2018年2月6日
これまで様々な長期間人間を追跡したコホート研究を紹介してきたが、これまで読んだ中で、最も長期間人間を追跡し続けた論文は1936年にスタートした、エジンバラ大学の研究で、80年近く一定の集団を追いかけていた(http://aasj.jp/news/watch/1660)。テーマは二ヶ国語を話すと認知症になりにくいという、まさに80歳まで追跡が必要な研究だった。これに次ぐのが、今日紹介するオランダの飢餓コホートで、1944年ナチスに封鎖されたアムステルダム周辺で飢餓にさらされた妊婦さんから生まれた子供たちを追跡した研究だ。戦後からずっと追跡が行われていることから、すでに74年に達している(http://aasj.jp/news/watch/2028)。
ライデン大学からの論文で母親の飢餓状態により引き起こされるエピジェネティックな変化を追いかけた研究で1月31日号のScience Advanceに掲載されている。タイトルは「DNA methylation as a mediator of association between prenatall adversity and risk factors for metabolic disease in adulthood(出産前の災難と大人になってからの代謝疾患のリスクの関連はDNAメチル化により媒介されている)」だ。
この長期間コホート研究から、これまで妊娠時の飢餓により自閉症の発症率が上昇すること、及び年齢が高まるにつれインシュリン分泌が低下する糖尿病、そして脂肪代謝の異常によるメタボリックシンドロームが多発することが報告されてきた。自閉症の方は、妊娠時の神経発生に飢餓が直接作用したと考えられるが、成人後に起こってくるこのような変化は全て飢餓により誘導されるエピジェネティック変化によると推定され、これを示すデータが示されてきた。
今日紹介する研究もこの延長線上にあり、メタボリックシンドロームや2型糖尿病にかかった対象者の血液の全ゲノムレベルのメチル化を調べ、まずエネルギー代謝に関わるPIM3遺伝子の調節領域のCpGアイランドが、飢餓にさらされた後メタボになった個体で特異的にメチル化されていることを明らかにするのに成功する。
次に飢餓にさらされた後、高脂血症をきたした症例を集め、6種類の遺伝子の主に上流のCpGアイランドがメチル化されていることを発見する。このうち5種類はメチル化により遺伝子発現が低下していることも確認でき、個別に、あるいは共同して高脂血症に関わると考えられる
更に、妊娠初期に飢餓にさらされた子供が高齢になって高脂肪血症を示すケースを調べ、PFKFB3(回答系に関わる)及びMERRL8遺伝子(脂肪細胞生成に関わる)遺伝子上流のメチル化が妊娠初期の飢餓による高脂血症を説明できることを示している。
同様の結果はこれまでも発表されているが、今回のハイライトは死亡後の解剖により集めた様々な組織のメチル化と、通常便宜的に使われる血液のメチル化とを比べ、血液のメチル化パターンが、脂肪組織や大網細胞のメチル化パターンと相関していることを示しており、飢餓によって誘導されるメチル化が細胞特異的ではなく、多くの細胞で起こることを示している。このような結果は、対象者が高齢になって、死亡例が出るまで待たないと集めることができないが、まさにそのような長期の追跡が行われていることを実感した。
最後に、このようなコホート解析から何か新しい介入ポイントがわかるか考えてみたが、残念ながら妊娠中にダイエットをして胎児を飢餓に晒そうとするのはもってのほかだという以外に、介入の余地は無さそうだ。
2018年2月5日
クリスパー/CasはゲノムやRNAの遺伝子編集を容易にする技術として現在最も注目されているシステムだが、もともとは細菌が自分のゲノムを、外来DNAから守る一種の免疫システムだ。このために、入ってきた外来ゲノムを自分のゲノム内に組み込んで記憶しておいて、その配列に一致する新しいゲノムを分解している。
今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、クリスパ−/Casとは異なる細菌の免疫システムを探索した論文でScienceにオンライン発表された。タイトルは「Systematic discovery of antiphage defense systems in the microbial pangenome(微生物全ゲノムに存在する抗ファージ防御システムの包括的探索)」だ。
