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10月10日 Natureオンライン版:多発性硬化症のミエリン再生誘導治療の可能性(オリジナル)

2013年10月10日
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ノーベル賞ウィークは科学記者の方々も忙しそうで、科学記事はお休みになるようだ。そんな中でも時代は進んでいく。今日紹介したいのは、スクリプス研究所がオンライン版Natureに発表した「A regenerative approach to the treatment of multiple sclerosis (多発性硬化症の再生誘導的治療法)」と言う論文だ (http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature12647.html)。日本からも、以前私と同じ研究所にいた北大の近藤さんも加わっている。この研究では、先ずオリゴデンドロサイト(OPC)と呼ばれる、神経軸索にミエリンを巻き付ける細胞の分化を高める分子を探索して、これまでもパーキンソン病に使われてきたベンズトロピンが高い活性を持つ事を突き止めた。マウス細胞を用いた細胞学的研究から、この薬剤の効果はM1/M3ムスカリン受容体を抑制することで起こっていることが示されている。さて、ミエリン形成に関わる細胞の分化が促進できるなら、ミエリンが脱落する病気である多発性硬化症に効き目があるかどうかが次に調べられた。期待通り、マウスの自己免疫性脳炎を協力に抑制する効果があった。以前私たちのホームページで、京大の藤多教授により開発された多発性硬化症フィンゴリモドを紹介したが、この研究ではフィンゴリモドとの併用効果も調べられ、はっきりと相乗効果が確認されている。
  これまで多発性硬化症の薬剤は免疫抑制剤がほとんどだった。今回の研究は、ミエリン再生を標的とする新しい薬剤の可能性を示す物で、患者さんにとっては大きな朗報だ。とりわけ、このベンズトロピンが既に臨床で使われていることで、安全性などについてはほぼ臨床治験が終わっているとして扱うことが可能だ。このような薬を、repurposing(目的変更)と呼んでいるが、患者さんにとってはすぐに利用できること、薬剤の価格が低いという大きなメリットがある。すぐに人間についての研究が始まるだろう。
  ただ、懸念もある。今回の研究は全てマウスで行われたものだ。実際に、人の細胞でも同じ事が言えるかは未だわからない。しかしiPSを利用してヒトOPCを作ることはそう難しい話ではないので、すぐにわかると期待できる。万が一、この薬剤は人に効かなかったにしても、薬剤による再生治療を抗免疫療法と組み合わせる可能性がはっきりしたことは大きい。今後多発性硬化症にとどまらず、多くの疾患でこの方向の挑戦が始まると期待できる。

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