4月20日: 急性骨髄性白血病で起こる貧血はIL-6が原因(4月8日号 Science Translational Medicine 掲載論文)
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4月20日: 急性骨髄性白血病で起こる貧血はIL-6が原因(4月8日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年4月20日
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新型コロナウイルスの重症化と相関するマーカーが明らかになり、新しい治療方針につながる可能性が生まれているが、例えばフィブリンの分解でできるD-ダイマーが重症例では著明に上昇しており、静脈血栓症が重症化に関わるのではと示唆されている。事実マサチューセッツ総合病院のマニュアルでは出血や腎不全がない限りヘパリンによる予防的抗血栓療法を推奨している(https://www.massgeneral.org/assets/MGH/pdf/news/coronavirus/guidance-from-mass-general-hematology.pdf)。

もう一つ直接治療につながる重症度と相関するバイオマーカーが血中IL-6の上昇で(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32301997/ )、 阪大の岸本先生たちが開発したIL-6に対する抗体で治療効果がみられた症例がわが国を含め蓄積しているようだ。ウイルス感染によるサイトカインストームが重症化の原因と考えると、この結果は納得できるが、様々なサイトカインが分泌されると考えられるのにIL-6を抑えるだけでも十分効果があることは重要だと思う。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はサイトカインストームとIL-6を理解する上でも面白いと思った研究で、急性骨髄性白血病の貧血がIL-6により誘導される可能性を示唆している。タイトルは「IL-6 blockade reverses bone marrow failure induced by human acute myeloid leukemia (IL-6阻害はヒト急性骨髄性白血病により起こる造血不全を正常化できる)」で、4月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。。

急性骨髄性白血病(AML)は、血液幹細胞の病気で、白血病細胞が増加した結果、重度の貧血が起こり、その結果起こってくる出血や感染症が直接の死因になる。このAMLによる貧血の原因については、造血に必要な場所を白血病が占拠するからだろうと単純に考えていた。

この研究ではこの常識を疑い、人間のAMLを免疫不全マウスに注射した時に起こる貧血の原因を探っていった。その結果、

  • ヒトのAMLで、骨髄中の白血病細胞の数と貧血との相関を見ると、ほとんど相関が見られない。したがって、造血の場が失われることが貧血の原因と単純に決められない。
  • AMLをマウスに移植する時、髄外造血の場である脾臓を摘出しておくと、骨髄造血を代償することができなくなる。この実験系でAMLを注射すると、骨髄正常造血が抑えられて、マウスは少数のAMLでも早期に死亡する。すなわち、AMLはマウスの骨髄造血を抑制し、それが死因で死亡する。
  • 試験管内でAMLは造血抑制を誘導する分子を分泌するが、中でもIL-6が造血抑制と強く相関する。
  • IL-6に対する抗体をAML移植マウスに注射すると生存期間が倍加する。

以上が結果で、IL-6に対する抗体だけではマウスを治癒することはできないが、骨髄抑制を正常化して貧血を直せるという結果だ。これは、AMLの病態の一部をサイトカインストームで説明できる可能性を示唆している。確かに、急速に進む白血病ではサイトカインストームと同じ症状が見られることがある。もちろん白血病では感染など他にもサイトカインストームの原因は存在すると思うが、IL-6抗体治療は納得できる選択肢ではないかと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月19日 慢性閉塞性肺疾患は幹細胞病?(5月14日出版予定 Cell 掲載論文)

2020年4月19日
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一昨日慢性炎症の一つの典型とも言える変形性関節症の軟骨がメチル化DNAをハイドロオキシ化するTet1の発現上昇による、軟骨の一種のリプログラム病である可能性を示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/12821)。このように、慢性炎症は感染や慢性刺激などが誘因になってはいても、最終的にはリプログラムされた細胞が発生してそれが炎症組織を置き換えていくという可能性が示唆されてきた。

今日紹介するテキサス・ヒューストン大学からの論文はもう一つの典型的慢性炎症である慢性閉塞性肺疾患(COPD)の肺に存在する幹細胞の多くがリプログラムされており、それが繰り返す炎症の原因になることを示した研究で5月14日号の Cell に掲載された。タイトルは「Regenerative Metaplastic Clones in COPD Lung Drive Inflammation and Fibrosis (COPDでメタプラジア組織を再生するクローンが炎症や繊維化を誘導する)」だ。