これまで遺伝子探索というと、特定の遺伝子に関連する遺伝子を探すことだが、この研究の探索方法は面白い。クリスパ−/Casの例から細菌の防御システムは特定セットの遺伝子が組み合わさってできていることが多いことから、これまで知られていない防御システムに関わる分子も、既知の防御分子を利用する可能性が高く、したがって既知の防御分子の近くに存在している可能性があるはずだと考え、既知の防御分子の近くにあるファミリー分子を探索するソフトを開発、このソフトを用いて。これまで知られている細菌防御システムに関わる遺伝子の近くにコードされている遺伝子4500種類の細菌の1億近いタンパク質を探索している。
この探索から全部で335種類の分子がリストされるが、129種類はトランスポゾン、102種類は既知の防御システムで、最終的に新しい防御分子候補として28種類の分子がリストされた。
次にこれらが防御遺伝子としての性質を持っているか調べるため、今回リストした防御システムを全く持たない枯草菌や大腸菌に防御分子クラスターを一個づつ導入し、調べたい防御システムを導入した細菌を様々なウイルスやプラスミドに感染させ、防御システムが感染防御に本当に役立っているか、一個一個調べ、最終的に9種類の新しい防御分子クラスターを特定している。
予想通り、これらのクラスターにはクリスパーやRNAiに関わる既知の分子が、新しい分子ファミリーと一緒に集合しており、この方法の妥当性が証明された。あとは、このうち3種類の防御クラスターについて解析している。
Zoryaと名付けた最初のクラスターは4種類の分子からできており、そのうちの2つは鞭毛のプロトンチャンネルに関わる分子ファミリーに属している。この構造から、おそらくファージが感染した時、膜電位を脱分極させることで、防御に関わるのではと想像している。このクラスターは1829種類の細菌に広く分布しているが、古細菌には存在しない。
次がThoerisと名付けたクラスターで、哺乳動物が自然免疫に用いるTIRドメインを持った分子が存在しており、4%のバクテリアに広く分布している。このクラスターのもう一つの中核分子thsAはNAD結合部位を持ち、分解に関わると考えられ、NADレベルを減らすことでファージに対する防御が行われていると想像している。
最後のDruantiaと名付けたシステムは、DNAヘリカーゼを含んでいるが、他の分子の機能は現在のところ想像がつかず、どのように防御に関わるかは明確ではない。ただ、大腸菌のDNA防御に直接関わるのではと想像しているようだ。
他にもプラスミドに対する抵抗性を付与するWadjetと呼ぶ防御システムも特定している。これはコンデンシンファミリー分子を含むことから、直接DNAに働きかける防御システムではと推論している。
このように、新しい防御システム候補のリストはできたが、メカニズムは今後の研究に残された。それぞれのメカニズムを詳しく解明することで、まったく新しい遺伝子改変システムが生まれるか面白いチャレンジだと思う。
2018年2月4日
これまで多くの種のゲノムが解読されてきた。これはすべて次世代シークエンサーが開発されたおかげだが、何万種類ものDNAを同時に読むことができる反面、一個のDNAについて読める配列の長さが短いという問題があった。すなわち、一個一個の解読された配列が短すぎて、読まれた配列をつなげて一本の染色体を完全にカバーすることが難しい。お手本になる配列があるとそれを参考にすることでなんとかなるのだが、まったく新しい生物で、同じ配列が繰り返す場合はより長い配列を読む技術が求められていた。
幸い様々な原理に基づく一分子シークエンサーが開発され、何万もの長さの塩基配列を読むことが可能になって、この限界が破られ、モデル動物以外のゲノム解読が進んでいる。
これを裏付けるかのように、2月1日号のNatureには再生生物学にとって重要な動物アフロートルとプラナリアのゲノム解読が報告されている。ともにドレスデン・マックスプランク研究所からの論文だが、今日はプラナリアのゲノム解析論文の方を紹介しよう。タイトルは「The genome of Schmidtea mediterranea and the evolution of core cellular mechanisms(Schmidtea mediterranea(地中海プラナリア)のゲノムと細胞の基本機能の進化)」だ。
