カテゴリ:論文ウォッチ
7月3日:ミトコンドリアを持ち込まない核移植(6月19日号Cell誌掲載論文)
2014年7月3日
昨年9月このホームページでも紹介したがミトコンドリア(Mt)病は正常と異常のミトコンドリアが一つの細胞内で競合し、異常なMtが徐々に正常を凌駕することによって起こる全身性の複雑な病気だ。実際には200人に1人は異常Mtを少しは持っているが、この異常Mtが正常を凌駕するまで増殖する確率は低く、最終的に病気になるのは10万人に1人位だ。治療法は異常Mt機能を補助する対症療法だけで、異常Mtが存在することが疑われる場合でも、それを正常に変換する方法はない。ただ、正常Mtを持つ卵子に、Mt病確率が高い卵子の核だけを移植し、Mtを置き換える方法の開発が各国で進められている。しかし取り出した卵の核とともに多くのMtが持ち込まれ、時間とともに正常Mtを凌駕する可能性があることが動物実験で示されている。この問題を、卵子本体の核の代わりに減数分裂時にできる極体の核を移植することで解決できないかマウスで調べたのが今日紹介する中国上海からの論文で、Cell誌6月19日号に掲載された。タイトルは「Polar body genome transfer for preventing the transmission of inherited mitochondrial diseases(異常ミトコンドリアの移入を防ぐ極体ゲノム移植)」だ。先ず極体から説明しよう。卵子減数分裂では2サイクルの分裂が起こる。第一サイクルは受精前に始まり、大きな卵本体と小さな極体を形成する。次に極体と卵はともにもう一回分裂を行い、卵と、第二極体を形成する。受精前の過程は第2サイクルの途中で止まっており、受精後減数分裂が完成し、第二極体が放出される。この研究では、それぞれの段階で極体の核と、卵子の核を取り出し、正常卵子に移植した時Mtがどの位持ち込まれているかを調べている。細胞の大きさなどから第一極体に最もMtの混入が少ないと予想されるが、実際そのとおりで第一極体の核(実際には分裂中)を移植したときはMtの持ち込みがほぼ0であることを証明している。極体の核と卵子の核は原理てきに同じと考えられるが、もちろん確かめる必要がある。胚を発生させこの点を調べている。結果は、どちらも同じ効率で胚発生を遂げ、正常出産、成長、そして次世代を作る事が出来る。さらに遺伝的に違うミトコンドリアを用いて次世代、次次世代へのMtの持ち込みを調べると、期待通り極体を移植したグループは持ち込みが0だ。他にも染色体異常があるかなど徹底的に調べても、両方のゲノムは同じと言えるようだ。このことから、極体の核移植でMt病の発生を防ぐことが出来ると言う考えは証明された。後はどのように一般の理解を得て行くかだ。核移植を行うと言う点がハードルになると考えられるため、体細胞クローンとは異なることをよく理解してもらう必要がある。これまで高齢者の卵子に若い卵子の細胞質を入れて若返らせる方法が行われて来たが、今回の方法がヒトでもうまくいくなら、間違いなく究極の方法だと思う。我が国の生殖補助医療技術は高く、その気になれば明日から行われてもいい技術だ。是非議論を始めて欲しい。しかし素朴なアイデアをわかり易く示すいい論文を書く点では、中国の胚操作研究は世界をリードし始めていることを実感する。