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7月14日:科学界の格差問題(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2014年7月14日
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理研の顧問も辞めて自由になったのだからもっと発言して欲しいと促される。もちろんそのつもりだが、自分の思いつきをちょっと話して、「いいね」をもらえば済むこととは思っていない。私は今回の問題を、1)マスメディアの情報だけに依存して独自の情報源を持たない政治家や役人による科学行政、2)論文を読まずプレス発表を鵜呑みにして報道するメディア、3)そして連帯感のない格差社会を最終的に求めて来た科学者の3者が作り上げた構造問題ではないかと感じている。そして科学界の格差は、自分は正しく他人は間違っていると主張して、相対的に物事を考えない大部分の科学者により支えられていると感じている。しかしこれは全て私の思いつきで、作り話にすぎない。従って、この仮説が正しいか、よく調べて行く必要がある。思い返すと、リーマンショックが起こった時個人の責任追及を含めて、メディアは責任追及の先頭に立った。しかしそんな嵐の中でも、しっかりとショックに至った構造問題の冷静な分析が行われ、5年位してから多くの本が書かれている。私が読んだ本で言えばLuigi Zingalesさんと言うアメリカ在住のイタリア人経済学者の書いたA Capitalism for the Peopleと言う本はそんな一つだ。リーマンブラザーズを初めとした投資銀行と、政府の政策、その出先としてのファニー・メイやフレディ・マックといった政府系金融機関、そして勝ち抜け型の経済システムを持ち上げたメディア、学会誌、これらが持たれ合って全く罪悪感なしにデータの捏造を行い庶民の資産を吸い上げて行ったのかがよく分析されている。以前触れたThomas Pikettyレポートもその一つだ。これらの分析の重要性はどうすれば構造を変えられるかについて提言まで至っていることだ。小保方問題でどこからも前向きの提案が出てこないのは、この構造についての分析が本当は出来ていないからだ。とは言え、8月1日には経営コンサルタントの波頭亮さんと対談するつもりだ。少しづつ調べたことを基礎に、前向きの提案はして行きたい。前置きが長くなったが、科学界のもう一つの構造的格差は男女格差だろう。私も現役の時、採用時に女性を優遇するしかないと考えて来たが、我が国の状況ははっきり言って未開国と言えるだろう。事実途上国を含め外国でセミナーをしても、女性が多いのに気づく。一度ポルトガルのG研究所で1週間集中講義をしたが、その受講生20人中19人が女性だった。ただ私が進んでいると思っている欧米各国もこの構造問題を追及する手を緩めていないようだ。今日紹介するアメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載されたボストンにある研究所からの論文は、アメリカ生命科学界における男女格差の構造的問題を調査している。タイトルは「Elite male faculty in the life science employ fewer women(男性エリート教授は女性をあまり雇用しない)」だ。まさにタイトルが示すように、これまでのジェンダーギャップについての一般的調査ではなく、エリート、即ち勝ち抜け研究者の女性差別について調べている。確かにアメリカの会議に出ると、女性が活躍している点では我が国は足下にも及ばないことを感じる。事実大学院生の数で見るとアメリカはほぼ男女同数だ。しかし、ポスドク、テニアポジションと地位が上がって行くと女性の数は減り始める。それでも大学や研究所でファカルティーと呼ばれる地位に就く女性は全体の3割いる。また、エリート研究者に与えられるハワードヒューズ財団助成金も、約3割に与えられており、アメリカ生命科学界の女性シェアはほぼあらゆる分野で3割を超えるようになっている。ただ確かに、フルプロフェッサーや、アカデミー会員、ノーベル賞やラスカー賞など大きな賞の受賞者を見ると、2割前後に低下する。これも時間が解決すると考える向きもあるが、この研究では、このギャップを発生させるパイプラインの漏れを更に追求している。そして「漏れ」の原因になる一つの要因が、男性エリート研究者の研究室では女性の雇用が少ないという事実を見つけ出した。女性エリート研究者にはこの様な傾向は見られない。重要なことは、アメリカでも次世代のファカルティーはエリート研究室から排出される確率が高いことだ。とすると構造的に格差は維持されるか場合によっては拡大すると言う結論だ。そして、結果男女格差構造はこの雇用部分を意識的に変えることでしか変わらないと言う提言を行っている。たいした調査ではない。しかし構造を分析して提言する健全さを見習うべきだろう。
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