そこで、まず変異体も含む様々なHIV系統の感染を食い止める抗体とはどのような抗体かをまず明らかにし、同じような抗体を誘導する作戦を考える方向で研究が始まっている。すなわち、多くのエイズ患者さんの血清中の抗体を調べて、中和抗体の特徴を探ろうとする研究だ。この研究から、中和活性の強い抗体が出来ていることは確認できるが、そのほとんどが長い年月をかけて抗体遺伝子が変異を積み重ねた結果出来てきた抗体であることが明らかになった。すなわち、一回や2回のワクチン接種で同じような抗体を誘導することは難しいことが明らかになった。
そこで、大人の抗体を探す代わりに、エイズに感染して時間が経っていない幼児に高い活性のある中和抗体が存在していないか探索が始まっていた。
今日紹介するフレッド・ハッチンソンがん研究所からの論文は、生後3日ではウイルスが検出されず、3ヶ月にはエイズ感染が確認された幼児の血清を15ヶ月齢で調べ、発見された中和抗体についての研究で6月30日号のCellに掲載された。タイトルは「HIV-1 neutralizing antibodies with limited hypermutation from an infant (一人の幼児に見つかった突然変異の少ない抗HIV-1中和抗体)」だ。
結果だが、十人の感染幼児から10種類の中和抗体を分離することが出来、特にその中の一人から、多くのウイルス系統にわたって高い中和活性を示す抗体を分離することに成功している。この抗体を成人から得た抗体と比べると、多くの系統に反応できる点では同等だが、活性は低いことがわかる。しかし期待通り、抗体遺伝子にほとんど突然変異は蓄積していない。このことは、ワクチン接種後すぐに誘導される抗体の中にも、ウイルス感染を防御できる抗体が存在することを示している。
使われている抗体遺伝子は成人から分離された抗体と全く異なることから、おそらく大人の場合長期間の刺激により、最初は親和性が低く、弱くしか刺激されなかったB細胞が、時間をかけて進化し、優勢な抗体になっただろうと結論している。すなわち大人の反応と異なり、幼児の場合抗原刺激にすぐに反応できる抗体遺伝子を特定できることになる。他にも幼児の抗体が外殻の3量体を認識する、大人では見られない抗原特異性を持つことなど多くの結果が示されているが、重要な結論は突然変異を蓄積しない抗体遺伝子でウイルスに対応できる可能性を示したことだろう。
確かにワクチン接種後すぐに有効な抗体が作られる可能性は示されたが、例えば幼児で反応する抗体遺伝子のレパートリーの違いや、その違いが最初に持っている抗体遺伝子の差を反映しているのかなど、もう少し詳しく示してほしいと思った。さらに、同じ抗体が持続的に作られるのかもわからない。結局ワクチン開発への道はまだまだ険しいという印象を持った。
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