PacBioと呼ばれる機械を持ちて、一回の解読の平均の長さが2万近くに達しており、この結果を用いて99%の遺伝子をカバーできるゲノム解読に成功している。
とはいえ、完全に穴のない解読かというと、そうではなくプラナリア特有の難しさのため、ゲノムの構造の大枠はほぼ明らかになったものの、各部に多くのギャップが残っている。この理由はプラナリアゲノムのなんと62%が様々な長さの繰り返し配列で、中には30kbを越すものが存在する。このため、同じ方法で解読した例えばショウジョウバエのゲノムと比べると、数多くのギャップが残ってしまう結果になっている。
このような問題はあるものの、このレベルでプラナリアゲノムが解読されたことで、この種を用いた再生生物学の研究は進むと期待できる。我が国で使われているjaponica種や寄生虫の住血吸虫などとの関係も調べているが、それぞれかなり多様化が進んでいることが明らかになった。残念ながら、Japonicaとのもう少し詳しい比較が欲しいところだ。結果は公表されているのだから、ぜひ我が国でも詳しい比較をして欲しいと思った。
というのも、地中海プラナリアのゲノム解析から、この生物が極めて独特の細胞基本機能を発達させていることが明らかになり、その一つは多くの種で保存されているDNA切断に対する修復機構に関わる遺伝子が欠損している点だ。このおかげで、外来遺伝子がゲノムに飛び込みやすくなっていると言えるが、もっと面白いのが、プラナリアの放射線抵抗性で、私たちが全く知らない新しいメカニズムのおかげでこの放射線抵抗性が生まれているとしたら、再生生物学どころか、放射線生物学のモデル動物になる可能性がある。
プラナリア独特のシステムを示唆するもう一つの例が、細胞分裂時、分裂糸の集合のチェックポイントに関わる分子群が、ほぼ全ての動物で保存されているMad1,Mad2遺伝子が欠損している点だ。RNAiを用いた分裂阻害実験から、プラナリアでは微小管とキネトコアの結合に関わる仕組みがユニークであることがわかった。
このように、遺伝子が存在しないということを断言するには、完全なゲノム解析が必要になる。その意味で、この研究の意義は大きい。そして何よりも我々が知っているメカニズムがないということから、我々の知らない新しい細胞の基本機能の分子メカニズムが存在することがわかったことは、再生生物学にとっても大きなヒントになるかもしれない。ますます魅力ある生物であることが明らかになったと思う。
2018年2月3日
シグナル伝達経路の中で最も分かりにくいのがNotchだろう。Notchも、そのリガンドも膜結合分子で、一つのノッチを複数のリガンドが刺激できる。しかも遺伝子操作で一つのリガンドを他のリガンドに置き換えると、正常に発生できなくなる。極め付けは、リガンドと結合した後、γシクレターゼで切断され、核に移行することでシグナルが伝達される。とすると、同じ受容体でリガンドの違いを表象できるのか?こんな重要な疑問をすべて棚上げして、発生学者や血液学者はNotchシグナルの役割を研究してきたが、考えてみると冷や汗が出る。
このNotchシグナルに関わる疑問を見事に解決した論文がカリフォルニア工科大学から2月8日号のCellに発表された。タイトルは「Dynamic ligand discrimination in the Notch signaling pathway(Notchシグナル伝達経路でのダイナミックなリガンドの区別)」だ。
Notchには4種類あるが、研究ではNotch1とそのリガンドDll1とDll4について調べている。入り口と出口をうまく区別して、工夫を凝らした実験系をそれぞれに設定するプロの仕事の印象を受ける。
まずNotchが膜で切断され、核に移行して転写を活性化するプロセスを蛍光でダイレクトに測れるようにしてDll1とDll4のシグナルを比較すると、Dll1ではシグナルが一過性のパルス状である一方、Dll4では持続的であることを発見する。さらに、刺激側の強さを操作する実験で、Dll1の刺激は一過性のパルスの数が増加する一方、Dll4では持続的な刺激のレベルが増加することを発見する。これがこの研究のハイライトで、あとはこの異なる様式の刺激の効果、またこの様式を生み出す分子メカニズムについて研究している。
