ガンゲノム研究から、転移ガンに特有の様々な遺伝子変異がリストされてきた。ケモカインや、マトリックス分解酵素、あるいは上皮間葉転換など、なるほどとわかりやすい遺伝子変異もあるが、まだまだ解析が必要な分子も多い。特に多くの転移ガンに共通に見られる変異は、将来治療標的のヒントが得られることから、研究が進められている。
今日紹介するニューヨーク大学からの論文は転移肺ガンの3割近くに見られる変異が転移に関わるメカニズムを明らかにした研究で7月11日号のCellに掲載された。タイトルは「Activation Promotes Lung Cancer Metastasis by Inhibiting the Degradation of Bach1 (Nrf2の活性化はBach1の分解を抑制して肺ガンの転移を促進する)」だ。
この研究は、30%の非小細胞性肺ガンがKeap1遺伝子欠損か、Nrf2遺伝子の発現上昇があるという現象を理解しようと始められている。久しぶりに生化学的過程の分子経路を丹念にときほぐす論文を読んだ気がする研究で、逆に新鮮だった。
さて、この研究ではKeap1遺伝子が肺ガンで欠損すると、Bach1と呼ばれる転写因子とその下流の分子の発現が上昇し、この中にケモカインや、マトリックス分解酵素など転移に関わる遺伝子が多く含まれていることを発見する。
研究ではまずKeap1遺伝子欠損とBach1タンパク質発現の上昇の間を埋める生化学的解析を行い、Keap1が失われたことで、酸化ストレス反応と同じ状況が生まれ、Keap1の抑制から逃れたNrf2タンパク質が壊されずに、様々な遺伝子発現を誘導するが、この中に存在するHo1遺伝子により酸化反応を促進する細胞内ヘム分子の増加が抑えられる。この結果、ヘムにより活性化されBach1の分解を促進するFbox22の機能が低下することで、Bach1タンパク質の分解が抑えられ安定化する結果、Bach1が転移関連遺伝子の転写を上昇させ、転移が誘導されるという分子経路を明らかにしている。
簡単にまとめてしまったが、実際には多くの生化学的、細胞学的研究が組み合わされた力作だ。さて、この結果からわかるのは、肺ガンにとって細胞内ヘムの濃度は活動にとっては重要だが、転移にとってはBach1を分解するという意味で抑制的に働くことを意味する。したがって、一つはガン特異的に細胞内のヘム代謝を変えることは重要な介入手段になる。こう考えた時に頭に浮かぶのは、ビタミンC大量療法で、以前紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/6679)、ビタミンCは一般には還元作用と考えられるが、ガンにとって大量のビタミンC は細胞内のフリーの鉄を酸化させることで、さらにフリーの鉄を上昇させて、ハイドロオキシラジカルを生産するサイクルが働くことがわかっている。この作用はこれまでラジカルにより細胞を殺すという経路だけで理解されていたが、今回の研究では同時にヘムが上昇することでBach1の分解が促進され、転移が抑えられるという効果も期待できる気がする。これは私の勝手な考えだが、少なくとも非小細胞性肺ガンでは、ビタミンC大量療法は重要な選択肢の一つではないだろうか。