とはいえ、薬を飲むよりは飽和脂肪酸を減らし、生活の中で動脈硬化を予防するのが本道と考える人は多い。その結果、シャレにならないほど例えばリノール酸XXXと不飽和脂肪酸をうたった食品が街には飽和している。
このブームのルートを辿ると1960年代、アメリカ心臓学会が、心臓発作の原因となる動脈硬化を防ぐため、飽和脂肪酸(動物性脂肪)を不飽和脂肪酸(植物性脂肪)で置き換えた食事に変えるよう提言を出したことに始まる。この提言を受けて、心疾患のある方の脂肪を植物性脂肪に置き換えるSydney Diet Heart Study(SDHS) と今日紹介するMinnesota Coronary Experiment(MCE)と呼ばれるコホート調査が行われ、植物性脂肪に置き換えることでコレステロールが確かに低下することが示された。
ただ、コレステロールが下がったからといって心臓発作が減ったことにはならない。これを確かめるためSDHSの対象者について心臓発作の発症が再調査され、驚くべきことに植物性脂肪に置き換えた群の方が心臓発作の発症率が高いことが2013年のThe British Medical Journal (http://dx.doi.org/10.1136/bmj.e8707) に発表された。
ただこの研究は心臓病を持つ方が対象で、一般の人で同じことが言えるかどうかはわからない。この問題をさらに掘り下げるため、SDHSに続いてMCEの対象者について調べたのが今日紹介するThe British Journal of Medicine: doi: 10.1136/bmj.i1246に掲載された論文で、タイトルは「Re-evaluation of the traditional diet-heart hypothesis: analysis of recovered data from Minnesota Coronary Experiment (1968-1973)(食事と心疾患に関する伝統的仮説の再検討:ミネソタ冠動脈研究からデータの再調査)」だ。
MCEの概要を読むと、1960年代だからできたと思われる研究だ。ダイエットの研究が難しいのは、同じ食事を対象者が取り続けることは不可能な点で、自己申告に基づいて介入ができたかどうか判断するしかない。一方この研究では精神的、身体的原因で長期間施設に入院している患者さんを無作為化して、動物性脂肪を使った通常食と、飽和脂肪酸を植物性脂肪で置き換え、その結果リノール酸を通常の2.8倍含んでいる食事に割り振り、3−4年間追跡している。おそらく無作為化した対象の食事制限を行ったという点では、ほぼ完全な研究で、もう2度とできないのではないだろうか。
結果だが、実は1981年、この研究が(http://www.psych.uic.edu/download/Broste_thesis_1981.pdf) 最初発表された時から、動物性脂肪をリノール酸主体の脂肪に置き換えることにより血中コレステロールは確かに低下するが、死亡率では差が見られないか、逆に食事制限した方が死亡率が高いという結果を示していた。ただ、アメリカ心臓学会の提言が頭にあったのだろう。この問題がさらに追求されることはなかった。
今回の研究では、この時のデータをもう一度掘り起こし、解剖所見を含む死亡例の詳しい検討をやり直し、死亡率に限って食事制限の効果を調べている。結果は、データが掘り起こせた全てのケースで、コレステロールは植物性脂肪に変えることで著明に低下する。しかし、死亡率で見ると通常食群の方が良好で、特に女性では大きな差になっているという結果だ。すなわち、飽和脂肪酸を単純に不飽和脂肪酸で置き換えた食事は、いくらコレステロールを下げても、死亡率を逆にあげることがあることを明確に示している。
ただこの結果から、すぐにコレステロールを下げると体に良くないと結論するのは間違っている。HOPE治験が示すように、動脈硬化を抑えることで心臓発作を減らすことができる。要するに、動物性脂肪を植物性に置き換えればいいという単純思考が間違っている。間違っても食の一面だけを強調して、リノール酸XXXと宣伝している機能性食品や特保マークの付いた食品に惑わされないこと、これを今日紹介した論文は教えてくれている。
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