まずパルス状の刺激と、持続的な刺激が実際の転写にどう反映するかを、下流の分子誘導を指標に調べ、Hes1シグナルはNotchが切断されるとすぐに反応して上昇し、その後低下するのに対して、Hey1, HeyLは2時間以上経ってから上昇し、持続的に維持されることを明らかにする。すなわち、Dll1とDll4による刺激の様式の違いが、Hes1とHey1の発現パターンに置き換わることを発見する。
次にニワトリ胚の体節形成を指標に、Dll1、Dll4の刺激を調べ、Hes1とHey1の発現パターンが予想通りになっていること、その上で筋肉への分化がDll1では促進、Dll4では抑制されることを明らかにしている。
そして最後に同じNotch分子が切断されるだけなのに、なぜこのような刺激様式の差が生まれるのか検討するために、リガンドの細胞質領域を入れ替える実験を行い、Dll1の細胞質領域はNotchと結合したとき重合体を形成してから切れるため、細胞質内領域が塊で放出されることで一過性のパルスを発生しているが、Dll4では単体での結合により切断されるため、Notchの量依存的持続シグナルが発生することを示している。
もちろん、モデル系での話で修正が必要かもしれないが、初めてNotchシグナルについて理解することができたと満足した。この結果を念頭に、発生学者ももう一度それぞれの対象を見直してみることが必要だろう。
2018年2月2日
昨年暮れ、Scienceに掲載されたアジア人の起原についてまとめた総説を紹介した(
http://aasj.jp/date/2017/12/28)。この総説では、昨年の科学10大ニュースとして取り上げられた北アフリカで発掘された我々の先祖(現生人類)ホモ・サピエンスを起点として、現生人類がアフリカからユーラシアへ移動する道筋について、移動ルートで発掘された骨や石器の年代から納得のできるシナリオが示されていた。読んだ印象では、このシナリオはそう簡単に崩れないなと感じられる。とはいえこのシナリオでわかりにくいのは、イスラエルQafzeh/Skhulで発見された9−12万年前の最も古いホモサピエンスがなぜイスラエルから北に向かわず、アラビア半島からアジアへのルートだけが使われたのかだ。この総説では、既に分布を終えていたネアンデルタール人が進路を阻んだと考えているようだが、だとするとこの拮抗が破れて現生人類が5万年ぐらいから北へ移動するまで、イスラエルでの現生人類とネアンデルタールの交流がどんな様子だったのか、いつから始まったのかなど、面白い問題が多い。
新しい年を迎えて、早速ホモサピエンスのシナイ半島への進出がこれまで考えられてきたよりもっと昔から始まっていたことを示す論文がテルアビブ大学を中心にした国際チームから発表された。イスラエルハイファのすぐ南、カメル山麓のMisliya洞窟から発掘された上顎が17−19万年前のホモ・サピエンス由来であることを示す研究で1月26日号のScienceに掲載された。タイトルは「The earliest modern humans outside Africa(アフリカを出た最も古い現生人類)」だ。
この研究では発掘された上顎の年代測定をいくつかの方法を組み合わせて17−19万年前と特定している。その上で、Misliyaで今回発掘した上顎骨、および歯の計測を行い、ネアンデルタール人、現生人類と比較して、骨の持ち主がネアンデルタール人か現生人類かを調べ、現生人類に属すると結論している。
一番大きな決め手は、上顎の形態で、すべてのネアンデルタール人の骨はMisliya人の骨とは大きく異なっていることを示している。また、一本一本の歯の形態を調べると、北アフリカで発見される更に古いホモサピエンスと比べて、ネアンデルタール人の形態より違いが大きいことも示している。以上のことから、この上顎はまさしくホモサピエンス由来だと結論している。
これが結果のすべてで、ホモサピエンスの出アフリカ(出エジプトとも言える)は20万年前にまでさかのぼれることになる。しかしこの研究で利用された主成分解析の条件では、確かにMisilyaの骨はネアンデルタール人からは大きく分離しているが、近くから発見されているQafzeh出土の骨とも違いが大きそうで、かなり独特の位置を占めているようにも見える。まだまだ、議論が続くように思える。
