2018年12月11日
神経芽腫は小児の悪性固形腫瘍の中では最も多いガンだが、病気の経過がきわめて多様で、転移まで見られるのに自然に消えてしまう症例から、ほとんどの治療に反応せず命を失うケースまで多様だ。1980年代には早期診断が重要と、ガン由来の尿中排泄化学物質をマーカーとして子供の集団検診が行われ、たしかに発見率は上昇したが、治癒率はほとんど変わらないという結果を受けて、現在は集団検診は中止されている。すなわち、早く発見できても、発見された時には将来の経過が決まっていることを示唆している。、従って現在最も重要なのは、臨床経過の予想を適切に行うことで、これにより自然治癒する患者さんに意味のない化学療法を行うことを避け、一方本当に必要な患者さんにはできるだけ早く必要な治療を行うことができる。
この分子マーカーとしてこれまで最も利用されてきたのhが、MycN遺伝子の増幅だが、増幅があっても必ずしも悪性とは限らないことがわかっていた。その後ゲノム解析が進むと、臨床経過を予測する分子マーカーとしてALKやRas, p53などが挙がってきているが、臨床経過を完全に予測することはこれまでできていなかった。
今日紹介するドイツ・ケルン大学からの論文は200例を越す治療前の神経芽腫患者さんのゲノム解析を行い、臨床経過を予測するための分子マーカーを発見しようとした研究で、これまでの研究とは大差ないが、予後を決めるのがテロメアを維持するテロメラーゼ活性が高いかどうかで決まることを示した研究だ。論文のタイトルは「A mechanistic classification of clinical phenotypes in neuroblastoma (神経芽腫の臨床経過をメカニズムに基づいて分類する)」で、12月7日号のScienceに掲載された。
神経芽腫のゲノム解析としては特に変わったことをしているわけではないが、予後に関わる遺伝子変異の組み合わせを観察する中で、ガンの臨床経過を決めるのは、これらの変異があるかないかではなく、これらの変異によってテロメアの長さを維持する分子の発現が誘導されるかどうかだと着想する。この着想の背景には、2015年10月にこのブログで紹介した(
http://aasj.jp/news/watch/4231)、ハイリスクの神経芽腫の患者さんではテロメラーゼのゲノム遺伝子の再構成が見られるという同じグループの先行研究があり、その後もテロメアの維持と様々な遺伝子変異の関係を調べてきたのだと思う。そして、テロメアの維持に関わるゲノム遺伝子の変化だけではなく、その発現についても調べて、MycNなどこれまで危険因子としてリストされてきた遺伝子変異は、なんらかの形でテロメアの維持に収束することで予後に関わることを明らかにしている。
そこで神経芽腫の臨床経過を先ずテロメアの維持に直接関わるテロメラーゼやALTの活性化と相関させてみると、悪性の経過を取る神経芽腫はほぼ全てテロメアが維持されている一方、テロメアが維持できないガンでは経過は良好でほとんど死亡する患者さんがいないことを見出す。また、これまで臨床経過と関わるとされてきたRas やp53は、テロメアが維持されているグループでは、より悪性度の指標になるが、テロメアが維持できないガンでは、Ras/p53変異はほとんど経過に影響ないことも示している。
以上の結果から、神経芽腫の臨床経過に影響する遺伝子変異は多様なので、明確な分類には使いにくいこと、しかし、最初にテロメラーゼやALTの活性化などを調べてテロメアが維持できるかどうかを比べることで、臨床経過をほぼ確実に予測できる。その上で、さらなる修飾因子としてRasやp53の変異を付け加えることで、テロメアを維持している神経芽腫の悪性度をさらに詳しく分類できるという結果だ。
テロメアはガンにとって最も重要な因子の一つなので、どうしてこんなことがこれまで行われなかったのか不思議だが、ぜひわが国の子供でも、遺伝子検査とともにテロメア維持について調べ、こ分類が正しいかどうか確かめてほしいと思う。もしこの論文の通りなら、かなり確実で簡単な予後診断ができることになり、無駄な治療をさけ、治療の必要な場合は、迅速に行うことができるようになると期待できる。
2018年12月10日