この研究ではCOPDの患者さんの切除肺組織の細胞を培養、クローン性増殖を起こす細胞の遺伝子発現プロフィルから4種類のクラスターに別れることをまず示している。すなわち、肺の再生に関わる増殖能力の高い細胞が4種類存在していることを意味している。もちろん、同じような4種類の細胞は正常組織にも存在しているが、遺伝子発現を比べると、COPD患者さん由来のそれぞれの細胞は、明らかに正常のグループとは異なり、メタプラジア(組織のアイデンティティーが崩れている)に関わる遺伝子の発現が高まっていることがわかった。

それぞれのグループのクローン(患者さん由来)を免疫不全マウスに移植すると、正常のクローンを移植した時にはほとんど見られないメタプラジアが起こり、この性質は細胞を継代しても維持される。すなわち、増殖する幹細胞レベルでのリプログラミングが起こっていることがわかった。

またそれぞれのクローンについてsingle cell trascriptome解析を行い、メタプラジアに関わる特異的遺伝子も特定し、その中からFACSで利用できる表面分子マーカーも開発している。

4種類の増殖性の幹細胞のうち最も興味を引くのがクラスター4と名付けられた幹細胞で、COPD患者さん由来のクラスター4は、炎症を誘導するサイトカインやケモカインの発現が高い。そして、COPD由来のクラスター4細胞をマウスに移植すると、白血球の浸潤を含む強い炎症が起こる。

一方、ホストの線維化を誘導するサイトカインの分泌はクラスター3(扁平上皮へ分化)とクラスター4で強く、それぞれ移植したマウスでは繊維化が誘導されることを示している。

詳細をかなり省いて紹介したが結果は以上だ。要するに、肺の細胞の新陳代謝を担っている幹細胞がタバコの刺激など慢性の刺激によりリプログラムされ、異常組織の再生産を維持しているという話で、前回紹介した変形性関節炎とともに慢性疾患で、細胞がエピジェネティックにリプログラムされていることを示唆している。

とすると、肺の幹細胞を対象に、エピジェネティックな変化を元に戻せないか、変形性関節炎と同じような治療法開発も可能だと思うし、何よりも正常の幹細胞で置き換えられないか、これまでとは全く異なる方向での治療法が可能になるかもしれない。慢性炎症は本当に奥が深い。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月18日 爬虫類の温度依存的性決定の仕組み(4月17日号 Science 掲載論文)

2020年4月18日
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脊椎動物の中でも最も地球温暖化によって絶滅が危惧されているのが爬虫類だ。というのも多くの種で負荷時の温度によりオスメスが決定されるからで、卵が産み落とされた環境の温度が例えば上がりすぎると、孵化した個体が全てメスになり、生殖が不可能になる。

温度依存的性決定については興味を持っていたが、論文をフォローしておらず、性決定に関わる何らかの転写因子の温度感受性の問題かななどと勝手に思っていた。今日紹介するデューク大学からの論文はミシシッピーアカミミガメをモデルに、性決定過程の大枠を解明した研究で4月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「Temperature-dependent sex determination is mediated by pSTAT3 repression of Kdm6b (温度依存的性決定はリン酸化STAT3によるKdm6bの抑制により決められている)」だ。

線虫から哺乳動物まで、オスの性を決定するマスター遺伝子としてDMRT1が知られているが、このグループはアカミミガメの性決定が、KDM6B:ヒストン脱メチル化酵素によるDMRT1遺伝子発現誘導を軸として行われていることを明らかにしていた。

今回の研究はこの軸を調節する上流の温度感依存的過程に関するものだが、対象となる野生動物の研究上の制限から、可能性の高そうな候補遺伝子を絞って、古典的な手法を用いて研究を行うことで進めている。こうして上がってきたのが、意外なことに通常サイトカインシグナルの下流にある転写因子STAT3で、まずメスを誘導する温度31度でSTAT3のリン酸化レベルが上昇すること、そしてSTAT3がKdm6bヒストン立つメチル化酵素遺伝子に結合していることを明らかにする。

