11月27日:うつ病は脳血管の障害?(Nature Neuroscience掲載論文)
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11月27日:うつ病は脳血管の障害?(Nature Neuroscience掲載論文)

2017年11月27日
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分子メカニズムをたどって行くと、新しい組織発生の中には外界のストレス反応と共通の分子を使っている過程が多いことがわかる。例えば、毛の発生にはEDDAと呼ばれる炎症性サイトカインTNFファミリー分子が関わり、その結果ICAM等の接着因子が誘導される。同じように哺乳動物で進化したリンパ節やパイエル板、乳腺などもそうだ。もちろん、多くの病気も最近では炎症との関わりで考えられるようになっており、動脈硬化は言うに及ばず、糖尿病でのインシュリン抵抗性も慢性炎症として捉えるようになっている。

今日紹介するニューヨーク・マウントサイナイ医大からの論文は社会ストレスで誘導されるうつ病も血管の透過性が上昇することで始まる炎症に起因する可能性を示した研究で11月号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Social stress induces neurovascular pathology promoting depression(社会ストレスは神経血管の異常を誘導しうつ病を増悪させる)」だ。

このグループもうつ病を炎症という切り口からアプローチできないか試みていたのだと思う。これまで、うつ病ではIL-6が上昇していることなどを報告している。ただ、末梢血での現象が脳でも起こっているかはわからない。特に脳血管関門が存在し、脳は末梢の影響が簡単に及ばないようできている。そこで、脳血管関門を調べる目的で、血管内皮の接着に関わるタイトジャンクション分子claudin5(cld5)の発現を、自分より大きなマウスと同居することでストレスのかかったマウスの脳で調べている。結果は期待通りで、側坐核や海馬などうつ病に関わる領域のcld5の発現が落ちていることを発見した。この結果を、組織学的、また血管の透過性のテストでも確認できるので、ストレスにより脳の特定の領域のCld5などの接着分子発現が低下し、結果として局所の脳血管関門が破れることがうつ病に関わる可能性が出てきた。また、うつ病で自殺した患者さんの脳でも、同じようにcld5の発現低下が起こっていることも確認し、これがマウスだけの現象でないことを示している。

では血管の透過性が上がればうつ病になるのか?これを調べるため、アデノ随伴ウイルスベクターにcld5遺伝子発現を抑えるshRNAを組み込んで脳に注射する実験で、cld5のレベルを落とすだけでうつ症状が起こることを示している。この透過性により、様々な炎症性サイトカインが脳内に滲出し、脳内への細胞浸潤はあまり見られないが、脳内の血管や脳室に血液細胞が溜まる不思議な炎症状態が起こることがうつ病ではないかと結論している。

cld5を低下させるだけでうつ症状が発生することを示し、血管の変化が早期の引き金になっていることを示したことがこの論文のハイライトだろう。ただ、なぜcld5の発現が低下するのか、EMTではないのか、最近うつ病の原因として注目されている神経幹細胞の増殖はどうか、などほとんど手つかずのまま残っている。いずれにせよ、このスキームが正しいなら、うつ病の治療可能性は広がる。次は是非、治療という観点からの論文を出して欲しいと期待する。
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11月26日:筋肉細胞がプラナリア再生をガイドする(Natureオンライン版掲載論文)

2017年11月26日
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研究所の名前はそのミッションを表現する意味で重要だ。逆に、ミッションをぼかしたい時は、抽象的な名前にすればいい。また伝統的名称はイメージを正確に伝えるためにも重要だ。熊本大学、京都大学、理化学研究所で幾つかの研究所の設立に関わったが、例えば京都大学再生医学研究所の場合、計画段階から我が国初の「再生医学」研究所を目指した。ただ、教授の人選も決まり英語の名前をつける段になって、最も若い教授に選ばれた笹井さんの、英語名はもう少し抽象的な名前にしたいという意見を入れてFrontier Medical Sciencesに決まった。一方ミレニアムプロジェクトとして新しい再生医学研究所を計画して欲しいと頼まれた時、一緒に汗を流した相沢さんと再生に絞らず、発生学という伝統的生物科学と医学を結びつけたいと、発生・再生科学総合研究センターを設立した。さらに、英語名からは伝統的でわかり難いregenerationは取り去って、developmental biologyにしてしまった。名前のおかげだけではないが、おそらく新しい研究所としてはミッションを一般にも理解してもらい、業績面でも大成功を収めたと思う。この時発生学と医学が結びつくことを示すシンボルになったのが阿形さんの研究していたプラナリアで、ある時知り合いの証券会社の社長から、息子がプラナリアを飼いたがっているので、飼い方を教えて欲しいと電話を受けた時は、研究所が期待どおり認知されたと確信できた。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文はそのプラナリアの再生についての研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Orthogonal muscle fiberes have different instructive roles in planarian regeneration(直行して走る神経線維はプラナリアの再生に異なる指令を出している)」だ。

