6月19日 アイルランドの羨道墳で発見された兄弟姉妹婚の証拠(6月17日号 Nature オンライン版掲載論文)
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6月19日 アイルランドの羨道墳で発見された兄弟姉妹婚の証拠(6月17日号 Nature オンライン版掲載論文)

2020年6月19日
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古事記で日本を造ったとされるイザナギ、イザナミが兄弟姉妹の関係だったのかどうかは諸説あるが、人類誕生初期から近親相姦はタブーになってきたにも関わらず、神話ではこのタブーが破られるのは世界共通のようだ。ギリシャ神話のゼウスは二人の姉を妻にしているし、オペラファンなら馴染深いワーグナーのオペラに登場するジーグフリードは、神ヴォータンと人間の女性との間に生まれたなんと双子の兄妹ジーグムンドとジーグリンデの子供で、近親相姦の究極とも言える関係がわざわざ示唆されている。

ただ、ここまで極端でなくとも、神性を持つ王の一族では、我が国も含めて血統を守ることが重視され、近親婚も許されてきた証拠が多く存在する。このようなタブーからの例外がいつから認められるようになったのか、階層的社会の形成を理解するためには重要な課題だ。

今日紹介するアイルランド ダブリン トリニティーカレッジからの論文は、新石器時代の太陽光に沿った長い廊下を持つNewgrangeの巨大古墳(https://www.knowth.com/newgrange.htm)から出土した男性の骨のゲノム解析から、当時兄弟姉妹婚が行われていたことを示唆する研究で6月17日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「A dynastic elite in monumental Neolithic society(新石器古墳時代(私の勝手な訳)の王族のエリート)」だ。

この研究の目的は近親婚の証拠ではなく、アイルランドという大陸から分離された島国での民族形成、特に新石器時代に農業が導入される時期の民族形成過程を明らかにすることだ。そのためにアイルランド各地から中石器時代2人、新石器時代42人の骨から分離したDNAの全ゲノム解析や年代測定、さらには成分分析を行い、民族内外の系統関係、当時の食事などを調べている。

従来の研究で、新石器時代の農耕は海を渡ってスペインから伝播したと考えられているが、アイルランドの新石器人は英国のそれとオーバーラップしており、海を渡って新しい人達が入ってきて、農耕が導入されることを示している。

他にも、農耕前の狩猟採取民のゲノムでは、アイルランドと英国や大陸との交流はほとんどなかったこと、一方当時陸続きであった大陸と英国では交雑が認められることから、農耕前には海が障壁として交流を阻んでいたこと、あるいは世界最古の21番トリソミーを持つゲノムの発見など、面白い発見が示されている。

しかしこの研究のハイライトは、何と言ってもNewgrangeの羨道墳で発見された男性の骨から、この男性が兄弟姉妹婚により生まれたことがわかったことだ。今回調べられた他の骨の解析から、身分の高いと思われる個体でも、近親婚の痕跡はなく、さらにはこの個体と親戚関係にあると推定される他の王族でも近親婚の痕跡は認められず、近親婚がタブーとして避けられていたことを示している。すなわち、この男性だけが完全な例外になっている。

もちろん1例だけなので、たまたまという話もできるが、この骨が有名なNewgrange 羨道墳から出土したこと、羨道墳では太陽の軌跡が古墳内を長く続く廊下に反映していることなどから、単純な例外ではなく、古墳に埋葬される王族は血縁関係を持つが、その中から神聖な儀式を司るメンバーが選ばれ、このメンバーでは純血を守るために兄弟姉妹婚が行われていたのではと推察している。

これを裏付ける一つの証拠として、英国中世では王が太陽の軌跡を司る能力を身につけるために妹と結婚するという伝説、あるいはDowthにある同じような羨道墳が「罪の丘」「近親婚の丘」と呼ばれていることも持ち出し、アイルランドで早くから極めて複雑な宗教と権力が一体となった社会が形成されていることを示している。

ゲノム解析が歴史解明にいかに有効化を示す新たな論文が付け加わった。

カテゴリ:論文ウォッチ