4月10日 新型コロナウイルスに対する血清療法:北里柴三郎推薦の治療法 (米国アカデミー紀要オンライン掲載論文他)
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4月10日 新型コロナウイルスに対する血清療法:北里柴三郎推薦の治療法 (米国アカデミー紀要オンライン掲載論文他)

2020年4月10日
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医療を行う際の科学的根拠には、メカニズムははっきりしないが経験的に効果があると思う段階、メカニズムが理解できているという段階、そして統計学的に医療効果が確認されている段階まで様々な段階があり、それぞれは必ずしも一致しない。

このことがわかって新型コロナウイルスに対する議論を聞いていると、最終的科学性にこだわった杓子定規な議論が強すぎるように感じる。例えば、アビガンの効果については、理屈としては正しいといえる。なら、ともかく使ってみようかと使って、効果が見られた時、今度は観察研究だから役に立たないと議論が始まる。これは私個人の意見だが、この事態を乗り切るためには、少なくとも理屈があり手に入るならなんでもやってみることも大事ではないかと思う。

今は政府も国民も、この病気に対してレスピレーターとECMOだけが信頼できる科学だと思っているように見える。今こそ現場の裁量で様々な可能性を試し、それを正確に記録した結果が、フィードバックできるシステムが大事ではないだろうか。

理屈があり手に入るという点から新型コロナウイルスに絶対おすすめなのは、回復した患者さんの血清を使ってウイルスを中和するという治療法だろう。この可能性については論文がちらほら出始めていたが、観察研究の集大成ともいえる論文が中国から米国アカデミー紀要に発表された。タイトルは「Effectiveness of convalescent plasma therapy in severe COVID-19 patients (重症Covid-19患者に対する回復者由来血清療法の効果)」だ。

この研究も観察研究で、すでに急性呼吸逼迫症候群(ARDS)を発症した10人の新型コロナウイルス感染患者さん(このうち3人は人工呼吸器装着)に対して、ウイルスに対する中和活性の高い回復患者さんの血清を、発症後11−19日目に200ml、一回だけ投与して様子を見ている。

この研究では血清を調整するため、軽症患者さんで発症から3週目の血液(退院後4日目)を40人のドナーから集めている。新型コロナに対しては抗体がすぐに消えるということが言われているが、細胞にウイルスを感染させる古典的な方法で、ウイルス活性を中和する抗体価を調べると、39人で160倍以上の力価があり、それ以下だったのは1例だけだった。すなわち、時期を選べば多くの軽症者の回復血清を明日からでも集められる。

データの詳細は省くが、感染症に対する免疫の力を示す赫赫たる成果で、3日以内に血清からウイルスが消え、レントゲン所見の回復には時間がかかるが、呼吸不全の症状を含め、検査データも1週間以内に改善する。何よりも、3人は退院、残りも回復して退院を待つのみという結果だ。同じ病院でのそれまでの結果では、ARDSを発症した人の3割が亡くなっている。

この論文以外にも、3月27日号の米国医師会雑誌(JAMA)では、人工呼吸器装着の5例全例が回復したこと、また、Chestには人工呼吸器装着の4例全例が回復(3例は退院)したことが示されている。

確かに全て観察研究だが、もし私が現場で働いていたら、この治療を採用したいと思うだろう。3誌で紹介された全ての患者さんは、様々な抗ウイルス剤が用いられており、重傷者に抗ウイルス剤の効果が限定的であることを示している。観察研究といっても、北里柴三郎以来血清療法の科学性ははっきりしており、しかも北里の時代と異なり中和活性も測れる。

考えてみれば、血清療法を最初に開発したのは我が国の北里柴三郎と、ドイツのベーリングだ。その意味では我が国でも当然推進すべき治療法だと思うが、北里の国、我が国では実現に壁があるかもしれない。

最も重要な壁は、ウイルスの中和抗体の力価を測る感染実験施設の協力だ。検査は簡単で、安全な感染実験ができる場所があればいい。国立感染研や、国立大学など、研究者の貢献が必要になる。緊急措置が出た地域の大学では、全ての研究がストップしており、資源は回せるはずだ。

次に重要なのは、米国アカデミー紀要の論文に示されたように、決まった時期に血液を採取することが必要になる。そのために、軽症者の自宅やホテル隔離の場合でも、決まった時点(発症後3週間?)で採血して、力価を調べる体制が必要だ。