おそらく発生学という観点でみれば、この研究は古典的研究と言っていいだろう。最初は、プラナリアの体を縦横に走る筋肉の発生を調べる目的で、筋肉の発生に関わるMyoD遺伝子をRNAiで抑制したところ、縦に走る筋肉だけが消失、横に走る筋肉は影響されないことがわかった。プラナリアの素人の私から見ると、これ自体面白い現象だと思うが、プラナリアの名前が持つミッションに後押しされたのか、著者らは縦に走る筋肉を欠損すると、縦軸の再生ができなくなることに着目し、この研究を始めている。

プラナリアの再生は、まず切断部分の修復と多能性のネオブラストが集まり、細胞分化が始まる。この時、欠損が大きいと2日目ぐらいから体の構築が再生される。縦の筋肉が欠損したプラナリアの遺伝子発現を詳しく調べ、Wntシグナルを抑制するnotumとTGFβシグナルを抑制するフォリスタチン(fst)の発現が低下し、実際fst遺伝子の機能を抑えるとmyoD抑制と同じで再生が抑制されることを発見する。そして最終的に、これらの分子が、再生の後期のネオブラストの持続的供給に必須であることを示している。

他にも、再生シグナルカスケードについての実験を行ってはいるが、この先のレベル、例えば細胞学的レベルになると結局わからないまま、縦の筋肉がないと、fstによるアクチビン抑制が出来なくなり、細胞の供給が続かないという話で終わる。

その代わりに、横に走る筋肉にNkx1が必要であることを発見、横の筋肉が欠損するとどうなるか調べている。ただ、この解析は中途半端で、頭が二つできたりする個体が現れる例から、中心線が2本できると解釈している。縦に切ると、再生は起こり目が余分にできることが示されているが、メカニズムがはっきりしない。なぜ縦に切る実験をもっと数多く行っていないのかなど、まだまだという感がする。

結局縦横それぞれの筋肉が異なるメカニズムでネオブラストの維持を指令することはわかったが、これ以上の発展の道筋は伝わってこなかった。この分野も、そろそろ新しい視点が必要に思える。
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11月25日:音楽の喜びを操作する(11月20日号Nature Human Behaviour掲載論文)

2017年11月25日
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自分の経験から音楽の鑑賞に関わる脳過程が、絵画の鑑賞過程から絶対違うと確信するのは、聞いた音楽、見た絵を思い出す時だ。もちろん画家や絵にいつも強い感動を覚える人はまた違うのだろうとは思うが、私自身はどんな好きな絵でも、言葉でもう一度記述し直さないと、詳細を思い出せない。これがまんざら私だけの問題ではいことは、エミー・ハーマンの「観察力を磨く名画解読」(早川書房)を読んでみるとわかる。要するに見たものを丹念に言葉に直して記憶し直すことが観察力に必須であることがわかる。一方音楽は、演奏会場から出たときから頭の中でぐるぐるメロディーが回っているし、好きな音楽の詳細に至るまで思い出して頭の中で再構成するのはそれほど難しくない。今日はこの違いについて解説するわけではないが、この違いの大きな原因の一つは、音楽がその起源から感情を伝えるメディアであったからだと思っている。

この音楽の喜びを感じるメカニズムについては、脳イメージングを使った研究が進んでいるが、今日紹介するカナダ・モントリオールのマクギル大学からの論文はさらに踏み込んでこの喜びの感情を操作できるかを調べた研究で、11月20日発行のNature Human Behaviourに掲載された。タイトルは「Modulating musical reward sensitivity up and down with transcranial magnetic stimulation(経頭蓋磁気刺激を用いて音楽の喜びの感受性を上げたり下げたり操作する)」だ。

