている。オーバーラップを引いて計算すると、新薬のなんと32%は予想外の副作用が出る。有害事象の報告は平均で使用後4年で、10年以内に有害事象が報告された新薬は30.8%ののぼっている。
   重要なのは向精神薬、および抗体薬やサイトカインなどの生物製剤に有害事象が多いことで、薬剤の開発がどうしても効果に集中するため、他の作用が見落とされやすいことを示している。個人的印象でいうと、生物製剤は特異性が高いため副作用が出にくいと思っていたが、そうではないようだ。すなわち、薬効のメカニズムについて完全にわかっているわけではなさそうだ
   また、患者さんの期待が大きく審査をスピードアップした薬剤に、有害事象発生が多いことも分かった。
   個々の医師や患者さんにとっては今使っている薬剤が問題になるが、さらに審査を科学的かつ迅速に進めるためには、このような調査によって、全体の傾向がわかるのは極めて重要だ。
    ただこのような論文をネガティブにだけ捉えると、薬剤の開発は不可能になる。個人的には市場撤退に追い込まれた薬剤がまだ3剤に止まっていることの方が重要な気がする。しっかりと情報を公開さえすれば、危険を承知で薬剤を正しく使うことが可能なことも、この研究は教えている。    
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5月13日:リンパ浮腫に対する薬剤の開発(5月10日号Science Translational Medicine 掲載論文)

2017年5月13日
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    私たちの事務所で毎月一回、神戸の「がん楽会」の皆さんが集まって、情報交換をされている。私自身が事務所に居れない日なのでお話を聞くことができていないが、この会話を聞いた事務所のメンバーから、「リンパ浮腫により生活の質が侵されることはかなり重要な問題になっているようなので何かいい治療法はないのか?」といつも聞かされている。しかし、私もほとんど答えるアイデアがなかった。手術でリンパ節を郭清するとリンパ浮腫は必発する。根治はリンパ管がもとどおりになることだが、それを促す薬剤はこれまでほとんど開発されてこなかった。従って、姿勢を変えたりマッサージしたり、あるいは皮膚のケアを欠かさないなど、根本治療とは程遠い対策しか医師も出しようがない。
   今日紹介するスタンフォード大学からの論文はリンパ浮腫に我が国で長期に使われているベスタチンという薬剤が効く可能性があることを示した研究で5月10日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Leukotriene B4 antagonism ameliorates experimental lymphedema(リューコトリエンB4阻害により実験的リンパ浮腫が軽減する)」だ。
   このグループは2009年、モーラステープとして一般にも知られている湿布薬中のケトプロフェンがリンパ浮腫に効果があることを報告し、ケトプロフェンの治験については現在進行中だ。ただ、湿布として使うには問題ないが、ケトプロフェンには様々な副作用が予想されるため、長期間の使用は難しい。そこで、ケトプロフェンの作用機序を明らかにして、治療に使える薬剤の幅を広げるのがこの研究の主目的だ。この研究では、マウスの尻尾の根元のリンパ幹細胞を除去してリンパ浮腫を誘導するモデルが用いられている。
   多くの実験が示されているが、詳細を省いて箇条書きにまとめると次のようになる。
1) リンパ浮腫に対するケトプロフェンの作用はリューコトリエンB4(LTB4)を介している。
2) LTA4からLTB4が合成される経路で働くベスタチンがリンパ浮腫抑制に最も強い効果がある。
3) LTB4は低濃度ではリンパ管新生にポジティブに働くが、高濃度では抑制的になる。すなわち炎症初期にはリンパ管新生は刺激されているが、LTB4が高濃度になる後期では、抑制される。これは炎症を限定する意味がある。
4) ベスタチンも炎症初期に使うと逆効果になり、LTB4の高い時期にのみ効果がある。
5) リンパ浮腫のある患者さんの血清中LTB4は著名に上昇している。
6) LTB4はリンパ内皮細胞のVEGFR3,Notchシグナルを介して、低濃度ではリンパ管再生を促進、高濃度では抑制する。また、ベスタチンにより、このシグナルが抑制される。
結果は以上で、ベスタチンは少なくとも実験モデルではリンパ管再生、リンパ浮腫抑制に働くことが明らかになった。
  嬉しいことにベスタチンは白血病治療の補助薬として、特に我が国で使用されてきた薬剤で、副作用は軽く長期に投与可能な薬剤だ。したがって、すぐにガン患者さんのリンパ浮腫にも効果があるか治験を行うことは可能だろう。ぜひ特効薬になってほしいと願っている。
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5月12日:大麻成分の一つTHCは脳を若返らせる?(Nature Medicine掲載論文)

2017年5月12日