STAT3のリン酸化が高まるのはメスを誘導する温度31度なので、リン酸化によりオスを決定するKdm6b遺伝子が抑えられる必要がある。そこで、STAT3阻害剤を用いてオス決定軸を形成するKdm6bおよびDmrt1の発現を生殖器官で調べると、期待通り発現が上昇する。すなわち、STAT3はKdm6bに結合して抑制因子として働いている。また、STAT3が活性化されメスを誘導する温度でSTAT3阻害剤を卵に注入する実験を行うと、生殖組織をオス型に変化させられることを示している。

最後に、では温度変化をSTAT3のリン酸化へと転換する仕組みについても、細胞内へ温度依存的にカルシウム流入が起こることでSTATA3リン酸化が起こるのではと仮説を立て、実際31度で細胞内カルシウム濃度が上がること、またカルシウムイオノフォア処理により、STAT3がリン酸化されることを示している。

データはここまでで、カルシウムチャンネルの温度依存的変化、細胞内カルシウム増加をシグナルとするSTAT3リン酸化、STAT3によるKdm6b遺伝子の発現抑制、その結果のDmrt1遺伝子発現抑制により、高い温度でメスが誘導されるというシナリオが示された。

まだまだ、温度感受性カルシウムチャンネルの特定、STAT3をリン酸化するメカニズムなど解明しなければならない点は残っているが、あとは時間の問題だろう。候補遺伝子を一つ一つ確かめていくという地道な仕事だが、温度依存的性決定についてはすっきりと整理がついた。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月17日 変形性関節症とTET1:意外な取り合わせ(4月15日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年4月17日
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変形性関節症(OA)は特に高齢女性の運動能力を低下させる最大の原因だが、何十年も使い込めば関節が痛むのも当然と、私たち専門外はあまり興味を持てなかった。しかし、今日紹介するスタンフォード大学整形外科からの論文を読んで、単純に見えて奥の深い、しかも治療可能かもしれない面白い病気であることを認識した。タイトルは「Inhibition of TET1 prevents the development of osteoarthritis and reveals the 5hmC landscape that orchestrates pathogenesis(TET1阻害は変形性関節症を防ぎ、関節症への5hmCの関与を明らかにした)」だ。

おそらくOAの論文を読むのは初めてのような気がする。このグループはもともと人間のOAでゲノム全体に5hmCマークが増えてくることに興味を持って研究していたようだ。全く初耳だが、半月板障害での慢性炎症でDNAメチル化部位がハイドロオキシメチルに変わるというのは意外で、紹介することにした。

これまでの結果を半月板損傷によるOAモデルマウスで確かめ、OAが長引くとともに、ハイドロオキシメチル化(5hm)が進み、その結果1000近くの遺伝子発現が上昇することを確認する。すなわち、5hm化はOAの関節軟骨細胞を特徴付ける所見になる。

ではこれがOAの病理と関わるのか、Tet1ノックアウトマウスを用いてOAを誘導する操作を行い、Tet1が欠損すると、5hm化が抑えられ、それとともにOAの病理が強く抑えられることを示している。これはOAの進行をTet1操作で治療できる可能性を示しており、研究のハイライトと言える。

なぜこのような効果が見られるのか、Tet1ノックアウトにより発現が変化する遺伝子を詳細に調べており、例えば文化に関わるWntシグナルや、マトリックスの調節に関わるメタロプロテアーゼ、あるいは軟骨を守るために必要な転写因子など、遺伝子発現全体をOAの進行を止める方向へ再プログラムできる。この合目的性には驚くと同時に、Tet1とは何かを考えさせられる。私の頭の中でTet分子は、発生やガンのプログラムにとどまっていたが、考え直さなければならない。

いずれにせよ、Tet1はなぜかOA誘導のマスター因子として働いている。とすると、当然これを抑制することでOAの進行を止める可能性が出てくる。この研究ではOA患者さんの軟骨サンプルでTet1ノックダウンが期待の変化を示すことを確認した上で、同じ効果をTet全体の阻害剤2HG でも誘導できることを示している。