折しも昨日発表されたNatureの論文では、インドで38万年前にすでにイスラエルで見られる中石器時代の石器への転換が起こっていたことを示す研究が発表され、ホモサピエンス、ネアンデルタール、そして当時アジアに住んでいた人類との交流が早くから進んでいたことが示唆された。時期や、ルートをめぐっては今後も議論が続くと思うが、ホモサピエンスの出アフリカ研究から目が離せない。
2018年2月1日
今年は、A型とB型のインフルエンザが同時に流行しているようだ。確認したわけではないが、2週間前インフルエンザ(おそらくB型だと思うが)にかかり、久しぶりに1日寝込んでしまった。熱は大したことはないが、夜咳き込んで卒中になるのではと心配したが、1930年頃から、インフルエンザが心筋梗塞などの心血管障害を誘発して死に至る可能性があると疑われていたようだ。
今日紹介するトロント大学からの論文はこの可能性を疫学的に調べた研究で1月29日発行のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Acute myocardial infarction after laboratory-donfirmed influenza infection(検査で確認されたインフルエンザ感染に続く急性心筋梗塞)」だ。
この研究では、カナダオンタリオ州の疾患レジストレーションを用いて、2009年5月から2014年5月にかけてインフルエンザにかかった患者さん、及び2008年5月から2015年5月にかけて急性心筋梗塞で入院した患者さんを抜き出し、インフルエンザ感染中に起こった心筋梗塞の発生頻度を、それ以外の時期での心筋梗塞発生頻度を比べている。
対象はウイルスの感染をPCRなどで確認できたインフルエンザの患者さんに限っており、19045人に上るが、そのうち急性心筋梗塞を起こして入院した人は487人に上る。もちろんほとんどの患者さんはインフルエンザの感染とは全く無関係の時期に発病しているが、インフルエンザウイルスが検出された後1週間以内に発病した患者さんが20人いることがわかった。
この数字からインフルエンザと関連する心筋梗塞を計算すると、ウイルス検出後の1週間はなんと6倍も頻度が上がる。しかし8日以降1ヶ月までを見ると頻度は0.6−0.75と10分の1に低下する。要するに、インフルエンザ感染は間違いなく心筋梗塞の危険性を高めるようだ。
詳しく患者さんを調べると、65歳以上では7.5倍、65歳以下では2.8倍で、高齢で女性に心筋梗塞リスクが高いと結論できる。さらに驚くのは、A型インフルエンザよりB型の方が2倍頻度が高い。総合すると、インフルエンザが心筋梗塞を誘発することは間違いなさそうだ。
ではなぜこのような現象が起こるのか?論文では、心筋梗塞の原因になる動脈硬化も炎症と考えることができ、急性のウイルス感染によりこの炎症が悪化するとともに、血管の収縮や、ストレス反応が合わさって発症するのではないかと推察している。
私も高齢者の仲間なので、来年からはもっと真剣にインフルエンザから身を守ることにする。クワバラクワバラ。
2018年1月31日
パーキンソン病の運動障害のメカニズムは複雑で、ドーパミンの分泌異常のみで説明することは難しい。例えば、先日紹介した立ちすくみでは(
http://aasj.jp/news/watch/7912)、無意識に調節される運動に視覚や聴覚を介して方向性を与えることで、大きく改善する。病気が進行してドーパミンの補充療法が必要になった段階で問題になるのが、ドーパミンレベルが回復する際に起こる不随意運動で、線条体へ投射するグルタミン酸作動性の神経が興奮しすぎることによるのではないかと考えられているが、はっきりとわかっていたわけではないようだ。
今日紹介する米国エモリー大学からの論文はアカゲザルのパーキンソンモデルで線条体のグルタミン作動性の神経がディスキネジアの主役であることを突き止めた研究で1月23日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「Glutamatergic tuning of hyperactive striatal projection neurons controls the motor response to dopamine replacement in Parkinsonian primate(パーキンソン病のサルでドーパミン保潤療法により誘導される運動反応を線条体への投射神経の過興奮のグルタミン酸刺激をチューニングすることで調節できる)」だ。
