しかし、多くの論文を読んでチェックポイント治療を眺めている立場からみると、亡国の治療法と決めつける前に、この治療法の問題と、その克服法について我が国で真剣な研究が行われているのか疑問に思う。
我が国発という点だけが強調されるが、この分野で臨床基礎を問わず、トップジャーナルに掲載される我が国からの論文は、京大の小川誠二さんのグループが最近発表したNature論文以外ほとんど見たことがない。
ここでも紹介したが、様々なガンの免疫療法は、根治療法へ発展することが期待されている。根治を阻む問題点を整理し、問題があるならその克服方法の研究を臨床の側から進めること重要なのに、このような研究を推進する代わりに医療経済の議論だけが行われている我が国を見ると、専門家までがメディアと同じレベルの議論しかできなくなったのかと暗澹たる気持ちになる。
では世界ではどんな研究が行われているのか、論文を紹介しよう。
まずガンの抗PD1療法に対する抵抗性についてのUCLAからの論文でThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Mutation associated with acquired resistance to PD-1 blockade in melanoma(メラノーマのPD1阻害治療抵抗性に関わる突然変異)」だ。
チェックポイント治療はガンに対する免疫が成立していない患者さんには効果がない。このため、この治療が効果を示すのは2−3割にとどまる。この点については、ワクチン開発を含め、まず免疫を成立させる研究が進んでいる。
一方、効果が見られた患者さんでも20ヶ月以内に25%が再発する。これはガンが根治されていないだけでなく、生き残った細胞の中からがん抵抗性が現れることを示している。もっと長く経過観察すれば、根治できていない患者数はもっと増えるだろう。
この研究では4例のPD1抵抗性再発メラノーマをバイオプシーし、抵抗性に関わる突然変異の特定を試みている。
結果だが、4例のうち1例はガン抗原提示に関わるクラス1MHCの発現が抑えられた突然変異、2例はJak1,Jak2とガンのインターフェロン感受性が欠損する突然変異が特定された。残りの1例についてはエクソーム配列からは原因が特定できず、エピジェネティックな変化である可能性を示唆している。いずれにせよ、抵抗性の生まれる原因がわかって初めて対応が可能になる。その意味で重要な情報だ。
素人なりに考えると、重要なのはやはり初期の免疫を高めて、最初にがんを全て叩くことだろう。それが可能であることはキメラ抗原受容体を用いたCART療法で示されている。
もちろんワクチンを併用することが一つの解決で、最近だと例えばUCLAのグループはJournal of clinical investingationに、樹状細胞ワクチンとPD1を組み合わせると、極めて悪性のグリオーマでも延命期間を伸ばせることを示す論文を発表しているが、このような論文は数多い。
少し古くなるが、3月18日号のCancer Cellにテキサスサウスウェスタン大学のグループがPD-1と共に、がんに発現しているEGFRに対する抗体と、ガンの間質に作用してリンパ球の浸潤を促すリンフォトキシン受容体を刺激するLIGHTを結合させたキメラ分子を使うと、がん局所に多くのリンパ球が浸潤し、マウスモデルではあってもガンが根治することを示した論文を発表している。実際の臨床を考慮した、面白いアイデアだと思う。
真面目に論文を読んでおれば、同じような研究が世界中で行われているのがわかる。国内にしか目が向かない我が国の盲目のメディアがこれらの論文を紹介することは、その能力から考えると全く期待できないが、今日紹介したような論文はトップジャーナルに溢れかえっている。
問題はそこに我が国のプレゼンスがほとんどないことだ。例えば今日紹介した3編の論文では全く我が国からの研究が一編も引用されていない。
「引用が政治的」という声が聞こえそうだが、我が国のプレゼンスがないのは論文ウォッチャーとしての私の印象も同じで、我が国ではこの分野の研究が極端に遅れているように思う。
研究をおろそかにして経済論議にうつつを抜かす国に未来はない。
カテゴリ:論文ウォッチ