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   私たちの脳の老化では、神経細胞数が減少するとともに、生きている神経細胞自体の遺伝子発現も変化し、この二つが合わさって物忘れなど様々な認知障害が起こってくる。もちろんこの2種類の要因は相互に関連しているが、脳の老化を防ぐには脳細胞数の減少を抑えるとともに、残っている脳細胞自体の若返りを図ることが重要になる。
   今日紹介するドイツ・ボン大学からの論文は、脳細胞の若返りを誘導する能力がなんと大麻の主成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)にあることを示した研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。
   最近になって医療用のみならず、個人の嗜好目的で大麻使用を許可する国や州が増えており、わが国でも話題になっている。ただ、これまでの様々な論文を見ると、少なくとも若年者の大麻常用は様々な脳障害を誘導すると覚悟したほうが良いと思う。一方、難治性のてんかんや疼痛に対して効果があることは科学的に示されているので、医療用の大麻使用には道を開くほうがいいのではと思っている。
   この研究では大麻の主成分であるTHCを2ヶ月齢、12ヶ月齢、18ヶ月齢のマウスに、ミニポンプで連続投与し、28日後に投与をやめる。その後5日待った後、様々な認知機能テストを行うと、驚くことに全てのテストで18ヶ月齢のマウスの成績が上がった。12ヶ月齢のマウスでは、まだ機能低下が強くなく、効果が見られないテストもあるが、やはりTHCは機能改善に働いている。
   最も驚くのは、同じ量を投与された2ヶ月齢のマウスでは、THC投与で逆に機能低下が起こることで、これまで若年者の大麻使用が物忘れにつながるとする従来の結果に一致する。
   これらの結果は、同じTHCも高齢者の認知機能には良い影響、若者には悪い影響があるという、高齢者にとっての朗報と言える。
   このメカニズムを突き止めようと、神経間のシナプス結合を調べると、老化マウスでだけシンプトフィジンの発現が上昇し、スパインの数が増えることがわかった。さらに、THC投与による遺伝子発現の変化を調べると、老化マウス神経細胞の遺伝子発現パターンが、2ヶ月齢のマウスから得た脳細胞の遺伝子発現パターンに近づいてくることが明らかになった。一方、若年マウスの脳細胞で見ると、THC投与により遺伝子発現パターンが老化マウスの神経細胞に似てくることが明らかになった。
   データの解析から、この若返りの分子機構として、サイクリックAMP及び まPK経路が活性化される結果、ヒストンアセチル化に関わるCBP遺伝子などの発現が再活性化され、様々な遺伝子のエピジェネティックス調節が変化した結果である可能性が生まれ、最後にヒストンアセチル化を抑制するAnacardic acidがTHCの効果を完全にキャンセルすることを示している。
   THCはCB1受容体を介して神経細胞を活性化する。面白いことに、CB1ノックアウトマウスは最初認知機能の発達は正常マウスと比べ優れているにもかかわらず、老化すると急速に認知機能が低下するという特徴を持っている。この認知機能の低下に対しては当然THCは何の効果も示さない。
   以上の結果から、老化に伴う神経細胞の変化の多くは、CB1シグナル低下に起因しており、これをTHC投与で補うと、脳細胞が若返り、認知機能が回復するという結果だ。
   高齢者にとっては画期的に思える研究結果だが、ではもっと長期間投与を続けたとき、細胞が力つきることはないのかなど、調べることは多い。ジギタリスもそうだが、細胞は鞭を入れて走りすぎると、結局は力つきる。
高齢者のマリファナ使用解禁の日が来るのははまだまだ先のことだろう。
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5月11日:アルツハイマー病患者に見られる睡眠中のミクロてんかん発作(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2017年5月11日
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   一般的に、アルツハイマー病ではタウ蛋白やβアミロイドの沈着により神経死が誘導され、その結果認知機能が進行的に犯されると説明され、また動物実験モデルや病理解析により十分な証拠も上がっているが、病気の進行過程とそれに対応する症状についてはよくわかっていないことが多い。
   実際、アミロイドプラークの量や脳の萎縮程度と認知機能の低下は必ずしも相関しないし、病状の進行もよくなったり悪くなったりと変動し、一本調子ではない。この原因として、例えば介在神経が失われる結果起こる神経細胞の異常活動が認知機能の低下に一役買っているのではないかと考えられてきた。特に動物のアルツハイマーモデルで、睡眠中に神経細胞の過興奮が見られることが示されていた。
   今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文は、アルツハイマー病の患者さんには頭蓋の外から検出の難しい神経細胞過興奮が存在するのではないかと最初から仮説を立て、2人の患者さんに口腔内から頭蓋の卵円孔を通して留置する電極を設置し、細胞レベルの神経活動を連続的に海馬で記録した研究で、いわば症例報告ではあるが、発見の重要性からNature Medicineオンライン版に掲載された。
