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日本経済新聞9月10日:被曝後の白血病など発症、原因遺伝子を発見 広島大

2013年9月10日
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この広島大学稲葉さん達の論文は朝日でも紹介された。私の専門領域でもある。また、この仕事を行った稲葉さんもよく知っている。さて両方の新聞を読んだとき、高齢被爆者と骨髄異形成症候群(MDS)という重要な問題に切り込んだ仕事を稲葉さんがついに発表したのかと思った。その後オリジナル論文を読み、また正確を期す意味で、稲葉さんが最近出版した数編の論文にも目を通した。しかし残念ながら、今回の仕事と被爆者を結びつける事は私には出来なかった。
   2009年に稲葉さん達は、若年性のMDSで異常がある遺伝子を分離している。今度の論文は、この遺伝子とMDSの関係を研究できるマウスモデルを作成した仕事だ。稲葉さんのグループは、最初の2009年の研究から、MDSに多い染色体異常部位の遺伝子について着実な研究を進めており、高く評価する。今回の仕事も、ヒトMDSから分離してきた遺伝子を操作したマウスを作り、疾患モデルを作成したものだ。特に異形性と呼ばれる血液の形も再現できるモデルを開発したという点で重要な結果である。このマウスでの結果と実際のMDSとの関わりについても検討が行われている。実際の患者さんの多くが、この染色体部分の欠損を持っているようだ。ただオリジナルな論文をどう読んでも、被爆者と結びつくような記載はない。2009年以降、稲葉さん達がこの染色体7qにある遺伝子について調べた論文を2報ほど読んでみたが、やはり被爆者との関連をはっきりさせる記述はない。その意味で、朝日新聞の川原さんの記事の見出し「血液がんの一種、原因遺伝子をマウスで実証 広島大など」は正確だ。ただ、記事の冒頭が「放射線被曝(ひばく)から数十年を経て発症する血液のがんの一種 「骨髄異形成症候群」(MDS)の原因 遺伝子の働きを、広島大などの研究グループがマウスの実験で確かめた」と来ると、明らかに被爆者が前面に出た仕事のように錯覚する。
  記事を書く方は、どうしても科学と社会をつなぐ使命感に駆られ、分かりやすい例を参照する。これがジャーナリスティックであると言うことだろう。また、科学者の方もそれに答えて、気楽にジャーナリスティックな伝え方をする。この結果、論文自体の本来のメッセージがゆがめられることがある。日経、朝日両方とも、被爆者の部分を消して読むと、極めて正確にメッセージを伝えている。とすると、被爆者部分は読者向け脚色と言える。勿論、MDSは高齢者被爆者の最も重要な課題だ。科学的に見ると、老化と放射線障害との相乗効果という問題だ。これは今ほぼ日本だけで調べることの出来る重要なテーマだ。これを強調する意味で、ジャーナリスティックな脚色を行う気持ちも理解できないわけではない。ただ、その結果さらに多くの誤解を生むことも確かだ。専門家の私でさえ実際の論文を読むまで、放射線障害に特有の遺伝子が見つかったのかと錯覚した。
  原爆、そして福島は日本の文化とさえ言える。ずいぶん昔、私は、今は亡きた多田富雄先生や、アメリカのワイスマン博士と原爆医学研究所のレビューをしたことがある。そのとき、専門家を驚かせる多くの事実が被爆者の方の追跡から明らかになっていることを実感した。稲葉さんも被爆と白血病の研究を行っており、Runx1と言う遺伝子について被爆との関係を調べた重要な仕事をしている。しかし今回は論文にはそのことが書かれていない。
  広島、そして福島には今しかできない研究課題がたくさんある。ぜひこれをジャーナリスティックな脚色で済まさず、正面から向き合ってほしいし、国も十分な支援をすべきだと思う。最後に、私も今年の初めまで長崎大学の方とMDSの仕事をしていたので、広島や長崎のMDSの患者さんイコール被爆者に近いことは理解している。ひょっとしたら、稲葉さんの調べたサンプルは全て被爆者の方からだったかもしれない。そうだとすると、そのことは本来の論文ではっきり書かれるべき事だ。是非、この遺伝子異常が被爆特異的かどうかを明確に調べた論文も出してほしいと思った。

元の記事については日本経済新聞:
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20130910&ng=DGKDZO59478150Z00C13A9TJM000
朝日新聞:
http://www.asahi.com/tech_science/update/0910/TKY201309090468.html
を参照して下さい。

 

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