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8月19日:細胞なしに抗原刺激を再現する(Scienceオンライン版掲載論文)

2016年4月19日
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  今、ガン特異的抗原に対する抗体と、抗原に反応して活性化されるキラーT細胞のシグナル分子を合体させたキメラ遺伝子を導入したCART治療が、結果の予想が可能な論理的ガンの根治療法として注目を集めている。この技術は、私がまだ免疫学と関わりがあった30年前に、抗原刺激によるT細胞の活性化に関わるシグナル伝達経路の解明に取り組んだわが国を含む多くの研究者達の成果だと言える。しかし少し目を離している間に、T細胞抗原受容体(TcR)からのシグナル経路を、完全に細胞が存在しない試験管内の実験系に移せるようになっていたとは思いもかけなかった。
   今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校の論文は、細胞膜上のTcRによって活性化されるシグナルを、人工膜上で再構成できることを示した研究でScienceオンライン版に発表された。タイトルは「Phase separation of signaling molecules promotes T cell receptor signal transduction(シグナル分子の位相を分離することでシグナル伝達を促進する)」だ。
  これまでシグナル分子の再構成実験というと、生きた細胞にシグナル分子をコードする遺伝子を導入して、シグナル分子の動態や細胞の反応を調べるのが普通だった。この研究ではTcRから細胞骨格の重合反応まで全部で12種類のシグナル分子を人工膜上で再構成し、全く生きた細胞を使わないでシグナル分子の相互作用を研究している。この時、LATと呼ばれる、TcRからのシグナルでリン酸化され、それ以降のシグナルの仲立ちをする分子を中継点としてシグナルを再構成している。例えば、LATは人工膜上を単独で行動しており、蛍光標識しても顕微鏡で見ることはできないが、TcR受容体(CD3)、LcK、Zap70とLATより上流のシグナルをつないでくると、LATが膜上で集まり顕微鏡で見えるクラスターを作る。その時、脱リン酸化酵素の作用が強いと、このクラスターは消失する。このように、 TcR刺激から始まるLATの集合離散をダイナミックに可視化することに成功している。この時脱リン酸化作用を持つCD45は、Zap70がTcRに集まるとLATのクラスターから排除されることも、分子の実際の行動として見ることができる。
   更に、LATがリン酸化された後のシグナルも、活性化型LATが下流のリン酸化酵素Nckのクラスター化を促進し、それによってアクチンの重合が誘導されることまで可視化することに成功している。
   シグナル研究という点では、示されたシナリオは、これまで知られていたことの確認だが、それを全く生きた細胞を使わず再構成したことには驚かされる。もちろん知らなかったのは私だけかもしれないが、これまで抽象的に理解していた過程が、具象的に現れるのを見ると感動する。勿論研究面でも、本当の生化学が可能になるだろう。21世紀、無生物と生物の橋渡しが確実に進む実感が湧いてくる。
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