1月21日:なぜ植物繊維は身体にいいのか(1月12日号Cell誌掲載論文)
1月20日:パーキンソン病の遺伝子治療(1月10日発行the Lancet掲載論文)
1月17日朝日新聞(山本)抗生物質でぜんそく悪化 筑波大学研究チームが解明
1月14日:アロマターゼ阻害剤による閉経後の乳がん予防(The Lancet online版記事)
8割近い大型肉食哺乳動物種は減少し続けている(1月10日Science誌掲載総説)
安倍首相がモザンビークを訪問し700億円のODA提供を申し出た事が今朝の新聞に出ている。豊富な埋蔵量の石炭や天然ガスの開発を支援すると言う我が国に取っても戦略的な提案なのだろう。テレビで見る首相は喜色満面だ。しかし、モザンビークは1994年まで15年の内線を経験し、アフリカ大陸のほとんどの動物が暮らす豊かな国立公園が完全が破壊された事を知っているのだろうか。これに対し、アメリカの実業家グレッグ・カーは私財を提供し国立公園の復活に着手し、徐々に成果が出はじめている(ナショナルジオグラフィック日本版2013年6月号)。もし外務省が今回の訪問にあたってこのことを認識し一定の額を国立公園の復活に提供していたら、安倍首相の国際的評価は大きく変わっただろう。今の日本の政府にそこまでの構想を期待するのは無理なのかもしれないが、科学の知識と言うのは外交にも使える。
これはともかくとして、事実世界中で大型肉食動物が減少し続けている。既に日本オオカミは絶滅したし、オーストラリアのタスマニアンデビルも疫病のための風前の灯である事が報じられている。今日紹介する1月10日にサイエンス誌に掲載された論文はそんな状況を動物毎に分析している。「Status and ecological effects of the worlds ;argest carmovpres (大型肉食層物の現状と生態学的影響)」がタイトルだ。総説であり、現在の問題を分析するのがこの論文の目的であるため、研究と言うものではない。実に77%の大型肉食動物が今も減り続けており、この原因の大半は人間の生活圏の拡大と、人間による攻撃で、気候変動などの貢献は少ないと言うことが述べられている。大事な点は、これらの動物が食物連鎖の頂点にいる事で、頂点が消滅する事で生態系も大きく変わることだ。実際、イエローストーン公園ではオオカミが戻ったことで、20年後に森にポプラの木が戻った事が例として示されている。この分野に興味のある人にとっては、100を超す文献が引用されているこの総説は貴重だろう。現状はわかるが、解決に着手する事すら難しいこういった問題にどう取り組むのか、21世紀の課題だ。特にアフリカの状況は深刻だろう。アフリカの野生動物問題は、アフリカの経済を発展させ、紛争をなくし、貧困を乗り越えることとセットである事ははっきりしている。ただ、経済的に安定し野生動物保護が意識されるようになった南アジアでも野生動物は減っているようだ。このように経済だけ問題ではない。しかし逆に経済の問題を取り上げた時、野生動物問題をセットとして挙げるぐらいの構想力がほしいと思った。
I型糖尿病に対する新しい薬剤(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)
11月19日このコーナーで、小胞体ストレスを防ぐ薬剤が1型糖尿病モデルマウスに高い効果を示す事を紹介した。ただこの実験で利用された薬剤がヒトで使える様になるには時間がかかる。今日紹介するのは、既にヒトで利用が進む、しかも経口で服用できる薬剤が、同じI型糖尿病マウスに有効である事を示したコペンハーゲン大学を中心とする研究で「Lysine deacetylase inhibition prevents diabetes by chromatin-independent immunoregulation and beta cell protection (リジンのアセチル化阻害はクロマチンとは関係のないメカニズムにより免疫反応を変化させ、β細胞を守る事で糖尿病発症を抑制する)」がタイトルだ。この研究で使われた薬剤はgivinostatとvorinostatで、ともに染色体上のヒストン脱アセチル化を阻害してがんの増殖を抑制する目的で開発された。ただ、これら薬剤が阻害するのはヒストンだけではない。多くの蛋白質でアセチル化・脱アセチル化が起こっている。このため、薬剤の標的は脱アセチル化酵素に特異的でも、その下流で影響を受ける分子は多く、効果のメカニズムも複雑にならざるを得ない。従って、薬剤の標的はわかっていても効果や副作用については使いながら手探りするしかない。とは言え、マウス1型糖尿病モデルについてはこれら薬剤は「良いとこずくめ」であると言うのがこの研究の結果だ。まず、効果に必要な量はがん治療に使う量の1/100で副作用の心配は大きく減る。実際マウスに100日前後投与している。そして何よりも、膵島周囲の炎症がほぼ抑制され、糖尿病発生は著明に抑制される。患者さんに取ってはこれで十分かもしれないが、なぜ炎症が抑制できるのか、β細胞の元気が続くのか細胞レベルで調べている。免疫制御について明らかになって来たのは、調節性T細胞が活性化や抗炎症性サイトカインの分泌を促進して炎症を抑える事だ。この調節性T細胞は免疫調節の切り札と考えられている細胞で、現在阪大教授の坂口さんが発見した細胞だ。坂口さんはこの発見で、山中さんに次いで世界に知られる日本の医学者になっている。他にもヒトβ細胞の試験管内での細胞死を遅らせるなど、論文から見る限り悪い点が全くないようにさえ思える。もちろん炎症が進む前に早期診断をして治療を始めるなど、治験をどのように進めるか議論が必要だ。脱アセチル化酵素阻害剤は日本でも抗がん剤として開発されて来た。日本製の薬剤も含めて、是非真剣に治験について早期に検討を始めてもいい様な気がする。(これについては1月18日4時からのニコニコ動画で取り上げます。)
