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12月2日:破傷風毒素(11月28日号Science掲載論文)

2014年12月2日
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日本の医学生にとって破傷風といえば北里柴三郎だ。コッホ研究室でベーリングとともに、嫌気性菌の培養法を確立し、破傷風に対する血清療法を確立した。パストゥールの免疫原(ワクチン)に対し、北里は血清(抗体)の発見と位置づけられる。北里は熊本県小国村出身だ。ずいぶん前、熊大医学部の教授になって第一回目の免疫学の講義の時、熊大だから北里から話をするべきだと意気込んで、「君たち、抗体を初めて発見した人は誰か知っているか?」と切り出したら、誰も知らず白けた覚えがある。今日紹介する英国ガン研究所からの論文は、破傷風毒素が細胞内に取り込まれる経路を特定した研究で11月28日号のScience誌に掲載されている。タイトルは、「Nigogens are therapeuticc targets for prevention of tetanuss (ニドジェンは破傷風治療の標的分子)」だ。私も知らなかったが、破傷風毒素は2つの分子の重合体で、小さな分子が筋肉興奮を抑制するシナプスを阻害するタンパク分解酵素で、この結果筋肉痙攣が続く悲惨な症状を引き起こす。一方大きい方の分子は、毒素が神経細胞内に取り込まれ、軸索を通って神経細胞体へと移動するのに必要であることがわかっていた。しかし、毒素がまずどの分子に結合して細胞内に取り込まれるのか実は明確ではなかった。この研究では、まずタンパク化学を駆使して、毒素が運ばれているエンドゾームを解析し、この分子がニドジェンと呼ばれる神経細胞の基底膜を形成する分子に結合することを突き止める。そして、エンドゾームに取り込まれた後、ニドジェンと毒素は安定に維持され、毒素が長期に渡って働くのに一役買っていることを明らかにした。ニドジェン遺伝子がノックアウトされた神経細胞には毒素は結合せず、また取り込まれない。他にも多くの実験が行われているが、この発見がこの研究の全てだろう。破傷風治療の観点から見たとき、この論文で最も重要なのは、ニドジェンと毒素の結合を阻害するペプチドを特定したことだろう。このペプチドを投与すると、毒素の神経への結合が阻害され、完全ではないが神経痙攣が起こるのを抑えることができる。北里とベーリングによる破傷風血清療法(1890年)から125年を経て、初めて新しい治療法の可能性が生まれた記念すべき論文だと思う。毒素はニドジェンをうまく利用して、ほんの少量でも神経細胞に濃縮され、細胞を殺すことなく恐ろしい痙攣を維持するための完璧なメカニズムを備えていた。このメカニズムを知れば知るほど、どうしてこんなメカニズムがどこにでもある嫌気性菌に必要だったのか、進化の不思議に圧倒される。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月1日:遺伝子変化と生活習慣(11月27日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年12月1日
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これまでなんども紹介してきたように、ガンが発生するためには、ガン特有の性質を発揮させるための遺伝子突然変異が必要だ。だからと言ってガンを単純に遺伝病と考えてはいけない。体の細胞に突然変異が蓄積する大きな要因は生活習慣だ。もっともわかりやすいのがタバコで、喫煙者の細胞には多くの遺伝子変異が蓄積していることがわかっている。他にも肥満とガンの関係などが統計的に示されており、このような解析からひょっとしたら突然変異の起こりやすい生活習慣を特定できるのではと期待されている。遺伝子変異と生活習慣との関係を探るためには、まだガンの発生していない集団を経時的に追跡し、遺伝子突然変異が発生する過程を追跡する必要がある。コホート研究と、ゲノム研究の融合だ。今日紹介するハーバード大学医学部からの論文は、一般集団を追跡する22コホート研究から、血液細胞のエクソーム(遺伝子のうちタンパク質に翻訳される全ての部分)の解読が終わった17000人あまりについて、ガンに関係することが明らかな突然変異を調べている。タイトルは、「Age related clonal hematopoiesis associated with adverse outcomes (有害な結果と関連する高齢者血液のクローン性増殖)」で、11月27日号のThe New England Journal of Medicineに報告された。いずれにせよ1万7千人ものエクソームが解析されていることに驚く。