メトトレキサートは私が医師として働いていた時から利用されていた葉酸拮抗剤で、主に白血病、リンパ腫などの血液のガンに使われるが、リュウマチにも使われる薬剤だ。抗ガン剤だけに、もちろん様々な副作用が知られており、最も恐ろしいのは間質性肺炎だとされてきている。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、小児のガン治療にしばしば使われるメトトレキサートに、脳内のオリゴデンドロサイトの増殖を抑える働きがあり、その結果投与をやめた後も何年もに渡ってミエリンの形成が抑制され、その結果様々な脳症状の原因になることを示した重要な研究で1月10日発行予定のCellに掲載された。少し先の発行で、紹介が早すぎるとも思ったが、重要な論文なので是非紹介することにした。タイトルは「Methotrexate Chemotherapy Induces Persistent Tri-glial Dysregulation that Underlies Chemotherapy-Related Cognitive Impairment (メトトレキサートの化学療法は3種類のグリア細胞の持続的な異常を誘導し、化学療法が原因の認知障害の原因になる)」だ。
小児の腫瘍は、大人と比べると化学療法で治療できる確率が格段に高い。ただ治療によってガンが撲滅されても、脳になんらかの異常を示す患者さんが多いことが知られていた。しかし、放射線療法でも脳機能の異常がみられることから、細胞増殖が抑制された結果として、メカニズムを詳しく調べる研究は少なく、ましてや副作用を軽減するための方策についての研究は皆無と言ってもよかった。
この研究では、3歳の時メトトレキサートの大量療法を受けた子供がその後他の原因で亡くなった際の剖検時、メトトレキサートの脳への長期的効果を調べている。驚くことに、神経繊維が走っている白質特異的にオリゴデンドロサイトの数が激減していることが明らかになる。一方、神経細胞が集まっている灰白質ではほとんど差が無い。
そこで、マウスモデルを用いてメトトレキサートがオリゴデンドロサイトの増殖の異常を誘導するメカニズムを調べ、1週間ごと3回の注射で1ヶ月以上持続するオリゴデンドロサイトのリクルートが低下し、これが未熟幹細胞の増殖阻害、幹細胞からの分化誘導の亢進と、そして最終段階の成熟過程の抑制が複合して起こることを明らかにする。その結果、脳神経のミエリン化が阻害され、マウスは運動障害や不安症などを示すようになる。
この原因がオリゴデンドロサイト自体の問題か、脳内の環境の問題か調べるために、幹細胞の移植実験を行い、メトトレキサートにより脳内の環境が長期に異常になり、それがメトトレキサートにより活性化されたミクログリアのせいで起こることを明らかにする。
その上で、ミクログリアの増殖を抑えるc-fmsに対する阻害剤PLX5622を投与してメトトレキサートを投与した後服用させたマウスを用いて調べ、完全ではないにせよ、ミエリン化が正常化し、マウスの症状も改善することを示している。
以上が結果で、極めてオーソドックスな研究で、私が現役の時代から十分テクニカルに可能だったのにもかかわらず、今ようやく詳しい研究が行われたのに驚いた。この研究の重要性は、副作用を指摘するだけでなく、メカニズム解析を通して対処方法を示した点で、患者さんにも利用できるだろう。癌治療の副作用と諦めず、ぜひ効果を確かめてほしい。
2018年12月9日
今週は本庶先生のノーベル賞授賞式だが、チェックポイント治療の将来にとって最も重要なのは、ガンに対する免疫の力を誘導するためのガン抗原の特定だろう。チェックポイント治療は一部の人にしか効果がないと問題点を指摘する人もいるが、ガン免疫に使える抗原がはっきりすれば、この問題は解決する。また、個人的には、ガン免疫が突然変異したタンパク質を標的にしているのだとすると、チェックポイント治療は想像以上に効いている印象がある。実際、突然変異の多いメラノーマで抗原を探しても、2万個の変異があっても数個の抗原が見つかる程度だ。したがって、さらに徹底的なガンだけに発現してがん抗原になりうるペプチドを探索する方法の開発が必要になる。
今日紹介するモントリオール大学からの論文はまさにこの課題にチャレンジした論文で12月6日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Noncoding regions are the main source of targetable tumor-specific antigens(利用可能な腫瘍特異的抗原の主要な起源はノンコーディング領域)」だ。
おそらく著者らは、これまでのガン抗原探索がノンコーディング領域が異常な蛋白質を作りうる点を無視していたと最初から考えていたと思う。そして、もしこれらのタンパク質もガン抗原としてリストできれば、チェックポイント治療がこれほど効果を持つことも理解できるのではと考え、ガン抗原をより包括的に探すための新しい方法を開発し、それを検証している。