血液・脳関門を破る(1月8日Neuron誌掲載論文)
炎症やがんの特異的抗体による治療が急速に拡がっている。しかし、この方法を脳内の病変の治療に利用する事は困難だった。何故なら、脳の血管が特殊な構造を持つため、投与した抗体が脳内に移行しないからで、この現象は血液・脳関門と呼ばれていた。今日紹介する論文はスイスの製薬会社Rocheの研究所からの研究で、この関門を突破する方法の開発についての報告だ。今月号のNeuron誌に掲載され、「Increased brain penetration and potency of a therapeutic antibody using monovalent molecular shuttle (一量体分子シャトルを利用した治療用抗体の脳内への移行と治療応用への可能性)」がタイトルだ。
これまで血液・脳関門の突破のために、トランスフェリン分子を細胞の表から裏へと運ぶシャトルとしてのトランスフェリン受容体が使えるのではと予想されていた。このこのシャトルに抗体を乗せることが出来れば、関門は突破できる。しかし、残念ながらこれまで開発された方法ではうまく行かなかった。トランスフェリン受容体シャトルに抗体を乗せるための方法を改良したのがこの研究のポイントだ。受容体に乗せる目的で使う受容体結合抗体の部分をこれまでの2価から1価にして運びたい抗体に結合させると抗体が脳内に移行する事を発見した。細胞レベルの実験から、あららしい方法でシャトルに乗せた抗体は一度リソゾームに取り込まれ、その後細胞外へと放出される事で細胞外へ移行する事も示された。理由はわからないが、懸念されていたリソゾーム内での抗体の分解も最小限にとどまるようだ。これまで不可能とされて来た技術がついに開発された。この方法を、βアミロイド物質が蓄積するマウスアルツハイマー病モデルで試すと、トランスフェリン受容体に結合出来る構造を与えた抗体だけが脳内に移行し、アミロイドの蓄積により形成されるアミロイド斑の成長を抑える事を示している。もしこの方法がヒトでも使えるようになれば、脳内病変を抗体により治療できるだけでなく、脳内病変の状態をPETなどで診断する事も可能になる。勿論脳内の炎症抑制や、がんの抑制にも応用できる期待の大きい画期的技術へと発展する。ロッシュ社は抗体薬の草分けだが、またあたらしい抗体の可能性を開発したようだ。
19世紀のコレラ菌(1月8日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
ネアンデルタールやデニソーバ人の骨や歯から得られるDNAのゲノム解析が可能になる事で、これまで考古学的にほとんど研究が出来なかった多くの事が明らかになって来た事をこのホームページで紹介した。同じ事は人間と深い関わりを持って来た様々な細菌についても言える。人類が歴史上経験した選択圧という観点から見た時、疫病の影響は自然災害に匹敵する。ペストによってイングランドの人口が1/3に減少した事は有名な話だ。従って疫病のインパクトを科学的に評価して歴史を深く理解するためには、当時のペスト菌についての情報が必要だ。ではどこに行けば当時の疫病を起こした菌が残っているのか。この問いに答えたのが今日紹介する研究でカナダマクマスター大学からの研究で「Second-Pandemic strain of vivrio cholerae from the philadelphia cholera outbreak of 1849 (1849年フィラデルフィアを襲ったこれら大流行の原因コレラ菌)」と言うタイトルだ。たまたま1849年のコレラ大流行で亡くなった患者さんの腸が固定液につけて保管され、ミュター博物館に展示されていた。これに目を付けた研究者には脱帽だ。期待通り十分なDNAが標本から得られ、現在のコレラ菌と比べる事が出来たと言う結果だ。勿論標本として保存されている間に多くの科学的変化が加わっている。このため配列決定にはネアンデルタール人ゲノム解析に使われたのと同じ方法が必要だ。コレラ菌は現在もなお小規模の流行が見られ、2012年だけでも10万人の死者が出ていると言う。ただ単発の発生は別として最近の流行は、2系統のコレラ菌のうちEl Torと名付けられた系統だけで、どうしてもう一方の系統が流行を引き起こさないのか謎だった。今回調べられた1849年のコレラ菌はもう一方の古典型系統に分類できるが、その中でもEl Torに近く、毒性に関わる部分が増強している事がわかった。詳細は省くが、このゲノムと、現在菌として保存されている多くのコレラ菌系統の配列と比べる事で、この菌が最初のコレラ流行が記録された1817年頃に生まれた事など、コレラ菌の進化の歴史も明らかになる。どんなに医学が進もうと、将来も私たちはこのような疫病にさらされるだろう。その時、菌の進化の情報は役に立つ。そして何よりも、人間の歴史の理解に疫病の流行は欠かせない。考古学や歴史研究と分子生物学が近くなっている事を実感する。しかし、日本で生命科学者と歴史学者の合同会議がもたれるのはいつになるだろう?