高齢者になるとガン化を引き起こす突然変異が、血液細胞中に見つかるようになるという結果は、11月11日このホームページで紹介した論文と同じだ。母数が多い分さらに明確な結果になっている。まず40歳以前ではほとんど突然変異は検出できない。ところが60−69歳では5.6%、70−79歳では9.5%、80−89歳では11.5%、90歳以上では実に18.4%の人で末梢血にガン化に関わることがわかっている突然変異を検出できる。末梢血細胞は多くの幹細胞により生産される血液細胞の総和と言えるため、変異が見つかるということは、突然変異の結果増殖力が上昇し、クローン性増殖を起こした血液クローンが存在することを示している。幸い問題になる突然変異の数は742例中693例で1個だけなのですぐにガンを心配する必要はない。おそらく以前紹介した115歳の方の血液が2種類のクローンしかなかったというのも、骨髄がクローン性増殖を起こした細胞で占められた後でも、正常血液を作り続ける能力が十分あることを示している。さて、変異が起こっている遺伝子のトップ3は、高齢者に多い骨髄異形成症候群の原因遺伝子と考えられている、DNMT3a.Tet2,Asxl1などDNAのメチル化を調節する遺伝子だ。この結果も、高齢になると骨髄異形成症候群が増加するといる事実と合致する。また、突然変異の原因となった塩基変換の種類もほとんどが、老化による突然変異の特徴を有している。集団コホート研究では、白血病の発生と突然変異の関係を調べることもできる。予想通り、突然変異があると確かに白血病発症確率は上がる。とはいえ白血病の発症する絶対的確率は突然変異があるからといって期待したほどは高くなく、一部の細胞がクローン性増殖を起こし、ガンの突然変異を持っているからといってすぐ心配する必要はなさそうだ。さて、この研究の面白いのはこれからだ。突然変異の存在と、その後の生存をプロットすると、血液の突然変異があると余命が明らかに短いことがわかる。ただ、死因を調べてみると血液疾患の死亡率が上がって余命が短くなったわけではなく、死亡率上昇の原因のほとんどは心血管疾患だ。特に、突然変異があって、赤血球の大きさが大きい集団の死亡率が高い。赤血球の大きさが上昇することは心血管病のリスクファクターだが、これだけでは説明できないレベルの死亡率上昇だ。示された結果はこれだけで、論文の結論としては、血液細胞の遺伝子突然変異を起こしやすい人は、心血管病で亡くなるリスクが高いと述べられているだけだ。ここからは私の想像だが、高齢になって血液に突然変異が起こりやすくなる特定の生活習慣があるような気がする。もしそうなら、その習慣を突き止めることの意義は大きい。論文を見ると、106人の70歳以上の突然変異を持つ集団について、全員が死亡するまで200ヶ月に渡って追跡した記録があるようだ。詳しい死亡原因と、他の検査データとの相関を是非報告してほしい。これまでなんどもガンと生活習慣が語られてきた。ほとんどは統計学的解析結果に基づいている。しかし、これからは疫学から得られる結果の背景にあるメカニズムを理解することができるのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月30日:論理的にがん免疫療法を進める手段が揃った(11月27日号Nature掲載論文)

2014年11月30日
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11月21日このホームページで、ガンに起こった多くの突然変異の中から、ガンだけに発現している抗原を特定して、ガンに対する免疫が成立するかどうかを調べる方法について紹介した。同じ趣旨の論文が11月27日Nature 誌にドイツのベンチャー企業から発表された。この2編の論文は、ともに、ガンのタンパク質に翻訳される全遺伝子部分(エクソーム)検査を行うことで、免疫療法が可能かどうかが予測できる可能性を示している。今このようなガンの免疫療法が期待される背景には、免疫反応を弱める細胞表面分子に対する抗体療法が実際の臨床に応用されようとしていることがある。11月21日紹介したCTLA4と呼ばれる分子と、今日紹介するPD1及びPDL1分子だ。これまで高い可能性があるとして期待されてはいたが、結局試行錯誤が続いていたガンの免疫療法が、合理的な予測可能な治療に転換するための材料がついに揃ったという実感を私はひしひしと感じている。しかしこれは私だけではない。このことをアナウンスするために、なんとPD1/PD-L1抗体についての臨床論文3編が同じ号のNatureに同時掲載された。これは特殊なことだが、Natureの編集者もガン免疫療法の急展開を実感してのことだろう。この3編の論文のうちロンドンのクィーンメリー大学から発表された最初の1編のみを紹介するが、他の論文のメッセージは全く同じだ。タイトルはMPDL3280A(anti-PD-L1) treatment leads to clinical activity in metastatic bladder cancer (MPDL3280A(anti-PD-L1)治療は転移性膀胱癌に効く)」だ。