新しい方法では、ゲノムより先に、発現している遺伝子の中から、ガンでだけ見られる異常タンパク質があるかを調べるところから始めている。この時、正常と異常を区別するレファレンスとして、T細胞の最初の選択に関わる胸腺上皮の発現している遺伝子を用いたのがこの研究の重要な工夫だ。胸腺上皮で発現しているタンパク質を除いた後、がん細胞で発現の高いタンパク質については、ゲノム遺伝子と対応させたうえで、最後はガン細胞のMHCに結合しているペプチドと比較して、実際に抗原として機能できるペプチドを探索している。
この方法で、先ずモデルがん細胞でガン抗原としてがんを拒絶できるペプチドを同定し、それをゲノムと比べると、効果が高い抗原のほとんどがノンコーディング由来である事を発見する。
最後に同じ方法で、バイオプシーサンプルからペプチドを同定する試みを行い、やはりノンコーディング領域由来のガン抗原を発見することに成功している。残念ながら、このペプチドで免疫した結果はまた別の話として示されるのだろうが、2ヶ月あれば突然変異が少ないガンからも候補となるペプチドが見つかるとすると、この分野も着実に進んでいるように思える。特に、ノンコーディング領域の異常転写が抗原を供給しているとすると、ひょっとしたら複数の人にも効果があるワクチンが開発できる可能性すらある。一方、MHC抗原に結合しているペプチドと比べる最後のステップは、まだまだ日常に使うためには敷居は高いが、AIなどでなんとか抗原性を予測する方法の開発へ結びついて欲しいと思う。
ガン免疫は着実に進歩しているのに、この分野でわが国のプレゼンスは極めて低いと思う。この原因は基礎研究だけではなく、わが国の臨床研究の問題でもあるように思う。この原因をしっかり分析し、新しい人材が育たないと、ノーベル賞の後に何も残っていなかったことになってしまう。時間はないと思う。
2018年12月8日
豚の心臓を心不全の人に利用しようという試みは現在まで諦めずに長期間続けられてきた。もちろんそのままでは拒絶されるだけなので、拒絶がおこならないように遺伝子が改変された豚が作成されている。さらにハーバード大学のグループは、ブタ内因性レトロウイルスのヒトへの感染を防ぐ目的で、ゲノムから全てのレトロウイルスを取り除くという離れ業まで行っている。従って、耳にする情報から、ブタの心臓を用いる移植についても、米国が圧倒的にリードしているのではないかと思っていた。
ところが今日紹介する論文では、なんとミュンヘン大学のグループが、galactosyltransferase をノックアウトし、CD46とThrombomodulin遺伝子を導入した豚心臓を猿に移植し、なんと3年近く945日間も生かすのに成功したという論文がNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Consistent success in life-supporting porcine cardiac xenotransplantation(生命を維持できるブタ心臓移植の着実な成功)」だ。
この研究で使われた豚は、異種移植の最大のバリアーとして立ちはだかる糖鎖抗原をgalactosetransferaseのノックアウトで除去し、ヒトCD46により補体活性を抑制するとともに、ヒトthrombomodulinを発現させて凝固を抑えた、基本的には急性期を乗り越えることを最大の目標に作られた豚で、慢性のいわゆる移植片拒絶は抑制されているわけではない。おそらく他のグループが開発している豚も似たり寄ったりだろう。従って、勝負は移植を行った時に発生する様々な問題に対処していく経験的対処が必要になる。この研究でも、同種心臓移植などこれまでの経験から慢性の拒絶反応は十分制御できると考えられ、ドナーについてはこれ以上の改変を加えず、あとは実地にサルを用いた移植手術を行いながら、生存を伸ばすための条件をトライアンドエラーを繰り返して決める手法がとられている。従って全ての移植では、まず徹底した免疫抑制の下で移植が行われている。
まず一般的に同種移植で用いられる臓器保存液に浸したあと移植する、人間で用いられているのと同じ方法でサルに移植すると、移植後1、3、30日にそれぞれレシピエントが死んでしまった。この最大の問題が、手術直後の心臓機能不全にあると診断し、次の段階心臓を切り出した後血液を還流させる方法で移植まで臓器を保護する保存方法で維持された心臓を移植している。この結果レシピエントの生存は少し改善し、18、27、40日間生存した。もちろん実用に移れる結果ではないので、異常の原因を調べると、心臓の拡張能力が失われることがわかった。わかりやすい言葉で言ってしまうと、固くなっている。また、その結果の心臓細胞障害も起こっており、微小血管障害が進み、肝臓の臓器障害が起こっていることが分かった。
