今日紹介する新しいヒト特異的遺伝子はその複雑性で、サルからヒトへのスイッチだけでなく、人間の脳構造を考える上でもおもしろい可能性を秘めている気がする。アムステルダム大学と、カリフォルニア大学サンタクルズ校から発表された論文で、5月31日号のCellに掲載された。タイトルは「Human specific NOTCH2NL genes affect Notch signaling and cortical neurogenesis (ヒト特異的NOTCH2NL遺伝子はNotchシグナルに影響して皮質の神経発生を変化させる)」だ。
ゲノム研究に慣れていないと読みにくいと思うが、一般の人にも知ってもらいたい面白い発見なので、かなり内容を簡素化して紹介することにする。
この研究では、脳の発生異常や、統合失調症、自閉症などと関わる染色体領域1q21.1に着目している。この領域の遺伝子が脳発生に関わることは明らかなのに、この領域の変異と病気とがこれまでうまく結びついていなかった。その原因が、これまでのゲノム解析が不正確だっためと考え、新しくアップデートされたこの領域の解析結果から、これまで全く見落とされてきたNOTCH2NLを選び出し、研究を始めている。
名前の通りNOTCH2NLはNotch2に由来する新しい遺伝子で、1q21領域に全部で3種類の遺伝子重複で発生した遺伝子が並んでいることを明らかにする。この配列のため、現在でもNOTCH2NLAとNOTCH2NLB遺伝子の間で組み換えが起こり、様ざまな分子が生まれる構造が出来上がっている。すなわち、遺伝子としては同じでも、免疫グロブリンのようにさまざまな遺伝子ができてしまう。事実、ヒトES細胞でゲノムと発現を調べると、同じヒト由来の細胞であるのに、NOTCH2NLの様々なタイプが混在している。遺伝子構成は複雑だが、この複雑さがポテンシャルを示唆する。しかも、NOTCH2NLA/Bのコピー数は厳密に決められており、少しでも外れると選択されることから、重要なセットだと分かる。
面白いのはここからで、進化を調べるとこの遺伝子がオラウータンとゴリラが分離するとき、Notch2から重複して、PDE4DIP遺伝子と結合した偽遺伝子として生まれる。その後400万年前、Notch2とNOTCH2NL間の組み換えが起こり、偽遺伝子から機能的NOTCH2NLがヒトで発生し、その後2回の遺伝子重複でNOTCH2NLBとNOTCH2NLCが生まれることで、組み替えによる遺伝子変異が起こりやすい遺伝子座が出来上がったというシナリオになる。
あとは、この分子の様々な形がヒトでどう働いているかの検証だが、これについてはもっぱらES細胞から誘導される脳のオルガノイドを用いて研究している。まず正常の発現だが、さまざまな脳細胞で発現しているが、最も発現が高いのが前駆細胞Radial Glia Cell (RGC)で、脳の発生に最も重要な細胞だ。
この分子を強制発現させると前駆細胞の分化が遅れ、その分細胞の増殖回数が増える。逆に、この遺伝子を除いたES細胞では分化に関わる遺伝子の発現が上昇する。以上のことから、分化を遅らせるのがこの分子の機能と結論している。実際、同じ機能はNotch2に存在する。このことから、NOTCH2NLはNotch2の機能を促進する働きがあると考えられるが、そのことをレポーターシステムで証明している。
面白いのは、遺伝子組み換えで生まれる様々なタイプのNOTCH2NLそれぞれに、Notch2を補助する機能の活性が異なることで、これにより脳の微妙な多様性が生まれるのではと思ってしまう。
最後に1q21欠失、重複の患者さんについて配列を詳しく調べ、欠失、重複が、NOTCH2NLA/Bの間での組み替えにより起こっていることを明らかにしている。
読んでみて、これは始まったばかりで、今後もっと面白いことが出てきそうな予感がする研究だ。おそらくiPSは大活躍するだろう。また、他の動物への導入実験も行われると思う。人間の脳皮質の拡大をどれほど説明できるのか楽しみだが、ちょっと気になるのがNotchは他にも多くの幹細胞システムで重要な役割を演じている点で、NOTCH2NLが本当に脳で止まるのか、そこについて何も語られていないのはちょっと解せない。
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