しかしこれらは壁といっても、すぐに解決できる。今日の東京都の統計を見ると、幸い中軽症者が1400人、重傷者は30人に過ぎない。人工呼吸器の数を心配することも大事だが、ぜひこの治療を迅速に導入する体制をとってほしいと思う。

現在多くの製薬会社では、中和モノクローナル抗体の開発が加速している。おそらくこれはワクチンより早い切り札になることは、エボラの経験でもわかっている。ただ、この開発が進められているということは、北里以来の血清療法が可能であることを示している。現場の医師と、政府と科学者の一体となった協力体制に期待したい。

繰り返すが、人工呼吸器だけが治療ではない。現場の裁量で行われる様々な内科的治療の中から、可能性の高いものを迅速にスタンダードとして採用できる体制も重要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月9日 ケトンダイエットは喘息に効果があるか?(4月14日号 Immunity 掲載論文)

2020年4月9日
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喘息は抗原により誘導されるアレルギー反応だが、病理的には極めて複雑な炎症反応で、蕁麻疹のような単純なものではない。この複雑化に関わるのが抗原反応性はない自然免疫に関わるinnate lymphoid cells(ILC)で、特に喘息の場合ILC2が慢性的に活性化されることが様々な病理反応の背景にあると考えられている。

今日紹介するドイツ・ボン大学からの論文は喘息モデルマウスでこのILC2細胞を増殖させる条件を探る中で、代謝を通してこの細胞を調節し喘息を治療する可能性を示した研究で4月14日号のImmunityに掲載された。タイトルは「Lipid-Droplet Formation Drives Pathogenic Group 2 Innate Lymphoid Cells in Airway Inflammation (気管の炎症時のLC2細胞の脂肪滴形成が病気を促進する)」だ。

この研究では、喘息の炎症が慢性化するプロセスを探るため、パパインを抗原にした喘息モデルで、抗原に暴露した後増殖して炎症を慢性化させるILC2を追跡し、ILC2が慢性的に刺激されると細胞内に脂肪滴が形成されることに気がつき、この脂肪代謝の変化とILC2の活性化との関係を調べ始め、ILC2の脂肪代謝について以下の結果を得ている。

  • 試験管内に取り出したILC2の増殖はIL7とIL33の組み合わせで最も強く、この時ILC2細胞内での脂肪滴形成がIL33により誘導される。
  • この脂肪滴形成は、細胞外から遊離脂肪酸を急速に取り込み利用する過程で、細胞内に溜まった遊離脂肪酸の毒性を抑えて脂肪代謝を高める役割がある。
  • 脂肪滴形成はDgat1分子より調節されており、この分子を欠損させる、あるいは阻害剤で脂肪滴形成は抑えられるが、それと同時に脂肪毒性により細胞の活性が低下する。
  • ILC2の脂肪滴形成は、脂肪細胞と同じでPPAR γ分子により調節されており、この分子の阻害剤で脂肪滴形成を抑え、ILC2の増殖やサイトカイン形成を抑えることができる。
  • 細胞外の遊離脂肪酸はILC2の増殖や活性を高めるために必須だが、この時グルコースが同時に存在しないと脂肪代謝サイクルがうまく回らない。
  • グルコースはmTor経路を介してPPARγやDgat1脂肪代謝システムを誘導する。

以上のことから、ILC2がIL7+IL33刺激で活性化される時、エネルギー供給ソースとしてブドウ糖を必要とするが、この経路の促進により代謝のプログラムの変化がおこり、mTor経路を介して、PPARγやDgat1などの脂肪代謝経路が活性化し、外部から活発に遊離脂肪酸を取り込むことで増殖する、と結論している。

この結果から、様々な阻害剤が喘息にも効くなと私のような凡人は考えてしまうのだが、このグループはILC2がサイトカインで活性化された後の代謝経路を変える最初のトリガーになるブドウ糖を摂取を、ケトンダイエットで減らすことでILC2の増殖を抑えられないかと着想し、見事に脂肪滴形成を含むILC2の機能を抑えて、炎症を鎮められることを示している。

喘息にケトンダイエットが行われているのがよくわからないが、慢性化を防ぐ一つの方法と考える価値はあるなと感じた。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月8日 抗寄生虫薬イベルメクチンが新型コロナウイルスに効果がある理由( Antiviral Research オンライン掲載論文)

2020年4月8日
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オーストラリア・モナーシュ大学から発表された我が国の大村さんが開発した抗寄生虫薬イベルメクチンが、試験管内の実験系ではあるが新型コロナウイルスの細胞内での増殖を止めるという論文がメディアを騒がせている。イベルメクチンは寄生虫のクロライドチャンネル阻害剤として働いて、寄生虫を麻痺させると思っていたので、この意外な組み合わせに驚いた。

