今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、まさに私が長年持っていた疑問にチャレンジした研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Altered exocrine function can drive adipose wasting in early pancreatic cancer (早期の膵臓癌に見られる脂肪組織の消耗は外分泌機能の変化により起こる)。
読み通してしまうと、ちょっと拍子抜けの研究で、大事な課題だとは言えよくNatureに掲載されたなというのが正直な印象だ。とはいえ、目的ははっきりしており、なぜ膵臓癌で早くから痩せるのかを理解することだ。研究では、まず同じことが実験動物で再現できるのか確かめるため、マウス膵臓癌モデルで痩せ方を調べ、人間と同じように筋肉よりはるかに脂肪組織の喪失が大きいことを確認している。
繰り返すが、普通最も悪性の膵臓ガンなら痩せるのが当然だと思ってしまうが、この論文の著者は、ガンそのものではなく、膵臓にガンができるということが問題の核心ではないかと考えた。この研究のハイライトは、これを確かめるために行った実験の単純さだろう。なんと、がん細胞を正常マウスの皮下と、膵臓内に注射して、どちらが脂肪細胞の消耗が激しいかを調べるというきわめてナイーブな実験を行った。そして予想通り膵臓に直接ガンを注射した時だけ強い脂肪細胞の消耗が生じることを発見する。すなわち、脂肪細胞の消耗は、ガン自体が大きくなることで起こるのではなく、ガンの作用で起こる膵臓の変化により起こっていることを示唆している。
膵臓にガンができたマウスの便を調べると、脂肪やタンパク質の消化機能が低下している。そこで、消化酵素を食事に入れて食べさせると、脂肪細胞の消耗を止めることができることがわかった。結局、膵臓が圧迫され、消化酵素が出ないため、脂肪細胞が消耗するという平凡な話になってしまった。
著者らも、これでは満足できなかったのだろう。最後に、痩せの激しい患者さんと、そうでない患者さんを比較して、予後に違いがあるか調べ、今回の研究から治療可能性が見つからないか調べている。ところが皮肉なことに、膵臓癌の場合痩せの程度は予後に関わらないことを800人近い患者さんの検討から明らかにしている。これも意外だった。
話はこれだけで、結局研究手法のナイーブさに一番新鮮な驚きを感じるとともに、痩せているからといって必ずしも予後が悪いと決めつけることはないと学んだ論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