現在新型コロナに対して唯一有効性がはっきりしているのは、免疫反応で、このおかげでほとんどの人が風邪程度で終わる。すなわち、新型コロナに対してうまく免疫ができた人は感染しても助かる。このことを一般に伝えるために、最近専門家もやたらと「免疫力」を高めるという言葉を簡単に使っているのが気になる。もちろん専門家は免疫状態がいかに複雑で、その人為的操作がどれだけ難しいかわかっているのだが、それらを全てスキップして、例えば抵抗力を高めるというところをより具体的に免疫力などといってしまう。この誤解の先に、ありとあらゆる思いつきの治療が許されることを肝に命じる必要がある。ようやく、ウイルスに対する免疫反応と、サイトカインストームが理解され始めたいまこそ、免疫操作の難しさをしっかり理解してもらうチャンスだと思う。
今日紹介するベルギーのゲント大学からの論文はウイルス性肺炎に対する初期免疫過程に関わる樹状細胞(DC)についての研究で、小児で1%ぐらいが重症化するRSウイルスを用いているが、新型コロナの理解にも役立つと思い紹介する。タイトルは「Inflammatory Type 2 cDCs Acquire Features of cDC1s and Macrophages to Orchestrate Immunity to Respiratory Virus Infection (RSウイルスに対する免疫反応を炎症によりDC1の性質を獲得したDC2が調節する)」だ。
この研究はRSVを感染させた時、ウイルスの抗原提示に関わる樹状細胞(DC)がどのように変化するのかを調べている。データが膨大なので、わかりやすいようにまとめてしまうと次のようになる。
- 感染前には存在しない新しいタイプのDCが感染によって現れる。
- もちろん感染によりマクロファージや白血球が血管を通して感染部位に集合するが、新しいタイプのDC(新DC)はDC2細胞から局所で新たに誘導される。
- 新DCはDC2由来だが、DC1の性質も併せ持つ、一種のスーパーDCで、Fc受容体の発現が高く、抗原を細胞内に取り込む。また、ウイルス感染から回復したマウスの血清は抗原の取り込みを促進する。
- MCH抗原の発現が高く、局所リンパ節に移動する性質を持ち、CD8,CD4両方のT細胞免疫を強力に誘導できる。
- 新DCは炎症で誘導される1型インターフェロン、インターフェロン受容体1/2、JAK1、 STAT1,、IRF8とシグナルが伝達されることにより誘導される。
以上が結果で、炎症により免疫誘導システムが完全にプログラムされ直して、免疫反応を速やかに誘導する体制ができていることがよくわかる。
さて、この結果をコロナに当てはめて考えてみるといくつか面白い点が見えてくる。まず、この新DCの誘導が人間でも正しいとすると、1型インターフェロン依存的であることから、STAT1の核内移行を阻害するコロナでは、肺でのウイルス量が上昇し始めると、この経路が抑制される可能性がある。とすると、免疫誘導可能な時間がかなり制限され、T細胞免疫はできにくい可能性がある。この結果、感染細胞を叩く活性が下がり、重症化に至る可能性がある。もしそうなら、初期に1型インターフェロンを肺局所に補充することは効果があるかもしれない。
一方、この細胞はウイルス受容体とは別にウイルスを細胞に取り込む活性がある。ただ、リンパ節へと移動することから、抗体依存性増強の原因細胞ではないように思う。とすると、局所に集まった好中球のFcを介するウイルス感染はぜひ調べる必要がある。
免疫反応はこれほど複雑だ。とすると、ワクチン開発や、抗体治療開発には、日本の優秀な免疫学者全員の知恵が集まることが重要だ。ワクチンという実験的感染により誘導される免疫反応を詳細に解析する時、優れた免疫学者がワクチンプロジェクトに参加することは必須だ。single cell transcriptomeなどそのための方法論はすでに数多く開発されている。また実験でなくても、知識で参加することも重要だ。免疫操作法の開発は常に、急がば回れが鉄則だ。免疫力などと一言で片付けたら、後で大きなしっぺ返しが来ることを覚悟すべきだ。