実験はサルで行う大変さはあるが、手法は単純で、MPTPという薬剤を全身投与して黒質細胞を変性させたアカゲザルの被蓋に電極と微量注射装置を挿入し、NMDA型グルタミン酸受容体(NMDAR)抑制剤を局所的に投与した時、線条体投射ニューロン(SPN)がどう反応するか調べている。
期待通り、阻害剤投与によりSPNの興奮は低下し、L-ドーパを投与した時も興奮は安定性を保つことから、ディスキネシアを抑えられることがわかる。同様の効果が、AMPA型グルタミン酸受容体の阻害剤でも見られる。
実際SPNの興奮抑制がディスキネシアを抑えるかを次に調べ、 NMDARやAMPARの阻害剤を局所に投与することで、パーキンソン症状に対するL-Dopaの作用を阻害することなく、ディスキネジアを抑えることができることを示すのに成功している。
最後に同じ阻害剤の全身投与を行い、局所投与と同じ効果が見られることを確認して実験を終えている。
これまでディスキネジアにはアマンタディンという薬剤が処方されているが、この薬剤は様々な受容体に対して効果があり、その中にはNMDARも含まれる。したがって、今回の実験でNMDAR,AMPARが特定されたことで、より特異的な阻害剤によりディスキネジアを抑える可能性が生まれた。しかし、両方の受容体とも、脳の機能に極めて重要で、全身投与を続けるのは問題があるだろう。とすると、先日紹介したような、より局所的な持続投与の技術の開発が待たれる。他にも、SPN内でのAMPAR/NMDARにたいする様々な修飾を標的とする治療法開発も可能かもしれない。臨床までにはまだまだ時間がかかるとは思うが、一歩前進したいい研究だと思う。
2018年1月30日
チェス、将棋、囲碁のように、ルールが明確で、一手一手について評価を下すことが可能な場合に、AIが機械学習を繰り返してプロを凌駕する力をつけてきたのは、数理の苦手な私にもある程度理解できる。しかし、ポーカーのような賭け事となると、何をdeep learningしたらいいのかなど、難しい問題が多いような気がする。もちろん確率のみで勝負したのでは話にならない。自分が悪い手の時、相手の賭け方や態度から手を推察して、必要なら悪い手でも勝負に出て勝つことができないとギャンブラーにはなれないはずだ。この相手の心の読みをAIで本当にできるのか?
昨年初め、カーネギーメロン大学が開発したLibratusと名付けられたAIが、Non-Limit Texas hold’emというポーカーゲームのプロ4人とそれぞれサシで対戦し、4人とも打ち負かしたというニュースが飛び込んできて、AIはギャンブルでも人間以上の能力を持ちうるのかと話題になった。
今日紹介するカーネギーメロン大学からの論文はまさにこのLibratusをどのように設計したのか開示した論文で1月26日号のScienceに掲載された。タイトルは「Superhuman AI for heads-up no-limit poker: Libratus beats top professional(Heads-up no-limit pokerのための超人的AI: Libratus がトッププロを破った)」だ。
と始めたが、私自身の最も苦手な数理分野で、さらにこのポーカーのルールを全く知らないときているので、正しく伝えられるとは思えないことをまず断っておく。
読んでみるとこの遊びは自分の持ち札2枚だけを判断材料に、最初はオープンの札なしに、次に3枚、そして最後に1枚追加のオープンの札を合わせた時、ポーカーのどの組み合わせが出来るか判断し、それぞれの段階で賭けを行い、相手が下りればその時点で、降りなければ最後にコールして勝負を決める。ポーカーの中でも、相手の手を読む要素が多いようにできている。
基本が理解できているわけではないが、Libratusは、オープンの札のない時は確率論に従った大局的な判断で賭けを行い、オープン札が示される3ラウンド目からは相手の可能な手を予想しながら少しでも正しい判断をしようとする局面に対応したアルゴリズムにスイッチする。そして、相手の動きに合わせて、どの時点で確率に基づく大局的判断だけではうまくいかないかを学習することで、判断の精度を上げるようだ。実際には、最初の方のラウンドでの相手の賭け方がAIが学習する最も重要なポイントになっているようで、自分が悪い手の時、そのまま降りるのではなく、相手の手の強さをなんとか判断し、負けていても強気の手を打つことを可能にしている。