   タイトルは「Silent hippocampal seizures and spikes identifyied by foramen ovale electrodes in Alzheimer’s disease(卵円孔電極を用いてアルツハイマー病で記録される自覚されない海馬のてんかん発作と神経興奮スパイク)」だ。
   口から卵円孔電極を脳内に留置するなど恐ろしく聞こえるが、てんかんの診断のために確立した方法で、これにより脳内の神経細胞の活動を連続的に調べることができる。この研究では2人の進行性のアルツハイマー病の患者さんで、これまでてんかん発作の経験が全くない2人を選び、卵円孔電極を留置し海馬局所の神経活動を記録すると同時に、一般的な脳波記録を調べている。
   結果は予想通りで、2人とも一般的な脳波検査ではほとんど異常興奮を検出できないが、神経の過興奮を検出することに成功している。
   もう少し詳しく紹介すると、最初の患者さんでは、覚醒時には通常の脳波計では異常は検出できないが、龍ちゅ電極では1時間に400回程度の過興奮を観察できる。驚くのは睡眠時で、通常の脳波計でも時間あたり50回程度の異常活動を検出できるが、電極からはなんと800回を越す過興奮が観察されている。    もう一人の患者さんでは脳内電極からも覚醒時に異常興奮を検出することはないが、睡眠時には正常脳波計では検出できない過興奮が1時間に200回程度検出されたという結果だ。    最初の患者さんには一般的にてんかんに使われう抗てんかん剤を服用させると、過興奮を止めることができているが、もう一人の患者さんでは副作用で服用は断念している。    結果はこれだけだが、予想どおり海馬神経細胞の過興奮が見られること、しかも記憶が確定するために重要な睡眠時間中に過興奮が起こりやすいことを示すこの結果は今後アルツハイマー病の病態を考える上で極めて重要だと思う。
   この発見が睡眠中の過興奮をうまく抑えて病気の進行を食い止める方法が開発につながってほしいと期待する。
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5月10日:クモの糸(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2017年5月10日
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クモの巣を見てその美しさと合理性に驚かない人はないだろう。現在地球には46000種を越すクモが存在しているが、ほとんどが何らかの形で糸で餌をからめとるのに使っている。
  しかし今日紹介するペンシルバニア大学からの論文が私にとっては最初のクモの糸についての論文で、その想像を超える複雑さに驚いた。おそらく研究人口が少ないため、論文を目にする機会がそう多くないのだろう。タイトルは「The Nephila clavipes genome highlights the diversity of spider silk genes and their complex expression(ジョロウグモのゲノム解読によりクモの糸の多様性と複雑な発現が明らかになった)」で、Nature Geneticsオンライン版に掲載された。
       もともとこの研究グループがクモの巣に焦点を当てて研究していたのかどうか把握していないが、論文自体はジョロウグモの全ゲノム解読研究で、結果としてクモの最大の特徴である生糸を作るための遺伝子に焦点を当てて論文を構成している。生命誌研究館でも小田グループがクモの発生を活発に研究しており、クモゲノム研究が進んでいることは聞き知っていたが、一般的にクモの巣として知られる美しいネットを作るクモのゲノムはこの論文が初めてのようだ。
   まずゲノムサイズが3.45Gと、人間なみに大きく、遺伝子数も14000存在している。ただ、詳しいゲノム情報はあまり議論されておらず、簡単なゲノムの説明の後直ちにクモが作っていると考えられる生糸(スピドロンと呼ばれている)のゲノム解析に移っている。
   不勉強で、クモの糸は一種類のタンパク質でできているのかと思っていたが、驚くことにジョロウグモには少なくとも28種類のスピドロンの構造遺伝子が存在している。しかも最も小さなタンパク質は408アミノ酸、最も大きいものはなんと5939アミノ酸からなるタンパク質で、その配列は多様だ。
   
それぞれのスピドロンは49種類の繰り返し配列が合わさったもので、それぞれのグループの繰り返し配列自体も著しく多様化しており全部で394種類の異なる繰り返しユニットが特定されている。このうち260ユニットは複数のスピドロンタンパク質に分布している。
   28種類のタンパク質はそれぞれの構造から、これまで明らかになっていた糸のタイプに分類でき、それぞれは粘着性があったり、結節を持っていたり、また今回新しく明らかになったスピドロンの中にはクモ毒に似たものまで存在する。これが本当に毒なら、糸にかかった途端に餌を殺すことまでできることになる。