転移性膀胱癌は現在治療が困難だ。研究では、この患者さんからまず生検組織を送ってもらい、ガン組織に浸潤する細胞について、免疫を弱めるPD-L1の発現程度を0−3段階に分類し、その後ロッシュ社が提供する抗PD-L1抗体を投与して経過を見ている。要するに、免疫を弱めるPD-L1分子が強く発現しているガンほどこの抗体療法が効くという予想が当たるかどうか調べている。結果は予想通りで、発現程度が最も高い3度の患者さんでは50%、2度で40%、1度で13%、0度で8%と、発現が高い場合に効果が得られる。ただこの発現と効果の完全な一致が得られないのは、組織が今回の治験の1−10年前に採取されており、抗体治療時のガン組織の状態を反映していないからと想像している。これまで全く打つ手がなかった転移性膀胱癌に大きな光がさしてきたことは確かだ。ただ、この論文の最も重要なメッセージは、CTLA4やPD1/PD-L1に対する抗体療法は、免疫反応が成立し、その反応をこれら分子が抑えているときにだけ効果があることを示している。この種の抗体はこれから続々上梓されると思うが、きちっと検査をした上で効果を予測し投与することが重要で、ともかく注射して様子を見てみましょうなどといった試行錯誤に頼らないことが大事だ。おそらくこの抗体治療は1回数十万円するのではないだろうか。とすればまずお金をかけて、組織の免疫抗体法検査、エクソーム検査を組み入れても、無駄な治療が行われるよりずっとコストは安上がりだろう。これまでワクチン療法、ガンの細胞移入など多くのガン免疫治療は「理論的には効くはずですからやってみましょう」と試行錯誤が続いてきた。今回の研究も含めて現在急展開しているガンの免疫療法は、その効果を合理的に予測し、患者さんの期待に100%答える治療法に大きく前進したことを意味する。エクソームを調べれば、個人用のワクチンを設計することも可能だ。期待を裏切らないガンの免疫療法元年が始まった。そのためにも、まず医療現場で新しい免疫療法の意味を完全に把握し、従来の試行錯誤的治療を排除していく努力が必要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月29日エボラビール遺伝子ワクチン(11月27日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年11月29日
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11月28日アメリカ疾病予防管理センターが発表した数字では、エボラビールス感染者は15000人を突破した。このような数字をほぼリアルタイムで報告し(WHOのサイトよりずっと見やすい)、軍隊を中心に緊急援助を展開するアメリカの貢献には頭がさがる。一方、我が国の首相はエボラ援助に関する国際会議のスピーチで「何としてもエボラ出血熱の流行に終止符を打たねばなりません。日本としても能うかぎりのことをする決意であります。・・・これまでの取組を強化するため、新たに4000万ドルの支援を行うことを、この場でお約束します。」と、結局は援助金の増額を約束するにとどまらざるを得なかった。国際会議でのスピーチで金の話しかできず、専門家10名を現地に派遣したのが精一杯という状況でスピーチを強いられて、世界の前で恥をかかされた首相はさぞ悔しかったことだろうと察する。アメリカに目を移せば各国への人的支援だけではない。新しい治療やワクチンにも緊急援助を行い、感染を早期に食い止めようと必死だ。今日紹介するアメリカNIHからの論文は、エボラワクチンの臨床試験が加速しており、実現に近づいていることを報告する論文で、11月27日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Chimpanzee adenovirus vector Ebola vaccine-preliminary report(チンパンジーアデノウィルスベクターを用いたエボラワクチン、予備的報告)」だ。パストゥール以来様々なワクチン製造法が開発されてきたが、徐々に遺伝子工学をもちいる手法に変わりつつある。安全性や、ウィルス側の変異に迅速に対応するためにも、機動性が高い。今回使われたウィルスベクターはチンパンジーのアデノウィルスを改変したベクターで、このベクターにエボラウィルスのグリコプロティンを組み込んでワクチンを作成している。論文を読むと、2011年に開発が始まったらしいが、サルを用いた研究でこのウィルスベクターのワクチンとしての高い能力が示されていたため、このベクターが選ばれたようだ。2014年5月にエボラの発症が確認されたすぐからFDAと話し合い、認可までの道筋を圧縮することが決まり、今回の第1相試験が行われた。