そんな私でも、宗教が人間の思想に多くの重要な概念をもたらしたことは認め、個人の信仰を敵視することはないと思っている。例えば、平等や道徳の概念は、神という絶対的基準があると理解されやすい。たしかに現代世界を見れば、宗教が紛争と差別の根源になっていることが多いが、それでも多くの宗教が貧困や差別と戦い、苦しんでいる人に寄り添う活動を行なっていることは間違いない。そしてそれが個人の安心や救いをもたらすなら、利己的DNAの概念で有名なドーキンスのように自分は宗教と戦うとまで宣言することもないようには思う。
こんな話から始めたのは、最近オハイオ州立大学から発表された「信仰を持つ人は長生きする」という論文を紹介したいからだ。すなわち、信仰を持つことが必ずしも精神的なレベルだけでなく、身体的にも影響を及ぼすことを示す論文で、Social Psychological and Personality Scienceにオンライン掲載された。タイトルは、「Does Religion Stave Off the Grave? Religious Affiliation in One’s Obituary and Longevity(宗教は墓場に行くのを遅らせる?死亡記事に書かれた宗教と長寿)」だ。
何らかの宗教に属していると長生きするかもしれないという話は、米国ではこれまで繰り返し報告されているらしい。ただほとんどの論文でサンプリングなど調査方法に問題があり、信頼性に乏しいと批判されていた。この研究では、新聞の死亡記事の記載から、死亡年齢、性別、婚姻などとともに、宗教、社会との関係、ボランティア活動を拾い出し、寿命とその他の活動との相関を調べている。
最初はこの手法が使えるかパイロット研究としてアイオワ州のDes Moines Registerという新聞に掲載された死亡記事を集505例集め調べると、宗教を持っているとなんと7歳近く長生きするという結果が得られた。
そこで、米国の42都市を選び各都市から19−30記事を集めて、全国での傾向を調べると、宗教を信じる人の方が5歳以上長生きをすることがわかった。
この原因を調べるために、社会活動などと宗教との関わりを調べると、宗教を持っている方が社会との関わりが強く、またボランティア活動に従事している例が多い。さらに、住人の出入りの激しいオープンな都市で、カリフォルニアのように宗教を信じる人が少ない地域では宗教と長生きが強く相関し、逆に宗教を信じる人が少ない地域でも、人の出入りが少く地域の絆が強い町では、宗教と長生きの相関が薄れることがわかった。
すなわち長生きの秘訣は社会との接点を維持することで、米国では宗教が個人と社会と結ぶ拠点をになることが多いという結論だ。もちろん死亡記事がどこまで信用できるのかも問題だし、何と言っても米国での話だ。開発途上国に目を移せば、社会との絆自体の性質が全く違ってくるし、宗教が寿命を縮めていることすらありうる。とすると、この論文も一時の話題作りで終わるような気がする。
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