なぜイベルメクチンで新型コロナウイルスが抑制できるのか知りたくて早速この論文を読んで、そのメカニズムの可能性を学ぶとともに、面白い引用文献も見つけたので今日はこれを紹介する。タイトルは「The FDA-approved Drug Ivermectin inhibits the replication of SARS-CoV-2 in vitro. (FDA が認可した薬剤イベルメクチンはSARS-CoV-2の複製を阻害する)」で、Antiviral Researchにオンライン出版された。

もともとイベルメクチンは構造的には極めて複雑で、クロライドチャンネル阻害以外の作用を持っていても良さそうにおもえる。この論文を読むまでは全く知らなかったのだが、このグループはイベルメクチンが細胞質のタンパク質を核内へ運ぶ分子インポーチンと結合して、核内移行を抑制すること、そしてこの結果様々なウイルスタンパク質の核内移行が阻害され、エイズウイルスや、デングウイルスの増殖が低下することを示していた(以下の論文)。

また、この結果を受けてタイではすでにイベルメクチンをデングウイルス治療に使う360人規模の治験が進んでおり、抗ウイルス薬としてのイベルメクチンはすでに臨床段階にある(https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT02045069)。

このような背景のもとに、この研究では新型コロナウイルスの細胞内での増殖をイベルメクチンが抑制できるか調べており、サルの腎臓由来Vero培養細胞に新型コロナウイルスを感染させ、48時間後にイベルメクチンを添加、その後のウイルスの増殖を調べている。

結果は報道の通りで、ウイルスの増殖が24時間で1000分の1に低下する。また、服用可能な濃度でこの効果が得られることを示している。

問題があるとしたら、人間の肺細胞での感染実験でないことだが、この点はすぐ実験的に分かることだろう。

この研究ではどのウイルスタンパクの作用が阻害されているのかについても明らかではない。仮説として、ウイルスの増殖に直接関わるタンパク質ではなく、ウイルスに対する自然免疫作用が核内でインターフェロンなどを誘導するのを抑えるタンパク質のインポーチンとの結合が阻害され、その結果抗ウイルス反応抑制が外れて、二次的にウイルス増殖抑制が復活すると考えている。

これだけでは分かりにくいと思うので、もう少し説明しよう。この仮説を調べていて驚いたのだが、SARSウイルスはエボラウイルスとほぼ同じメカニズムを用いて(https://aasj.jp/news/watch/2023)インターフェロン誘導に必要なSTAT1の核内移行を抑制することが2007年に報告されている(実際にはSARSの論文の方が先)。

すなわち、インポーチン(KPNAが分子記号)はウイルス感染により活性化されたSTAT1を核内に移行させるのに必須だが、SARSウイルスのORF6はインポーチンと競合的に結合してこれを阻害するため、インターフェロンなどの自然免疫が働かずに、ウイルスが増える。イベルメクチンが存在すると、このORF6(おそらく新型コロナウイルスでも同じ?)のインポーチンへの結合が阻害され、この結果STAT1の機能が復活し、ウイルスに対する自然免疫が回復するというシナリオだ。

引用されている文献から見ても、著者らの提案の可能性は高いと感じた。ただ、本当にインターフェロンの産生がイベルメクチンで回復するのかはすぐわかるので是非調べてみたらいい。

最後に、STAT1の作用がSARSのORFで抑えられることは初めて知ったが、とするとエボラと同じメカニズムが存在するため、新型コロナウイルスはサイトカインストームが急速に進むタチの悪いウイルスであることも理解できる。新型コロナウイルスではまだこの点の検討は行われていないが、どちらかについてすぐわかるだろう。もしSARSと同じようにORF6がこの役割を担っているなら、イベルメクチンだけでなく、ORFとインポーチンの結合をより特異的に阻害する化合物も開発できるかもしれない。インポーチンを研究しているグループならかなり早く化合物までたどり着けるような気がする。ORF6がサイトカインストームの引き金に関わるなら、サイトカインストームが荒れ狂うタイプのウイルスについての理解と治療方法がわかるかもしれない。勉強になる論文だった。

  読者から2μMの濃度に到達するためには現在の100倍程度必要ではないかという指摘がありました。この論文でも高濃度が必要であることはわかっているようで、議論しています。一方、現在進行中のタイのデングウイルスに対する治験では200-400μg/Kgを投与しているので、通常の濃度です。可能性としては、ネブライザーで肺に直接到達させることも可能かもしれません。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月7日 記憶のエングラム細胞(4月16日号 Cell 掲載論文)

