2015年から2016年に起こったジカウイルスに感染した母親から生まれた子供の多くが小頭症を発症したという報道は世界を震撼させた。このブログでもすでに7回ジカウイルスについての研究論文を紹介している。論文を読んで一番感銘を受けたのは、現代医学の実力だ。感染が報道されて半年も経たないうちに、クライオ電顕による構造解析がおわり、iPS由来の脳組織を用いて感染実験が行われ、小頭症発症のメカニズムの大枠が明らかにされている。
これらの研究から明らかになったのはジカウイルスが神経幹細胞に感染して殺すために、脳組織の発達が阻害されるという点だ。しかし、脳発達は極めて可塑的で、少々の異常は克服する可能性も高い。今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校と、ブラジル クルーズ財団との共同論文は、ジカウイルスに感染した母親から生まれた子供の追跡調査でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Delayed childhood neurodevelopment and neurosensory alterations in the second year of life in a prospective cohort of ZIKV-exposed children (ジカウイルスに暴露された前向きコホート研究で、2歳時点で神経発達と感覚系の変化があきらかになった)」だ。
この研究は2015-2016年の流行時に発疹などの症状があり、PCR検査でジカウイルス感染が確定した244人の妊婦さんの子供の胎児期からのコホート調査で、これまで子宮内での超音波検査結果などが継続的に報告されている。このうち223人が出産し、そのうち216人についてインフォームドコンセントが得られ、2年間追跡が行われた結果が今回報告された。
このコホートで出産時に小脳症を発症したのは8人で、これは予想通り。ただ、このうち3人は正常化している。2人については頭蓋骨の早期の縫合を防ぐ手術が必要だったが、子供の脳の可塑性が高いことを示している。
しかし、生まれた時に異常がなくとも、30%以上の子供に脳の発達障害(認知障害、言語障害、運動障害のいずれか)。2歳時点での自閉症も2%にみられ、今後年齢とともに増加することが予想される。このように、胎児期での神経幹細胞は目に見えなくとも様々なネットワーク異常を誘導しており、この異常が今後悪化するのか、正常化するのか重要な点だ。
聴覚障害(12%)および眼底検査の異常(9%)も神経発達障害が広い範囲に及ぶことを示している。
リスク因子としておもしろいのは、男児の方が異常率が高い点で、ひょっとしたらASDが男児に多いこととの相関があるかもしれない。もちろん妊娠初期の感染は発症率が高まる。
おそらくこの研究の最も重要なメッセージは、初期に異常が認められても半分の子供が正常化する点だ。逆に、初期に異常がなくとも25%は異常が出ることもある。この様に、感染は胎児期でも、脳の発達様式で症状が変化していく点だ。
ウイルス感染が胎児の脳発達に影響することはすでにわかっているが、それでもこれほどダイナミックな変化が見られるとは予想できない。その意味で、この200人の子供をずっと見続けていくことは、小児の脳発達理解に大きく貢献することは間違いない。