研究では、被験者の好みのタイプだが、それほど馴染みのない音楽を、前もって選び出し、その音楽に対する好感の度合いを頭蓋の外から磁場を当てるTMSを用いて操作をしようと試みている。これまでの研究で、喜びの感覚にはドーパミンが関わっており、ドーパミンの分泌には分泌する神経の存在する線条体と前頭前皮質の後ろ側方との回路が関わっていることが知られている。

このグループは、この回路の感受性をTMSを用いて高めたり、抑えたりする方法を2005年のNeuronsに報告している。この研究では、この操作法を用いて音楽を聴いた時の「ご褒美回路」の閾値を変化させ、音楽に対する好き嫌いの気持ちを変えることができないか調べている。

このような心理的評価を複数の被験者で調べる実験は、評価の指標が妥当かどうかが勝負で、このために多くの予備実験が必要だが、それを信頼すると、結論はわかりやすい。この実験の詳細を全て省いて結果だけ紹介すると、感動の度合いを自己申告させるテスト、一種の嘘発見器のような仕組みで感動の度合いを客観的に捉えるテスト、そして音楽を聴いた後にその音楽をお金を払ってダウンロードするかどうか、するならいくら払うか申告させるテストの全てで、TMSは音楽を聴いた喜びを変化させられるということを示している。

話はこれだけで、何度も紹介してきた頭蓋の外から電磁波をあてて脳を操作するTMSの方法が急速に進歩していることを実感するとともに、同じ場所の刺激方法を変えるだけで、興奮の度合いを上下させられるようになると、この技術の利用について早く議論を進めた方がいいように思う。

これまで拷問というと、痛めつけて自白させることだが、今後快感の回路を操作して、結局言うことを聞かせることは簡単になると予想できる。音楽が覚えやすいように、感情は理性を簡単に超える。ついに倫理委員会で、「倫理とは何か」本質的議論が始まるときが来た。
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11月24日:腸内細菌叢に及ぼす食塩の影響(11月15日号Nature掲載論文)

2017年11月24日
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腸内細菌叢の研究は今も活発で、トップジャーナルに毎号掲載されているが、一時のようにただ細菌の種類をメタアナリシスで調べただけという論文はトップジャーナルからは影を潜めた。代わりに、免疫系への影響の解析、そして細菌叢全体を物質代謝という観点から見る面白い研究が続々発表されている。

今日紹介するベルリンのマックスデルブリュックセンターとシャリテ病院を中心とする論文はマウスモデルで腸内細菌叢に対する高食塩食の影響を調べた論文で11月15日号のNatureに掲載された。タイトルは「Salt-responsive gut commensal modulates Th17 axis and disease(塩に反応する常在菌がTh17と病気に影響する)」だ。

もちろん塩分を摂りすぎることが高血圧だけでなく、心臓病や腎臓機能低下を来すメカニズムについは生理学的に理解が進んでいる分野で、新しい観点から研究するのが難しい分野だ。この研究では、塩分の取りすぎがTh17を活性化するという最近の研究にヒントを得て、他の慢性疾患と同じく塩分の取りすぎは腸管を通してTh17が活性化し、炎症が起こることが様々な病気につながるのではと考えこの研究を始めている。その意味では、動機は論理的というわけではないが結果として面白い可能性を掘り当てている。

まず普通の餌を与えたマウスに、余分に食塩をあたえ、腸内細菌叢を調べると、目立ったパターンの変化はないものの、数種類のバクテリアの、特に乳酸菌がすぐに低下することに気がついている。すなわち、餌の内容は同じということで、細菌叢のパターンが大きく変わることはないが、塩分に明瞭に反応する細菌が存在するという結果だ。

マウスの便の培養から、最も減少が激しいのがLactobacillus murinusで(おそらくmurinusという学名からマウス固有の乳酸菌なのだろう)、残念ながら人には存在しないようだ。そこで、ヒトに常在する乳酸菌を高食塩と培養する実験を行い、murinusと同じように高食塩で増殖が抑えられる乳酸菌を幾つか特定している。

