新型コロナでも明らかになったが、免疫系が絡む現象は、多様性が著しく、メカニズムが複雑になる。その辺をすっ飛ばして一般の人に説明すると「免疫力」で済ませたり、ワクチンの効果を抗体だけで判断することになる。しかし、脳ほどではないにしても、免疫反応では役者が多く、多くのフィードバック、フィードフォワードサーキットができて、これを理解するには特殊な能力が必要と思えるほどだ。
今日紹介するハーバード大学からの論文はまさに専門外ではストーリーを追うのが嫌になる免疫の複雑性を、しかし楽しく解析している研究で6月11日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「An Immunologic Mode of Multigenerational Transmission Governs a Gut Treg Setpoint (免疫様式による世代を超えた伝達が腸内の制御性T(Treg)のセットポイントを決める)」だ。
この研究のコレスポンデンスになっているBenoistは個人的にも知っているが、この複雑な回路を頭の中で描ける特殊な能力を持つ免疫学者の代表だろう。
この研究は、Tregの中でもRORγ転写因子陽性のタイプ(RORγTreg)の腸内での数が、B6マウスとBalb/cマウスで完全に別れ、一見遺伝的に支配されているように見えるが、この数を支配する要因のうち最も大きいのが、母親の影響であるという発見から始まっている。すなわち、B6マウスに育てられると、遺伝的背景にかかわらずRORγTregは多く、Balb/cマウスに育てられるとRORγTregが少ないことがわかった。一種ミトコンドリアの遺伝に似ている。
現在ではRORγTregと腸内細菌叢の研究が進んでおり、RORγTregを誘導する細菌も特定されていることから、この現象は母親から移行する腸内細菌叢の違いで説明することが可能だが、様々な実験から細菌叢そのものの作用は否定している。
面白いことに、RORγTreg数は生まれてから1週間までに決まり、その後安定に続くことから、授乳との関係が示唆される。そこで、可能性をひとつひとつ検討するための実験を繰り返し、RORγTregを誘導する細菌に結合する母乳内に存在するIgAが、腸内でのRORγTregレベルを決めているという結論に到達する。
詳細を省いて、彼の提案するシナリオを紹介すると次のようになる。
腸内でRORγTregレベルは、特定のバクテリアの刺激により維持される。RORγTregが多いと、腸内での免疫反応が抑えられ、IgA分泌は低下するが、この結果バクテリアが増加すると、RORγTregが増加する。このように、IgAを介するフィードバック回路が腸内で成立して一定のRORγTregレベルが維持される。
しかし生まれたばかりの子供にはこの回路は全く存在しない。しかし、腸内でのIgAとRORγTregの回路が乳腺に移行することで、この回路を維持することができるIgAが子供にも伝えられ、このIgAが母親から移行する腸内細菌叢のRORγTreg刺激レベルを設定することで、子供にも大人と同じバクテリアRORγTreg、IgAというサイクルが出来上がり、特定のレベルのRORγTregが維持される。
私が留学した1980年代は、免疫学ではこのような議論が当たり前だったが、やはりわかりにくいかもしれない。しかし、これが本当で、人間でも確認できるなら、IgAを使って一生続く腸内の制御性T細胞のレベルを決めることができるかもしれない。