エボラウィルスのグリコプロテインも系統により異なるので、2種類のグリコプロテインを組み込んだベクターを含む様々なベクターが作成され、健常人に200億個、2000億個のウィルス粒子を一回投与して、抗体とT細胞免疫の出来方を調べている。結果は上々で、2000億個を投与すると4週で抗体価が平均で500倍上昇し、T細胞免疫記憶も成立しているという結果だ。特にT細胞記憶は、2度目の免疫やビールスの進入で、強い2時免疫反応が起こることを期待させる。第1相なので、もちろん安全性の確認が目的だが、ワクチン接種後すぐに発熱した人が2割に出ているが、対応可能ということで次の段階に進める。かなり期待できる結果だと思う。この論文についてはNBCニュースもHope at last, trial Ebola vaccine seems to work (ようやく希望の光、エボラワクチンの効果がありそうだ)と詳しく報告している。エボラの死亡率は感染者の半分以上と恐ろしい。しかしパストゥールが立ち向かった狂犬病は死亡率100%だ。この緊迫感の中で、着実に技術を開発する医学はやはり誇らしく思う。しかし、我が国の国際貢献のあり方についてはせめてアメリカの10%の能力が出せる程度を目標に再検討すべきだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月28日:バンパイア伝説の検証(11月26日PlosOne掲載論文)

2014年11月28日
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今日は出張で朝時間がないので、読みやすい結論のはっきりした論文を取り上げる。何年か前ルーマニアをレンタカーでまわったが、もちろんドラキュラ伝説で有名なブラン城も訪れた。城郭としては普通の作りで、ヨーロッパではどこにでもある城だが、観光客の列が途絶えない賑わいようで、やはりドラキュラ伝説の後押しが大きいことを実感する。実際、周りの土産物屋はドラキュラグッズで満ち溢れているが、一歩城に入ると伝説を偲ぶためには想像力が必要で、この落差もまた面白い。今日紹介する南アラバマ大学からの論文は、ドラキュラではないが、17世紀のポーランドの村落で、バンパイアを人々がどう考えていたかを研究した面白い論文で、PlosOneに11月26日に掲載されている。タイトルは、「Apotropaic practices and the undead: a biogeochemical assessment of deviant burials in post-medieval Poland (厄除けとゾンビ:中世以後のポーランドで特別の埋葬が行われた遺骨の生物地質化学的評価)」だ。まずこの研究に参加しているのはアメリカとカナダの研究所だけで、ポーランドの研究所は参加していない。しかし、著者名を見るとGregorickaとPolcynという名前があり、アメリカ在住のポーランドゆかりの人が、故郷の研究を行っているような雰囲気だ。研究ではポーランドのDrawskoという村のお墓の調査で見つかった6体の魔除けが行われた遺体が、よそ者なのか、それとも村落の構成員なのかが調べられている。論文によると、東欧のバンパイアは、外部から来て村人を襲うと考えられていたよそ者と、死に切れずに悪霊になてしまった村民の霊が屍体を生き返らせたバンパイアに別れるようだ。ポーランドの民話は後者の方で、多くの霊は霊界をさまようだけだが、一部の霊はバンパイアとして屍体を生き返らせ災いをもたらすように描いている。では誰の霊がバンパイアになるのか?よそ者なのか?ノートルダムのせむし男のようなハンディキャップを持った人たちか?これを調べるにはこれまで文献を当たる以外になく、誰が悪霊とみなされたのかの基準についてはよくわかっていなかったようだ。今回、多くの屍体の中で、首に石が置かれ、口の中にはコインを詰められた遺骨や、あるいは草刈り鎌が首に置かれた遺骨が見つかり、明らかにバンパイア封じが行われている証拠が見つかった。これを利用して、ではこの魔除けを施された遺体はどんな人だったのかを調べようとしている。まず、遺骨には特にハンディキャップはない。年齢も多様で、特徴はない。最後に、よそ者か地元の人かどうかを、ストロンチウム87とストロンチウム86の比を調べて検定している。この比は、その土地の土の成分を反映し、村で長く暮らしている村民の骨は食物からこの土地の成分を摂取するため、ほぼ土壌と同じ値を示す。すなわち、普通に埋葬された遺骨の示す値から大きく逸脱しておればよそ者の遺骨と結論できる。さて結果だが、魔除けを施された遺骨も、普通に埋葬された遺骨と同じ値を示しており、よそ者でなかった。結果はこれだけで、結論として疫病が流行する初期に最初に亡くなった人がバンパイアとして疫病を広めるのではと想像している。もちろん将来は遺骨から遺伝子も回収できるはずで、このような村落の成立をゲノムから見直すこともいつか行われるだろう。リチャード三世だけでなく、墓からもう一度歴史を調べ直す動きは今後もますます加速すると思う。次は何が出てくるか楽しみだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月27日:マウスY染色体から見える男女の競争(11月6日Cell誌掲載論文)