そしてマウスモデルで2HG を関節に注射して、OAの信仰を抑制できることを示している。

結果は以上で、慢性炎症で関節軟骨細胞のこれほど大きなプログラム変換がおこり、それにTet1による5hm化が関わるという発見も大変面白いが、それを治せる可能性が生まれたことは、期待できるのではと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月16日 今新型コロナウイルス症状として話題になっている臭いの受容は極めて複雑(4月10日号 Science 掲載論文)

2020年4月16日
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阪神の藤浪投手についての報道以降、新型コロナウイルスの可能性を調べる一つの症状として嗅覚障害が認められ、メデイアでも盛んに報じられている。最近 International Forum of Allergy & Rhinologyにカリフォルニア大学サンディエゴ校から発表された論文では、インフルエンザ症状を示した中で新型コロナと確定された患者さんの68%が嗅覚障害を示した一方、通常のインフルエンザでは16%で、嗅覚障害は100%ではないが、新型コロナと強く相関することを示していた。

今我が国では一般の感染がどの程度広がっているのか、クラスター対策が限界を迎えてしまったため、わからないという状況になっている。各地域でこれを調べる一つのアイデアがやはり同じ雑誌に紹介されていた。Google Trendを使って嗅覚障害に関わる様々な言葉が何回検索されているのかを調べると、その地域でのコロナウイルス感染者数とgoogle 検索数が高い相関を示すという研究だ。PCR検査を徹底的に行なっているドイツでも相関が見られることから、信頼できる方法ではないだろうか。メディアも、国の調査不十分を非難する前に、自前で様々な検索を行えばいい。前に紹介したように下水のPCR検査(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/12703)と合わせれば、原発事故モニター並みの推定ができるかもしれない。

個人的には匂いに関わる単語検索数はかなり使えると思う。というのも、十年以上前私も感冒にかかり、すっかり匂いを失った。幸い徐々に回復したが、面白いことに花の匂い、香水の匂い、ワインの匂いなど良い匂いは回復し、今や前以上にワインテースターになった一方、臭いと言われる匂いは排泄物も含めて全く戻ってこない。介護向きの人間になったのも巡り合わせかと親の介護を待ち構えていたが、この能力を使う間も無く全員亡くなってしまった。

少し余談になったが、匂いを失うと回復するかどうかが不安になる。その結果間違いなく、検索は増える。一般の人にとっては藤浪選手の報道が一つのピークになると思うが、現在の検索数を調べてみるのは絶対おすすめだ。

と前置きが長くなったが、今日紹介したいコロンビア大学からの論文は個々の嗅細胞が様々な臭い物質に反応を示し、細胞の興奮を入り口で調節している可能性を示した論文で4月10日号のScienceに掲載された。タイトルは「Widespread receptor-driven modulation in peripheral olfactory coding (抹消の嗅覚コードの受容体依存性の調節は普通に起こっている)」だ。

この研究では匂いに反応する1万個近くの嗅覚細胞の興奮を、様々な匂い物質にさらして同時観察している。仕掛けは大掛かりだが、目的は単純で、1つの細胞が様々な匂い物質に反応する可能性を確かめようとしている。

これまでのコンセンサスは、それぞれの嗅細胞は原則1つの分子に反応して興奮し、ワインのような複雑な匂いは全て高次の統合で行われるとされていた。ところが、1万個単位の細胞を同時にモニターすると、1個1個の物質に対しては確かに反応細胞は分離しているように見えても、同時に2種類、あるいは3種類の分子に晒すと、1つの分子にしか反応しないと思われていた細胞の興奮がポジティブ、ネガティブな様々な影響を受けることがわかった。

詳細は全て省いて結論だけ紹介するが、匂い受容体は実際には様々な分子と反応することが可能で、興奮の閾値を超えるという点で調べると匂い物質との一対一で対応しているように見えるが、単独では刺激の閾値を越せない分子も受容体の反応をポジティブ、ネガティブに変化させられるということだ。要するに、一つの受容体で、何種類もの刺激に違う反応を示すということで、これは入り口から大変複雑だということを示している。なぜワインの匂いが区別できるのか、到底わかりそうもない。

