今年ももちろんアルツハイマー病や、パーキンソン病など、多くの神経変性疾患の論文を紹介したいと思っている。個人的印象だが、パーキンソン病は様々な治療方法が臨床試験として行われるようになっている。遺伝子治療については、第3相が進んでいると思うし、わが国では高橋さんが細胞治療の治験を始めている。しかし、アルツハイマー病については、多くの治験が失敗に終わり、なんとなく悪いムードが漂っているような印象だ。このような時は、基礎から考え直す時期なのかもしれない。
実際、アルツハイマー病の原因かもしれないと最も疑われているアミロイドβ(Aβ)はもともと生理的な機能が存在することなど、あまり気にしたことがなかった。今日紹介するベルギー・ルーヴァンカトリック大学からの論文はAβが持つ本来の神経機能を調べた論文で1月11日号のScienceに掲載されている。タイトルは「Secreted amyloid-β precursor protein functions as a GABA B R1a ligand to modulate synaptic transmission(分泌されるアミロイドβタンパク質はGABAbR1aのリガンドとして作用してシナプスを調節する)」だ。
正直私自身Aβの本来の機能についてあまり考えたことはなかった。しかし、Aβの前駆体遺伝子をノックアウトすると、様々な神経症状が出ることがわかっており、シナプスの機能に何らかの役割があると考えられるようになっていた。
この研究では分泌型に切断したAβ前駆体(sAPP)と結合するタンパク質をいくつかの方法でスクリーニングし、GABAbR1aと結合すること、そしてGABAbR1a受容体を導入した細胞との結合アッセイでsAPPのExD部位がGABAbRのsushi1部位に結合することを明らかにしている。
次にsAPPの生理活性を、海馬の培養神経細胞のシナプス伝達活動を用いて調べ、GABAbR刺激剤と同じように、前シナプスを刺激してシナプスでの神経伝達分子の分泌を抑制する方向に働いていること、この効果がグルタミン酸作動性シナプス、GABA作動性シナプスの両方で見られることを確認している。
次は脳レベルでのsAPPの機能を調べるため、海馬を切り出して培養するスライス培養で、GAGAbRを発言する海馬神経回路にsAPPを加え、シナプス伝達後の神経の興奮を調べると、期待通りこの回路でのシナプス伝達因子の分泌を抑制し、興奮を抑制する働きがあることを確認できる。また、同じ効果がExD部分の短いペプチドだけでも見られることも明らかにしている。
最後にAPPの海馬神経活動への作用を、カルシウムに反応して誘導される蛍光反応で調べるアッセイを用いて調べている。マウス海馬にこのペプチドを注射すると、試験管内での実験と同じで、神経興奮を抑制する作用があることを確認している。
話はこれだけで、APPノックアウトマウスで異常が起こるのがわかっているのに、どうして今までこのような研究ができていなかったのか、逆に不思議に感じる論文だった。もちろんこの結果は、アルツハイマー病の一部の症状を説明することができる。抑制性の因子として働いていることから、アルツハイマー病でsAPPの分泌がおかしくなると、神経興奮が高まると予想できるが、実際病気の初期に神経興奮が高まるという報告はある。また、初期のアルツハイマー病患者さんでGABAbRを刺激すると、記憶力がある程度回復できるという報告もあるようで、この結果を踏まえた治療法の開発も進むかも知れない。何れにしても、Aβに生理機能があって当たり前なのに、考えもしなかったとは恥ずかしい話だ。