2020年4月7日
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記憶が神経細胞分化と言ったのはエリック・カンデルだが、マウスを用いて長期に続く記憶痕跡(エングラム)が代謝非依存性の変化として刻み込まれた神経細胞をエングラム細胞と呼んだのは利根川さんだった(と思う)。こんな離れ業が可能になるのは、生きた動物の中で興奮する細胞を条件を替えてしかも継続的に記録できるようになったおかげだが、様々なタイプの神経の中でエングラム細胞というのがどれに当たるのか、詳しく調べた研究はなかったようだ。実際、私の頭の中ではエングラム細胞というと興奮神経を思い描いていた。

今日紹介するMITからの論文は記憶痕跡が、興奮神経だけでなく様々なタイプの細胞により形成されることを示す研究で4月16日号の Cell に掲載された。タイトルは「Functionally Distinct Neuronal Ensembles within the Memory Engram (記憶痕跡は機能的に異なる神経の協調により維持される)」だ。

エングラムが存在するかどうかは、記憶成立時に興奮した細胞が、記憶の再起時にもう一度興奮する現象から推察できるが、この時神経興奮によって誘導される転写因子の発現をマーカーにして追跡される。このような immediate early gene(IEG) として Fos とか Arc などが使えるが、ほとんどの研究は一つの IEG をエングラム特定に使い、いくつかを組み合わせることはなかったらしい。

この研究のハイライトは Fos と Npas4 の2種類の IMG の発現をモニターできるレポーターを用いて、一つの記憶成立と呼び起こし過程をモニターしてみようと着想したことで、そのためにレポーター自体の活性を薬剤で高めたり落としたりできる凝った実験系を構築して、実験中に痕跡が成立する細胞だけが追跡できるようにしている。

複雑な実験が行われているが、結果は比較的単純で、次のようにまとめることができる。

  • 一つの記憶痕跡が成立する時、Fos, Npas4 など、異なる IEG が誘導される。
  • 少なくとも Fos と Npas4 については、異なる細胞で働いており、記憶痕跡が異なるタイプの神経細胞が協調して成立していることを示唆する。
  • この実験の場合、Fos でラベルされる細胞は興奮神経で、Npas4 でラベルされる細胞は抑制性神経を代表している。すなわち、異なるタイプの神経細胞が、異なるタイプの IEG を使って、異なるプログラムの書き換えを行なっている可能性が高い。
  • また、Fos が誘導される興奮細胞は記憶の一般化(似た状況での記憶の呼び起こし)に、Npas4 が誘導される抑制性神経は記憶の正確な区別に関わる。
  • それぞれの神経は、異なる上流の神経と回路を形成している。

他にもあると思うが、以上が主な結果で、記憶のエングラムも複数の異なる機能を持つ細胞タイプとそれにつながる上流下流の神経サーキットの協調により成立し、それぞれの細胞が異なる IEG を用いてプログラムを書き換えることで、記憶成立時の状況と、新しい状況の類似性や違いを判断して、行動を選んでい、とまとめることができるだろう。

かなり生理学にも強いグループだと思うが、記憶エングラムについての概念をまとめ直すには優れた研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月6日 腸管上皮細胞と間質ニッチ(4月1日 Nature オンライン掲載論文)

2020年4月6日
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現在、慶應大学の佐藤さんの決定的な研究によって、腸管上皮幹細胞システムは外部の細胞の支持なしで幹細胞システムを形成できることが明らかになった。とはいえ、試験管内には様々な増殖因子を加える必要があるし、また消化管の場所のアイデンティティーなどは周りの細胞の影響下にある。従って、上皮を裏打ちしている間質細胞について理解することは現在も重要な課題だ。そして組織上では同じに見える間質細胞を調べるツールとして single cell trascriptome 解析手法が利用できる。

今日紹介するイエール大学からの論文はこの腸管上皮を裏打ちしている間質細胞の single cell transcriptome 解析を行い、上皮細胞のガン化を促進する集団を発見した研究で4月1日号の Nature に掲載された。タイトルは「 Paracrine orchestration of intestinal tumorigenesis by a mesenchymal niche (間質細胞ニッチはパラクライン分子により腸上皮のガン化を統括する)」だ。