報道に急性ストレス患者が拡がる(アメリカアカデミー紀要1月7日号掲載論文)
アメリカアカデミー紀要に目を通していると、医学や生物学だけでなく様々な分野で行われている研究の見出しが目に飛び込んでくる。たまには、ちょっと読んでみようかなと思う専門外の論文にも出会う。その例が今日紹介する論文で、「Media’s role in broadcasting acute stress following the Boston Marathon bombings (ボストンマラソン爆弾テロ後の急性ストレスの拡がりにマスメディアが果たした役割)」というカリフォルニア大学アーバイン校からの研究だ。1月7日号のアカデミー紀要に掲載されている。確かに普通学術雑誌では出会わない見出しだ。日本でも大きく報道されたボストンマラソンを標的にした爆弾テロ事件の2週間後からメールを使って質問を行い、爆弾テロによる市民ストレス反応にマスメディアがどれほど関わっているのかを調べている。対象は、爆弾事件を直接体験した可能性のあるボストン市民、対照として9.11の体験を持つNY市民、そしてそれ以外の地域のアメリカ人だ。勿論全ての対象者は事件後かなりの時間テレビ報道を見ている。この結果起こったと思われるストレス反応を調べてみると、事件後1週間続いた報道が明らかに視聴者の急性ストレスを誘導したと言う結果だ。面白いのは、ボストンでもNYでもストレスを起こした人の割合に差がない事から、直接の経験よりマスメディア報道の方がストレス反応に貢献しているようだ。さらに、9.11貿易センタービル事件やSandy Hook小学校の銃乱射事件を何らかの形で直接経験した人達は有意に急性ストレスを起こしやすかったが、巨大ハリケーンに出会った人が急性ストレスになる確率は経験のない人と変わりはなかった。即ち、テロ攻撃を受けたと言う特異的な経験が、その後テレビによる他のテロ事件報道に対するストレス反応を高める事がわかったと言う結果だ。私はここで使われた統計的手法が心理学的に正しいかどうかは判断できない。しかし、大きな事件が起こるとすぐに反応して、事件の人間への影響を様々な角度から調べ、科学論文にしていくバイタリティーは強く感じる。12月23日前ニューヨーク市長Bloombergが市の衛生局の人に査読を受ける雑誌への論文掲載を目指すようにと促した事を紹介したが、同じ精神がこの論文に現れていると思った。9.11やボストンマラソン爆弾テロは何度も起こってはならない大事件だ。しかし、それを報道するだけでなく、機会を逃さず報道そのものの役割まで検証する心理学者魂には脱帽だ。そしてこの様な積み重ねが思いつきではない政策へとつながる。
我が国では先の東日本大震災により多くの人が影響を受けた。不幸を嘆くだけでなく、その影響を科学的に調べ、論文としてまとめて行く事は科学者の使命だ。幸いウェッブで調べてみるとこの大災害の心理的影響についても査読を受けた学術論文が出されている。今後この様な論文も紹介して行こうと思った。
AASJに関する西川代表のインタビューが日本経済新聞に掲載されました
平成26年1月7日付日本経済新聞夕刊の9面「フォーカス」欄で、昨年暮れに来られた同社編集委員 安藤淳氏のインタビューを受け、西川伸一代表がAASJの現状などをお話したものです。