21世紀に突入して神戸先端医療財団の理事長だった井村先生のリーダーシップのもと、基礎研究と臨床を橋渡しする橋渡し研究を日本でももっと促進しようと、様々なプロジェクトが進んだ。私が関わっていた再生医学では、それが黄斑変性症やパーキンソン病のiPS治療として臨床研究につながり、その成果が問われようとしている。実際、あれから20年近く立って、論文を読んでいると、今や多くの薬剤が治験リストに入り、また新薬として世に出ている。
今日紹介するドイツ ケルンにある医療の質と効率を調べる研究機関からの論文は、では実際に医療の質を上げるためにどの程度の薬剤が貢献したのかを問う意見論文で7月10日号のBritish Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「New drugs: where did we go wrong and what can we do better? (新薬:何がうまくいかなかったのか、そしてどうすれば良くなるのか)」だ。
タイトルからわかる様に、新薬が我々の健康に貢献していないという結論がある。これは2011年ドイツ政府が新薬についての初期効果判定を導入して、既存の治療と新薬を、死亡率、罹患率、生活の質の面から比べたことに端を発している。
その結果216種類の新薬のうち、なんと115種類は健康に寄与しないと(効果とは別)と結論し、逆にはっきりと効果が見られたのは56種類にとどまったという結論をうけて、何が問題なのかを考察している。特に精神科分野、糖尿分野では悲劇的で、ベネフィットが認められたのがそれぞれ7%、17%に止まっている。もちろん既存の薬剤より悪いと判断された薬剤は2種類だけで、全ての新薬は効果が認められることは確かだが、医療上のベネフィットがないということが示されている。
しかも効果があると認められた薬剤のほとんどは、同じ原理に基づいているケースが多い。実際この調査でガン治療に効果があるとされた48種類は、全てPD-1かPD-L1に対する抗体薬で、結局は一種類といっても過言でない。しかし、48種類とは恐れ入る。この重複に費やされた資源を思うとゾッとする。
一方、ゲノム解析に基づいて利用される薬剤については明らかに効果が見られるが、対象となる人が少ないため寄与度が少なくなる。しかし薬剤コストを考えた上で、この方向はさらに追及が必要と思われる。
その上ででは何ができるかだが、
- 薬剤の認可に必要な条件を厳しくすること、特に第3相治験への要件を高めることが必要。また、治験中のデータを早期に当局と交換することが重要。
- 治験を効果だけでなく、健康へのベネフィットを評価できる方法を考案する。
- 価格を実際のベネフィットに応じて評価し直せる仕組み。
- 長期的には、薬剤開発の方向性をもっと当局がしめし、同じ標的に大きな資源が浪費されない様にする。
- 現在稀な感染症やアルツハイマー病で用いられている、オープンソースモデルと呼ばれる共同開発を促進する。
以上、何れにせよ薬剤の効果を常に把握するための調査機関の重要性がよくわかる論文だった。我が国ではこれに当たる機関はどれなのか、ぜひ意見を寄せて欲しいと思う。