この研究ではまず腸管細胞の single cell transcriptome (SCT) 解析を行い、腸内ペースメーカーも含む間質細胞を大きな4タイプに分けることを発見する。そして上皮では全く発現のないプロスタグランジン合成に関わるオキジゲネース( PTSG )が多くの間質集団で発現していることに焦点を当てて、発ガンとの関係で研究を進めている。というのも、ずいぶん昔、私の医学部の同級生の武藤さん達により、プロスタグランジン合成系による炎症が腸上皮ガンの発生を促進することが示されていたからで、間質細胞だけでPTSGが発現しているという発見は、間質細胞が発ガンを支持するニッチとして働く可能性を示している。

期待通り、間質細胞特異的にPTSG をオフにすると、APC変異を導入したマウスでのポリープ発生数が低下する。しかし、発生した腫瘍の大きさについては変化がないことから、間質のPTSGは発がんの引き金に関わるが、ガンの増殖には関与しないと結論する。実際、PTSG遺伝子が間質細胞から除去されると、プロスタグランジンE2(PGE2)の濃度が腸管で強く低下する。これにより、腸管でのプロスタグランジン分泌の主役は間質細胞であることが確定した。

さらに腸上皮のオルガノイド培養にPGE2を添加する実験を行い、幹細胞の増殖が上昇するとともに分化が抑えられる結果、球状のオルガノイドになることを示している。

詳細は省くが、オルガノイドを用いた様々な実験から、PGE2は受容体PGER4を介してHippo経路を阻害、その結果Yapの脱リン酸化がおこり、Yapが核内に移行、転写のプログラムを変化させることで、分化した腸上皮細胞が幹細胞的能力を再獲得し、分化を伴わない自己再生が上昇することを明らかにする。

また、これと同じメカニズムが発ガン過程でも働き、Yapが核内移行した結果、幹細胞増殖を支える様々なプログラムが発現しその結果、発ガン過程が促進することを示している。

結果は以上で、間質細胞の single cell trascriptome 解析からスタートして、プロスタグランジンとガンについて、これまでの問題を見事に整理した研究だと感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月5日 新しい現実的な膵臓ガン治療のプロトコル(4月16日 Cell 掲載論文)

2020年4月5日
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現在我が国ですい臓ガンに対して行われている化学療法はジェムシタビンが中心だが、DNA修復が低下しているガンに対してはプラチナ製剤も使用されていると思う。また、施設によってはEGFR阻害剤を組み合わせることも行われているのではないだろうか。

このような抗ガン剤の組み合わせを計画するときに重要なのは、細胞に対する異なる効果を合わせることで、一番わかりやすいのがガンの増殖を抑えた上で、免疫をチェックポイント療法で高めるといった組み合わせだろう。しかし、抗ガン剤自体もその効果を把握すると、さらに論理的な抗ガン治療が可能になる。

今日紹介するスローンケッタリング癌センターからの論文は、最近注目のガンに対する老化誘導がモデルマウスのすい臓ガン治療に高い効果を示すことを示した研究で4月16日号のCellに掲載された。タイトルは「Senescence-Induced Vascular Remodeling Creates Therapeutic Vulnerabilities in Pancreas Cancer (老化によって誘導される血管のリモデリングによってすい臓ガンの治療感受性を高められる)」だ。

研究は単純で、これまで著者らが提案していたCDK4/6阻害剤(パルボシリブ)とMEK阻害剤(トラメチニブ)を組み合わせてRB依存性の細胞老化を誘導して、すい臓ガン治療を改善できないか確かめることが目的だ。

遺伝子導入によるマウスすい臓ガンモデルに両方の薬剤(T/P)を投与すると、増殖を止めて老化が誘導されたことを示すマーカーが検出できるが、個体の生存曲線としてはほとんど変化ない。すなわち、ガンの方はこの治療を乗り越えられる。

つぎに同じ治療でガンの細胞老化が誘導されることで、周りの組織が変化するか調べ、ガン局所に血管が誘導され、しかも血管はしっかり開いて循環を維持していることを発見する。また、様々な分子マーカーを使った組織の検討から、ガンの老化により血管のリモデリング誘導されたことになる。

次にリモデリングされた血管の機能を調べる目的で、腫瘍への抗ガン剤ジェムシタビンの浸透を調べると、T/P治療を行わなかった群と比べ、アイソトープ標識されたジェムシタビンが腫瘍内に浸透し、その結果ジェムシタビンの効果を大きく高まる。すなわちT/Pとジェムシタビンを組み合わせた化学療法は、ジェムシタビン単独と比べて2倍の効果がある。