次に、L.murinusが減少することが炎症を高めるのではと、多発性硬化症モデルマウスにL.murinusを摂取させると、Th17が減少して炎症が抑えられる。さらに驚くのは、塩分の高い食事をさせているマウスにL.murinusを補ってやると血圧が低下する。同じ効果は、ロイテリ乳酸菌株でも確認している。すなわち、塩分の高い食事で起こる高血圧や炎症の増悪の一部は、L.murinusが減少する結果で、これを補ってやれば治るということになる。
最後に、人間のボランティアを用いて塩分を6g余分に摂らせる実験を行い、乳酸菌類が確かに減少し、末梢のTh17細胞が増加していることを確認している。

血圧が下がるというこの結果は重要で、今後様々な乳酸菌でテストが行われるだろう。目的の菌の増減は、便のインドール量でわかることから、わりと短期のテストで検証が可能だろう。ロイテリ菌はネッスルが独占していると聞くので手に入りにくいなら、ネズミの固有の菌でも十分な気がする。今後の展開を期待したい。
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11月23日;脳の内的状態を調べる(12月14日号Cell掲載予定論文)

2017年11月23日
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私たちの脳は生まれた時から活動を続け脳死に至るまで止まることはない。生まれると内外からのインプットが全くなくなるという状態は考えられないが、それでも行動や感覚のような外界とは独立して脳自体が活動する内的状態があると考えられている。この状態を定義し、研究することは簡単でないが、認知科学の総説を読んでみると、何もしていない時に逆に活動しているDefault-mode networkが研究されているのがわかる。最近この状態を瞳孔の大きさと相関させることが可能になり、俄然研究が進んだ。この回路の面白いのは、特定のことをしようとすると活動が弱まるが、何もしないだけでなく、ボーとしながらとりとめもなく次から次へと思いを巡らせるMind Wondering時に必要なことだ。ところが、瞳孔の大きさだけはMind Wonderingでも縮小する。いずれにせよ、何もしていないことすら研究対象にして、神経的な指標を丹念に定義しているこの分野の進展を目の当たりにすると、私たちが人間特有の高次機能と考えてきたことについての解明が進む実感を持つ。

もちろん外界から独立して内的に活動するネットワークを形成することが、脳という組織が進化する駆動力だったはずで、すべての脳を持つ生命には共通の内部状態が存在するはずだ。この問題にチャレンジしたのが今日紹介するスタンフォード大学の光遺伝学の創始者Deisseroth研究室からの論文で12月14日発行のCellに掲載予定だ。タイトルは「Ancestral circuits for coordinated modulation of brain state(脳の状態を協調して変化させる先祖から伝わる回路)」だ。

脳の内部活動ということは、脳のどこかの領域に焦点を当てられないということで、神経の全活動をモニターする必要がある。この研究では、脳全体を同時にモニターできるゼブラフィッシュの幼生を用い、全ての神経活動をカルシウム流入による蛍光でモニターした後、脳を固定して各神経細胞のアイデンティティーを神経活動に関わる分子の抗体染色と細胞の位置で特定し、この地図を蛍光でモニターした神経細胞の活動にオーバーレイすることで、脳の内的状態の変化で同調して動く神経細胞を特定している。この時、瞳孔の代わりに心臓の活動を同時にモニターし、外界の刺激との関係を測定している。

活動記録の後神経細胞を特定するとか、全ネットワークをカルシウムでモニターすること自体はこの研究が最初では勿論ないが、それでもゼブラフィッシュの全部の脳の活動をモニターし、細胞間の関連を特定できるようにしたというのはハードだけでなく、ソフト面でも大変なことだと思う。例えば、細胞の大きさのズレを直すなど、一つ一つ問題が解決されたことがわかる。この方法で、外界からの刺激に対する感覚・運動系の反応時間を脳の内部状態の指標として使えることを示している。

次に、外界からの刺激に備えた状態に内部状態が移行した時に協調して興奮する神経を探し、5種類の神経が協調的変化することを突き止め、刺激に備えるために細胞間の協調が高まって行くことを捉えている。

ゼブラフィッシュで内的な状態を研究できることを示した後、今度はマウスで音を聞いた時の舌舐めの動きを内部状態の変化に対応する反応時間として測定し、同じマウスの脳幹の神経活動をほぼ同じ方法でモニターている。そして、外界への準備が高まるとゼブラフィッシュと同じタイプの神経の協調性が増大することを示している。最後に、同じ実験を学習させた課題ではなく、光遺伝学的刺激と瞳孔の反応を用いて行い、「内部状態が外部へと開く」と言えるプロセスが、刺激にかかわらず脊髄動物共通のメカニズムで行われることを明らかにしている。その上で、脳の内部状態と瞳孔の大きさを別の神経過程として切り離せることも示している。これは、Mind wonderingを考える上でも面白い。