そこで初期からコルチゾンを中止し、拡張期血圧が80以下になるように(サルでは一般的に120程度)になるよう維持し、その上で心筋の増殖を抑制するためのmTOR阻害剤temsirolimusを加えて経過を調べた。50日目にリンパ浮腫を起こした一匹を除くと、心臓は無事に生着するようになった。組織検査のため、3ヶ月目に2匹を安楽死させ、組織変化を調べると、ほとんど正常で、心筋のmTORの活性も低いことが確認できたので、約5−6ヶ月目にtemsirolimus投与も中止、経過を見ている。そのうち1例は拡張期の機能不全の兆候を示したので剖検を行い、微小血管障害による心臓細胞の障害と、肝臓のうっ血による障害を見ているが、他のサルは特に異常を示さず、最後の一匹は945日を超えて生存しているという結果だ。
この研究の勝利は、猿と豚の循環動態の違いを埋める臨床的方法として、血圧を下げるだけでなく、mTOR阻害剤を使うことに思い当たった点で、遺伝子操作が最小限に抑えられた心臓でも、医学的な経験を重ねれば、3年は正常に機能する事を示された。この分野はあまりフォローしていなかったが、異種臓器を移植に使うという点では、画期的な論文だとおもう。本庶先生の免疫治療もそうだが、20世紀後半に撒かれたタネが、また一つ収穫期に入ってきた感を持った。
2018年12月7日
医療の最初のステップは診断することで、これにより病気をカテゴリー化してそれに合わせた治療を行う。私自身の短い臨床経験でも、ほとんどのケースで診断がついた。しかし、診断がつかない病気は現在も多く残っているはずで、適当な診断が付けられて治療が行われるか、あるいは診断がつかないため、確定診断を求めて病院を転々とすることになる。
米国では、このような診断がつかない患者さんを、医療界が一丸となって診断しようとするためのUndiagnosed Disease Network(診断できない病気ネットワーク)がNIHの助成を受けて2014年に組織化され、2015年までの1年間に1519人の患者さんがリクルートされ、そのうちインフォームドコンセントが取れた患者さん601例で徹底的に診断する試みが、全米の施設が参加して行われた。今日紹介するのはこの成果の報告で11月29日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Effect of Genetic Diagnosis on Patients with Previously Undiagnosed Disease (これまで診断がつかなかった患者さんの遺伝子診断の効果)だ。
タイトルでは遺伝子診断の効果となっているが、このネットワークは徹底しており、もちろんんゲノム解読に基づく遺伝子診断施設は言うに及ばず、血液や尿の代謝物を調べるメタボローム施設、専門家の会議、そして発見された新しい遺伝子の機能を調べるショウジョウバエやゼブラフィッシュの施設までが集まっている。
結果は次のようにまとめられるだろう。
1) 診断の難しい患者さんの半数以上は小児で、また4割が神経症状、1割が筋肉や骨の関わる整形外科領域。
2) このネットワークに登録する前に、すでに3割の患者さんがエクソーム解析を行っており、米国での遺伝子診断の普及度を示しているが、同時に一施設だけではゲノム配列から正確に診断することが難しい場合も多くあることを示している。
3) これだけ徹底しても、解析が終わった382例のうち132例(35%)しか診断がついていない。
4) そのうち、タイトルにもあるように遺伝子診断で診断がついた例は74%もあり、遺伝子解析の重要性を物語っている。42%はエクソーム解析で、24%は全ゲノム解析で診断がついている。全ゲノムを行った中の半数はエクソームだけでは診断がついていない。
5) とはいえ、専門家が集まり議論することで2割程度は遺伝子に頼らず診断ができる。
6) 16例の全く新しい病気を発見することができ、そのうち15例はこれまで知られていない遺伝子の変異による病気だった。
7) ショウジョウバエを用いて遺伝子機能を調べることで発見できた新しい遺伝病もあった。
8) 診断には平均で200万円近くの費用がかかっているが、診断を求めて転院を繰り返したり、間違った治療を受けるコストから考えると、全体の医療費は下げられるという試算を提出している。
以上が結果のまとめで、新しい病気については詳しく述べられているので、興味があれば論文を読んで欲しい。
個人的印象としては、米国の医療界が診断をつけられない病気があるということに真剣に向き合っていることがよくわかったのと、遺伝子検査の力を改めて思い知った。いずれにせよ、我が国の取り組みは10年遅れているのではないだろうか。