コロナに戻るが、匂いが戻るまで、嗅覚障害に陥った人はgoogleやYahoo検索を続けるだろう。嗅覚細胞は新陳代謝する細胞なので、必ず回復すると言えるが、自分の経験では完全に元どおりにならなかった。おそらく、この回復過程で素晴らしい匂いを脳に焼き付けることで、ぜひ素晴らしい自分の匂い世界を形成してほしい。この論文が示すように、匂いの受容は入り口から複雑だ。

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4月15日 放射線照射したガンが免疫をすり抜ける仕組み(3月30日 Nature Immunology オンライン出版論文)

2020年4月15日
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昨日紹介した論文からもわかるように(https://aasj.jp/news/watch/12797)、ガン特異的抗原さえ発現しておれば、私たちに備わった免疫機構は極めてパワフルで、それだけでガンを抑えてくれる。このことがわかると、ネオアジュバント治療のように、まずチェックポイント治療を行なったあと外科治療を併用するという戦略が出てくるのは当然だ。

もう一つ期待されているのが、ガンを放射線や抗がん剤でまず傷害して自然免疫を高めておいたあと、副作用のある治療はやめて、チェックポイント治療に切り替える戦略で、昨年トリプルネガティブ乳がんについて調べた論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/10264)。ただ、この論文を読んで驚いたのが、シスプラチンのようなプラチナ抗がん剤はチェックポイント治療の前処置として強い効果があるのに、放射線照射は全く効果がない点だ。個人的には、切断されたDNAにより炎症が強く誘導できると考えていた。

今日紹介するテキサス・サウスウェスタン医療センターからの論文は私が抱いていたこの謎の答えを与えてくれた論文で3月30日号のNature Immunologyに掲載された。タイトルは「Tumor cells suppress radiation-induced immunity by hijacking caspase9 signaling (腫瘍細胞はcaspase9シグナルを取り込んで放射線による免疫反応を抑える)」だ。

放射線照射で免疫反が起こりにくい理由の一つは、なぜか腫瘍細胞の1型インターフェロンの分泌が抑えらるからだと知られていたようだ。このグループは放射線照射後の腫瘍細胞にインターフェロンを誘導できる薬剤をスクリーニングして、カスパーゼ阻害剤のemricasanがインターフェロンα、βともに分泌されるようになることを発見する。 すなわち、ガンが細胞死を調節するカスパーゼシステムをうまく利用してインターフェロンの分泌を抑えていることになる。

そこで、CRISPRを使って様々なカスパーゼ遺伝子ノックアウトを行い、casp9をノックアウトするとインターフェロン産生が戻ること、そしてその結果、放射線照射を受けたガン細胞に対する免疫反応が誘導され、ガンを消滅させられることを明らかにしている。

以上がこの研究のハイライトで、あとは

  • 放射線によりミトコンドリアDNAが上昇し、これを感知して自然免疫系が活性化されるが、この経路をcasp9は抑制している。
  • インターフェロンは、ガンのPD-L1発現誘導に必要で、これが阻害される放射線治療ではチェックポイント治療が効かなくなる。
  • Casp9を抑制して放射線照射したガンは、チェックポイント治療に高い感受性を示す。
  • Emricasanを放射線照射とチェックポイント治療に併用すると、ガン抑制効果が上がる。

などが示されている。

状況に応じて細胞の死に方を調節するカスパーゼシステムを逆手に取った、ガンの巧妙な戦略といっていいが、放射線がなぜチェックポイント治療と相性が悪かったのかよくわかった。もしこのシナリオが正しければ、放射線照射したガン局所に、インターフェロンを投与できれば、チェックポイント治療の有効性を高められると思うのだが、それが示されなかったのは残念だ。ぜひ検討してほしい。

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4月14日 免疫チェックポイント阻害によるネオアジュバント治療(4月6日号 Nature Medicine 掲載論文)

2020年4月14日
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現在乳ガンなど多くのガンでネオアジュバント治療が行われている。これは、手術前に放射線や抗がん剤を投与して、ガンをあらかじめ叩いておいた後、手術で切除する方法だ。この方法の有効性は様々なガンで確かめられており、放射線や化学療法というと、手術不能の場合の治療としていた従来の考えが大きく変わっていることを意味する。

