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7月16日 殺人:最後の一線を越える脳科学(7月5日 Brain Imaging and Behaviour オンライン掲載論文)

2019年7月16日
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犯罪は生まれか育ちかという議論は何度も行われてきた。凶悪犯罪の遺伝率は38%というこれまでの報告があり、様々な精神疾患と同じくかなり高い。ゲノム解析が始まってからは、犯罪者と相関する遺伝子が探索され、monoamin-oxidaseをはじめとする遺伝子の多型が報告されている。また犯罪者の脳構造を調べる研究も特にMRI検査が可能になってからは盛んで、このブログでも、明らかな脳損傷が犯罪を誘発する可能性について調べた研究を紹介したことがある(http://aasj.jp/news/watch/7800)。

今日紹介するNew Mexico大学からの論文も同じ線上にある犯罪者の脳研究だが、凶悪犯の中で殺人にまで至った犯罪者と、一線を超えなかった犯罪者を比べている点でユニークな研究で、7月5日にBrain Imaging and Behaviourにオンライン掲載された。タイトルは「Aberrant brain gray matter in murderers(殺人者に見られる灰白質の異常)」だ。

脳組織は細胞体が集まっている灰白質と、神経線維が集まっている白質に分かれるが、この差を浮き上がらせるT1-ScanというMRIの撮影法がある。この研究では、New Mexico とWisconsin州の犯罪者矯正局で続けられている、犯罪者の脳T1-scanを集めて、殺人犯、強盗や誘拐などの凶悪犯、そして比較的軽い犯罪犯の3グループの平均画像を算出し、比べている。

最も驚いたのは、米国の州の中には、犯罪矯正プログラムとして脳画像の収集が行われている点で、このおかげで800人を超す犯罪者、なんと20人の殺人犯のT1-scan 画像が集められている。ただ、実際に殺人を犯したのかどうか犯罪記録だけでは不十分なので、実際にインタビューして犯罪の状況、実際に殺人が行われたかについても念入りに調査している。

結果は明確で、殺人者では、他の犯罪者と比べた時、脳の極めて広い領域で灰白質の厚さが低下していることが明らかになった。これは殺人犯と凶悪犯を比べても、実際に殺人を犯してしまった犯人と、殺人未遂犯を比べても、この差が認められる。一方、比較的軽い犯罪者と、凶悪犯を比べてもこの差は認められない。この結果から灰白質の現象は、単純に犯罪意図だけではなく、最後の一線を超えてしまうかどうかと相関していることになる。

異常が見られる場所は大脳皮質の広い範囲に見られ、実際には感情に関わる領域、自己制御に関わる領域、社会性に関わる領域が含まれ、特にTheory of Mindと呼ばれる相手の心を読む意図に関わる領域だ。今後機能的解析や、テンソル解析による脳内の結合性に基づく、詳しい解析が行われると思う。

いずれにせよ、殺人を実際犯したかどうかだけでこれほどの差が出るのは本当に驚く。もちろん、この変化を遺伝的変化と決めつけてはいけない。育ちも大きな影響があることは間違いない。ただ、今回の結果は、麻薬の使用、基礎精神疾患、そして知能とは無関係であることも確認しているので、殺人という行為研究としてはかなり重要な結果だと思う。

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