2018年12月6日
私がmRNAのメチル化をしっかり理解できたのはそう昔の話ではなく、こんなこともあるのかと論文ウォッチでもかなりの回数紹介している。最も最初に紹介したのは、2013年の京大薬学部岡村さんのグループがCell に発表した論文だった。あれから5年だが、今度はmRNAのcytidineがアセチル化の意味についての研究が米国NIHから12月13日号のCellに発表された。tRNAやrRNAならあらゆる修飾が存在するなら、mRNAで起こって何が不思議かと言う話だが、それでもmRNAがここまで様々な修飾を受けているとは考えだにしなかった。タイトルは「Acetylation of Cytidine in mRNA Promotes Translation Efficiency(mRNAのcytidineのアセチル化は翻訳の効率を上げる)」だ。
この研究では最初からmRNAのcytidineもアセチル化されており、それに関わる酵素は他のRNAと同じでNAT10 だと決めて研究を始めている。
先ずNAT10をノックアウトしたHeLa細胞株を作成し、細胞の増殖が低下すること、そしてpolyA-mRNAのアセチル化がNAT10欠損株で完全になくなることを明らかにしている。すなわち、mRNAのアセチル化はコンスタントに起こっている。
次に、アセチルcytidineに対する抗体で濃縮したmRNAの配列を決定し、基本的には特定のmRNAや特定のcytidineがアセチル化されるのではないが、アセチル化が欠損すると発現が低下する遺伝子が多いこと、そしてタンパク質をコードしている部位のcytidineがより選択的にアセチル化されていることに気づく。
次に、アセチル化がmRNAの代謝に及ぼす影響を調べ、細胞内での半減期がアセチル化されているRNAほど長いこと、アセチル化されているほど翻訳の効率が高まることを発見する。
そして、これら現象の原因を、さすがRNA研究者のプロと思わせる発想で実験的に示すのに成功する。それぞれのアミノ酸に対応するコドンの3番目の塩基は、たとえばセリンに対しては4種類全ての塩基が対応できるし、例えばチロシンの場合UAに続いてUかCの2種類が来るように、複数個存在できる。面白いことに、アセチル化されているcytidineはまさにコドンの3番目の塩基として使われている確率が高い。しかもコドンに対応するtRNAが相補的コドンだけでなく、3番目の塩基がマッチしなくても翻訳できるWobbleと呼ばれるtRNAが存在するコドンの最後のCがアセチル化されている確率が高い。このことから、リボゾーム上で出会う確率がそう高くないtRNAを安定的に捕まえるための仕組みではないかと仮説を立てた。
そして、翻訳活性を図るためのルシフェラーゼ遺伝子内のこの条件を満たすコドンの最後のCを、同じアミノ酸をコードできる他の塩基に変えてNAT10の欠損細胞株と、正常細胞株に導入すると、アセチル化活性が正常株では、C以外の塩基に代えると翻訳活性が5分の1になること、また試験管内での翻訳でも発現量がアセチル化されたcytidineでは20−30%翻訳が高まることを示している。
完全にマッチしないtRNAを効率よく捕まえる一つのメカニズムとしてこのような仕組みができてきたという結論になるが、RNA研究のプロでないとできない研究だというのはよくわかった。
2018年12月5日
今でこそ世界有数の学会に成長したInternational Society of Stem Cell Research(ISSCR)も最初は米国政府のヒト受精卵の研究使用の禁止法案を阻止するための科学者側の運動として計画された。実際、突然米国の幹細胞研究者から、ブッシュ政権がヒト受精卵の研究使用を禁止する法案を議会に提出する可能性があるので、研究の重要性を訴えるために世界会議をやろうというメールがきて、賛同した各国の研究者が、ワシントンに集まったのが最初だった。当時、ヒトES細胞の重要性を支持してくれていた上院議員まで、会議に参加して演説を行ったのをよく覚えている。この時、保存受精卵からのES細胞樹立に強く反対していたのが、キリスト教原理主義とそれに支えられた共和党議員で、その根拠はヒトの卵は受精の瞬間から人であり、それを用いてES細胞を樹立することは、殺人と同じだと言うのが根拠だった。