デフォルトの回路や、Mind wonderingの実験を見てくると、これは動物実験は難しいのではと思っていたが、その辺を見事な説得力で解決してみせるDeisserothの脳には脱帽。
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11月22日:授乳期の食物抗原暴露によるアレルギー予防成立に関わる母体側の要因(Journal of Experimental Medicineオンライン版掲載論文)

2017年11月22日
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昨年の3月このホームページで紹介したが、ピーナツアレルギーの予防には乳児期からピーナツ成分を積極的に摂取させることが高い効果を示すことが報告された(http://aasj.jp/news/watch/4957)。その後我が国でも卵アレルギーの予防に、生後6ヶ月から少量の卵を食べさすことでアレルギーを予防できることが示され、乳児期から離乳期にアレルギー原因物質を消化管を通して投与することで抑制性T細胞を選択的に誘導し、長期に免疫寛容を誘導できると考えられるようになった。ただ、これらの臨床試験では、母体が同時にピーナツや卵を摂取していたのかどうかについては明らかになっていない。実際、最近Journal of Allergy and Clinical Immunology (http://dx.doi.org/10.1016/j.jaci.2017.06.024) に発表されたカナダの研究では、子供にだけピーナツを摂取させても逆効果で、母親も同時にピーナツを摂取していると高い効果があることが示されている。このように、臨床試験の結果もまちまちで、整理の意味でも条件を揃えた動物実験が必要だと思っていた。

今日紹介するボストン小児病院からの論文はこの母体側の要因をマウスモデルで丹念に検討した極めてオーソドックスな研究でJournal of Experimental Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Maternal IgG immune complexes induce food allergen specific tolerance in offspring(母体由来のIgG免疫複合体が乳児のアレルゲン特異的トレランスを誘導する)」だ。責任著者の一人はOyoshiさんというおそらく日本人の女性研究者だ。

実験では妊娠前から授乳中までメスマウスを卵白アルブミン (OVA)で免疫し、そのメスから育ったマウスのアレルギーが抑えられることの確認から始めている。抑制性T細胞の誘導の焦点を当てた研究から、アレルゲンで免疫された母親から母乳を通してアレルゲンが子供に摂取されるとアレルゲン特異的抑制性T細胞が誘導され、成長後もこの抑制性T細胞がアレルギーの発症を抑えることを示している。

次に、母親に誘導されたアレルゲン特異的IgGとアレルゲンの複合物が母乳内に存在し、これを摂取した子供の血中にも免疫複合物が存在することがわかった。また、この複合体を持った母親から授乳を受けることがアレルギー予防に重要であることも示している。さらに、母親に直接アレルゲン・抗体複合体を投与して授乳実験を行い、ミルクからの免疫複合体がアレルゲン予防の原因であることを示している。そして、抑制性T細胞誘導にCD11陽性細胞がIgG受容体を介して複合体を取り込むことが重要であることを示している。

最後に、人間の母乳にもOVA免疫複合体が存在し、これをIgGの受容体を人型に変えたマウスに投与して、アレルギーの予防が成立することを示している。

タイムリーな問題を、オーソドックスな手法で丹念に検討して、抗原の処理から抑制性T細胞誘導までの経路の一端が、動物モデルとはいえ明らかになったことは重要だと思う。また、先に述べたカナダの論文の意味も理解できた。
ただ、この論文を読んで疑問に思うのは、なぜ免疫複合体を母乳と混ぜるという実験がされていないのかだ。実際の臨床現場を考えると、母親に抗体がある場合も、ない場合もあるだろう。ない場合、母親に複合体を注射することは現実的でない。また、母親もアレルギーがあれば、授乳期にアレルゲンを摂取することは難しいだろう。とすると、免疫複合体を母乳と混ぜて効果を確かめることが重要になる。確かに、授乳期にマウスに強制的にミルクを飲ませることが実験的にいかに難しいかはよく分かる。また、結果は同じだろうと想像できる。しかし完璧を目指す意味でも、ぜひこの実験にもチャレンジして欲しいと願いたい。
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11月21日:古代社会のジニ係数からわかる大型家畜導入の不平等拡大へのインパクト(Natureオンライン版掲載論文)

