5月31日 目的論的に進化を考える:ヘモグロビンの進化(5月28日号 Nature 掲載論文)
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5月31日 目的論的に進化を考える:ヘモグロビンの進化(5月28日号 Nature 掲載論文)

2020年5月31日
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18世紀、生命現象を物理的因果性と比較しながら考えるNatural Historyが発展し、この延長に19世紀のダーウィンが生まれるが、Natural Historyの生命についての結論は「自然目的により組織化されている点で、物理的因果性とは異なる有機体とするカントの有機体論」で止まったように思う。カントが終着点とは、哲学も科学も渾然としていた時代に見えるが、実際にはカントは科学者といってもいいほど科学への造詣が深かった。

ダーウィンは、この科学とは相容れないように思える自然目的を、彼の進化アルゴリズムで説明した、すなわち目的論を排除したわけだが、進化を考える時に目的や機能といった因果性を頭の中から排除することは難しい。というのも、現在の生物のHistoryを考える時、現在の姿が目的になるので、それを排除するのは簡単でない。その意味で、その過程を科学的に説明できるなら、目的や機能といった、厳密に言えば非科学的(?)概念を積極的に取り入れて研究することは問題ないと私は思う。

今日紹介するシカゴ大学からの論文は、ヘモグロビンが現在のα2β2の4量体をなぜ取るようになったのか、現在の形質を目的として過去の分子過程を再構成しようとした論文で5月28日号のNatureに掲載された。タイトルは「Origin of complexity in haemoglobin evolution (へモグロビン進化過程での複雑性の起源)」だ。

ヘモグロビン(Hb)は4量体を取ることで、酸素の結合と解離を効率よく行えるわけだが、遺伝子配列上の進化という点から見てしまうと、酸素結合性のサイトグロビン、グロビンE、そしてミオグロビンなどの酸素結合性分子と同じ先祖から進化した分子ファミリーとして納得して終わる。

この研究では、ミオグロビンは多量体を形成しないのに、なぜHbは4量体を形成できるのかという問題に置き換えて、遺伝子配列の条件を検討している。すなわち、現在の分子を目的として、その機能を達成するために必要なアミノ酸の変化を追跡しようとしている。通常この目的のためには、現存の多くの生物の中から中間形を探し出し、その遺伝子配列を決定するのがこれまでの方法だったが、この研究では現存のHbの祖先形をコンピュータで推察して、そのタンパク質を再構成し、機能を調べるという、かなり大掛かりな手法を用いている。

まず配列からミオグロビンとHbの先祖型、HbαとHbβ共通の先祖型、そしてHbα、Hbβそれぞれの先祖型のアミノ酸配列を推定して、その情報から先祖型分子を再構成している。このインフォーマティックスについてはちんぷんかんぷんだが、驚くことにミオグロビン先祖型はモノマーだけ、α、βそれぞれの先祖型は4量体を形成できることを示しており、このような手法がかなり進んでいることをうかがわせる。

さらに驚くのは、αβ共通の先祖型を再構成すると、2量体は作れるが、4量体は形成できない。すなわち、モノマー、ダイマー、テトラマーという機能的進化が再構成されている。

あとはこの先祖形の物理化学的性質や構造を詳しく解析、どのアミノ酸を変化させると新しい機能を獲得できるか調べ、まずミオグロビンとの共通先祖形のInterface1と呼んでいる部位に一個突然変異が入ると、酸素結合性はそのままで2量体形成が可能なHbの先祖形が生まれ、次にInterface2と呼ばれる場所にいくつかの変異が蓄積することで、4量体形成が可能になる。これに伴い、酸素結合能は低下するが、これによって酸素を結合したり遊離することが可能になるというシナリオだ。

分子進化というとどうしても配列レベルでの研究を読むことが多かったが、ここまで機能の再構成が可能な面白い実験進化学の領域が出来上がっていることに感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