今日紹介する英国ワーウィック大学からの論文は、最初期遺伝子の中のシナプスの伝達性を直接変化させられる分子Arcの発現持続時間を厳密に制限することの重要性を調べたユニークな研究で6月27日号のNeuronに掲載された。タイトルは「The temporal dynamics of Arc expression regulate cognitive flexibility (Arc発現の時間的動体は認識能力の可塑性を調節する)」だ。
Arcは神経興奮により誘導されAMPA型グルタミン酸受容体の細胞内へのとりこみを促進し、シナプスの興奮性の閾値を下げる。海馬ではこの抑制が空間記憶にとって重要であることがわかっている。ただ、Arcは刺激後すぐに分解されるよう設計されており、タンパク質は短い期間だけ発現している。同じような例に細胞周期があるが、この研究ではなぜこれほど厳密に発現時間が調節される必要があるのかを明らかにすることを目的にしている。普通に考えれば、もしAMPA型受容体のシナプス上の量を抑えることが空間記憶の維持に必要なら、もっと長時間発現させたほうが良いように思える。
この疑問を調べるために、著者らはArc分子を分解するための印をつける部位(ユビキチン化部位)を除去した遺伝子で正常の遺伝子を置き換えたマウスを作成し、その空間記憶について調べた。この変異分子はユビキチン化されないため分解されず長期間発現が維持される。この変異を導入しても、マウスは正常に生まれて、外見的には異常は見当たらない。しかし海馬のシナプスを調べると、このマウスは期待通りArcの発現が維持され、グルタミン受容体が長期間抑制された状態が生じることが確認できる。
おそらく様々なテストを行い、このマウスの記憶に異常がないかどうか調べたと思うが、結局大きな異常は見つからなかったようだ。そして最後に、円形の部屋で出口を見つける課題を用いて2週間学習させた後、出口を急に全く反対側に動かした時マウスがどう反応するかという課題ではっきりした差が生まれることを発見する。
すなわち、新しい課題が生じると、正常マウスはこれまでの記憶にとらわれず、様々な試行を行うのに、Arcの発現が持続するマウスでは、すでに出来上がった記憶に囚われ、記憶に残る出口の場所から順番に出口を探す。要するに、臨機応変に行動を変化させることができない。逆から考えると、Arcは記憶が振れるのを抑えていると考えてもいい(勝手な解釈だが)。
ある意味では単純な実験だが、シナプスの調整にも細胞周期と同じぐらい分子の厳密な発現時間のコントロールが行われていること、そしてそれが狂うと記憶の書き換えがうまく行かないという結果を知ると、Arcが薬剤中毒の鍵になっているというこれまでの臨床結果もふくめて納得できた。
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