このレポートはSPARKプロジェクトのコンソーシアムからの報告で、目的や現状、そして解決すべき困難について率直に述べている。しかし、読み通してみるとよく練られた計画で、これが民間財団のサポートで実現するところが米国だと感銘を受けた。
目的は明快だ。ASDが多様な脳の状態(neurodiversity)で、400-1000もの遺伝子が関連するとすると、本人と家族の詳しいゲノム検査に加えて、症状や生活についてのできるだけ詳しい情報が蓄積され、関連づけられる必要がる。このため、最低5万家族以上のデータをできるだけ集め、ASDの理解につなげるというのがSPARKの目的だ。もちろん同じ様な規模のコホートはこれまでも試みられているはずだ。しかし、これだけの家族に参加して貰うだけでも途方もない労力が必要で、出だしで研究者が疲れ切るという状態に陥ってしまう。
これを解決するのが、21世紀型ピア・ツー・ピア・ネットワークで、患者さん、主治医、研究者をつなぐことだが、最適な構築を最初から決めることは不可能で、様々な試行錯誤を繰り返しながら発展させることが必要になる。SPARKの目的はまさにこの方向で、ASDの子供、家族および主治医をSPARKにアクセスするすべての研究者とネットで結合させ、このウェッブにデータを蓄積するだけでなく、出来る限り多くの知性を集中させることを目指している。
この目的のための最も重要な方針が、ゲノム検査の結果を参加者に戻すことだ。児童に関わるゲノムデータを本人や家族に戻すことが、我が国でどう規制されているのか把握していないが、様々な理由でこれ無しに成功はないと思っている。目的実現に必要なら、問題を指摘されても、明確に答えて進める強い意志がここにある。
よく工夫されていると思うのは、ゲノムデータは毎年最新の研究に基づいて解析し直し、そこで何か見つかった場合に家族にその結果を知らせる点で、最初からゲノムワイド解析の結果を戻してもらっても、家族にとって何のことかわからず意味がないことを考えると、家族とSPARKを長年にわたって繋ぐという面で優れた方策だ。実際、最初の500家族のパイロットゲノム研究では5%の家族に結果を知らせることができたようだ。
もちろん遺伝子解析だけではなんの意味もない。それぞれの遺伝子の違いに関連する行動などの変化をできるだけ集める必要がある。これについても、集めた個人データは、ほかの人のデータおよびゲノムと関連づけた後、家族に返す仕組みになっている。ただ、行動をデータ化するのは簡単でない。SPARKではいくつかの決まった質問票で得られるデータをコアにして、そこに主治医からのデータや、あるいは患者さんと研究者をつなごうと進んでいるSync for Science (http://syncfor. science/)のようなデータシェアサイトからデータを加えられるオープン構造としてデザインされている。わたしもこのようなサイトがあるのは初耳だったが、我が国のこの分野の政策に関わる人たちの何人が知っているのだろう。後追いでも、マネでもいいので、我が国でも必要な仕組みが数多くある。
その上で、このサイトをできるだけ少ない労力で維持するための様々な工夫も紹介している。そのために最も重要なのは、参加者に常にコミットしているという気持ちを持ってもらうことだ。例えば、ASDについて学ぶことのできるスマートフォンプログラム、あるいは最近の注目すべき研究成果、そして何よりもSPARKから生まれた成果をスマートフォンやPCで知らせている。
また様々な形で協力できることを示すため、ASDの子供を妊娠していた時の環境についてアンケート調査を実施したりしている。実際2000人近い対象に回答をお願いしたところ、なんと60%ものお母さんが妊娠時に暴露されたさまざまな物質に対する回答を寄せており、関心の高さがわかる。
現在約2万家族の登録があったようだが、この研究を通して、参加者のコミットメントを得る方法についてのノウハウも蓄積するようだ。登録の意思を示しても、必要項目を完全に書き入れ、またインフォームドコンセントを終えるのは時間がかかっていたが、ユーモアたっぷりにお願いするSNSのメッセージを流す事で登録が72%まで上昇したことや、あるいは遺伝子検査のサンプル提出を抽選でiPadを提供するというプログラムで、3割から6割にアップさせたことなど、今後ウェッブを使ったコホートを進めたいと思う人達には大いに参考になると思う。
以上、さすが民間助成ならではの柔軟かつ未来型のコホート研究だと感銘を受けた。何よりも、今後はこの財団のHPを見るだけで、ASDについての基礎研究論文を拾うことができる。もちろん、こんごSPARKから出てくる結果も楽しみだ。民間ですら官に頼る我が国では全く可能性のないコホート研究だが、ここから生まれる結果はかならず我が国のASDの理解や治療に役に立つと思う。注目して行きたい。
カテゴリ:論文ウォッチ