2017年11月21日
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貧富の差の指標としてジニ係数が用いられるが、この係数は所得を基礎に算定されるのが普通だ。厚生労働省により発表されている我が国のジニ係数は増加を続けており、平成26年では0.57になっている。しかしこの数字は、税率などで補正すると0.37−0.38とほとんど横ばいで、これが正しいとすると我が国の税制は格差抑制のためにうまく働いていることになる。ただ、所得をジニ係数の算定基準に使えるのは最近のことで、歴史的には所得事態を把握することは簡単でない。

代わりに遺跡に残る住居跡のサイズの違いをベースに、狩猟生活から、植物栽培の開始をきっかけに定住が始まる時代を経て、農業社会へと移行していく約1万年近い時間にわたってジニ係数を算定し、文明の進化に伴う格差の発生について調べた論文がワシントン州立大学からNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Greater post Neolithic wealth disparities in Eurasia than in North America and Mesoamerica(新石器時代以降に北米、およびスペイン占領前の中米と比べると富の不平等がユーラシアで進行した)」だ。

この研究では、世界中に点在する古代社会の遺跡で住居について詳しい記載のある論文から、集落の住居の広さを算定し、その差をもとにジニ係数を算定、その社会の特徴を探ろうとしている。住居の広さからジニ係数を算定すること自体は、記録のない時代を知るための優れた方法であることを確認し、そのデータの解析を行っている。

まず、ジニ係数が狩猟生活、定住の始まり、農耕社会と経過するにつれて、上昇する。すなわち格差が広がっていくのが明らかになった。さらに悲しいかな、政治体制が国家へと進むとともに原則としてジニ係数が増加する。もちろん例外もあり、例えばメキシコのテオティワカンでは農業を基本とした大型の国家が形成されているにもかかわらずジニ係数は0.17で止まっている。これは、宗教を中心にした集団政治体制により貧富の差が抑えられたとするこれまでの考え方と一致する。

各地・各時代のジニ係数から著者らが最も注目したのが、アジア、中東、ヨーロッパの旧世界と、北米、中米の新世界では、時代によるジニ係数の増加パターンが大きく異なる点だ。すなわち、旧世界ではジニ係数が時代とともに上昇し続けている一方、新世界では時間と相関が明確でない。また、一般的にジニ係数は新世界で低い。この差が、大型の家畜の農業への導入時期が、旧世界では地域でまちまちだったせいではないかと考え、その地域の大型家畜導入時期を起点としてグラフを書き直し、両地区でのジニ係数の動きがほぼ同じようになることを示している。

まとめてしまうと、共同性を獲得することで新たな発展を遂げ、共同狩猟社会、そして原始農業の始まりとこのスタイルを守ってきた人間も、専門性を必要とする大型動物の導入で新たな格差社会を始めたことになる。また、テオティワカンのようにこの傾向から大きく外れる国家については、体制について違った見方が必要であることも示している。この研究では、現代の集落についても同じ方法でジニ係数を算出し、スロべキアやスペインではジニ係数が横ばいなのに対し、アメリカや中国でそれぞれ、0.8,0.73と急速に上昇することを指摘して、この原因を調べることで現代の問題点も整理できるのではと結んでいる。結論は当たり前に見えるが、「古きを考える」考古学が、ゲノム研究だけでなく様々な領域で新しい科学へと変換する息吹を感じる。
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11月20日:肺線維症の治療薬開発の可能性(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2017年11月20日
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肺が線維化するびまん性肺線維症には、慢性型と急性型がある。私の7年余りの短い臨床経験では、幸いというか、残念というかハマンリッチ症候群と呼ばれる急性肺線維症を経験することはなかったが、多くの慢性型肺線維症の患者さんを経験した。おそらく現在も、根本的な治療法はないのではと思うが、少しでも進行が遅くなるよう祈るしかない病気だった。急性肺線維症では線維芽細胞が増殖し細胞外マトリックスが増えて呼吸不全が起こるが、線維芽細胞が平滑筋細胞のような形に変化し筋線維症と呼ばれる病像を示すことも特徴の一つだ。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、上に述べた肺線維症の特徴を全て再現し、新しい治療法の開発の可能性を示した研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「ADAM-10 mediated ephrin-B2 shedding promotes myofibroblast activation and organ fibrosis(ADAM10により切断されたephrin-B2が筋線維芽細胞の活性化と組織の線維化を促進する)」だ。