2014年11月27日
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論文を読んでいると、知識はあると思っていたのに何も知らなかったことに気づき驚く。今日紹介するマサチューセッツ工科大学から発表されたマウスY染色体の話もその典型だ。これまでY染色体はなんとなく消え去る運命にあると思っていた。構造上ヘテロクロマチンと呼ばれる凝縮した染色体構造をとり、存在する遺伝子も少なく、組み換えが起こらない。このような構造から見て、なくなってもいい染色体と思っていた。しかしこのマウスY染色体塩基配列の完全解読の論文を読んで認識が変わった。タイトルは「Sequencing the mouse Y chromosome reveals convergent gene acquisition and amplifyication on both sex chromosomes(マウスY染色体全塩基配列から、両性染色体での遺伝子の収斂的獲得と増幅が明らかになった)」で、11月6日号のCellに掲載されている。もともとY染色体は繰り返し構造が多く、完全に塩基配列を解読することができていない。このグループはY染色体を完全にカバーするライブラリーを作成して99%まで完全と言える解読を完成させている。完全と言えるまで一人になってもやり遂げるという強い意志を感じる仕事だ。その結果、常識は覆された。まずマウスY染色体はヒトY染色体とは違い凝縮が全くないユークロマチンで、数多くの遺伝子が存在している。たとえヒトやサルでY染色体が消え去る運命にあっても、マウスでは全く様相を異にする。次に、性染色体が常染色体から分離した時に存在していた最初の頃の遺伝子をほとんど失っており、この部分は全体の2.2%しかない。言い換えるとX染色体から大きく分化している。驚くことに、古い遺伝子を捨て去った後の残りの98%にはマウス独自の新しく獲得された遺伝子で満たされている。さらに、この新しい遺伝子8種類のうち、3種類(Sly, Srsy, Ssty)で、それぞれ126,197,306と凄まじい増幅が起こっていることだ。また、これらの遺伝子の相同体がX染色体にもあり、これらにも増幅がみられる。重要なのは、X染色体上にある相同遺伝子も精子に発現している点だ。増幅は、XYの組み換えで起こったとは考えられない。すなわちX、Y独立して増幅を行っているようだ。なぜこんなことが起こるのかを解明するには、もう少し様々な種を比べる必要があるだろう。面白いことに、Y染色体が短くなってこれら遺伝子の量が減ったマウスでは、不妊になる代わりに性比がメスに偏ることが知られている。ここから想像を逞しくすると、X、Y染色体がメス、オスの比を自分に有利にしようと軍拡競争を行っているように思える。Yはオスを増やすために3種類の遺伝子をできる限り増やそうとする。一方、Xも負けじと相同遺伝子を増幅しメスの割合を増やそうとする。この競争の結果Y染色体は消え去るどころか、ますます存在感のある染色体へと発展する。逆に人間はこの軍拡競争はやめて男女の平和共存を進めてきたようだ。Y染色体の存在感が薄れて女性化するのは人類が選んだ戻ることのできない道だ。競争か共存のどちらが種の繁栄をもたらすのか、見届けられないことははっきりしているが面白い。大変勉強になる論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月26日:いい匂いはどう認識されるのか(11月19日号Neuron誌掲載論文)

2014年11月26日
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匂いの基本は、化学物質と嗅覚受容体の相互作用により誘導される細胞の電気的興奮だが、個々の嗅覚受容体は反応できる化学物質の特異性が厳格に決まっている。一方、私たちが匂いを感じる時は、様々な化学物質が複雑に混じり合った混合物を、一つの匂いとして特定している。例えばワイン、ウィスキー、日本酒とそれぞれを感じ分けている(少なくとも私は)。すなわち複数の嗅覚細胞の興奮を統合して一つの表象と対応させることが必要だ。この過程について研究したのが今日紹介するシカゴ、ノースウェスタン大学の論文で、11月19日号Neuron誌に掲載された。タイトルは「Configuration and elemental coding of natural odor mixture components in the human brain (自然に存在する匂い物質の混合物を人間の脳内で構造的かつ要素的コード化)」だ。