私たちのNPOの一つの目標は患者さん団体の活動を、専門知識を通して助けることで、当然の帰結として患者さんへの応用が近いと思われるような論文は見つければ優先的に紹介しようと、いつも目を凝らしている。昨年最も感銘を受けたのが、慢性脊髄損傷患者さんをプログラムできる硬膜外刺激システムとリハビリで自立歩行を可能にしたメイヨークリニックや、ローザンヌEPFLの臨床実験だった。折も折、わが国では岡野さんのiPS由来神経幹細胞による急性脊損の治療が大きく報道されていたが、紹介記事の中で各メディアが枕詞のように「治療法のない脊髄損傷」と述べているのを聞くと、我が国の大手メディアが自ら知識を積み重ねる能力を完全に喪失していることがよくわかった。その意味で、これからも、治療につながる最新の研究を紹介したいと思っている。
そんな中でも、I型糖尿病は多くの治験が現在でも進みつつある、もっとも期待が持てる分野だと思っている。昨年の暮れ、熊本で開催されたIDDMネットワーク子ども会議に参加した時、子供達の生の声を改めて聴くことができたが、早くインシュリン・ポーチを持って学校に行かなくてもいいようお手伝いができればと思った。
今日紹介するニューヨーク・マウント・サイナイ医科大学からの論文は、ヒトの膵島を増殖させる方法の開発で、かなり有望だと思うとともに、この分野のフォローができていなかったなと反省した。タイトルは「Combined Inhibition of DYRK1A, SMAD, and Trithorax Pathways Synergizes to Induce Robust Replication in Adult Human Beta Cells (DYRK1A, SMADそしてTrithorax経路の抑制が組み合わさるとヒトβ細胞の強い増殖が誘導される)」で、3月5日に発行予定のCell Metablismに掲載された。
全くフォローできていなかったが、β細胞の増殖に関しては最近大きな進展があったようで、すなわちDYRK1Aと呼ばれるリン酸化酵素を抑制することでβ細胞を試験管内、体内の両方で少しではあるが増殖させられることがわかっていた。この研究では、このDYRK1A阻害の効果がTGFβに関連するシグナルを阻害することでさらに高められるのではと着想し、先ず死体から得られた膵島にDYRK1A阻害剤(DYI)とTGFβシグナル阻害剤(TGI)を組み合わせて加えることで、ベータ細胞の増殖がDYIだけよりさらに高まることを発見する。同じ結果は、この2種類のシグナルに対する現在得られるどの阻害剤を用いても再現でき、またES細胞由来のベータ細胞を用いても再現できることも確かめている。
次にメカニズムについて検討し、この阻害剤の組み合わせにより細胞周期を抑制するCDKN2B, CDKN1A, CDKN1Cが抑えられ、その結果細胞周期が回ることを発見する。また、TGFβシグナルの下流の転写因子SMADは染色体を活性型にするTrithorax複合体をこれら分子の上流にリクルートしており、このシグナルが阻害されることで、細胞周期抑制分子の転写が抑制され、その結果β細胞が増殖することを示している。
そして最後に、マウスモデル、および糖尿病マウスにヒト膵島を移植した実験系で、生体内でも同じ処理により膵島のベータ細胞数が増殖することを示している。
結果は以上で、ベータ細胞を増殖させるという点から見るとかなり有望な方法が開発されたと思える。ただ、1型糖尿病のβ細胞の場合、常に免疫反応による炎症やERストレスにさらされているため、両方の阻害剤をそのまま体内に投与すると言うのは、阻害剤の副作用、そして増殖させてもすぐに免疫系のアタックを受けるため、薬剤の効果が得られないという問題があるだろう。しかし、膵島移植のため採取した細胞数を試験管内で増やしてから移植する治療法のためにはかなり有望ではないかと思う。膵島移植については、他にも明るい話題が多い。