その後ISSCRは成長を続け、4000人のメンバーを擁する学会になったが、受精卵の位置付けについて米国では今も議論が続いている。ところが、この議論を異なる側面からゆるがす出来事が今年3月、クリーブランド大学の人工授精センターで発生した。950人の不妊治療を受けている患者さんの卵子4000個が液体窒素タンクの事故で失われてしまったのだ。この出来事から派生したさまざまな法的問題をハーバード大学の法科大学院の教授を中心のグループがAnnals Internal Medicineに発表した。タイトルは「Losing Embryos, Finding Justice: Life, Liberty, and the Pursuit of Personhood(胚を失うことと、正義を求めること:生命、自由、そして人であることの追求)」だ。
人的ミスで液体窒素が枯渇したため、預けられていた4000の胚が一瞬にして失われたのが事の発端だ。もちろん、捨てていた卵子ではなく、将来の使用が見込まれていた卵子であることから、損害の補償を求めた法廷闘争が始まっている。ほとんどの被害者は団結してまとまって法廷で争う準備を進めているが、全く個人的な訴訟を始めようとしているグループも存在する。この中のWendy & amp; Rick Pennimanは受精卵は生きており人間として扱われるべきで、今回の事故も過失致死として裁くべきだとする訴訟を始めている。思わぬ方向から、受精卵についてのこれまでの議論が蒸し返される事態になった。
この論文では、まずこの裁判が難しい幾つかのポイントを指摘している。
1、 まず法律がない。液体窒素タンクはFDAの認可が必要なものではなく、またその仕様についての法律がない。
2、 さらに医療行為としての生殖補助医療に関する法律自体も少ない。
3、 不注意による胚の毀損を位置付ける法律がない
次に著者らは利用できる法律も含めてオハイオ州の裁判所に対してアドバイスをしている。
1、 多くの診療所では、保存時の事故について患者が認めるよう契約を取り交わしている。その内容を精査すべし、
2、 裁判は、所有物の毀損および家族計画の妨害を争うようだが、被害の算定は難しい。
3、 胚毀損を殺人と位置付けると、中絶からヒト胚研究まで大きな法的規定が必要になるので、殺人罪の訴えはき認めるべきではない。
4、 また、裁判官も照らす法がなければ、判決を追求することはやめて、新しい法整備が必要と明示し、現在の法で裁ける範囲に裁判を限るべきだ。
5、 その際、医療上のミス、医師と胚保存施設の間の責任関係も明らかにするとともに、被害者とこの事故の内容についてより深く話し合いを持つべきだ。
以上、わが国でも起こりうる事故だが、保存受精卵一つとっても、前もって法を整備することの難しさが理解できる面白い意見論文だった。私たちNPOも一度法学の先生に話を聞くことにする。
2018年12月4日
私たちの核内ゲノムは母親と、父親からそれぞれ由来しているが、ミトコンドリアになると全て母親からというのが常識だ。ただ、母親のミトコンドリアに増殖異常が存在する場合、父親由来のミトコンドリアも子供に伝わるケースがあることが、様々な動物で観察されている。
今日紹介するシンシナティこども病院からの論文は、父親からのミトコンドリアが子供に伝わっていることを確認できる例を、ミトコンドリア症が発生している家族で調べた研究で米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。タイトルは「Biparental Inheritance of Mitochondrial DNA in Humans(人間で見られる両親からのミトコンドリア遺伝)」だ。
もちろん全く正常のミトコンドリアの場合、オスのミトコンドリアが子供に伝わるチャンスはない。実際、顕微授精後の卵割を追跡した研究で、人間の場合は4−8細胞期になると、静止由来のミトコンドリアは検出できないことがわかっている。そこでこの研究では、ミトコンドリア病が多発する家族を探して、3−4世代のミトコンドリア遺伝子を調べて、父親からのミトコンドリアが世代を超えて伝えられているケースを探し、3家族見つけることに成功している。
最初の症例は4歳児のミトコンドリア病が疑われる児童で 母親もミトコンドリア病と考えられる症状を持っていることがわかっている。兄弟、両親、祖父母を含む3世代についてミトコンドリアゲノムを調べたところ、これまでミトコンドリア病の原因として特定されている変異は見つからなかった。しかし、兄弟、母親、そして祖父の姉妹のミトコンドリアがその前の世代の曾祖父母由来のミトコンドリアが混在するヘテロプラスミーを示しており、これが祖父、母親、兄弟姉妹へと遺伝していることが確認された。
著者らは、さらにミトコンドリア病の家族の中に、父親からのミトコンドリア遺伝が認められるケースがないか調べ、続けて2家族で父親からの遺伝を確認するのに成功している。2番目の家族は、父親に祖父母からミトコンドリアが遺伝して、それが一人の男児に遺伝している。3番目の家族では、曾祖父母両方からミトコンドリア遺伝子が祖父に伝わり、その兄弟姉妹、およびその子供の一人が、同じパターンのミトコンドリアを受け継いでいることが確認されている。
