そんな我が国の低空飛行をよそに、どんどん新しい可能性がゲノム編集にもたらされている。中でも今日紹介するCRISPR技術の開発者の一人Charpentierさんの研究所から4月28日号のNatureに発表された論文は、これまでの実験手法を大きく変える可能性を持っている研究に思えた。タイトルは「The CRISPR-associated DNA-cleaving enzyme Cpf1 also processes precursor CRISPR RNA(CRISPRに連合したDNA切断酵素Cpf1はCRISPR RNA前駆体の処理も行う)」だ。
詳しく紹介する余裕はないが、CRISPR系が働くためには、侵入してきたウイルスなどのDNAやRNAの断片を切り出して宿主ゲノムのCRISPRアレーに挿入するシステム、転写されたCRISPR-RNAを処理してガイドRNAを生成するシステム、そして再度侵入してきた外来DNAを見分けて切断するシステムが必要で、それぞれに関わる分子は多様化している。事実、現在編集に最もよく使われているCAS9の見当たらないCRISPR系も存在する。そんな一つがFrancisella Novicidaと呼ばれるグラム陰性菌の持つシステムで、Cas9の代わりにCpf1と名付けられた分子が、ガイドRNAに導かれて外来DNA を切断することが明らかになっていた。
この研究の鍵は、転写されたRNAからガイドRNAを生成するためのこれまで知られていた分子機構がFrancisella Novicidaに見つからないことに注目し、外来DNAを切断するCpf1がガイドRNA生成にも関わっているのではと着想したことだ。結果は期待通りで、精製したCpf1タンパク質はCRISPR反復配列内のヘアピン構造を認識してRNAを切断し、ガイドRNAを形成できることを明らかにした。すなわち、一つの分子が、ガイドRNA生成と外来DNAの切断の二役を演じていることを明らかにした。論文では、この2つの酵素活性についてさらに詳しく検討しているが、詳細は省いていいだろう。これまで、別の酵素が関わっている2つの重要過程を全部こなす一つの分子が発見されたことで、Cas9とガイドRNAを別々に調整して導入する現在の方法が、Cpf1遺伝子の下流に編集したい箇所の配列を反復配列と一緒に並べた遺伝子を導入するだけの方法で置き換えられる、極めてエキサイティングな可能性を示している。
この論文は淡々と書かれたプロの仕事といった風で、決して上に述べた可能性を直接的に述べてはいない。しかし、間違いなくこの可能性は、さらに使いやすい遺伝子編集技術へと発展するだろう。さすがこの分野の開発の仕事だと納得する。
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