それでも1/3の人はガンにかかる。そしてガンの背景にはまずゲノムの様々な変化が伴っている。しかも、同じ種類のガンでもゲノムの変化が大きく違うケースも多い。従って、不幸にもガンにかかった場合、そのガンの様々な性質をできるだけ詳しく調べ、その個性に合わせた治療を行うことが望ましい。原理的には、これは可能になってきたが、しかし一人の診断に膨大なコストがかかることになり、一般人の治療としては現実的でない。その代わり、多くのガン細胞について、できるだけ網羅的に性質を調べ、ガンに関わる分子の関わりをパターン化し、このパターンと、抗がん剤の効果を確かめやすいがん細胞株のパターンを対応させて、細胞株の薬剤の反応性から対応するガンの薬剤反応性を予測、ガン治療戦略を立てるための研究が進んでいる。
今日紹介する英国サンガー研究所を中心にした英・米・蘭・独・西・仏・中の7カ国共同論文はガンの個別医療を実現するための基盤作りを行った研究だ。タイトルは「A landscape of pharmacyogenomic interactions in cancer(ガンの薬剤・ゲノム相互作用の全体像)」で、7月28日発行予定のCellに掲載されている。
研究では、これまでガンやガンの大規模国際データベースTCGA, ICGCに蓄積されてきたガン細胞のゲノム・遺伝子発現・エピゲノムの結果と、1000種類に及ぶガンの細胞株のゲノミックスデータを比較して、実際のガンとがん細胞株とを対応させた後、ガン細胞株を用いた様々な抗がん剤の効果から、実際のガンに効果のある薬剤を予測できるデータベースを構築している。
この研究の結果はウェッブサイト(http://www.cancerrxgene.org)に収められているので、最終的には医師が治療戦略を立てるときにこのサイトを参照する様になるのが目的だろう。
膨大なデータを簡単にまとめると次の様になる。
1) ほとんどのガンは、1000種類のがん細胞株パネルのどれかと対応させられる。
2) 一般的な抗がん剤の効果は、ゲノムより遺伝子発現パターンと相関することが多い。例えばp53欠損とゲムシタビン。
3) いわゆる標的薬は、ドライバー突然変異の特定、遺伝子コピー数の変異、そしてメチレーションの順番で選択の確率と相関する、
4) ドライバー突然変異と薬剤の標的は必ずしも対応せず、例えばスプライシングに関わるU2AFの突然変異はFLT3阻害剤に感受性が高い場合が多い、
などが示されている。
さらに、実際の臨床でこのデータベースを利用するための示唆について図を用いて示して、臨床応用がこの研究の目的であることを明言している。今後さらにこのデータベースを洗練させ、多くの医師が使える様にして欲しいと思う。
世界レベルのプレシジョンメディシンの進展の様を見るにつけ、我が国の遅れが目につく。
小手先の対応ではなく、一般病院で、ガンの患者さんがプレシジョンメディシンを受けられるためにはどうするか、明確な戦略をたて、これを実現しようとする強い意志を持った研究者を集めるところから始める必要がある。急がば回れ。
カテゴリ:論文ウォッチ