詳細を問われるとお手上げなのでこの程度で止めておくが、私の理解が正しければ、今回うまくいったとしても、今後も絶対に勝ち続けられるかちょっと疑問に思う。要するに、自分が悪い手の時に、強気に出る方法を学習しているように思えるので、次の対戦になると、プロも機械の癖を学習できるのではないだろうか。また、ポーカーはもともと一対一のゲームではない。多くの参加者がいる場合に通用するAIを開発して初めてAIギャンブラー開発と言えるだろう。
とはいえ、ギャンブルにまでAIを適用しようとする研究には脱帽だ。というのも、ギャンブルに対応するということは、不確定要素の多い状況での人間の判断について、AIがより的確な判断をするようになるということで、チェスや将棋とは異なり、知能とは異なる人間の精神活動がAIでカバーできることになる。その意味で、この研究は重要だ。ぜひ専門の誰かに、もう少しこの設計の詳細をわかりやすく解説てもらいたいものだ。
2018年1月29日
脳を操作する技術の開発が進んでいる。現在広く使われる深部刺激に始まり、昨日紹介した経頭蓋電磁波照射や、電流刺激などだ。経頭蓋脳操作に至っては、個人使用のための製品がすでに開発され、記憶を増強したり、あるいは運動機能を高めると宣伝して販売しようとする会社まであるようだ。ただ、これらはすべて物理的刺激で、もう一つの神経興奮を調節する化学物質を用いる方法は、全身投与、あるいは髄液投与に限られてきた。しかし素人でも、局所に薬剤を必要な量投与する一種の微量注射法が開発できれば、当然神経細胞特異性は高まるし、面白い可能性が開けるのにと思う。ただ、物理的刺激と異なり、脳組織への微量注入法の開発はそれほど簡単ではなかったようだ。
今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は長期間微量の神経作用物質を注入し続けその効果をモニターする装置の開発で1月24日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Miniaturized neural system for chronic local intracerebral drug delivery(脳内局所への薬剤投与のための小型化神経システム)」だ。
開発されたデバイスは電極と薬剤用注入用の針が組み合わさったもので、針の太さは外径30ミクロン内径20ミクロンという細いものだ。これに既存のマイクロポンプをつないでいる。
読んで感じるのは、要するにハリとポンプという簡単な組み合わせなのにこれまで実現していなかった点だ。開発までの苦労話が描かれるわけではないのでなぜそんなに難しいのか未だによくわからない。いずれにせよ、苦労の果てに(?)プロトタイプを完成させた。
まずこの針をラットに8週間留置し、組織反応が強くないことを確かめ、また期待通り正確にマイクロリットルレベルの薬剤の注入が組織内で可能であることを確認した上で、脳操作が可能か調べる実験に写っている。
まず抑制性GABA作動薬ムッシモールを片方の線条体に投与することで、局所の神経興奮を抑えることができることを確認し、これにより誘導されるラットが一つの方向だけに偏って動くかどうか調べ、期待通り片方の線条体の興奮が抑制されるとラットが円を一方向だけにぐるぐると回り続けることを確認する。
次に猿を用いて、やはりムッシモールで局所の神経興奮をほぼ完全に抑えることができること、またこの作用を人工髄液を用いて洗い流せることを示している。要するに月単位で薬剤を投与することが可能になることを示している。
話はここまでで、繰り返すがこれほどいろんな開発が進む現代、逆にこのような技術の開発ができていなかったのかと驚いた。しかし、この研究のおかげで、局所性が明らかな精神神経疾患の治療、幹細胞刺激因子による神経再生、がん治療など様々な可能性が開けるだろう。期待したい。
2018年1月28日
