これに対し今日紹介するアリゾナ大学からの論文は、両者の交雑と接触は、必ずそれぞれが独自に持っているウイルスの相互感染を誘発する。しかも、これは交雑にかかわらず、接触で感染する。この未経験のウイルスに対処するためには、それぞれの人類が持つ防御遺伝子が必要になる。このため、ネアンデルタール人由来のゲノムの中には、この様なウイルス感染に対処する機能を持つ遺伝子が多く含まれると仮説を立て、この仮説の妥当性を検証するという、新しい手法でこの問題に取り組んでいる。タイトルは「Evidence that RNA Viruses Drove Adaptive Introgression between Neanderthals and Modern Humans (RNAウイルスがネアンデルタール人と現生人類の間の遺伝子侵入の原動力になった)」だ。
この研究は、すでに積み上がっているデータを、自分の仮説から見直す、すなわちトップダウンで、バイアスを全面に押し出した手法の研究だ。この基本になるのが著者らがこれまでの研究でウイルスと相互作用する分子(VIP)としてリストしてきた4000余りの遺伝子だ。リストが示されてはいるが、4000ともなると全遺伝子の四分の1で、見てもなんのことかわからず、そうだと信用するしかない。レフリーによっては、恐らくこれだけで論文をリジェクトしたと思われるが、いいレフリーに当たったようだ。
さて、この研究のロジックは、ネアンデルタール人と交雑が起こる状況では、様々な新しい感染症にも晒されることになる。ウイルスの選択圧は強いため、この感染に対処するためにネアンデルタール人ゲノム内に準備された遺伝子は、急速にホモ・サピエンスに広がり、かなりの割合の人がこの領域を持つことになる。その後、感染が収束したとしても、遺伝子を持っ人の割合が高まっているおかげで、組み換えが進んでこの領域は断片化したとしても、領域全体はホモ・サピエンスの集団に残り続けるという予想に基づいている。
このロジックだと、ネアンデルタール人由来のゲノム領域の中に、ウイルスと相互作用する遺伝子(VIP)が当然濃縮されているはずで、データベースを彼らのVIPのリストを手に比べてみると、ネアンデルタール人のゲノムを長い領域にわたって再構成できる領域には、VIPがそれ以外の遺伝子と比べ強く濃縮されているという事を発見する。まさにこの発見が、この研究の全てだ。
ただ繰り返すが、これらはVIPのリストが全くバイアスなしにできたかどうかにかかっているが、ここではこの問題は問わないでおこう。その上で、VIPの中でもどのような遺伝子がネアンデルタール人から持ち込まれているのかを調べ、ウイルスの中でもHIVやインフルエンザウイルスのようなRNAウイルスと直接相互作用する分子が濃縮されていることを見出している。中でも、ウイルスが細胞へ感染するときの分子と、免疫反応に関わる分子は特に濃縮されている。データは少ないが、同じ事を逆の組み合わせ、すなわちネアンデルタール人ゲノムの中のホモ・サピエンスゲノムについても調べており、やはりVIPが濃縮していることを示している。
以上のことから、ネアンデルタール人のゲノムが長期間維持されている重要な原動力の一つが、ネアンデルタール人からもらった新しいウイルス感染による自然選択だと結論している。
面白いが、やはり本当かなという疑いが残る論文だった。しかし、個人的には、自分の仮説と、インフォーマティックスを武器に、世界中に積み上がったデータを調べる研究者は是非応援したいと思っている。そのため、今度頼まれた大学院講義では、「科研費が取れない時は絶望せず、インフォーマティックスでしのげ」という話で、他人のデータを駆使した素晴らしい研究の話をしようと思っているが、この論文も加えたいと思う。とはいえ、こんな論文がレフリーに回ってきたとき、本当にしっかりと審査できるのかちょっと心配になる。
カテゴリ:論文ウォッチ