さらに、血管が腫瘍に浸透することで腫瘍周辺に多くのCD8T細胞も浸潤していることがわかる。しかし、この細胞はPD1を強く発現し、また腫瘍のPD-l1発現もT/P治療で上昇するので、結局CD8T細胞の活性はすぐに抑えられ、あまりガン抑制に役に立っていない。

そこで、抗PD1抗体を投与すると、T細胞の活性が復活し、ガンの抑制が可能になる。すなわち、T/P治療とPD1抗体を組み合わせることで、生存を2倍に伸ばすことができる。

以上が結果で、論文としてはよくCellに受理されたなと印象があるほど単純な話だ。しかし、全ての薬剤は今使われていることから、明日から臨床治験が可能になることは明らかで、このインパクトでCellは掲載したのだと思う。

現在ニューヨークはコロナで大変な状況だと思う。おそらくスローンケッタリングでは治験が進んでいると思うが、この状況に打ち勝って是非早期に朗報がもたらせるのを期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月4日 200万年前の南アフリカは人類の避難場所だった(4月3日号 Science 掲載論文)

2020年4月4日
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南アフリカは人類学を塗り替えるアウストラピテクス・アフリカヌスが発見された土地で、今でも様々な場所で発掘が進んでいる。この発見がおこなわれたとき、英国で最も古い原人が発生したとするピルトダウン人捏造に学会が全て染まっていたため、捏造発覚まで論文に掲載されることなく圧殺されるというドラマも生んだ。

ただ、南アフリカがすごいのは狭い地域にアウストラロピテクスだけではく、様々な人類化石が発見されることで、例えば図に示したのは、ヨハネスブルグ近郊のスタークフォンテーン遺跡に展示してあったパラントロプスの頭蓋骨を

筆者が撮影したものだが、パラントロプスはアウストラピテクス直立原人などのホモ属をつなぐ人類とされている。重要なことは、これらの人類が200万年前後に集中して同居している可能性で、実際にゴリラやチンパンジーが同居するように、様々な人類が同居することがあったのかが重要な問題になっている。

今日紹介するアウストラリアや南アフリアをはじめとする数カ国の人類進化研究所からの共同論文は、1992年に発見された南アフリカ北部のDrimolen洞窟から出土した人類の化石の中に、アフリカで最も古いホモ属の化石と、同じく最も古いパラントロプスの化石が発見されたという論文で4月3日号のScienceに掲載された。タイトルは「Contemporaneity of Australopithecus, Paranthropus, and early Homo erectus in South Africa(アウストラピテクス、パラントロプス、そして早期のホモ属は南アフリカに同時代的に存在した)」だ。

様々な人類の骨がこの領域で発見されることはもうわかっていたが、それらが同時代に生きていたかどうかを明らかにすることは、堆積や水などの自然の力で地層や化石が複雑な変化を被る結果極めて難しかった。この分野は全くの門外漢で評価できないが、今回はウラニウム/鉛同位元素を用いる方法と電子スピン共鳴法を組み合わせて、約204万年前のから195万年前に、ホモエレクトスとパラントロプスが同時に同じ場所に存在していたことを証明している。すなわち、アウストラピテクス・アフリカヌスが存在していた同時代に、パラントロプスも、ホモエレクトスも存在していた可能性が高いことが示された。

この論文の大半は、この洞窟の詳しい地質調査で、物理学的時代測定法の妥当性をバックアップすると同時に、当時の気候などを詳しく検討している。そして、おそらく地球全体が乾燥したこの時代に、南アフリカが避難場所として多くの人類や動物が同居することになり、結果人類進化の揺りかごになったと結論している。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月3日 Tauの伝搬を防いでアルツハイマー病を治療する(4月1日 Nature オンライン掲載論文)

2020年4月3日
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アルツハイマー病(AD)の症状とリン酸化Tauの脳内での蓄積が強く相関することは広く認められるようになっている。さらに、重合したTau断片が神経から神経へと伝搬するというプリオン仮説についても、コンセンサスになってきたのではないかと思う。しかし、細胞膜で仕切られた細胞間を大きなタンパク質が伝搬するためには、細胞内へTauを取り込むメカニズが必要になる。これまでの研究で、細胞膜やマトリックスに存在するヘパラン硫酸プロテオグリカンやLDL受容体がTau取り込みに関わっている可能性を示唆する論文が発表されていた。

