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6月5日:記憶のいい高齢者の秘密(Frontiers in Aging Neuroscience5月号掲載論文)

2018年6月5日
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先日70歳になったが、確かに老化を感じる。なかでも記憶力の減退には悩まされる。最も大きな問題は、人の名前が覚えられないことで、記憶力減退のせいで、多くの人に不快な思いをさせているのではないかと心配している。そんな私の琴線に触れる論文がたまたま目に留まった。フロリダ大学からの論文で、オープンアクセスのFrontiers in Aging Neuroscience5月号に掲載された。タイトルは「Associations of MAP2K3 Gene Variants With Superior Memory in SuperAgers (優れた記憶力を持つスーパー高齢者はMAP2K3変異と関連している)」だ。

早速期待を持って読んで見た。研究はシンプルだ。80歳以上の高齢者を集め、RAVLTと呼ばれる方法で経験した出来事についての記憶(=エピソード記憶)を評価し、50ー65歳までの中年の平均値に匹敵するスコアを示す人たちをスーパー高齢者として56人選び出している。この方達からDNAを提供してもらい、タンパク質へ翻訳される全遺伝子の配列(=エクソーム)を解読している。一方、対照群としては、全ゲノム解析がすんでいるいる高齢者を追跡しているコホート研究データベースから、年相応に記憶が低下した高齢者22人を抽出し、両者を比べてエピソード記憶が高いレベルで維持されているスーパー高齢者に特異的な遺伝子変異がないか調べている。

翻訳される遺伝子レベルに絞ったところがミソだが、一塩基多型(SNP)は約15万種類程度検出できるが、その中でスーパー高齢者と明確に関連が認められるのは3種類だけで (頻度の低い多型は除いている)、しかもこれらのSNPは全て細胞内のシグナル分子MAP2K3をコードする遺伝子上にマップされた。

データはこれだけだが、スーパー高齢者と一般高齢者の差の全てがMAP2K3に集中したことは少し驚く結果だ。確かに対象の数が少ない気がするので、この結果を確認するためにもっと大規模な調査が必要だと思う。しかし、3種類のSNPとも、一般高齢者では6割程度存在するタイプが、スーパー高齢者では3種類とも2割以下で、差ははっきりしている。ゲノム解析をエクソームに絞ったことが、このような明快な結果に繋がったのかもしれない。

もう一つ驚くのが、MAP2K3がほとんどの細胞で発現し、さまざまなシグナルに関わっている分子である点だ。もしSNPのタイプが活性化型なら、ガンの危険性すら考えられる。従って、80歳まで健やかに生きてこられたということは、活性化型の多型ではなく、機能が低下するタイプの多型だと推察される。いずれにせよ、この現象を理解するためには、これら3種類のSNPがMAP2K3の分子の機能にどう関わるかを知る必要がある。現段階では想像でしかないと思うが、著者らはミクログリア細胞内でこのSNPが分子機能を低下させることで、脳での炎症が起きにくくなっているのではないかと想像している。おそらくこれを確かめる実験自体はそれほど困難でないと思うので、ぜひ調べて欲しいと思う。他にも、この分子はストレスにも反応するし、ブドウ糖の代謝にも関わっている点も、脳の老化との接点があるように思う。これほど明確な相関が見られ、その原因がMAP2K3分子の機能低下だとすると、ひょっとするとこの正常型の分子を持っている人も、これを少し抑えることで、記憶の減退を止めることができるかもしれない。

とは言っても、本当はそう単純なはずがないと思うのは、もう一つの老化、僻み根性のせいかもしれない。
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