さすがアメリカの研究で、ニオイ物質としてピーナツバターを選んでいる。まず、ピーナツバターの匂い成分をガスクロマトグラフィーと質量分析機で14種類の要素に分解している。もちろん他にも検出できない多くの要素があり、全部を要素化することは困難だ。これが自然の匂いを研究する難しさだ。この問題を克服するアイデアが面白い。全要素を突き止めて再構成するのは諦めて、この14要素とピーナツバターとして感じられる匂いの関係に絞って調べている。そのために、実験ではなんと被験者にピーナツバターを嫌という程食べさせて、もうピーナツバターは見たくないという気持ちが、各要素の認識にどう影響するか、自覚的評価とMRIによる脳内の活動状態を調べている。思わず笑いがこみ上げる実験だ。これを思いついた時点で実験は終わっていると言える。ピーナツバターが好きでも、やはり嫌になる程食べた後でまた匂いを嗅がされると、好感度は落ちる。この時脳内のどこで活動の変化が見られるかを調べると、OFC(眼窩前頭皮質)、AM(扁桃体)、AI(前部島)の3カ所で反応の低下がみられる。すなわちもう十分という意識に影響される部分が特定できた。次にピーナツバターを食べさせた後、個々の成分を別々に嗅がして、脳内の3領域で反応が低下するかどうかを調べている。さて結果だが、12の要素のうち、4要素で自覚的好感度が落ち、これと対応して、4要素を嗅いだ時のOFC、AMの反応も低下する。しかし残りのほとんどの要素はPBを食べ過ぎた影響を受けないという、曖昧なものだ。結論も、脳は個別の匂い要素に対応しつつ、全要素を構造化して認識していると明快でない。しかし私も結論がそう簡単に出るとは思はない。ピーナツバターをいやになる程食べさせたというアイデアだけで十分だ。読んで思わず笑いがこみ上げる論文など、そうお目にかかるものではない。今後に期待しよう。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月25日:地道に進む血友病の遺伝子治療(1 1月20日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年11月25日
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連休中、興味にまかせて少し難しい論文を紹介しすぎたので、今日はわかりやすい、血友病の患者さんにとって期待の持てる論文を紹介する。遺伝子治療の可能性の研究が始まってからおそらく30年は経つだろう。私が熊本大学の教授をしていた1991年、当時日本で遺伝子治療を手がけていた北海道大学小児科から遺伝子治療の基礎を研究したいというO君を受け入れた。ちょうど日本全土に大被害をもたらした19号台風の年だったのでよく覚えている。O君はその後も初志を貫いているが、遺伝子治療の歩みは遅かった印象がある。それが最近になってこのホームページでも今年に入ってすでに遺伝子治療の臨床治験を4回も紹介しているように、急速に臨床応用が進み始めた印象がある。今日紹介する英国血友病センターからの論文は長年開発が続けられてきたB型血友病に対する遺伝子治療の臨床治験の結果で、実用化が近いことを確信できる結果だ。論文のタイトルは「Long-term safety and efficacy of factor IX gene therapy in hemophilia B(B型血友病に対する第9因子遺伝子治療の安全性と効果についての長期調査)」だ。血友病は血液凝固因子第VIII因子、第 IX因子の遺伝子変異により起こる病気で、基本的には血液凝固が起こらないため出血がおこる。原因がはっきりしており、凝固因子を補充することで出血を止めたり予防することができる。以前問題になった凝固製剤へのHIVウィルスや肝炎ウィルスの混入は組み換えタンパク製品が使えるようになり解決したが、一本数万円する凝固因子を打ち続けなければならないという問題は解決しない。この論文の試算では、1年間に25万ドル(ほぼ3千万円)のコストがかかるようだ。このような状況を打開するため、かなり以前から遺伝子治療ベクターの開発が続けられ、2000年を過ぎると臨床治験に進んだ。しかし期待に反し安定的に凝固因子は生産されず、更にベクターに用いたアデノウィルスに対する免疫反応による肝炎が多発し治験は失敗に終わった。この失敗を受けて、自己相補型のアデノウィルスベクターが開発され、また遺伝子もタンパクの産生が最適になるようコドンを変化させ、2011年ようやく第1相治験にこぎつけている。この結果安全性が確認され、低〜中用量4人、高用量6人の2相試験のへと進んでいる。患者さんは一回だけ遺伝子を投与され、その後は必要な場合だけ凝固因子を補充するという形で2−4年経過を観察している。