5月22日  武道の極意(米国アカデミー紀要掲載論文)
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5月22日 武道の極意(米国アカデミー紀要掲載論文)

2020年5月22日
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少し難しい論文紹介が続いたので、今日は気楽な論文を選ぶ。

高校時代ラクビー部に属してはいたが、もともと体育は苦手な方で、ましてや武道となると全く縁がない。とはいえ不思議なことに、武道の極意について固定的なイメージを持っている。相手と対した時、相手のどんな小さな動きも見逃さないよう集中し、動きを感知したらすぐに身体の動きに反映させる必要がある。すなわち、自分の身体感覚と、外部刺激に対する感覚を統合し、研ぎ澄ます必要がある。

今日紹介するライプチヒにあるマックスプランク認知・脳科学研究所からの論文をを読んだとき、武道の極意という言葉が頭に浮かんだので紹介することにした。タイトルは「Heart–brain interactions shape somatosensory perception and evoked potentials (心臓と脳の相互作用が体性感覚とそれによる興奮を決めている)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。

この研究では、心臓の拍動と、指先で感じる微小な刺激にたいする感受性とに関係があるはずだという仮説から研究が行われている。実際には心電図、脳波を記録しながら、指先に微小な刺激を与え、刺激を感じたか?どの指に感じたか?という感覚の申告と、その時の心臓収縮のフェーズ(収縮期、拡張期)、および脳波の変化を記録し、それぞれの相関を詳しく解析している。

この研究のハイライトは、私たちの体性感覚は心臓の拡張期に高まるという発見に尽きる。すなわち脳のどこかで心臓の動きを感じて、指の感覚の閾値を変えていることになる。

あとはこの現象と、脳の活動との相関を調べることになるが、

  • 刺激後、それを認識する脳領域の脳波の振幅が上昇するが、300msから500msの間の振幅は拡張期の方が高まる。心筋の活動は収縮なので、心臓の活動が感覚を鈍らせることを示している。実際、感覚野の活動を調べると、収縮期で感覚野の振幅が抑えられているといった方がいい。
  • もともと脳内には心臓の活動を感じる領域があり、これをheart beat evoked potential(HEP)と呼んでいるが、HEPの上昇は、体性感覚を抑制する。
  • 目を閉じて安静にする時発生するα波も独立に、体性感覚の閾値を下げる。

主な結果は以上で、心臓の鼓動という身体感覚と、微妙な体性感覚が統合されていることはわかった。我々が本来持っている心臓の鼓動を感じる仕組みは、感覚を鈍らせるので、武道の極意はまずこの回路を止める、あるいは逆に収縮期を感じてそこに感覚を集中することが大事かもしれない。一方、武道では邪念を払うことが重要と言われるが、これ自体はα波が代表する安静状態ではないなということもわかる。

などと勝手に解釈したが、面白い研究もあることがよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