この研究はまず、肺線維症患者さんの細胞の遺伝子発現が公開されているデータベースを調べなおし、EphrinB2の発現が亢進していることを見つけ、この現象をもう一度自分の患者さんで確認するところから始めている。私たちも経験があるが、公開のデータベースは宝の山で、常にアクセスして自分の考えを確かめてみることはIT時代の科学者にとっては基本的素養だと思う。いずれにせよ、標的分子が決まると、あとは常法に従って、その分子の機能を調べればいい。

この研究では、昔から肺線維症研究に使われていたブレオマイシン肺線維症モデルを用い、コラーゲンを作る細胞だけでephrinB2をノックアウトすると肺線維症の発生を強く押さえられることを確認し、次に肺の洗浄液を調べ、肺線維症ではephrinB2が大量に分泌されていることを発見して、この分子の分泌が肺線維症誘導の主役であることを明らかにした。

もともと細胞表面に発現しているEphrinB2が分泌されるということは、細胞表面からプロテアーゼで切り出され、それが線維芽細胞を活性化されていることになる。これを確かめるため、まずephrinB2の細胞外ドメインを免疫グロブリンFcと結合させたキメラ分子をマウスに投与、分泌されたephrinB2が線維芽細胞の遊走、組織への浸潤、そして筋線維芽細胞への転換を誘導し、さらにマウス体内で肺線維症を引き起こすことを示している。すなわち、期待どおりこの分子が線維化の主役として働いていることになる。 最後に、ephrinB2を細胞膜から切り出し分泌させる分子がメタロプロテアーゼ分子の一つADAM10で、この分子の酵素活性を阻害してephrinB2の分泌を阻害すると線維芽細胞の筋線維芽細胞への転換が抑えられることを示している。実際の急性肺線維症の患者さんでもADAM10とephrinB2が上昇していることから、ADAM10を新しい標的とする線維症の治療が可能であることを示している。

これまで治療標的として研究されてきたTGFβやPDGFβ、そして今回明らかになったADAM10などは阻害剤が存在するが、それを患者さんの数の多い慢性線維症に使うとすると、副作用などまだまだ克服すべき問題が多くあると思う。しかし治療の難しい急性肺線維症で坂道を転がるように病気が進むのを抑えることに使える可能性は十分あるように思う。ぜひ臨床研究を期待したい。
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11月19日:現象論から因果論へと転換する腸内細菌研究(11月15日発行Science Translational Medicine掲載論文)

2017年11月19日
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腸内の炎症や免疫機能との関連でいうと、腸内細菌叢の研究が注目されるきっかけになったのは、無菌動物に個々の細菌を移植し、細菌の持つ免疫系への影響を丹念に調べ上げるスタイルの仕事だ。その後、次世代シークエンサーを用いて細菌叢全体の構成を調べるメタアナリシスが可能になり、細菌叢の変化と病気の相関を調べる研究がブームになった。しかし、このような現象論からだけでは論文は出ても、なかなか因果関係に迫れる可能性は少ない。この反省から、細菌叢の現象論を無菌動物を使った因果論的研究と結ぶ努力が重要になっている。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文はこれまでの現象論的研究から因果論的研究を導き出した典型とも言える研究で11月15日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「A role for bacterial urease in gut dysbiosis and Crohn’s disease(腸内の細菌藪異常とクローン病に関わる細菌由来ウレアーゼの役割)」だ。

このグループは小児の腸炎症性疾患のコホート研究を進めており、この研究の中からクローン病では大腸菌やクレブシエラなどのプロテオバクテリア類が上昇していることを報告してきた。そして、これらの変化が腸内でバクテリア全体の窒素代謝の結果として現れるのではと着想した。

この研究ではまず、窒素代謝の元となるアミノ酸の便中の濃度をクローン病と正常人で比べ、食事による変化とは異なる細菌叢の変化に関わるアミノ酸がクローン病では上昇すること、そしてこのアミノ酸の上昇がプロテオバクテリアの上昇と平行していることを突き止める。このアミノ酸上昇がバクテリアがアミノ酸の原料となるアンモニアを尿酸から合成する代謝機能の結果であると考え、次に窒素同位元素を用いた追跡実験を行い、ホストが合成できないアミノ酸が同位元素でラベルされることを確認し、このアミノ酸の変化が確かに細菌叢内の窒素代謝変化によることを明らかにしている。