結果は、高用量の遺伝子を投与された患者さんでは確かに肝炎などの副作用が出るが、6人中5人がほぼ凝固因子補充を行わなくとも出血が起こらない程度に、導入した遺伝子から第IX因子が作り続けられたという結果だ。副作用も、プレドニンの治療で対応可能で、ついに実用化が可能なレベルに到達したと言っていいだろう。これまでの経過を見ると、合理性のある治療は時間がかかっても必ずいつか実現するという印象を私自身は持つ。一方、ウィルスの混入問題など、これまで医学に振り回されてきた患者さんにとって、この治療を受けるかどうか難しい決断だと思う。医学側としては、これで満足しているはずはない。副作用の原因もはっきりしており、さらに改良を重ねたベクター作成を目指して欲しいと思う。多くの分野で遺伝子治療が現実になりつつあることを実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月24日:研究は課題とアイデア次第(11月20日号Cell掲載論文)

2014年11月24日
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昨日に続いてDNA複製開始点の話で申し訳ないが、最も興味を引いた論文だったし、また連休ということでお許しいただこう。この2日間見てきたように、遺伝子組み換えやDNA合成は危険と隣り合わせだ。わざわざ安定なDNAを切断したり、2重鎖をほどいたりしなければならず、失敗の起こりやすい過程で、その結果様々な突然変異の原因となる。昨日紹介した複製単位の核内での構造化は、この変異を極力避けるための一つの手段だが、複製単位の個人ごとの多様性がガン体質につながる可能性もある。この問題に取り組んだのが今日紹介するハーバード大学からの仕事で11月20日発行のCell誌に掲載された。タイトルは「Genetic variation in human DNA replication timing(ヒトの複製タイミングの遺伝的多様性)」だ。複製開始点の多様性を調べることはそう簡単でない。昨日紹介したように、細胞を試験管内で増殖させ、BrdUを取り込ませ、合成したばかりのDNAの配列を決定する過程を何十人、何百人について行う必要がある。お金も、人手もかかるため、研究はあまり進んでいなかった。この従来法に代わる名案を示したのがこの仕事だ。しかしこんなアイデアを思いついて、それがうまく行った時は上等のワインの栓を抜いただろう。アイデアはこうだ。ゲノム解析に用いられる次世代シークエンサーはshort readと呼ばれるように、ゲノムの短い断片を読んで、それを手本を下敷きにして重ねていく。配列の正確度を統計的に確保するため、同じ断片を何回も繰り返して読む。これまでは断片あたりの読む回数は大体同じとして、少々の差を無視してきたが、DNA合成している細胞では、当然複製開始点に近い断片ほど多く存在し、読まれる回数は増えるはずだ。すなわち各断片の出現回数として、ゲノム解析自体の中に複製単位の情報が含まれるというアイデアだ。これを確かめるために、幾つかの細胞株で複製単位を調べる通常の方法と、同じ細胞のシークエンスデータの中から再構成した複製単位とを比べ、ほぼ正確な一致が見られることを確認して、次に進んでいる。この仕事はこのアイデアが全てだ。あとは実験は必要ない。これまで1000人ゲノムとして公開されているデータのうち、試験管内で増殖しているリンパ球のゲノムを解析した161人のデータを抽出してきて、複製開始点をマップしていく。確かに増殖中の細胞では開始点を特定できるが、増殖していない血液細胞のゲノムデータでは開始点を特定できない。細胞が活発に増殖していることが重要だ。さて、多様性を調べるために161人は数としては十分だ。データを解析するだけで以下の結論を得ている。1)複製開始点はほとんどの人で保存されているが、中には個人差がハッキリする場所がある。2)開始点の活性の大きな差が認められる場所が20カ所特定できるが、小さな差になるとおそらくもっと多い。3)この20箇所での変化の内訳は、開始点が消失する場合が52%、開始点の高さが高くなるもの(開始が早まるような変異)が25%、開始後の合成速度が遅くなるものが23%。4)1000人ゲノムのデータを使っているため、この変異の背景にある遺伝子配列の変化、いわゆるSNPも明らかにできる。間違いなく遺伝子配列の多様性が開始点の多様性につながっている。5)昨日にも紹介したように開始点が染色体構造と密接に関わっており、RNA転写活性の高い場所に開始点が存在している場合が多い。このように、これまでのデータをうまく利用するだけでずいぶん多くのことを明らかにできることを示した上で、ガン体質に関わる課題に取り組んでいる。これまでの研究から、白血病に繋がるJAK2と呼ばれる分子の突然変異が起こりやすさと相関するSNPが明らかにされていたが、このSNPが突然変異の頻度を上昇させるのかはわからなかった。