もしステージが進んだ後でも効果のある治療法を前に持ってくることが高い効果を示すなら、オプジーボのような免疫チェックポイント治療も同じように手術前に持ってきてもいいはずで、まだ試験段階とはいえいくつかのガンでは効果が確かめられている。この方法のもう一つの利点は、必ず組織を切除するため、ガンに対する免疫反応の状態を組織上で確認できることだ。

今日紹介するオランダ ガン研究所からの論文はステージ3までの大腸ガンでCTLA4とPD1に対する抗体を組み合わせたチェックポイント治療の高い有効性を示す研究で4月6日Nature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Neoadjuvant immunotherapy leads to pathological responses in MMR-proficient and MMR-deficient early-stage colon cancers(ネオアジュバンタ免疫治療はMMRの発現を問わず初期段階の大腸ガンに対する免疫を誘導する)」だ。

タイトルで MMRと書かれているのはミスマッチ修復機構のことで、複製時のエラーを修復する機構が正常なガン(pMMR)と、低下しているガン(dMMR)を区別して治療効果を比べている。これまでの研究で、MMRが低下すると、ガンの突然変異の数が増え、結果ガン抗原の数が増えて免疫反応が起こりやすいことが示されてきた。

実際にはプロトコルにCox阻害剤まで入っているので、わかりにくいプロトコルだが原則はCTLA4に対する抗体とオプジーボを1回、2週間後にオプジーボだけ1回投与し、あとは手術だけで治療している。従って、未治療の患者さんで抗体治療がどの程度効果があるか、その時の組織反応はどうかが明らかになる。

結果は驚くべきもので、MMRが低下して突然変異が多い(実際に調べている)ガンではほとんどで腫瘍が8割以上縮小し、切除後の組織でガンの縮小をはっきりと確認できる。一方免疫療法が効きにくいとされている修復正常のガンでが完全寛解は2人しかないが、多くで一定の縮小は認められ、さらに進行はしていない。

それぞれのグループの切除組織の免疫状態を調べると、CD8T細胞の数の上昇はdMMR群で強く、効果と相関していることがわかる。他にも、これまでガン抑制活性と相関するとされている分子マーカーも詳しく調べているが、大腸ガンの場合CD8陽性 PD-L1陽性の細胞が最も臨床効果と関連することを示している。

しかし全般に低いとはいえ、pMMRグループでもCD8T細胞は上昇しており、一定程度の免疫反応が起こっていることは想像される。これをさらに確認するため、試験管内で形成させたガンのガン細胞組織に対する自己T細胞免疫反応まで調べ、臨床的には反応が見られなかったケースですら、一定のガンに対する免疫反応が起こっていることを明らかにしている。

以上が結果で、まずMMRが低下している場合、ネオアジュバント治療は今後の標準になる可能性を示唆する。末期に使用するのと異なり、2回注射だけで高い効果があり、経済的にお安上がりだろう。また、問題となる副作用もこの投与法ではまずでない。

問題はMMR正常群だが、それでもガンに対する免疫は成立しているようなので、今後プロトコルを変えて(例えばTGFβもブロックする)ネオアジュバント治療を行うことも考えられると思う。 今後長期予後が示されるまで結論は保留だが、それでも将来標準になる新しいプロトコルが生まれた実感がある。

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4月13日 自然免疫と脳発生(4月8日 Nature オンライン掲載論文)

2020年4月13日
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発生過程は最もDNA複製が活発な時期だが、活発であるということはDNA複製時のストレスによるDNA損傷が頻発する時期でもある。この時DNA損傷は修復されるが、それと同時に修復しきれない細胞は細胞死により除去される。問題はこの時どのように細胞が死ぬかで、これまでなんども紹介したように細胞の死に方は、組織や個体の混乱を引き起こさないよう行われる必要があるが、だからと言ってアポトーシスのように、常にひっそりと死ぬのがいいわけではない。当然死骸の処理も必要で、周りの細胞に警告を出す必要のある場合もある。