以上、次世代シークエンサーを用いた大量の塩基配列を読むことが可能になったおかげで、これまで症例報告的に示唆されていた、両方の親からミトコンドリアが遺伝することが、条件さえ揃えばあることが明らかになった。ではその条件とは何かだが、残念ながらこの研究ではそこまで明らかにはできていない。おそらく、父方のミトコンドリアを積極的に除去したり、増殖を抑えたりする働きがあることが、まだよくわかっていない核内遺伝子の変異により、父方のミトコンドリアが残存するようになった可能性が高い。実際、3家族ともこれまで知られていたミトコンドリア遺伝子の変異はないのに、ミトコンドリア病の症状が存在する。すなわち、ミトコンドリアの機能が阻害されていることは間違いない。メカニズムはわからないままだが、問題は明らかになった。今後この遺伝子を求めて、これらの家族の核ゲノムの解析が進められると思う。何事にもメカニズムが存在することを再認識した。
2018年12月3日
トップジャーナルに掲載される中国からの論文がここ数年、急増しているのは誰もが感じていることだが、科学的に可能と思えるトレンディーな問題にはなんでも果敢に取り組みやり遂げてしまうという力強さを感じる。逆にいうと、できるかどうか分からないことにチャレンジする研究は少ない。例えば、最近のヒト受精卵の遺伝子編集だが、今回に限らず以前から、サルからヒトまでともかくやってみるというのはほとんど中国が先行しているように思う。
今日紹介する上海科学技術センターからの論文もそんな例の一つでトレンディーな分子PD-1がリンパ球でどう代謝されるのかについての丹念な研究で、特に驚くほどの研究とは言えないが、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「FBXO38 mediates PD-1 ubiquitination and regulates anti-tumour immunity of T cells (FBXO38はPD-1をユビキチン化しT細胞の抗腫瘍免疫を調節する)」だ。
一昔前は、大事な細胞表面タンパク質についてはそれが細胞内でどう代謝されるのか調べる研究が多く行われていた。一部のタンパク質は小胞輸送によりリソゾームへと輸送され分解されるが、一部はプロテアソームにより分解されることが知られており、小胞輸送ルートに乗った分子の一部は再利用されることもある。その意味で、PD1のような免疫の強さを決める重要な分子が、どのルートで代謝されるのか、これまでほとんど研究されていなかったのが不思議な気がする。ただ、この上海のグループは、これをタンパク質化学的に調べ、T細胞が抗原刺激を受けると、PD-1が細胞質内でユビキチン化され、細胞表面のPD-1を低下させることを明らかにしている。T細胞の刺激を維持するために、PD-1を代謝経路で低下させるのは、なかなか合理的なメカニズムだ。
そして、最終的にこのユビキチン化を誘導するのがFBXO38ユビキチンリガーゼである事を突き止めた。この発見がこの研究のすべてで、あとはFBXO38の細胞内での発現量に応じて、PD-1の細胞内での分解が増減して免疫細胞のブレーキが強まったり弱まったりすることを示している。
具体的にはFBXO38がT細胞でだけ欠損するマウスを造ってガン免疫反応を調べ、期待通りユビキチン化が低下すると,PD-1の発現が高まり、その結果がんに対する免疫が低下することを示している。ただ、その効果は少し弱い印象があるため、実際のPD-1の代謝はもっと複雑な経路で調節されているのだろう。
最後に、FBXO38の発現量に関わるT細胞刺激を探索して、IL-2がFBXO38を誘導して、PD-1の発現量を低下させること、これによりがん免疫が上昇することも示している。
話はこれだけで、繰り返すが効果が驚くほどではないため、この経路だけを狙った薬剤開発に進むかどうかは疑問だと思う。しかしユビキチン化の下流にあるプロテアソーム阻害剤はガンでも用いられることを考えると、このようなケースではPD-1阻害抗体がより効果を示す可能性が想像できるので、臨床的には大事な結果と言える。
ユビキチン研究ができる研究室なら恐らくどこでも可能な研究だと思う。おそらくわが国では、トレンディすぎて品がないと尻込みするのだろうが、それをしっかりものにするのが中国だと、つくづく感心する。
2018年12月2日