今日紹介するカリフォルニア大学サンタバーバラ校からの論文はLDL受容体の中のLRP1がTau取り込みの主役であることを示した研究で4月1日号のNatureオンライン版に発表された。タイトルは「LRP1 is a master regulator of tau uptake and spread(LRP1がTau取り込みと伝搬の主役分子)」だ。

この研究は最初からLDL受容体ファミリーのどれかがTau取り込みに関わると仮説を立てCRISPRテクノロジーを使ってグリオーマ細胞株H4から様々なLDL 受容体の発現を低下させTau取り込みが抑制されかスクリーニングを行い、LPR1の発現を抑制した時のみ沈殿型Tauの取り込みが低下することを発見する。また取り込まれる過程にはTauの微小管結合領域がLPR1と結合することが必要であることを明らかにする。

LRP1に結合することが知られている分子RAPとTauを競合させる実験を行い、RAPとTauがLRP1の同じ領域に結合し、互いに競合することを見出している。すなわち、このサイトを抑制することでTauの取り込みを抑制できることになる。 

ここまでわかるとLRP1が実際の神経でも同じように働いているか、またモデル動物でLRP1を標的にしてTauの取り込みを抑えられるかが次の問題になる。まずヒトiPS由来の神経細胞を用いて、Tauの取り込みと、LPR1発現の抑制、あるいは、RAP添加による競合実験を行い、人間の正常神経細胞でも重合型Tauは取り込まれ、その時LRP1を介していることを明らかにした。

最後にマウスの脳にウイルスベクターで重合型Tauを自然生成できる遺伝子を注射する実験系で、離れた脳領域にTauが伝搬すること、またこの伝搬をLRP1発現を抑制するshRNAで抑えられることを明らかにしている。

結果は以上で、LRP1がAD治療の新しい標的になる可能性が生まれた。もちろん先は長い。しかしこの結果が再現できれば、様々なADモデルでLRP1抑制実験を行うことで、ADとTauプリオン仮説の検証が可能になる。もしうまくいけば、その先にADの新しい治療開発も視野に入ってくるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月2日 食事の腸内細菌叢への影響を調べる難しさ(3月23日号 Nature Medicine 掲載論文)

2020年4月2日
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我々の身体の代謝に腸内細菌叢が重要な役割を持つことについては、誰も疑う人はいない。それどころか、一般の人も、自分の腸内細菌叢を何とか善玉にしたいと思うようになっているが、ではどうするのかについては、メーカーの言葉を信じるしかない。そう考えると、メーカーの責任は重い。「安全ならあとは売れればよい」、「結局長期効果など誰も検証しない」と、簡単な臨床試験や動物実験結果をもっともらしく宣伝するのではなく、本当に顧客を(満足ではなく)健康にできるかを真剣に考えた製品を作っていってほしいと思う。

とはいえ、人間で食事と腸内細菌叢の関係を、厳密に研究するためには、人間の行動をモルモットのように厳密にコントロールする実験が必要になる。今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、25人のボランティアを30日間研究室に閉じ込めて食事や抗生物質投与をコントロールした研究で3月23日号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Effects of underfeeding and oral vancomycin on gut microbiome and nutrient absorption in humans (減食とバンコマイシン服用がヒトの腸内細菌叢と食品の吸収に及ぼす影響)」だ。

普通動物実験でしかできない完全な食事のコントロールを短い期間でもやり遂げたことがこの研究の全てだ。30日間研究所に閉じ込め、最初は2400Kcalの全く同じ食事を摂取させ、その後片方は3600Kcal、もう片方は1200Kcalの食事を3日間だけとらせる。その後3日間2400Kcalに戻したあと、もう一度同じように過食と減食3日間を続けてもらい、その間に様々な検査を行う。

このシリーズの後8日間の回復期間をおいて、今度は経口的にバンコマイシンを3日間服用させ、服用したグループとしなかったグループで、同じように検査を行い実験終了となる。

この31日に及ぶモルモット体験で調べられる最も重要な項目は、カロリーの接種率と、便として排泄されるカロリーの量で、あとは便の細菌叢検査などだ。結果をまとめると次のようになる。

  • 便として失われるカロリーを吸収されたカロリーに対して計算すると、不思議なことに、減食した方が多くのカロリーが便として失われる。すなわち、カロリー制限はカロリーの吸収をさらに落としてくれる効果がある。
  • バンコマイシンは消化管から全く吸収されない抗生物質で、腸内細菌叢だけを減らすことができるが、腸内細菌叢が減ると同じように便として排出されるカロリーは増える。