今日紹介するバージニア大学からの論文は神経発生時のDNA障害を起こした細胞はどのように死んでいくのか調べた研究で4月8日号のNatureに掲載された。タイトルは「AIM2 inflammasome surveillance of DNA damage shapes neurodevelopment (AIM インフラマソームによるDNA障害のサーベイランスは神経発生に必要)」だ。

この研究では最初からアポトーシスではなく、ピロトーシスを誘導するカスパーゼ1を活性化する時に形成されるインフラマソームと呼ばれる刺激分子複合体が、複製ストレスで生じたDNA障害で誘導されるかに焦点を当てて調べている。期待通り、DNA傷害が最も多く蓄積する生後5日目にASC分子を含むインフラマソームが形成された細胞が散見されることを確認する。

次にこのインフラマソーム形成に関わる遺伝子をノックアウトすると、インフラマソームは形成されない。そして驚くことに、生まれたマウスは強い不安神経症を示すようになる。しかし、記憶や認識などの他の神経機能は正常のまま残る。すなわち、インフラマソームの形成は、マウスの正常神経回路発達に必須であることが示された。

次に脳内のインフラマソーム形成過程に関わる分子を調べ、AIM2がDNA切断部位を認識しインフラマソームを形成することでカスパーゼ1を活性化することを明らかにしている。とするとピロトーシスが起こるわけで、サイトカインが分泌され周りに迷惑がかかりそうだが、確かにIL1やIL8が分泌されるが、これらの遺伝子をノックアウトしても、マウスの行動異常は発生しないことから、神経発生の現場ではなんの作用もないと結論している。

そして、カスパーゼはガスダーミンDに働き、細胞死を誘導することで、傷害の強い細胞を除去することで、最終的に神経回路形成を円滑に進めていることを示している。

結果は以上で、発生時にピロトーシスも動員されているが、サイトカインは発生時ほとんど役割を持たず、ピロトーシスも、アポトーシスと同じようにひっそりと細胞は死ぬという結論になる。ただ、気になったのは、どうして神経細胞全体でピロトーシスをブロックして、不安神経症だけが現れるかという点だ?うまく研究すると、不安神経症を示す発達障害を理解できるのではと期待している。

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4月12日 新型コロナウイルスの標的細胞(EMBO J オンライン版掲載論文他)

2020年4月12日
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本庶先生がTVで、「コロナ研究のために100億円研究予算を緊急に使えるようにすれば、(マスクより:これは私の意見)、政府ができる最も有効なコロナ対策になる」と言ったという話を、SNSで見た。

私も全く同感だ。審査などに時間がかけられないので。どの研究に、どのようにお金を流すか、お金を提供する側の発想力が問われるが、そのためには役所(今こそ縦割りを排すべき)のチームが、常に自らの新しい知識をアップデートし、即座に判断する力をつけておく必要がある。

要するにあらゆる分野の専門家にこの病気と立ち向かってもらう必要がある。例えば、以前紹介した新型ウイルス感染経路の研究から、ウイルスは最初ACE2に結合した後、TMPRSS2(あるいはカテプシンも)により切断されることで細胞に融合することが確認されている(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/12537)。さらに最近、Cov-2のスパイクにCov-1にはないFurin切断サイトがあり、これがACE2により強く結合して感染が広がる原因ではないかという研究も中国のプレプリント雑誌に出ている(http://www.chinaxiv.org/abs/202002.00062)。

とすると、ウイルスが感染する標的細胞はこれら3種類の条件が揃った細胞であると想像される。早速、英国サンガーセンターのグループを中心に、すでにデータが集められている肺の細胞に関するsingle cell transcriptomeデータを、新型コロナの視点から見直し、全ての気道の細胞が感染する訳ではなく、ゴブレット細胞と呼ばれる分泌型の細胞がACE2とTMPRSS2の発現が高いことを、やはりプレプリント雑誌に掲載している(https://arxiv.org/abs/2003.06122)。この研究で驚くのは、このような感染しやすい細胞は自然免疫に関わる遺伝子の発現も高く、これが空咳、サイトカインストームなどと関わっている可能性を示唆している。いずれにせよ、Cell Atlasなどこれまで蓄積してきた全てのデータベースの重要性と、single cell trascriptome解析の力を示してくれた。

