このホームページで12月11日、妊娠期(特に初期の)母親の状況が胎児に影響して、障害続くエピジェネティックス変化を来すことを紹介した。これは、戦時下で飢えにさらされた妊婦さんの話として紹介したので、戦後豊かになった日本には関係ないことと受け止められることだろう。しかし、体型を気にしたダイエットや、格差による新しい貧困問題が広がりつつ在る我が国でも本当は「今そこにある危機」だ。そもそも妊婦さんの栄養指導を、子供へのエピジェネティック状態を正常にするためと位置づけたのはほんの最近のことで、これまでは妊婦さん自体の健康の観点から論じられることが多かった。そんな中で先週号のNatureに、低所得層の母親の教育に取り組んで来たDavid Baker(英国MRCの疫学研究所、今年8月他界)さんたちはこのような状態で生まれる子供が増加して、生活習慣病や精神疾患が増えることを心配して、妊婦さんを教育し、また支援することの重要性を訴えた短い意見を寄稿している。タイトルは「Support mothers to secure future public health (将来の公衆衛生を確かな物にするためお母さんたちを支援しよう)」だ。私達AASJも病気とともに発達が我が国の重要課題と思っており、自閉症をはじめ重点的に紹介しており、この寄稿文も紹介することにした。
寄稿文では、
1)母体の状態が子供のエピジェネティックス状態に大きな影響を持っていることが続々明らかになっていること。
2)これによって発達障害だけでなく、中年以後の生活習慣病の上昇が予想されること、
3)母体の栄養状態と子供の将来を調べた長期コホート研究の結果が発表されるようになったこと(例えば出生児体重と心臓病の相関等)
4)より詳細な聞き取りを基礎とした長期コホート研究がBakerさんたちにより始まったこと、
5)サザンプトンでは不利な環境にあるお母さんたちの食生活を変えるための指導がコホートと組み合わせて始まっていること
6)新しいコホートを科学的基礎に、政府にソフトドリンクの税を上げたり、食品会社と交渉したりする様促して行きたい
などが書かれている。
我が国ではエピジェネティックスと言うとすぐがんや生活習慣病等が考えられ、特別の研究支援も行われている。ただ、これまで最も多くのデータがあるのが胎児期のエピジェネティック状態の書き換えの話だ。人間の発達について長期間科学的なデータを集めるのはコホート研究しかない。前にも強調したが、それには長期的視野が必要だ。そして、それを始める人は自分が結果を見ることが出来ないという覚悟がいる。英国は保健等や格差等様々な点で我が国より問題が多いが、しかし長期コホート研究となると亡くなったBakerさんをはじめ多様な研究が進んでいることをひしひしと感じる。アメリカの中高での自然観察研究には、40年をかけて地球温暖化について調べると言うプログラムが行われるそうだ。長期の観察が必要な研究があることを実感させるプログラムだ。このような母体と胎児を保護のための科学的方法を決めるための長期研究への意志と支援が今後ますます必要になると思う。