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7月29日:ground state (Cell Stem Cellオンライン版掲載論文)

2014年7月29日
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ES細胞もiPS細胞も多能性細胞として分類しているが、本当は培養する人によって状態がバラバラであることが普通だ。言い換えると、同じ名前で呼んでいても自分と他の人が同じ細胞を見ているのか本当はわからない。しかしこの状態が続くのは、再現性を尊ぶ科学にとっては致命的だ。この問題を解決しようとしたのがケンブリッジのAustin Smithで、マウスES細胞を2つの分子阻害剤で培養する画期的な方法(2i法)を開発し、誰でもが同じ状態のES細胞を扱えるようにし、これを多能性細胞のground stateと呼んだ。この概念は、細胞のエピジェネティックな状態が最終的には細胞が置かれた環境によって決まることを示し、ground stateを実現する培養法の開発が、iPS発見に続く重要な課題であることを示した点で大きな意味を持つ。私はドレスデンでこの話を初めて聞いたが、バラバラの状態のiPSが培養条件だけで一つの状態に揃うと言う話を聞いて大変感激した。しかし同じground stateをヒトで実現することはまだうまく行っていない。今日紹介するボストンMITからの論文はヒトES細胞でground stateを実現する培養条件を系統的に調べた研究で、Cell Stem Cellオンライン版(10月号に掲載される予定)に掲載された。タイトルは「Systemic identification of culture conditions for induction and maintenance of naïve human pluripotency(ナイーブなヒト多能性を誘導維持するための培養条件の系統的探索)」だ。実はこの論文の著者Rudolf Jaenischこそがヒトでground state実現のために先鞭を付けた研究を発表している。ただマウスと比べるまだまだ不完全であることがわかっていたので、ground stateを実現したとは言えないし、彼自身も言っていなかった。その後、彼の弟子を含む数グループがヒトのナイーブな多能性を誘導する培養条件を相次いで論文発表している。この若い研究者の動きをゆっくり見ていた老研究者が、一つの手本を示した様に見えるのが今回の論文だ。この論文のポイントは、これまで多能性を定義するために利用していたOct4遺伝子の発現調節部位を、最も未熟な時に発現する部位と、少し分化してから発現する場所に分けて、本当の未熟段階を定義出来るようにした点にある。こうすることで、ground stateに近い段階の細胞では発現が見られるが、少しでも分化すると発現が消えるマーカーを使って培養条件の探索が可能になった。長い話は全て省くが、この結果、5種類の分子阻害剤と、2種類の細胞増殖因子を(LIF,Activin)を加えることで、このマーカーが発現するだけでなく、マウスで定義されたground stateにかなり近い状態が実現できることがわかった。ただ、マウスの場合、増殖に支持細胞は必要ないが、この研究ではまだ支持細胞を用いており、完全なground stateと言う所までは来ていない。ただ驚いたことに、新しい標識法を用いると、これまで報告された培養方法では全くマーカーの発現が見られないことだ。またJaenisch等が今回特定した阻害剤や増殖因子を用いても、ES細胞培養によく用いられるKSRと言う添加剤を加えると全くマーカーの発現が無くなる。最後に、このホームページでも紹介したが、Jaenischの弟子Hanna等が用いたマウス胚盤胞へ移植してキメラ作成を見る方法も試み、この方法が全く用をなさないと弟子を切り捨てている。勿論、他人に厳しいだけでなく、多能性に関して自分たちが提案して来た概念も間違っている点ははっきり認めて今回の論文が書かれている。山中iPSの報告でショックを受け、その後Smithのground stateにおそらく強く動かされたJaenischは、ヒトground state実現こそがこの分野の次のキーポイントだと狙いを定め着実に進んでいることを実感する。Ground state概念の本家本元Smith研究室でも高島さんがこの課題に取り組んでいる。幸い、条件は少し違っているので論文として日の目を見るだろう。しかしヒトiPSのground state実現へ向けた我が国の取り組みは遅れている印象がある。発生も、成長も、リプログラムも全てエピジェネティックな過程だ。そして私たちの身体の中でこのエピジェネティックな状態を一定の状態に整えているのが細胞の置かれた環境だ。この当たり前の事実を頭に叩き込んで、iPS研究を推進して欲しい。
カテゴリ:論文ウォッチ
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