腸内細菌叢や血液の検査を通してこの結果を解釈しようとしているが、減食やバンコマイシン服用により粘液を消化し腸のバリアー機能に関わる細菌が増え、食物の吸収が低下すると同時に通過が早くなること、また完全に原因として特定できてはいないが、酪酸の分泌など様々な代謝物のバランスもこの変化に貢献しているだろうとしている

減食でよりカロリーの損失が増えること、また減食した方が細菌の多様性が上昇するという結果は、直感に反する結果だが、最終的な印象としては、食事をコントロールする実験は難しいというのが印象だ。31日間拘束しても、たかだか6日間の栄養コントロール実験しかできない。本当はもっと長期の影響が必要になる。したがって、人間モルモット実験には限界がある。これを克服するには、日常の多様な行動を科学に仕上げていく方法論を確立しなければならない。それまでは消費者はマーケティングの言葉以外に頼るものがない状況は続く。その意味で、メーカの消費者の健康に本当に寄与したいという覚悟が望まれる。

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4月1日 幹細胞のゲノム不安定と腸炎:コロナも少し考えてみた(3月25日 Nature 掲載論文)

2020年4月1日
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潰瘍性大腸炎やクローン病は炎症性腸疾患(IBD)と総称されており、自己免疫、慢性感染症、食事など多様な原因で、腸内に慢性の炎症が続く。従って、最初のシグナルを特定することがこの分野の重要な課題になる。

今日紹介する中国廈門大学からの論文は炎症性腸炎も完全な内因性の原因で起こりうることを示した研究で3月25日号のNatureに掲載された。タイトルは「Gut stem cell necroptosis by genome instability triggers bowel inflammation (ゲノム不安定性による腸管幹細胞のネクロプトーシスは炎症性腸炎の引き金になる)」だ。

この研究では、IBDの患者さんの遺伝子発現を調べて、ヒストンのメチル化に関わるSETDB1が低下しており、またSETDB1低下が幹細胞で著しいことを発見し、SETDB1の低下がIBDの引き金になるのではと着想している。

あとは、腸管幹細胞でSETDB1遺伝子のノックアウトを誘導的に行えるマウスを作成し、成長してからこの遺伝子をノックアウトすると、期待通り強い腸炎が1週間で誘導できることを示している。すなわち、幹細胞内での原因でIBDを誘導することができた。

SETDB1はもともと幹細胞で発現が高く、染色体の安定性を維持し、幹細胞のゲノムを守る役割があるが、この発現が阻害されることで、ゲノムが不安定になることが想定される。実際、ノックアウトされた細胞ではDNAの切断が観察され、またIBD患者さんの腸管幹細胞でもDNA 切断が観察される。実際、SETBD1をノックアウトすると、細胞死が高まるとともに、ゲノム不安定性を反映して、一部で腫瘍性増殖が見られるようになる。

ではどうしてこれがIBDのような炎症につながるかが問題になるが、まずゲノム不安定性により幹細胞のネクロプトーシスが誘導される結果、炎症が発生すると考えた。ネクロプトーシスに関わる遺伝子ノックアウトとSETDB1ノックアウトとを組み合わせる実験を行い、IBD発生を抑えられることを示している。また、この時の引き金は自然免疫受容体RIP3を介しており、RIP3阻害剤が炎症抑制に効果があることも示している。

RIP3はもともとRNAウイルスを検出して自然炎症を誘導する。そこで、ネクロプトーシスと自然免疫を誘導する他の要因を検索し、最終的にSETDB1により誘導されていたヒストンK9メチル化が低下し、内因性のレトロウイルスの増殖が起こることを突き止める。一方、この系では腸内細菌叢の役割はほとんど見られなかった。

まとめると、何らかの要因でSETDB1の発現が腸管幹細胞で低下すると、DNAの切断が起こるとともに、内因性レトロウイルスの転写が起こり、これがRIP3を刺激してネクロプトーシスによる自然炎症を誘導するというシナリオだ。完全に内因性の要因でIBDが起こり、それを抑制する薬剤まで示し得た面白い仕事だと思う。

この論文を読んでいて、新型コロナ肺炎でネクロプトーシスなどの細胞死を調べ直すことは重要だと思った。現在肺でのサイトカイン分泌を制御する治験が行われており、もし肺胞での細胞死がネクロプトーシスなら、介入できるかもしれない。重症になるとなかなかネブライザーで肺胞にまで薬剤を到達させるのは難しいと思うが、RIP阻害剤は考慮する価値はあるように思った。

カテゴリ:論文ウォッチ