昨日、ポストコロナを支える治療について書いた記事の中で、パンデミックでは原理の解った薬剤のコンパッショネート使用を行いながらも、科学性を確保するための新しい理論的枠組みが欲しいと述べた。実際、今でも通常の治験プロセスを踏めない対象もある。
そんな例の一つが毒蛇に噛まれた時に使う薬剤ではないだろうか。現在ヘビ毒に対しては抗血清が用意されており、おそらく現地の診療所では用意できているのだろう。ただ抗血清でも、開発段階で無作為化試験を行っているのだろうか。もちろん動物実験は徹底的に行っていると思うが、おそらくヘビに噛まれた人を前にインフォームドコンセントもあるまい。おそらくコンパッショネート仕様の中から現在の状況があるように思う(これは勝手な想像)。
私の経験から言えば、常にヘビ毒の抗血清を携行しているガイドがいるようには思えない。おそらく病院やロッジまで担ぎ込まれて治療になるのだろう。抗体は高価で、熱帯で携行できるといった類いのものではない。とすると、抗体にたどり着くまで噛まれた場所で処置可能な方法の開発が望まれる。映画の定番は、傷口を噛んで血を吸い出すことだが、どの程度効果があるのか、これも検証されているのだろうか。
今日紹介する英国リバプール熱帯研究所からの論文は、抗血清ではないヘビ毒の効果を軽減する薬剤の開発の話で5月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Preclinical validation of a repurposed metal chelator as an early-intervention therapeutic for hemotoxic snakebite (血液毒性を示すヘビ毒に対する初期治療に金属キレート剤を使用する可能性の前臨床検証)だ。
通常ヘビ毒は複数の生理活性物質からできているが、ハブ毒で言えば出血を誘導する金属プロテアーゼ、溶血や細胞のネクローシスを誘導するフォスフォリパーゼ、凝固を抑えるレクチン、補体活性化のセリンプロテアーゼなど、それぞれ特異的酵素活性を持つ。
この研究では、この中の金属プロテアーゼの活性を、必要な金属を除去することで抑制することで、噛まれた時に直ぐに処置して究明する薬剤の開発を目的としている。
対象としてはアフリカ、インドに生息するノコギリヘビ属の金属プロテアーゼだが、ハブにも通用する結果かもしれない。いずれにせよ、酵素活性阻害なのでスクリーニングは簡単だ。この結果、2種類の金属キレーターを選び出しているが、最終的にはすでに水銀中毒などを対象に認可されているDMPSが選び出された。
あとはマウスを使って、ヘビ毒の注射と同時に投与した時の効果、一定時間後の効果、そして緊急処置として行ったあと、抗血清療法を合わせた時の効果など、様々な状況で効果を確かめ、最終的に、ヘビに噛まれたらすぐに経口投与でDMPSを服用、その後1時間ぐらいで抗血清を投与すると、多くのヘビ毒に対して救命できることを示している。
すでにセリンプロテアーゼの薬剤は開発されているが、おそらくDMPSは極めて安価で開発途上国の人にもすぐに提供できるだろう。アフリカやインドの人たちの命が救われる可能性を示した重要な研究だと思うが、次の段階はやはりコンパッショネート使用になると思う。