   要するに、一種類のクモが作るスピドロンは数十種類の基本ユニットを様々な割合で取り込んで作られており、異なる特性を持った20種類を越す生糸が作られているという結果だ。また、この構造の中に、新しいユニット構造を取り込んで、新しい機能が進化し続けている。
   これも不勉強で知らなかったが、この複雑なスピドロンを紡ぐための7種類の器官が存在し、おそらく異なるタイプの糸が紡がれるらしいが、実際それぞれの器官を単離してスピドロン遺伝子の発現を調べると、一つの器官で複数のスピドロン遺伝子が発現している。さらに、クモ毒と思われる配列を持った遺伝子は、毒を作る器官で発現している。他にも、生糸の合成と無関係の組織で発現しているスピドロン遺伝子も存在するが、そこで何をしているのかも面白い課題だ。
   話はこれだけで、確かにクモの糸がこれほど魅力に富む分子かということはわかったが、ゲノムの構造や、それぞれのスピドロンがゲノム上にどう分泌しているのか、そして何よりも、一本に見えるクモの糸がどのように作り分けられ使われているのかなどについては解説すらされておらずちょっと不満が残る。
   各器官での遺伝子発現がこの研究で明らかになり、今後急速に解明が進むのではと期待する。
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5月9日:マウスガンゲノム研究も結構役にたつ(Journal of Clinical Investigationオンライン版掲載論文)

2017年5月9日
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ヒトガンゲノム研究が始まってから、マウスをモデルにした研究が一時下火になったような気がする。これは、研究自体が行われたのではなく、ハイインパクトジャーナルのレフェリーが、マウスなどのモデル研究をあまり採択しなかったからかもしれない。しかし、ヒトのガンゲノム研究が進むにつれ、モデルマウスの研究の価値が高まり、特にガンの環境や免疫を調べるため、あるいは発ガン早期の過程を体内で調べる研究にはモデル動物による研究は欠かせなくなっている。
   今日紹介するベルギー・ルーベン大学からの論文はヒトゲノムとマウス発ガンモデルを用いたゲノム研究がいかに相性がいいかを明らかにした論文でJournal of Clinical Investigationオンライン版に掲載された。タイトルは「Comparative oncogenomics identifyies tyrosine kinase FES as tumor supperssor in melanoma (比較ゲノミックスによりチロシンキナーゼFESがメラノーマの腫瘍抑制遺伝子であることを特定した)」だ。
   これまでマウスにガン遺伝子を発現させるモデルでは、ヒトのガンのように、ガンの必須ドライバーや定番のガン抑制遺伝子に加えて多くの遺伝子に変異が見られるという状況が得られないことが問題ではないかと思っていた。
   しかしこの研究では、マウス発ガンモデルでは必要最小限の遺伝子変化しか起こらないことが、発ガンに関わる遺伝子を特定するのに役にたつはずだと着想し、発ガンのドライバー遺伝子変異を持つマウス、あるいはさらにp16やp53などのガン抑制遺伝子変異を持つマウスでガンが発生した時点でヒトガンの場合と同じようにエクソーム配列を決定し、ドライバー以外に変異が導入されている遺伝子を解析している。
   ガン抑制遺伝子変異が揃っている場合でも、ガン発生までに30−50週かかる。すなわち、この間に新しい変異がマウスゲノムに入っていることが期待され,これをヒトと比べることは確かに役に立ちそうと納得できる。
   結果だが、予想どおり、UVにさらされて発生するヒトメラノーマと比べると突然変異の数は少なく、ミスセンス変異の数はたかだか一つのガンで1.3個程度だ。一方、染色体の欠損や遺伝子コピー数の変異は高い確率で見られ、詳細は省くがヒトのメラノーマで報告されている遺伝子変異とほぼ同じ変異が起こることが明らかになった。すなわち、マウスもヒトも概ね発ガン過程は同じで、マウスのゲノム解析から期待どおり発ガンに必要な最小限の遺伝子変異セットが何かをマウスモデルで確認することができる。
   さらにメラノーマでの遺伝子発現を調べることで、これまで注目されてこなかったチロシンキナーゼ遺伝子FESの発現が低下していることを発見し、発ガン過程でFES遺伝子がDNAメチル化により発現が抑制されること、またデータベースを再検索するとヒトのメラノーマでも40%でFESの発現低下が見られること、そしてFesがWnt経路を介してガンの増殖を抑制していることなどを示している。
   実際にはさらに詳細な解析が行われているが、詳細を省いてまとめると、マウス発ガンモデルでのゲノム解析を、ヒトガンのゲノム解析と比べる手法は極めて有用で、これまで見落としてきた発ガン過程に関わる分子を特定できるだけでなく、新しい治療法の開発も期待出来ると結論できる。
   マウスモデルだけで研究を進める時代ではなくなったが、ヒトでの結果を確かめるためにも、動物モデルが必要なくなる日は当分来ないことを確信した。
カテゴリ:論文ウォッチ
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