カテゴリ:論文ウォッチ
7月26日:全ゲノムレベルでのメチル化解析の進展(Nature オンライン版論文)
2014年7月26日
30億塩基対のゲノムを持っている我々の一つ一つの細胞のゲノムは、同じ組織の細胞を比べても本当は同じではあり得ない。ただ変異が生まれる頻度は極端に低いため、統計上違いは無視して、全ての細胞はほぼ同じゲノムを持っていると扱える。しかし特定の細胞で遺伝子がどう使われるのかを決めているエピゲノムは、細胞の性質と直結しており、細胞ごとに異なっている。発生、成長、老化、またその逆のリプログラミングも全てエピゲノムの変化を反映している。話題のSTAP細胞も小保方さんから切り離せば、染色体に直接ストレスを与えた時、エピゲノムが一定のパターン(この場合多能性段階)へと変化するのかどうかが問題の本質だ。ただ、刻々変わるエピゲノムを追跡するためには、少数の細胞でゲノム全体にわたってエピゲノムを調べる方法の開発が必要だ。DNAメチル化はエピジェネティックな調節の一つの柱だが、今週は全ゲノムレベルでのDNAメチル化解析(メチローム解析)の論文が多く見られた。詳しくは紹介しないが、先ずケンブリッジのサンガー研究所から単一細胞でメチロームを調べる方法についての論文がNature Methodsに掲載されていた(Smallwood et al, 2014)。特にリプログラム過程を詳しく調べるのに有効な方法になるだろう。原理的に可能であれば、ほぼどんな方法も開発できると確信して良さそうだ。ゲノム全部について調べなくても、メチロームを代表すると考えていい方法も現在利用できる。MITのMeissner等によって開発されたReduced Representation Bisulfide Sequencing(RRBS)法で、例えば受精卵からの早期発生過程の様に少ない細胞しか得られない過程のメチローム解析に力を発揮する。このMeissnerの研究室、及び北京大学第三病院から、このRRBS法を用いたヒト早期胚発生過程のメチロームの変化についての解析がNatureオンライン版に掲載されていた。MIT及び北京大学の論文タイトルはそれぞれ「DNA methylation dynamics of the human preimplantation embryo(着床前のヒト胚のDNAメチル化動態)」と「The DNA methylation landscape of human early embryos(ヒト初期胚のDNAメチル化状態)」だ。両方とも初期胚のメチローム解析を行っている点で全く同じだが、相互に補完し合っている。残念ながらMITでは未受精卵を十分手に入れるのは難しそうで、精子、分割中の卵子、胚盤胞、及び成熟組織を用いて解析している。このギャップを埋めるため、マウスで詳しいメチローム解析を行い、ヒトと比べている。一方北京大学の方は完璧で、未受精卵、第一、第二極体、受精卵、2細胞期、4細胞期、8細胞期、桑実胚、内部細胞塊、着床後胚とほぼ完璧に細胞を集めてメチローム解析をしている。期待されたことではあるが、精子が卵子より強くメチル化されていること、受精後先ず精子からのDNAのメチル化が外れること、2細胞期卵で発生初期に起こる脱メチル化はほぼ完成していること、内部細胞塊の低いメチル化状態が、分化が始まると急速にメチル化されることなどが示されている。他にも、減数分裂の時に出来る極体も卵子自体と同じメチロームを示すことがはっきりしたことで、極体が卵子の質を調べる際の材料として利用できる可能性を示唆する。他にも、卵子でのみメチル化が維持されている領域が対立遺伝子特異的メチル化領域として受精後も維持され、一部がインプリントされるなど、専門家には重要な情報が満載だ。一方MITからの論文では内部細胞塊などを得ることが出来ないため、ES細胞を解析しているが、この結果からヒトES細胞では既にメチル化が進んでいることがよくわかる。MITの論文ではヒトとマウスで同じ細胞が比べられており、多くの遺伝子のメチル化がヒトもマウスも同じように変化する一方、ヒトとマウスで全く異なるメチル化パターンがLTRと呼ばれるレトロビールスが遺伝子に侵入した名残に見られることが示されている。これ以上は更に専門的になるので紹介しないが、例えば学生に講義するネタとしてはかなり多くの情報を得ることが出来る論文だった。このように新しい技術が開発されることで、各細胞ごとのエピゲノムのデータ蓄積はこれまで以上に加速すると期待される。勿論様々な方法で誘導されるリプログラミングの詳しい過程もこの中に含まれるだろう。ゴールドスタンダードのESやiPS樹立も時間はそうかからないのではと期待し始めている。