この結果から、腸内での変化の一因が、バクテリアのウレアーゼによりアンモニア合成が高まるためだと考えられるので、ウレアーゼを持つ大腸菌と、持たない大腸菌を準備し、抗生物質で腸内の細菌量を低下させたマウスに移植し、ウレアーゼ有無で回復する細菌藪を比べ、ウレアーゼを発現する大腸菌が存在するだけで、プロテオバクテリアの多い炎症型の細菌藪が成立することを示している。そして、この腸内細菌叢の変化の結果、腸の慢性炎症が誘導されることも確認している。

細菌藪を回復させる実験系はかなり凝っており、どこまで一般化できるのか難しい点もあるが、腸内細菌叢の構成が窒素代謝のネットワークで決まるというのは説得力がある。また、条件を絞った実験系とはいえ、ウレアーゼの有無で、腸内細菌叢が炎症型に変化したという結果も、ただバクテリアの増減を記述するだけの仕事と比べると、はるかに先に進んでいると言える。次は、細菌叢のウレアーゼを抑えて炎症を治療できるかが勝負になるだろう。
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11月18日:リソゾームの細胞生物学(11月10日号Science掲載論文)

2017年11月18日
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細胞内にはミトコンドリアを始め、様々な小器官が存在するが、それぞれの機能を調べるには、目的の小器官を細胞内からできるだけ正常な形で取り出してくる必要がある。この精製方法の開発には、プロの知識とヒラメキが必要で、例えば京大時代に仲の良かった、亡くなった月田さんから細胞接着領域を精製する話を聞かされるたびに、構造にこだわってこそが細胞学であることを思い知らされた。

今日紹介するMITからの論文は細胞内分子を分解し再利用するときの中心器官リソゾームの精製の話で11月10日号のScienceに掲載された。タイトルは「Lysosomal metabolomics reveals V-ATPase and mTOR-dependent regulation of amino acid efflux from lysosomes(リソゾームの代謝産物の包括的解析によりV-ATPaseとmTOR依存性のリソゾームからのアミノ酸輸出の調節が明らかになった)」だ。

タイトルを見て今頃リソゾームかと思ったが、リソゾーム内では様々な分子の分解が進んでいるため、これまでの方法で精製しても時すでに遅しで、細胞内の現場で何が起こっているのか知ることが難しかったようだ。この研究のハイライトは、リソゾーム表面に発現している分子を標識にリソゾームを抗体で精製する方法の開発に尽きる。これにより細胞内での状態を反映したリソゾームが得られるようになっている。

こうして精製したリソゾーム内の57種類の代謝産物を調べると、これまでリソゾームに濃縮されていることが知られていたシステイン、グルクロン酸、核酸に加えて、幾つかのアミノ酸では細胞質での濃度と大きな差を示すリソゾームに特徴的なパターンが明らかになり、リソゾームがタンパク質を壊して再利用のために輸出するプロセスの中心にいることが確認できる。

そこでこの輸出に絞って、まずリソゾーム内を酸性に維持して輸送に関わるATPaseの機能を阻害すると、リソゾーム特異的にシステインの流入低下と、必須アミノ酸の輸出が低下することが明らかになった。さらに、アミノ酸飢餓条件で培養する実験から、細胞質で合成できない必須アミノ酸が低下すると、リソゾームからの輸出が止まることを明らかにしている。そして、このアミノ酸飢餓によるリソゾームの変化が、アミノ酸代謝調節経路の主役mTORを介していることを明らかにし、mTORが直接リソゾームからの必須アミノ酸の輸出を調節して、細胞質のアミノ酸量をバランスさせていることを明らかにしている。

話はここまでで、今後mTORがリソゾームのアミノ酸輸送を調節しているメカニズムの詳細など明らかにする必要があるが、いずれにせよフレッシュなリソゾームが得られることが重要で、その意味でこの研究はリソゾーム研究を大きく前進させるように思う。構造を精製することが細胞生物学の入り口であることを教えてくれる論文がまた一つ付け加わった。
カテゴリ:論文ウォッチ
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