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5月3日:ちょっと恐ろしい話?高脂肪食の脳への影響(5月5日号Cell掲載論文)

2016年5月3日
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  データが明確になるよう様々な条件を課した実験条件で行われた結果をみると、「え、こんなことが起こるのか!」と驚くことがよくある。特に、私たちの日常生活に潜む問題が、誇張されているとはいえ明確に示されると、背筋が寒くなることすらある。
   今日紹介するドイツ・ケルンのマックスプランク代謝研究所からの論文は高脂肪食を続けることにより脳に様々な急性変化が起こることを教えてくれるとともに、この変化を元に戻すための機構について理解させてくれる面白い研究で5月5日号のCellに掲載された。タイトルは「Myeloid-cell-derived VEGF maintains brain glucose uptake and limits cognitive impairment in obesity (肥満では顆粒球細胞に由来するVEGFによって脳へのブドウ糖の取り込みが維持され、これにより認知機能障害を防いでいる)」だ。
   高脂肪食が肝臓や脂肪組織に働きかけてインシュリン抵抗性を伴う代謝変化の原因になることは詳しく研究されているが、これまで研究が進んでいなかった脳への影響を調べるのがこの研究の目的だ。
  まず最初の驚きは高脂肪食に変えてすでに3日目で脳のグルコーストランスポーター遺伝子Slc2a1の発現が50%も低下することだ。しかもこの低下に呼応して脳内へのブドウ糖の取り込みが低下する。ステーキを食べると眠たくなるのはこのせいか、などと悠長な話ではない。片方の染色体でこの遺伝子が欠損するマウスでは、半数が脳活動が維持できず死亡することを考えると、高脂肪食は急性ではあっても深刻な脳の活動低下につながることがわかる。
   もちろんこのままだと、高脂肪食を続ければ、メタボになるより先に脳の活動異常で死亡することになる。幸い、この急性のブドウ糖の取り込み不全は徐々に回復に向かい、1ヶ月目ではほぼ正常化する。脳での代謝異常を察知してSlc2a1の発現を元に戻す仕組みがあるようだ。
   この研究では脳内のグルコーストランスポーターの発現の変化が脳血管関門に存在する血管内皮で起こっていることを突き止めて、血管内皮のSlc2a1を正常化するメカニズムについて調べている。
   第2の驚きは、トランスポーターの働きを調節しているのが血管内皮増殖因子(VEGF)で、これを全身投与することでトランスポーターの発現を元に戻すことができることだ。もしこれが正しいとすると、ガンの治療に用いられる抗VEGF抗体はガンの血管内皮増殖を止める代わりに、脳の代謝異常を引き起こす心配がある。この論文では、この治療の創始者であるFerraraが共著者に入っているためか、この問題については指摘がない。
  いずれにせよ、高脂肪食は脳血管関門にある血管内皮のSlc2a1発現を抑えて、グルコースの脳内取り込みを抑える。これを徐々にではあるが、血中で上昇するVEGFが元に戻すというシナリオだ。
   そして第3の驚きが、このVEGFを供給しているのが脳血管関門に多い、血液系の特殊なマクロファージであることだ。実際、血液細胞でVEGF遺伝子を欠損させると、Slc2a1の発現は元に戻らず、グルコースの取り込みは低いままになる。そして、この障害によってアルツハイマー型痴呆の発症が促進することも示している。
   話はこれだけだが、マクロファージや血管内皮がこれほど高脂肪食による代謝変化に関わるということは、高脂肪食が炎症を引き起こし、メタボ以外にも多くの異常につながっているということを理解させてくれる。少し誇張しすぎかと心配するが、面白い論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月2日 睡眠と覚醒の調節機構研究の新しい展開(4月29日号Science掲載論文)

2016年5月2日
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   このホームページでも睡眠と覚醒を調節している機構についての研究を何回か紹介してきた。研究は、眠りの様々な状態を維持するための神経サーキットについて研究する方向と(http://aasj.jp/news/watch/2210)、脳脊髄液内の物質の変化を追求する方向(http://aasj.jp/news/watch/608)、に大別できるようだ。それぞれの研究を読むと、門外漢の私などはすぐに説得されるが、よくよく考えてみると、どちらの方向からも、最初から最後までの因果関係を説明するシナリオは出ていない。しかし、素人に取っても面白い研究の多い分野であることは確かだ。
   今日紹介するロチェスター大学からの論文は、細胞外のカリウム濃度が睡眠と覚醒のサイクルを反映しており、この濃度差が脳全体の興奮性を調節している主因であることを示した研究で、4月29日号のScienceに掲載された。タイトルは「Changes in the composition of brain interstitiall ions control the sleep-wake cycle(脳間質のイオン組成が眠りと覚醒のサイクルをコントロールする)」だ。
  これまでの研究で睡眠—覚醒サイクルに応じて脳脊髄液のカリウムを始めとする電解質の濃度が変化することが知られていた。ただ、この変化は脳細胞の活動性の結果が反映されていると解釈されていた。この研究では、脳のスライス培養をノルエピネフリン、アセチルコリン、ドーパミン、オレキシン、ヒスタミンが混合されたカクテルで刺激すると、確かに細胞外のカリウム濃度が上昇することを示した上で、次に神経興奮を完全に抑えるテトロドトキシン存在下でもこのカリウム濃度上昇が起こることを発見した。すなわち、カリウムの上昇には神経細胞自体の興奮は関わっていないことが明らかになった。
   次に同じことが生きた動物の脳で言えるのか調べるため、まず脳内の細胞外液の様イオン組成を調べてみると、1)覚醒時にカリウムが上昇、カルシウムとマグネシウムが低下すること、2)麻酔剤イソフルランで睡眠を誘導すると、これに呼応してカリウムが低下、カルシウム、マグネシウムが上昇すること、3)麻酔剤に最も早く反応するのがカリウムで他のイオン変化は遅れること、を見出している。
  最後に、睡眠覚醒時の脳間質液のイオン組成の分析に基づいて、睡眠時と覚醒時に対応する間質液を人工的に作成し、例えば覚醒しているマウスの脳脊髄液を睡眠時のイオン組成に変化させると眠りを誘導できること、逆に睡眠時の脳を覚醒時のイオン濃度に晒すと覚醒することを発見した。これらの結果から、脳脊髄間質液のイオン組成が覚醒睡眠サイクルを決める重要な要因であることが初めてわかった。
   もちろん、この電解質濃度のシフトを調節するメカニズムの解明には、さらに研究が必要だ。とは言え、このようにまだ現象論的研究だが、おそらくイソフルラン麻酔剤による睡眠の誘導、その後の覚醒の二つの状態を、脳の細胞外液を変えることで得られるという発見は大きな前進に思える。
   例えば、昏睡状態で脳幹の活動が停止している人の脳脊髄液はどうなっているのか?また、覚醒型のイオン組成に変化させれば何が起こるのか、私の脳でも覚醒される。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月1日:多細胞への進化(4月22日号Nature Communication及び5月19日号Cell掲載予定論文)