この研究で、このSNPがまさにこの開始点の活性の小さな違いと相関していることが明らかになった。この場所では、複製の方向と転写の方向が逆向きになっている。実際にはほんの少し複製の開始が普通より早くなるのだが、この結果遺伝子自体が脆弱になるのではないかという仮説を提出している。仮説については将来の検証が必要だが、複製開始点の多様性が染色体の脆弱性につながり、突然変異が起こりやすくなる可能性は大いにある。その意味で、今回示された新しい複製開始点特定方法は、この問題の解明に大きな貢献をするのではないかと思う。今私たちの周りにはガン細胞も含めた増殖細胞の膨大なシークエンスデータがある。これをDNA配列データだけと見るか、他の情報も含んでいると考えるかは研究者の根本的資質の差を反映していると思う。いずれにせよ、よくわからないガンの家系の一部も、この視点から解明される日は近い気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月23日:DNA複製から見える統一場の理論(11月20日号Nature掲載論文)

2014年11月23日
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昨日はゲノム全体に分布する遺伝子組み換えのホットスポットの出来方を研究した論文を紹介した。今日は、DNA複製の開始点を制御している核内マトリックスについて研究したフロリダ大学からの論文を紹介する。タイトルは、「Topologically associating domains are stable units of replication-timing regulation (局所構造的に集まっている領域は複製開始調節の安定的単位になっている)」で、11月20日号のNature誌に掲載された。ヒトの細胞は分裂するたびに30億塩基対もある大きなゲノムをほぼ正確に複製する。これだけ大きいともちろん一本の染色体を端から端に複製していたのでは時間がかかりすぎる。実際には500Kb程度の領域に分けて同時に複製する。それぞれの領域では開始点では早くDNAが複製し、時間とともに終点へ向けて複製が進む。次世代シークエンサーや、細胞周期解析法の進展のおかげで、ゲノム全体の複製単位を開始点から終点まで決定することが可能になり、細胞の種類に応じてこの単位が変化することもわかってきた。これを可能にした方法だが、複製時DNAに取り込まれるBrDUという分子に対する抗体を使って遺伝子断片を精製し次世代シークエンサーで配列を決めることで、特定の時点でDNA合成が進んでいる場所を決めることができる。また、複製が開始したばかりの細胞から、複製を終えようとしている細胞まで、複製の異なる段階にある細胞を集めることも可能になっている。この二つの技術を組み合わせると、各領域での複製の開始点、終了点を決めて各複製単位の境界を特定することができる。すなわち、複製単位でゲノムを領域わけすることができる。もうひとつ最近可能になったゲノムの分け方は、核内のマトリックスとによりDNAがひとまとめにされていることを利用する分け方で、局所的に集まっているDNA領域を一つの単位として特定するHi-Cと呼ばれる方法を用いて行う。この局所にまとまったDNAの内の特殊なケースに、核の表面に集まったLamina associating domain(LAD)がある。前置きが長くなったが、複製単位と、核内での幾何的位置との関係を調べたのがこの研究で、結論は明快だ。すなわち、両方の方法で分類したゲノム単位がほぼ1対1の相関関係を持っているという結果だ。特に重要なのが、細胞が変わると複製単位も変化するが、この変化に呼応して複製単位の幾何学的局在が変化することだ。この原因を探っていくと、複製開始領域が、転写に直接関わる分子が結合している部分と重なることがわかり、核内での各領域の幾何的位置を調節することにより、細胞特異的な転写を複製が邪魔しないよう調整が行われている構図が浮き上がる。まとめると、それぞれの複製単位の核内の位置は、細胞種に応じて個別に調節されており、これにより転写や複製の開始が起こりやすい場所決め(実際には核の内側にある)が行われることで、細胞の性質を損なうことなく複製を繰り返すことが可能になっているという結論だ。今日も一般の方にはわかりにくい話だったと思うが、人間のゲノムのような大きな情報は、複製から転写まで全ての過程を統合しないとうまく利用できないことを示す納得の研究だと思う。しかしENCODEプロジェクトが急速に進展していることを実感するが、我が国から理研しか参加しないというのも問題だ。ゲノムプロジェクトに対する我が国の取り組みを根本的に改める時が来ていると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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