アミロイドタンパク質などの突然変異によりアルツハイマー病が誘導されることは疑いのない事実で、確実に発症させたい動物モデルの場合、ほぼ100%遺伝子変異マウスを用いている。しかし、多くのアルツハイマー病は、特に遺伝的な素因もなく一見全く正常な人にも突然襲ってくる。しかも、一旦アルツハイマー病を発症した人では、脳細胞にアミロイドβのような異常タンパク質が蓄積しているのは明らかなので、正常脳細胞のアミロイド前駆タンパク質(APP)におこった体細胞突然変異がアルツハイマー病の原因ではないかと考えられてきた。ただ、突然変異を持った細胞が他の細胞より増殖するガンと違って、遺伝的変異が起こっても細胞が増えるとは思えないアルツハイマー病では、変異が病気発症につながる道筋を考えるのは難しい。
今日紹介する米国Sanford Burmham Prebys医学研究センターからの論文は、アミロイドタンパク質をコードする遺伝子が、レトロウイルスのように組み替えで増殖することがアルツハイマー病の原因になっている可能性を示す恐ろしい研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Somatic APP gene recombination in Alzheimer’s disease and normal neurons (アルツハイマー病と正常人でのアミロイド前駆タンパク質の体細胞組み換え)」だ。
この研究ではまずアルツハイマー病の患者さんの脳細胞でAPPが本当に変異しているのかどうか調べている。ただ脳細胞は増殖しないので、同じ変異を異なる脳細胞が持っている可能性は少なく、ゲノム解析でこのような変化を見つけることは困難が予想される。そこで、異常タンパク質の原因となるようなmRNAが存在するのか、前頭前皮質からの神経細胞を精製し、50個づつにわけ、それらの細胞が発現している変異型のRNAを探している。そして期待通り、全てのサンプルで、12種類の変異RNAを特定するのに成功し、そのうち5種類はタンパク質へと翻訳できることを示している。しかも、これら変異タンパク質は途中のエクソン・イントロンが喪失した、短いcDNAであることがわかった。
次にこれらの異常RNAが作られる過程を調べ、異常mRNAが正常遺伝子から転写されたのではなく、イントロンを持たないスプライシングを受けた後のcDNAが、ゲノムに多く存在していることを発見する(genomic cDNA: gencDNA)。これらが元々のゲノム遺伝子とは別にゲノム上に存在していることを、核DNAのin situ hybridizationで確かめ、アルツハイマー病の細胞では複数のコピーがゲノムの別の場所に存在する事を確認する。これらの結果は、APP遺伝子が一度転写された後、逆転写酵素でcDNAに転換され、それがゲノムに再挿入された可能性を示唆している。
しかも、このようなゲノムに挿入されたgencDNAは神経細胞だけに認められ、またアルツハイマー病で異常が起こることが知られている他の遺伝子では起こらない。このことから、APP遺伝子は、gencDNAを合成してトランスポゾンのように増幅されることがわかった。
この現象は、アルツハイマー病を発症した神経細胞だけでなく、正常人の脳細胞でも見られる。ただ、正常人の脳細胞ではアルツハイマー病の脳細胞と比べはるかにgencDNAの数は少ない。またアルツハイマー病の患者さんでは、病気の発症に関わることがわかっているAPP異常タンパク質をコードするgencDNAが増えていることがわかった。幸い、正常人の細胞では見つかっていない。
以上の結果は、アルツハイマー病では、APPmRNAが逆転写酵素でDNAへと転写され直し、それがゲノムDNAに挿入されると言う、レトロウイルスさながらの過程が神経細胞では起こることで、異常APP遺伝子が増幅できる事を示している。
この研究では、こんなことが本当に起こるのかについても、培養細胞を用いて確かめている。具体的には、発現ベクターを用いて一つのタイプの変異APP cDNAを導入、この遺伝子からgencDNAが作られ、ゲノムに挿入されるのか調べている。結果だが、どんな細胞でも、逆転写酵素を発現して、APPの短い異常型mRNAがが転写され、その上にゲノムDNAが加わると、gencDNAが新たに作られることがわかった。さらに、ヒトの異常APP遺伝子を導入したトランスジェニックマウスの脳細胞でも、gencDNAができていることも示している。
以上の結果は、細胞が増えなくても、異常DNAがそれ自身でゲノム上で増殖していく事を示す恐ろしい結果だが、DNAの切断が脳細胞では起こりやすいことが知られており、説得力のある結果だ。なぜAPP遺伝子のみこんなことが起こるのかなど、わからないことも多いが、アルツハイマー病を考える上では、説得力がある。