2016年5月1日
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  最初誕生した単細胞生物から多細胞生物が誕生するまでにおよそ25-30億年かかっている。生命誕生を38億年前とすると、いかに多細胞体制を支える分子機構の進化に時間がかかったかが想像できる。逆に、生物学者にとってこの過程の解明はやりがいのある研究対象と言える。
  今日はこの課題に対して最近発表された2編の論文を紹介する。最初の論文はカンサス大学を中心にした国際チームからの論文で、2300万年前に単細胞(クラミドモナス)、細胞集合(ゴニウム)、そして体細胞が分化した多細胞体制(ボルボックス)異なる体制をとるように分化した3種類の緑藻類のゲノムを比べ、多細胞体制に伴う変化を調べた研究で4月22日号のNature Communicationsに掲載された。タイトルは「Gonium pectorale genome demonstrates co-option of cell cycle regulation during evolution of multicellularity (Gonium pectoraleゲノムは多細胞体制の進化で細胞周期調節が始まったことを示す)」だ。
  この3種類緑藻類は同じ共通祖先から分かれていることが明確で、従ってゲノムの違いは大きくない。この研究ではボルボックスへの進化の過程で、CyclinD1の遺伝子の数が増えること、及び細胞周期の調節分子の一つRB1の構造が、ゴニウム、ボルボックスになるとクラミドモナスから大きく変化することを発見する。そこで、クラミドモナスのRB1遺伝子変異株(細胞が小さくなる)に、ゴニウムのRB1を導入して、RB1遺伝子の変化が、多細胞体制への決定因子かどうか確かめている。結果は期待以上で、ゴニウムのRB1を導入されると、単細胞のクラミドモナスが集合して細胞塊を形成することを見出している。この研究のハイライトはまさにこの機能ゲノミックス実験で、多細胞体制に向けてG1サイクリンの多様化が進み、細胞ごとの細胞周期が用意されるとともに、調節様式が変化することが多細胞形成をガイドすることがわかる。この研究では、ゴニウムからボルボックスへの変化も追求し、細胞外マトリックスが多様化することの重要性を示しているが、まだ機能的研究には進んでいないので割愛する。
   もう一編のイスラエル・ワイズマン研究所とスペイン・ポンペウ・ファブラ大学からの論文は多細胞体制に最も近い単細胞生物Capsasporaを選んで、ヒストン修飾などの遺伝子調節機構を、多細胞動物と比べている。タイトルは「The dynamic regulatory genome of Capsaspora and origin of animal multicellularity (Capsasporaゲノムの動的な調節と多細胞動物の起源)」で、5月19日号のCellに掲載予定だ。
  Capsasporaは生活環境に応じて単細胞体制、細胞集合、そして嚢胞形成と3種類の形態をとることができ、状態に応じて遺伝子発現を変化させることが知られている。この遺伝子調節に関わるエピジェネティックスを含む遺伝子調節機構をゲノム全体に調べ、多細胞体制に向かうための遺伝子発現調節条件を調べたのが今回の仕事だ。転写調節に関わる様々な機構の変化が示されているが、結論を箇条書きにすると、
1) ヒストン修飾機構などは多細胞動物とほぼ同じ。
2) 高度な転写因子ネットワークが存在する。
3) long non-coding RNAが転写調節に関わっている
などの多細胞動物と共通の機構がすでに存在する一方、多細胞動物で見られる離れた場所から転写を調節する遠位エンハンサーがほとんど発達していないことを発見している。すなわち、転写開始部位のすぐ近くだけで転写調節が完成していることを意味する。従って、ゲノムの構造をより複雑にして、遠い場所から遺伝子調節を行得るようになることが複雑な多細胞体制進化に必須であったことがわかる。
  多くの生物のゲノム解読は、着実に進化過程の研究に寄与し続けていることを実感する論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ
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