言語はコミュニケーションのために誕生したと思っている。と言っても、人間特有の高次なコミュニケーションが言語を介してしか出来ないわけではない。おそらく最初は、ジェスチャーが中心だったかもしれない。あるいは、Mithenが提案する、一つの長い音楽的シラブルで相手に意思を伝えていたのかもしれない。実際、自発的な言葉を話す前の赤ちゃんで、同じようにポインティングや長いシラブルの音を使って命令しているのを見ることができる。いずれにせよ、言語は最後の最後に現れるコミュニケーション手段といえるだろう。おそらく言語が誕生して以来現在まで、私たちは言語を話すとき自然にジェチャーを交えるのが当たり前になっている。
話す方は当然このジェスチャーと言葉を自然に脳内で統合されて表現しているが、聞き手の側もそれぞれを独立に受け取るわけではなく、統合されたものとして理解している。相手のジェスチャーと言葉を脳のどこで統合させて理解しているのか、明確ではなかった。今日紹介する英国ハル大学からの論文はこの問題を、経頭蓋脳操作を用いて明らかにしようとした研究でJournal of Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Transcranial magnetic stimulation over left inferior frontal and posterior temporal cortex disrupts gesture-speech integration(左下前頭皮質及び側頭皮質の経頭蓋磁場刺激によりジェスチャーと言葉の統合が障害される)」だ。
この研究では、ジェスチャーと言葉を別々に収録して、ジェスチャーで表現されている内容と、聞こえる言葉の組み合わせが、一致している場合、意味的に食い違っている場合、そして身振りをしている人と、言葉を発している人の性別が異なっている場合など、様々な組み合わせで被験者に視聴させ、話しているのが女性か、男性かを答えるというややこしい課題を使っている。
もう少し説明しよう。ジェスチャーを見ないで、言葉だけ聞けば、普通男が話しているのか女が話しているのかすぐ判断できる。しかし、これにジェスチャーを同時に見ていると、もし言葉と全く異なる内容だったら、戸惑って判断が遅れる。同じように男の声なのに、女の人のジェスチャーの場合も同じような戸惑いが起こる。
このジェスチャーを見ることで戸惑う状態が、ジェスチャーと言葉を統合している脳領域の機能を抑えると、連合が外れるため戸惑いがなくなるかどうかを調べたのがこの論文だ。
この研究では頭蓋の外から電磁波を照射するTMSを用いて脳の機能を抑制している。結果は期待通りで、左下前頭皮質や側頭皮質に経頭蓋電磁波照射を行った後、この課題を行わせると、ジェスチャーと言葉の意味が食い違っていても戸惑いがなくなる。一方、話している声と、ジェスチャーを行っている体の性別が食い違っている場合は、この領域を抑制しても戸惑いは残る。すなわちジェスチャーと言葉の意味の統合を行っている脳領域を、初めてジェスチャーと言葉を統合する脳領域を特定したと結論している。
実験はこれだけだが、私たちの言語を考えるとき重要な発見だと思うと同時に、非侵襲的脳操作の利用がますます拡大していることを実感する。
ところが、先週Nature Neuroscienceに発表されたチューリッヒ大学からの総説(Polania et al, Studying and modifying brain function with non-invasive brain stimulation(非侵襲的脳刺激による脳機能のの研究と操作)、Nature Neuroscience in press)を読んで、経頭蓋操作研究は、この研究が少し乱暴すぎることも理解したので少し触れておく。
この総説では、電磁波照射、電流による刺激、random noise stimulation、さらにはより深い領域を刺激する方法など、続々非侵襲的脳操作の新しい方法が開発されていることが紹介されている。ただ、個別の神経細胞を刺激するものではないため、様々な機能の神経が固まって存在する脳では、興奮状態をモニターする方法と常に組み合わせて使わないと、操作が期待通り適切に行われたかどうか信頼できないことが多いようだ。すなわち、行動実験と経頭蓋操作だけを組み合わせただけの研究は慎むべきと注意を促している。
まさにこの論文はこの悪い例に当てはまることになり、面白いとはいえ、そのまま鵜呑みにするのは少し待った方が良さそうだ。