もちろん、このデータを新しく確認することも重要だ。今日紹介するベルリン・シャルティエ病院からの論文は、毎日出る肺ガン患者さんの切除組織のガンが存在しない場所からsingle cell suspensionを調整し、single cell transcriptome解析を行い、ACE2,TMPRSS2,そしてFurinの発現を調べた研究でThe EMBO Jにオンライン出版された。タイトルは「SARS-CoV-2 receptor ACE2 and TMPRSS2 are primarily expressed in bronchial transient secretory cells (SARS-CoV-2の受容体ACE2とTMPRSS2は気管の分泌移行細胞に発現している)」だ。

実際には解析細胞数もそう多くなく、データもきれいでないなという印象を受けるが、問題は理解した上で大至急データを出すことを重視していることがよく理解できる。結果は、1)低いレベルでほとんどの細胞がACE2は発現している、2)2型肺胞細胞と分泌型移行細胞でACE2とTMPRSS2が強く発現している、3)Furinを同時に発現している細胞も一定の割合で存在する、4)Furinは線維芽細胞で発現が最も高い、などが結果だ。

Sanger Centerの研究と大きな違いはないように思う。今後鼻粘膜も含め、ウイルスが増殖中の細胞解析も出てくると思うが、その研究のための重要な基礎データとなっている。

以上のように、「今自分にできることはあるのか?」、を考えることが感染症専門家に限らず全ての科学者に問われているように思う。

隠居の私には知識を集めることしかできないが、いつでも協力したいと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月11日 コカイン中毒に関する新しいメカニズム(4月10日号 Science 掲載論文)

2020年4月11日
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ヒストン修飾はクロマチン構造変化を調節する重要なメカニズムで、エピジェネティックな変化を理解するときのキーになっている。この修飾の中心はメチル化とアセチル化で、他にもリン酸化やユビキチン化も重要だ。

今日紹介するマウントサイナイ大学からの論文はなんとドーパミン神経ではヒストン3をドーパミン化することでクロマチンの調節が、なぜかコカイン特異的に行われていることを示し、コカインとは何かを考えさせる不思議な研究だ。タイトルは「Dopaminylation of histone H3 in ventral tegmental area regulates cocaine seeking(腹側被蓋野のH3ドーパミン化はコカイン中毒を調節する)」だ。

このグループはすでにヒストンがセロトニンと結合することを、セロトニン神経で明らかにしていた。今回の研究はセロトニンがヒストンと結合するなら、同じモノアミンのドーパミンもヒストン修飾に用いられてる可能性を探索していたと思われる。まず生化学的にヒストン3(H3)の5番目のグルタミン、トランスグルタミナーゼによりドーパミンと共有結合すること、そして典型的なドーパミン依存性褒賞反応の一つコカイン中毒者の腹側被蓋野を集めて調べると、ドーパミン化のレベルが低下していることを発見した。

この発見が研究のハイライトで、あとは動物を用いてドーパミンH3の変化と、コカイン中毒について順番に検討している。

まず自分でコカインを摂取するようになった中毒ラットを作って、コカインからの離脱過程を調べると、最初は強く低下していたドーパミン化H3が、離脱後30日目には回復してくる一方、他のヒストン修飾はほとんど変化がないことを発見する。

次にドーパミン化が起こらないH3の変異体をドーパミン神経に導入して、一旦下がったドーパミン化H3が回復できないようにすると、離脱期間中にコカインにより起こる遺伝子変化の正常化が抑えられること、その結果ドーパミン神経の興奮が低下し、コカイン中毒からの離脱ができないことを示し、ドーパミン化がエピジェネティック調節に関わっていると結論している。

以上が結果で、現象論的には極めて面白いと思う。実際、他の褒賞反応を調べても同じことは見られず、腹側被蓋野のドーパミン神経に限れば今のところコカインでだけ見られる反応だ。コカインがドーパミンのトランスポーターをブロックする作用で精神作用を誘導していると考えると、単純にドーパミン依存性の褒賞反応が起こるだけではこの変化は起こらないと考えたほうがいいいのかもしれない。

ある意味で、コカインがあらゆるプロセスをすっ飛ばして褒賞反応を誘導できることを納得した。

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